56.心を読める少女
すっかり日も登って朝食の時間はとうに過ぎちゃった頃だな。
ガロットさんの家の前に着き、そのまま前足で玄関の扉を開けて中に入っていくのは憚られた。かといって鳴き声をあげるのも遠慮したい。でもなんとか美味しい朝ごはんにありつきたい、そしてひと先ずぐっすり寝て疲れをとりたい。
そんなオレはガロットさんの家をぐるりと回って観察することにした。
窓の中を覗くと、この部屋は居間だ。ミューネさんの姿は無い。キッチン側に回っても物音一つしていない。二階にいるのか買い物にでも出掛けているのかな。
ガロットさんの工房の方へ行くと、中から金槌の音と換気口から鉄か何か金属の臭いと蒸気が混じった鍛治工房の臭いが漂っていた。ガロットさんはガンクの剣を調整しているのかな。
頑張れ、と心の中でエールを送りながらするすると家の壁伝いに移動して二階の窓の位置まで登っていった。
少しだけ開いている窓から部屋の中を覗く。ミューネさんの部屋かな、いや匂いが違うな。何だろう、金属とよく分からない初めて嗅ぐ臭いだ。その臭いにつられるように窓の隙間に身体を上手に捻らせて中に忍び込んだ。
床には剣や斧が散らばっていた。どれも作りかけ、というのか一般的な形の物とは違い不格好な作りの物だらけだ。
奥のベッドではチューリットちゃんが気持ち良さそうに寝息を立てて寝ていた。そうか、ここは彼女の部屋だったか。久し振りに彼女の姿を見たな。
お腹を空かせたままだけど、と残念に思いながらチューリットちゃんの隣で丸くなると、オレはすぐに深い眠りの中へ落ちていった。
……くそ、オレの尻尾をどうする気だ? やめろ、離せ。オレの尻尾は食べても美味くないぞ、玄武……!
「……うわっ」
ふえっ!?
「びっくりした……」
うーん? 彼女は玄武かな?
いや、違う、さっきのは夢の中のことだ。彼女はチューリットちゃんだ。オレの尻尾を触っていたみたいだけど、眠ってて気付かずにその手をお出叩いっちゃった。痛かったかな、ごめんね。
目元を前足で擦り、起き上がって前後に伸びをする。
「……大丈夫、ですか?」
うーん、オレは大丈夫だけど。
身体を振ってその場に座った。チューリットちゃんと正面から向かい合い見つめ合う。
たったそれだけで少しだけ動揺した気配を見せてるけど、オレはねこだからね。不安にならなくていいんだよ。
チューリットちゃんは寝起きのままなのか耳が隠れるくらいの短い髪が横に縦に跳ね拡がっている。父親のガロットさんに似た赤い髪の毛だけど、ミューネさんの黒髪と合わさった結果なのか、ガロットさんより少し落ち着いた色合いの赤髪だ。
オレは自分の身体を眺めた。ガンクのアイテム袋が巻かれていない尻や腹や股の部分の臭いを嗅いで舐めてみる。鼻に感じた通り、やっぱり薬草の味だ。オレは全身を治療されていたようだ。チューリットちゃんが治してくれたのかな。
床に座ってベッドの隅に肘をついている格好のチューリットちゃんに近寄って、その腕をペロッと舐めてあげた。
「ひっ、いやっ。なに?」
そんなに怖がられたらショックなんだけど。これは傷を治療してくれたことの感謝とお近づきのしるしだよ。
「お近づきの、しるし?」
そう。ありがとうってこと。
「誰かからありがとう、って言われるのは久し振り」
ん? あれ、オレの気持ちが分かるのかな?
「怒ってない? 怖くない?」
怒る? なんで、ってそんなことじゃなくて。オレの心が、……読めてたりする?
「ひぇ、ごめんなさい」
そこ謝るところじゃないから。
「私、他人が考えてる、頭の中が分かっちゃうの」
読心術?
