57.決戦に向けて出発!
腹も満たされ心行くまで睡眠をとりすっかり全快することができた。これからやるべき事を考えると、沸々と闘志がみなぎり筋肉が膨張と収縮を繰り返した。
オレの獲物は国家災害クラスの怪物だ。巨象と蟻くらいの差があるかもしれない。霊獣玄武の実力の程もその姿も知覚出来ていないから、考えれば考えるだけたかがねこのオレ一匹に何が出来るのかと不安になる。恐怖心はあるけれど、その反面自分の力が、本気の実力がどこまで引き出せるのかを試してみたい。
囚われたままのガンク達を助けて一緒に戦うという手段も考えた。たくさんたくさん考慮した。
なんとか地下の牢屋から彼らを救い出すことで、出来る事なら横にいてもらえたのならオレはどれだけ安心して決戦に身を投じる事が出来るだろう。
でも大好きな仲間を失いたくない。
ほんの一瞬の、瞬きする間もないくらいの時間の隙間の瞬間にガルビナクさんは消し飛んでしまった。
そんな事がガンクに、イルマに、ナノに起きてしまったら、オレにはどうすることも出来ない。
怖い。物言わぬ肉の塊になってしまったみんなを見るのは絶対に嫌だ。それが何より一番の恐怖なのだ。
「どこ行くの?」
武者震いしているオレにチューリットちゃんが訊ねた。
何もかも解っているくせに。
少し前のこと。
オレは目覚めてから、チューリットちゃんが理解出来る範囲で事の次第を説明した。煩わしい事は話していない。とても強い敵とこれから決闘するため向かわなきゃいけないこと。ただそれだけを話した。
もしかしたら彼女がその卓越した能力を発揮して、オレの頭の中に思い描いている話さなかった内容まで読み取ってしまっているのかもしれないけれど。
チューリットちゃんは、「……そう。男の子は戦いに行かなきゃね」と納得してくれた。彼女はまだ幼いけれど戦闘に悲観的じゃないのだ。
どこ行くの、か。
オレはチューリットちゃんを眺めた。お母さんのミューネさん譲りの華奢な体に微笑みさえすれば愛嬌感じる少女らしい顔。今は影が差しているけれど赤い髪と遺志の強さを湛えた瞳はお父さんのガロットさん譲りだ。
オレとチューリットちゃんは無言で互いを見つめ合う。心の中全てを見抜かれる気がして、オレは努めて何も考えないようにした。
「私も行きたい」
駄目!
もし危険な目に合わせちゃったら、オレ、ガロットさんにもミューネさんにも何も申し訳立たないし、それよりオレ自身が悲しくて苦しい。チューリットちゃんの将来とかそんな事まで考えてしまう。そしてそれら全ては既に彼女に悟られていることに気付く。
チューリットちゃんが緩やかな動作で床に置かれた剣と斧を片手ずつ掴んだ。朝に見た髪と違い今はきちんと整髪されていて、屈めばその分だけ赤い髪がさらさらと下に零れた。
10才前後の少女の腕力では両手でも到底持てないような重量のある猛々しい武器だ。それを掴んで静かに持ち上げようとする少女。まるで何かの儀式か祭事の一部分みたいな光景だ。
チューリットちゃんは「無理」と呟いた。
すっと立ち上がり、オレの方へ近寄るチューリットちゃん。その表情からはどんな感情も読み取る事が出来なかった。発汗の具合とか、その匂いからも、ねこのオレであってもいまいち上手に彼女を読み解くことが難しかった。初めてオレは彼女を不気味に思ってその場から後ずさった。
彼女は心を読める以上に、やっぱり何か普通とは違う。そう思ってしまった。
「私は普通とは、違う」
ごめん。
オレは逃げるように窓の方へ目を逸らした。夜の帳が落ちて星が瞬いているのが見える。そろそろ出掛けないと。
窓に寄り施錠された窓を解錠した。鍵を開けるのなんか普通のねこには不可能でも、こんなのオレには容易いんだぜ。
悪く思わないでね、オレは行くよ。
オレは飛び出そうと後ろ足に力を込めた。
「言ってなかったけど。心の声だけじゃなくて、私は物の声も聞こえるの。武器は特に」
チューリットちゃんは窓辺に立っているオレの背中に手を伸ばして、アイテム袋にそっと触れた。そして、「おいで、『ファスガン』」とペットに優しく呼び掛けるようにそれを呼び寄せた。
鉱石採掘地にあった霊獣玄武を封印するための神器がチューリットちゃんの手に握られていた。オレは驚き過ぎて窓辺から床に落ちてしまった。
ガルビナクさんがその手に取って振り回していた時には他を威嚇するような夥しいほどの凶悪な魔力を放出していたのにも関わらず、チューリットちゃんが手に持つと、戦斧から神々しいと錯覚するほどの濃密で神聖な闘気が迸っていた。殺傷能力に長けた禍々しい形状をした武器なのに、まるでそれは聖なる武具みたいな印象だ。
「この子の名前は『ファスガン』。霊獣の封印を解かれて戦いたがってるみたい。そして呼んでいた、自分の力を使える持ち主を」
この子って、チューリットちゃんより数倍の大きさの巨大な斧だよ?
『ファスガン』っていうかっこいい銘があったんだ、この戦斧。
ゼロみたいなものだったチューリットちゃんの魔力がファスガンとその名を呼ばれた戦斧を媒介にしてぐんぐんと急上昇しているようだ。
色々と守らなきゃいけないものをなし崩し的に諦めて、オレはチューリットちゃんを連れて窓から深い夜の静寂へと飛び出した。




