49.石箱のある広場
「……チューリットちゃんは元気にしてますか?」
後ろを歩いていたガルビナクさんが誰に尋ねるでもなく質問した。
「あれ、みなさんガロットさんの家に滞在しているんですよね」
「そうだけど、知り合いなの?」と、ナノ。
「ええ、前に一,二度だけですが彼女とお話したことがあります。
僕と同じで彼女もこの街に馴染めていないようでしたから。知り合いという程でもなく、勝手に僕が気に掛けてるだけなんですが」
「そうなんだ。ガルビナクさんは優しいんだね」
久しぶりに良い人を見たという風に、ガルビナクさんに目を細めて眺めるナノ。
「とんでもない。人と上手く交わるのが億劫なただの心配性ですよ。
チューリットちゃんも似た雰囲気でしょう。なんか放っておけなくて」
そうだな、ずっと二階の自分の部屋に引き込もってドウォルフに着いて以来姿を見せてないからな。恥ずかしがり屋の度は越えているよね。
「前に彼女が話していた事があるんです。『この街を出て旅したい』って。彼女はずっと色々な街を点々として来たでしょう、定住するっていう事に対して不安みたいなものを抱えているようでした」
オレは自分の境遇と重ねて、チューリットちゃんも誘って一緒に旅したいという想いに駈られた。
だからと言って簡単に連れ出すことは出来ない事は分かっているし、きっとみんなもそう感じている筈だ。
その場でガルビナクさんはサラサラと紙に文字を書き記すと、それをナノに手渡した。
「チューリットちゃんに渡して下さい。
安心して下さい、彼女が気を悪くするような事は書いていませんから。頼めますか」
「いいよ、ありがとうね」
笑顔でナノは青いローブの内側にその手紙をしまった。
先頭を歩くイルマが掲げたランタンの光に赤い輝きがチラついて見えた。
あっ、あれは……!
崖の下の坑道を歩き進むこと小一時間。真紅に煌めいている宝石が嵌め込まれた、小さめの棺程の石造りの箱がうず高く積み上げられた石碑のような大きな岩の上に奇妙な格好で置かれている、そんな広場に辿り着いた。
なんだ? ここは。
そして崖の壁の一角には三体の、おそらくドワーフだろうと推測出来る白骨化した骸が布を被せられ、綺麗に並べられ横たわった状態で安置されている。
さらにその近くの壁にもたれ掛かるように同じく白骨化した亡骸が一体と、その反対側ではこの場で力尽きたように俯せ状態で大剣を掴んだまま、同じく擦りきれた防具に兜を付けながらもその中身は白い骨だけになっているミイラ化したドワーフが横たわっていた。
広場は街の集会所のようにとても広く、またどこまでも天井は高く窺い知れない。この場所だけ人の手で祭壇のように整然と整えられたふうではあるけれど、平らな地面には大きな足跡が幾つも残っていて、その部分だけ地割れしたようにバキバキにひび割れていて不気味だ。
オレは一番近くにいた俯せに倒れている亡骸に近付いてその臭いを嗅ごうとした。
「ランド、安易に近寄るな!」
怖っ。イルマに叱られちゃったよ。振り返ると全員が戦々恐々とした表情をしている。ナノなんか寒いのか腕を巻いて自分の体を抱き締めているよ。
「イルマ、慎重なのは解るけどよ、じっくり調べてみよう。判断は任せるからよ」
ガンクも慎重な顔だな。童顔の顔が老けて大人びて見えるぞ。
「了解した。
……そうだな、まず魔力はあの石箱から漂っている。箱の中身というより紅い石からだ。
骸は、状況から推測するに、あの箱を開けようとしたドワーフが何者かの襲撃を受けたのだろう。石箱の下の意味深な配置の巨岩も解せぬ」
周囲はしっかりと整えられているのに巨岩だけが不自然に積み重なっているし、てっぺんの石箱も岩の角度の影響を受けて傾いているし。うん、歪な感じが不気味だ。
ガルビナクさんが震えた声で言葉を発した。
「きっと、後に訪れたドワーフが悼み、先人の亡骸を並べて上から布を被せて喪に服したのでしょう」
「このでっかい足跡は?」
ナノが訊ねた。ガルビナクさんが答えるが。
「僕には分かりません。
勿論、帰還したドワーフからの話にも。伝承にすら聞いたことも無いですし」
「巨人かな?」
「その可能性は否定出来ん。
……箱に何らか仕掛けがあるかもしれぬな。慎重に調査を行おうか」
オレ達は行動を開始した。オレは亡骸の臭いを嗅ぐ。随分と年月が経っている様子で、臭いも風化したようで余り感じられない。近付いた途端に起き上がって襲われるかビクビク不安だったけど、大丈夫、この骨は安全なただの屍だ。
ガンクとナノの方ではミイラ化したドワーフの装備を一つ一つつぶさに点検している。
「……これ貰っちゃ不味いよな」
「やだー、呪いとかないかな」
二人の脇に近付いて、しゃがみこんだガルビナクさんが言う。
「そのままにしておいてあげて下さい。彼らは英雄です。彼らの名誉の為にも、引き剥がして持ち帰るのは憚られます」
死んだら皆仏だよね。
なんだ? イルマが石箱とにらめっこして何かぼそぼそと呟き始めたぞ。
「む……、
『此の地に、北聖の……守護者を……』」
「なんだイルマ、何か見つかったのか?」
ガンクが巨岩を上がりイルマの隣に並んだ。イルマは石碑に堆積した砂埃を手で払いのけてその一部を凝視している。石箱に文字が刻まれているようだ。石箱の正面では血の色の様に濃い深紅の宝石が淡い光を湛えている。
「ここを見ろ。古くなり解読困難な部分もあるが。おそらく……、読み上げるぞ。
『此の地に北聖の守護者を封ずる。神器の力を以て永久の眠りたらん。冒険家、ガンドルフ』」
「……ガンドルフ。……ドワーフ王、ガンドルフ=ドウォルフ!」
ガルビナクさんが震える声で呟いた。見ると彼の手も足も顔も、全身がわなわなと小刻みに震えている。
「ガルビナクさん、知ってるのか」
「ガンドルフ=ドウォルフをご存知ありませんか? ドワーフ王にして、この地に街を築いた後、この街は彼の名に肖りドウォルフと呼ばれるようになりました。
ドワーフ王ガンドルフはその後現在の帝国へと渡り、その地でも街を築いたと言われているドワーフの間では偉人にして英雄ですよ」
イルマがしかめっ面になっている。
「俺もその話は知っている。有名な話だぞ、ガンク。授業でも習っただろう。ドワーフ王のガンドルフがドワーフの街を築き、ドワーフ族の現在の成功と発展を築くその礎を為した偉人……。
しかし、北聖の守護者とは……、聞いたこともないぞ」
そこは授業では習わなかったみたいだね。
ナノがよいしょよいしょ、と巨岩を登り掠れがすれの文字を眺めた。
「でもさ、聖なる守護者って書いてあるくらいだからさ。もしかしたらアタシ達を助けてくれるような良い人かもよ?」
「ナノはなんでそんなに良い方向へ解釈出来るんだよ」
そうだぞナノ、それに人なのか?
「よし、ちょとだけ石箱の中身を覗いてみよう。それだけにしようぜ。それならいいだろ?」
「おいよせ! ガンク!」
あ、悪ノリしたな。
ガンクなりの理論に基づいて、彼は閉じられた石箱をほんの少しだけ開けてしまった……。




