43.ガロットさんの恋バナ
なんだろう、このでっかい鉄の塊。
オレは鎖に繋がれてぶら下がる巨大な鉄珠を前足で押した。オレの力ではビクともしないようだ。臭いを嗅ぐと鋼鉄の臭い以外に、ガロットさんの臭いと仄かにチューリットちゃんの臭いも感じた。
固定してある鎖を上り上部の支柱の上に乗る。
「おーおー、この黒ねこ好奇心旺盛だな。でも危なっかしくて見てらんねぇよ、どけてやんな」
ちぇ、危なくなんかないのにさ。
オレはイルマに抱き抱えられて床に戻された。
今いるのはガロットさんの工房兼自室だ。ガンクとイルマはガロットさんの晩酌に付き合う格好だ。女組は先に部屋で就寝している。
ガロットさんが酒を片手に語っている。
「昔は、うちもねこ飼ってたんだよ。俺がガキの時分の話だがな。白い綺麗な毛並みのねこでよ。飼ってたってより、親父が餌付けしてたら住み着いた風だな。もっとも親父は俺なんかより、よっぽど我が子みたいに可愛がってたっけなぁ。あの頃が懐かしいぜ」
昔を思い出して笑顔を見せるガロットさん。顎の赤い髭を指で触っている。
「父上はまだご存命で?」
「いや、もう死んじまってるよ」
「それは、申し訳ない」
イルマが頭を下げる。ガンクは部屋の中に並べられた武器や防具を見て回っている。
「いや、いいんだ。気にするな。
親父は結構名のある鍛冶師だったんだが戦場も好きでよ。客の為に製作してんのか、はたまた自分が戦で使う為なのか分かりゃしねぇくらいだったよ。でも数年前に魔族との戦で戦死しちまった」
ガロットさんは酒の入った杯を傾ける。
「残されたのはまだ半人前の俺だけだよ。母ちゃんは俺が物心付く前に病死しててな。
だからといっちゃなんだが、俺は戦場に出向くことはしねぇ。チューリットに俺のような苦しい思いはさせてやりたくねぇ。まぁ今も立派な暮らしなんてさせてやれてねぇんだがな」
そう言ってガロットさんは豪快に笑う。
「帝国はやはり今も魔族と争いを?」
イルマが問う。
「なんだ、あんたら知らねぇのか。南部出身だと見ていたんだが」
「王都から来たんだ。冒険者として色々な街を旅してる」
ガンクが食卓に腰を下ろして言った。オレはミューネさんがおつまみに用意してしくれた魚の薫製を食べている。んん、かなり美味いぞこれ。
「じゃあ知らねぇのか、今も昔もずっと戦時中だ。終わりの見えねぇ争いだわな。ま、そのお陰でこっちは飯が食えてるんだがよ。ありがてぇようなそうでもねぇような話だな」
「なぁ、何で奥さんと娘さんはあんな黒装束でいたんだ?」
「ガンク!」
イルマはガンクを嗜めるようにするが。
「いいんだ。ミューネがどうせ理由を話さなかったんだろ。
ミューネはメールプマインの商人の家の娘でな。確かに不思議な格好にも見えるよな。
説明してもいいが話も長くなる。それに、……俺と嫁の馴れ初めなんか聞きたかねぇだろ?」
「いや折角だ。酒の肴に聞かせてもらおう」
可愛らしく頬を染めながらガロットさんは語り出す。ちなみにメールプマインは確かガンマリヤ南部方面にある交易都市だったかな。
「親父が戦死して帰って来なくなっちまって、俺は一人きりなった。まだ二十歳前の若造だ、他の町でならどんな職でも探して遮二無二働けば食っていけるさ。しかし、鍛冶職人の街、ここドウォルフではそうは行かねぇ」
この街ドウォルフって名前なんだ。二の腕を叩きながらガロットさんは語り続ける。
「親父の替わりとして独りで工房を切り盛りするような腕はまだねぇ。貧弱だった俺は親父の伝を頼った。親父の師匠の兄弟子に当たる人がメールプマインで店を構えていてな。何度も頭を下げて、弟子にして住み込みで働かせてくれ、と頼み込んだ。それまで面識は無かったが、器のでかい人で助かったよ。俺は拾われた。
当初暮らしてた家はすんなり引き払ったよ。修行中の身の上で、あるのは発展途上の腕とやる気だけだったからな」
ガンクもイルマも聞き入ってるようだ。イルマは酒に強そうだけどガンクはそんなに飲んで大丈夫かな?
