44.ガンクの剣
あぁ、まだ眠いや。もうちょっと寝させてよ。重い瞼を開け目元を前足で擦る。ナノが背中をボンボン叩く。
今起きるよ。立ち上がり伸びをして身体を振るう。テーブルの方に眼を向けると、ガロットさんとガンクがまるで熱い学友同士みたいに何か論議を交わし話し込んでいるようだ。
「ランドちゃんご飯よ」
うわ、凄い!
ナノが作ったんじゃないよね。きっとミューネさんだ。魚の切り身と根菜や青菜が混ぜ合わされ、彩りも良ければ栄養配分にもしっかり気を配った、素晴らしいねこ用の餌だ。
ナノが止まらない議論を繰り広げているガロットさんとガンクに声を掛けた。
「ガンクもガロットさんもご飯だよー。
えーっと、チューリットちゃんは……」
「あっ、チューリットの分は私が持って行くから」
ミューネさんが可愛らしいエプロン姿で食事を持って二階へ上がっていった。チューリットちゃんは一緒に食べないのかな。もしかして朝が弱いのかな。
あとイルマは……、多分どこかへ見廻りにでも出掛けてるんだろうな。どんな時にも慎重で気を抜かない変な体質してるからな。
四人と一匹で囲む食卓。コカコ村の頃を思い出すなぁ。ゴートがいて、ユーノやリルと仲良く食べる美味しいご飯。
みんな元気にしているかな。まだ村を出てそれ程日数は経ってないけれど、随分と離れ離れになってるような気もする。
「なぁ、イルマと話したんだけど、俺の剣をガロットさんに鍛えてもらおうと思うんだ。いいだろ?」
ガンクが目玉焼きを食べながら言う。
「ガンクだけズルいー。いいな、アタシの杖も見てほしい」
「カッカッカ、それはお安い御用だと言いてぇが、残念ながら杖は専門外だ」
「えー」
ナノ、足をパタパタするのは行儀悪いぞ。
「杖ってのは魔導理論の塊だからな。単純な様で複雑なんだ。魔導鍛冶師でも紹介してやれりゃあいいんだがな」
ガロットさんが肉の腸詰めを杖に見立ててくるくると回す。こちらも中々の行儀の悪さだ。
「分かりました。
そうだ、アタシ買い物行ってくるよ。何軒か武器店とか防具店とかあるんじゃない?」
「おぅ、行ってこい。イルマももうすぐ見廻りから戻ってくる頃だろ。俺はガロットさんと剣の話があるから、ここで待ってるよ」
そういえば、ガンクは蚕の森でドルマックに何か剣の事を言われていたっけ。あれからずっとガンクは自信の得物の調子を気に掛けていたのかもしれない。
「ランドはどうする? ナノとイルマと一緒に街へ観光に行ってもいいし、俺と一緒にガロットさんと工房に残ってもいい。好きな方でいいぞ?」
迷ったけれど、オレはガンクの膝にすり寄って意思を示した。
「そうかそうか、可愛いやつめ。一緒に最高の剣に仕上げような」
「ほぅ、話が理解出来る賢いねこだな」
ガロットさんがオレを見て感心し、ミューネさんは微笑む。でもね、それにそんなに興味ないんだけどね。まだちょっと寝足りなくてさ。
知らないでしょ? ねこにとって睡眠がどれ程大事なのかを!
「いいよーだ。イルマと二人でいっぱいお買いものしてきちゃうんだから」
「あら、じゃあ私も付いていこうかな。いいかしら?」
洗い物をしているミューネさんが振り向いた。手を布で拭きガロットさんの肩に顎を乗せた。その頭を撫でるガロットさん。仲の良い夫婦だな。許嫁と結婚せず駆け落ちして正解だったね、と思う。
「もちろん。三人で行こう。いろいろ案内してね、ミューネさん。
ガロットさん、大体何時間くらいかかるものなの?」
ガロットさんが、「そうだな……」と燃えるような赤い顎髭を触りながら答えた。
「まだ物を見てねぇから何とも言えねぇが、一日もありゃ十分だろう。何たって俺は暇だからな」
笑ってないで、一家の大黒柱でしょうに。ミューネさんが苦笑いしてるよ。
見廻りに出ていたイルマが戻ると三人は買い物に出ていった。
あれ? チューリットちゃんは一緒に行かないのかな。朝からまだ一度も顔を見ていないけれど。寝過ぎじゃないかな。
「ほおっ、こりゃ大層な業物じゃねぇか! なんだよ、お前ただのガキじゃねぇな」
耳を傾けるまでもない大砲みたいな大きな声が工房の方から聞こえてきた。これじゃおちおち寝れそうにもなさそうだし、様子を見てみよう。
閉じてある扉に爪を引っ掛け開けると、ガロットさんはガンクの剣を掲げて唸っていた。ガンクの方は若干誇らし気だ。
オレは工房に入っていくけど、二人とも全く気に留めてないや。部屋の隅に飾ってある甲冑の中に入っていく。
ここ、ひんやりして気持ちいいや。気に入ったぞ。
ガロットさんは取り出したルーペを用いてガンクの剣を隈無く検分している。
