58.霊獣玄武①
「あっち」
チューリットちゃんが指をさし示す。オレは視界の上で向けられた人差し指の方向へと走る向きを調整した。
彼女はオレの背中に乗りアイテム袋を手綱と鞍替わりにした格好で跨がっている。アイテム袋を両手でギュッと掴み、オレの横腹辺りにできたアイテム袋の布の折り目に足を引っ掛けて前傾姿勢を保っている。その姿はさながら騎馬。つまり騎猫だ。
「はいよー」
うるさいよ。
「ごめん、調子に乗った。もう調子に乗らない。嫌いにならないでほしい」
そ、そこまで思ってないからね?
霊獣玄武の復活した鉱石採掘地を目指して闇の中を疾走していく。
どうして、チューリットちゃんがオレの背中に乗ることになっているのか。
思春期にはまだ早い年齢に思えるけれど、ちょうどその頃の子供が親の目を盗み夜半に家を出る格好でチューリットちゃんは斧を片手に二階の窓から下の路地に飛び降りた。
オレは斧が家の窓枠に当たって音が立ったり傷というより破損しないかをまず心配した。そして高い場所から飛び降りて怪我しないかと彼女の着地の無事を祈ったけれど、全てオレの杞憂に終わった。
ガロットさんの家から霊獣玄武のいるであろう鉱石採掘地へ最短距離で移動するにはドウォルフの入り組んだ中心街を抜けて進む必要があった。
けれど背丈の三倍近い程の巨大な戦斧を抱えた少女とねこが通過するのはあまりに目立ち過ぎる。
いくら人目の少なくなった深夜の時間帯とはいえ異様だよね。もしオレが偶然街角を曲がった先でそんな奇抜な少女に遭遇したら戦慄して失神しちゃうよ。
だから遠回りでも街を迂回して目的地を目指すことにした。
暗闇の荒野をてくてく歩くこと数分、オレは全身に不思議な力が纏わり付くのを覚えた。
なんだこれ。
「遠い。夜が明けちゃう。ランドくんは今なら大きくなれるから私を乗せて走ると早いと思うよ」
え?
チューリットちゃんが言うには、神器の力でオレにも加護を与えたから、その力を利用して巨大化しろ、さらに自分も乗せて走ってほしい、ということらしい。
そんな事も出来るんだ、と感心していると、彼女は神器から読み取ったその能力を彼女なりの言葉で色々と教えてくれた。
神器『ファスガン』の力は、一番は霊獣玄武を封じ込める力を持つことだけど、所持者に加護を与えて基本能力の大幅な底上げと同行するその対象者にも加護の付与が出来るという。
目を瞑りオレは大きくなるイメージを思い描いて巨大化した。けれどどういう訳か、甲冑を着こんだ巨人兵みたいなバカでかい戦士の姿へと変化してしまったようだ。予想だにしなかった高い視点にあわあわする。
「違う」
チューリットちゃんが巨大化したオレのくるぶし辺りの鋼鉄の具足を神器でカンカンとつついた。途端に下がっていく視点に動揺しながらフラフラしていると、「ストップ」と言って尻を叩かれた。
遊んでないよね?
今度は子馬くらいのサイズのようだ。良かった、甲冑は消えている。いつものオレをそのまま倍加したみたいだ。不自然なくらい野太く見える漆黒の前足を眺めた。
ああ、こんなに立派になっちゃって。オレは嬉しいよ。
前足を持ち上げて慈しむように舐めてあげていると、ストンと背中に何かが落ちた。
振り向くとチューリットちゃんが「これくらいがいい。あぁ、もふもふ」と笑った。
膨張したオレの身体にも対応するなんて、ガンクのアイテム袋は凄いな。
それに神器もだ。もう、何でもアリな気もしてくるよ。
神器『ファスガン』の加護を授かり、荒野を疾走していく。
速度も普段の数倍、四肢が地を駆る音は初めて耳にするとても勇ましい足音だ。
高速で視界が前から後ろに流れていく。今夜の月は満月かな。煌々と光る大きな月は砂と石だらけの無機質な地上に仄かな明かりを注いでいる。空は変わることのない位置のまま絶えず星は輝きその存在を主張している。
チューリットちゃんの青いカーディガンがバタバタと風にはためいている。
足が水に浸かった。そろそろ霊獣玄武の住まう領域かな。
遠く前方に、先行したドワーフ達の集団の姿が見えた。
ぐいぐいオレを進ませようとするチューリットちゃんに逆らい、彼らにもっと近付くべきか距離を取るべきか思案していると、ブワッと魔力の波紋が身体を通過した。
途端に巻き起こる爆発に、飛散した大量の水が降り注ぐ。オレは近くの岩影に身を潜めて静かに身体を揺すった。
「何してるの。霊獣玄武はあそこの下」
そうだけど、今あの場に飛び込んで行くのは駄目だよ。マズイって。
あの周りにドワーフ達の会話を拾おうと耳へ神経を集中させた。
「『ファスガン』が早く討てって五月蝿いから早く行ってよ」と口煩いチューリットちゃんを無視していると、オレの背中の毛をむしり始めた。
痛い、痛いからやめろ!
この声は。
「グーデント、もう一発だ」
「御意」
てっきり現場には出向かず指示を与えるのみだって予想していたけれど、ドラウンガのダミ声も聞こえた。アイツも来てるんだ。
ドラウンガの命令に従った男が巨大な鉄槌を未だ波打つ水目に叩き付けた。先程と同じ爆発が起こり辺り一帯に凄まじい水飛沫が散らばった。
同じような攻撃を随分前から何度か繰り返しているようだけど、何も変化が無くドワーフ達は焦燥感と倦怠感がごちゃ混ぜの雰囲気だ。
方位磁針みたいな物を手の平に乗せた女のドワーフが地面を指し示している。そして苛立ったドラウンガが「壊れてんじゃねぇのか」と喚いている。
懸命に説明するようにチューリットちゃんが後ろで囁く。
「玄武はもっと下で、今は目を閉じてる。眠ってるのと変わらない。その間は安心。起きたら大変。今がチャンス」
ん、アイツは確かゴーデスとかいう奴だったな。女のドワーフに噛み付いているドラウンガを脇に突き飛ばしたぞ。
「ドラウンガ、そこで見ていろ。
ハァッ、断層破斬!」
ゴーデスが構えた大剣を腰だめから振りかぶり、天から地へも降り下ろした。
ヒュゴオオォォッ、と音と共に地上が切れ込み抉れてその中へと水が流れ吸い込まれていく。
ドクン、と心臓が大きく震えるような、膨大な魔力を地下に感じた。
ゴーデスが大声量で吼えた。
「来るぞ! 霊獣玄武のお出ましだ。
全員この場所を離れて各自距離を取ることを奨める」
『ファスガン』にかぎカッコを付けてあげました。