「どく……し?」
色々質問して試してみた結果、チューリットちゃんは他者の心の内を知る事が出来る不思議な能力が根付いているらしい。あくまで感情を顕にして強く思ったり、逆にチューリットちゃんの方が他者のその頭の中の考え事を強く読み取ろうとした場合に分かるそうだ。彼女が理解出来る範囲でだけみたいだけど。
便利なようで厄介な能力だよね。生前にガルビナクさんが心配していたように、それは確かに人付き合いも億劫になっちゃうかな。
オレの事を、危害を加えない,自身に不快感を感じさせない,心が読める事で不安にさせない,そんな安心出来るねこだとなんとか判断してくれたチューリットちゃん。関係者以外立ち入り禁止と表札の貼られたような心の扉をオレに少しだけ開いてくれたようだ。
「あなたは何で私の部屋に来て私の隣で寝ていたの」
オレのことはランドって呼んでいいよ。
そんなことよりまず何か食わしてくれ。お腹ペコペコなんだよ。
「ごめんなさい!」
だから謝ることも怯えることもしなくていいから。
チューリットちゃんはオレに彼女の朝ごはんを分け与えてくれた。たぶんミューネさんが二階まで運んでくれたものだろう。
ありがとう!
「ううん。いいの」
オレは産まれたばかりの子猫が母猫の乳に貪り付くように、むしゃむしゃと必死に食べながら剣や斧が散乱した床の上に視線を漂わせた。
「これは私がお父さんに習って作ったの。まだまだ全然上手に作れなくて」
だからガロットさんの工房にある鍛治道具にチューリットちゃんの匂いも付いていたんだな。察するに武器作り専門なのかな。
いや、でもチューリットちゃんの鍛治の腕前は、素人目ながらイイ線いってると思うよ。変テコな形だけど何て言うか、実用的な形状をしているよね。人を斬り易くて壊し易そうな。そんな印象だよ。
「だって、武器って武器は殺すのが目的でしょ?」
それはそうだけど、チューリットちゃんみたいなまだ小さな可愛い女の子にはその考え自体が似合わないし、漠然とだけど色々と駄目な気がするよ。
「そうかな。
私は鍛治師として、殺す為の武器を作りたい。お父さんは駄目だって言うけど、出来る事なら私が私の作った武器を使ってその精度を試してみたいな」
……それは人や魔物を殺してみたいってこと?
「怖いけど。私は他人の心が解っちゃって不安になってしょうがなくなっちゃうから、だからどうせならいなくなってもらった方がいい、ってたまに思っちゃうの。それって駄目かなぁ」
ちょっと凄く恐ろしい事言ってるぞ。それは駄目だぞ。
うん、人として駄目かな。
「そうなのかなぁ」
うん。駄目。
「やっぱり私は部屋に籠っているのがいいみたい。
最後にお父さんと喧嘩した時に言われたもん。『お前は鍛治師として目を見張る素質を持ってるけど、人として一番持っていなきゃいけないものが欠けてる』って」
食事を終えたオレは再度強烈な睡魔に襲われ始めた。けれど、もう少しチューリットちゃんと話をしていたいと考えて、重くなった瞼を強く前足で擦った。
「だから、それが分かるまで自分の部屋にいろ、ってお父さんが言ったの」
ガロットさんは正しいと思うぞ。だって、目を離した隙に自分の娘が人殺ししていたら嫌だもん。すっごい嫌だもん。
「人はやっぱり不味いよね。お父さんとお母さんに迷惑かけたくないから」
うん、そんなことしたら大迷惑だよ。かといって魔物をばったばったと殺して回る少女も随分と異質だけど。
ごめん、やっぱり眠いや。もう少しだけ寝かしておくれ。
「いいよ。どうせ部屋から出ないし、私はここにいるから」
安心して眠ってていいよ、とでも後に続きそうな穏やかで柔らかなチューリットちゃんの微笑みを眺めながら、オレは強力な睡魔に屈して再び眠りについた。