「むぅ、小僧、こいつをどこで手に入れた? 市場に出回ってるもんでもねぇし、おいそれと手に入れられる品じゃねぇ。古くはあるが名工だぞ」
「親父から、いや親父の知り合いから譲り受けた剣だよ。
……名のある剣なのか?」
無言になったまま鑑定みたいな事を続けるガロットさんは、しばらくしてからガンクへ剣を返して柄の部分に指を指した。
「ここに、『L』と刻まれているのが分かるか。製作者の名前を表しているが、その様子じゃ知らんだろうな」
「知らないよ」
「ラングスターという鍛冶師が使っていた『L』の頭文字だ。俺の親父の師匠だよ」
「……そうなのか」
意外にも身近な出所だったようで、ガンクはどう反応すればいいのか分からないみたいだな。
「ああ。ラングスター初期の作品だな。所々に粗さも垣間見られるが、それがまた味深い印象を与えていやがる。流石だぜ。
……うむ。見紛う事なき名剣だ」
「そこまで言われると嬉しいぜ」
ガンク、ガロットさんの口真似かな? ガロットさんもどこか嬉しそうにしているよ。
「カッカッカ、威張っていいぜ。俺は会ったことはねぇが、名のある鍛冶師だった親父の師匠だからな。
ただ、手入れが全くなってねぇ。お前、無頓着だろ。剣が、刃が泣いてらぁ」
「少し前に同じ事を言われたよ」
「だろう。これは所持者の怠慢だ。これじゃあ切るべき時に剣もそっぽを向いちまうぜ。
いいか。剣も、いや、武器も防具だってみんな生き物だ。使い捨てにしかならねぇ貧相なもんならそれでも構いやしねぇが、こいつはお前と共に成長してくれる相棒だ。たっぷり愛情注いでやれ。絶対に、もっとお前を助けてくれる筈だ」
ガロットさんが、どんっ、と太い腕でテーブルを叩き力説する。
「そ、そうか。知らなかったよ」
「いいか、俺は商売抜きで言ってっからな。真面目に受け止めろよ。
それに、お前はただの【剣士】か? それとも【剣闘士】か? 【魔法剣士】か?」
「ただの【剣士】だよ。今のところは。それがどうしたよ?」
ガロットさんは再び剣を手にして、眉間に皺を寄せたまま柄をじっくり眺めた後で尋ねた。
「お前魔力持ちか?」
「す、少ないけれど、……人並み程度には」
え!? ガンク魔力使えたの?
驚いて音立てちゃったよ。その答えにガロットさんはにんまり笑っている。何だろう、その顔は少し何か企んでるようなものに感じるけど。
「そうかそうか。良かったな。この剣には魔力増幅回路が備わっている。今は魔力の通り道が寸断されて何の効果も期待出来ねえ切れるだけの剣だが、回路を繋げてやりゃあこいつは魔法剣になるぞ。どうする?」
「本当かよ?」
ガンクの顔が輝きに充ち溢れてるぞ。この前ナノがキツいひとこと言ってたからな。強くなれそうな良い機会に興奮している様だ。
「ヘッ、嘘は言わねえよ。
但しだ。魔法剣には戻してやれるが、時間も金もだいぶかさむぞ。それに今まで通りに振り回すのも上手くいかねぇかもな。魔力を吸っちまうからだ。しかしお前の強さは跳ね上がるだろうよ。
どうする? 負担は掛かっても、それでもよけりゃあ俺は請け負うぜ?」
うわ、ガロットさんの目が恐い。鋭くギラついている。力強い職人の目だ。あれは頑固親父の瞳だ。ゴートの眼を思い出すなぁ。
反対に、ガンクはやや気圧されている様な雰囲気だ。シャキッとしてよ! ガロットさんと対等に渡り合わないと。頑張れ!
「よし、分かった。ガロットさんにお願いするよ」
「……一日で鍛え直すっつったがダメだ。七日はかかる。料金も五倍だ。いいだろ?」
「ご、五倍!?」
「馬鹿野郎! これでも大負けも大負けだ。そこいらの鍛冶屋に持ってってみろ、更にその倍はいくぞ」
負けるなガンク、ここが勝負処だ! イルマが金額交渉してるところを思い出して。引いたら駄目だ。
「でもイルマがなんて言うか……」
「おいおい、リーダーの得物がこんな貧弱でなんとするよ。報われねぇ奴だな、お前は」
ヤバイぞガンク! 元の値段がいくらから始まってるのか知らないけれど。ふざけんな、高過ぎる、足元見てんじゃねーぞ、なめんなっ、って啖呵きるところだぞ。
「……分かったよ。それでいい。説得するよ、リーダーとして」
「よっしゃ、まいどあり!
さー、忙しくなるぞ。久々の大仕事だぜ、腕が鳴らぁ」
腕捲りして喜ぶガロットさんと、しょぼんと俯くガンク。
ありゃりゃ。ガンク残念だったね。当初と違った高額の料金の依頼になっちゃったみたいだけど大丈夫かな。ちゃんとイルマを説得出来るかな。
これまでの話の文中の!と?の記号マークの後に半角スペースしか開けてなかったので全角スペースしました。