「俺は、親父の師匠の兄弟子のクーレントさんという方にお世話になりながら、そこでもう一度腕をイチから磨き直す意気込みで精一杯頑張った。辛かったが楽しかったな。
親父は良くも悪くも豪胆な人でよ、それが仕事にも現れてたから、俺もそれまで鍛冶の基礎も製作も大味なもんだった。しかしクーレントさんは繊細さも兼ね備える製作を心掛ける人だった。同じ武器を作るにも理論が若干でも違えば完成時の出来はもうまるで異物だからな。俺はクーレントさんに倣い、なんとか認めてもらえるだけの腕を磨こうと躍起になった。
やがて、そうやって懸命に研鑽を重ねて、やっとこさ店に立たせてもらった時の、その初めての商売相手がミューネだった」
鼻の下を指で擦りながらガロットさんは続ける。
「ミューネからの依頼は、『護身用のナイフを製作してほしい』ってもんだった。イチからの製作になったからよ、ミューネと顔突き合わせて形や細工の要望とかを話し合うのが天国にいるような時間に感じたもんだ。
今も綺麗だが、昔はもっと綺麗でよ。あ、これはミューネには内緒にしろよ。
俺は職人だ、ドウォルフにいた頃からずっと血と汗と涙の鍛冶の世界にいた。男の世界だ。触れ得る最愛の人はずっと請け負った鉄の塊だけだ。女の存在など、母ちゃんは気付いたら死んでいたし、隣家のおばちゃんくらいなもんだったんだよ。
それがどうだ、初めての依頼人として訪れたのは美女だ。それまでろくに女性と接する機会は皆無だった俺が、実際に見て接したのは一連の可憐な花の如きお人。
俺はすぐに恋に落ちちまった。それが恋と呼ばれるものだとも知らず、来る日も来る日もミューネのことばかりを考えて腕を振るうようになっちまっていた。夜も寝られねえし仕事も手に付かねぇ。俺はヤバイ病気にかかっちまった、とクーレントさんに相談したよ。
カッカッカ。今となっちゃ笑い話だが、クーレント師匠もおもしれぇよな、俺の切羽詰まった相談に神妙な顔して頷いてよ。『ガロットは重大な病に犯されてしまいました。今すぐミューネ様に会って病状を報告なさい』なんて言うんだよ。おもしれぇよな」
オレにはそのクーレントさんという人は愉快な人にしか想像出来ないけれど。
「それですぐ、逸る気持ちを抑えてミューネに面会を求めたんだよ。クーレント師匠が『鉄も恋も熱いうちに打つのが鉄則です。もし冷めた時には、お前は治らぬ難病と向き合うことになりますよ』なんて言うからよ。
俺は飛んでいってミューネに言ったんだ。『俺は、重大な病に犯されています。貴女の事が、仕事している時もそうでない時も決して頭を離れない。助けて下さい』ってな」
意外にもガンクもイルマも興味深く真剣にガロットさんの話に食い入るように聞いている。オレは再び室内を遊ぶ物を探して徘徊することにした。
「まだ続けるか? ちと恥ずかしいな」
「何言ってんだよ、今物凄くいいところなのに。ここでやめてどうすんだよ」
「そうだ、早く先を聞かせてくれ」
ガロットさんは予想外の二人の反応に面食らいながら、満足気に話を続けた。
「それでな、俺がその、愛の告白をした後の話だったな」
「そうだ」
「そしたらミューネの奴が言ったんだよ。『私を拐ってもらえませんか?』ってよ。
ハァ? ってなったね俺は。正直な話、馬鹿にされるか嫌われちまうか予想してたからよ。
で、どういう訳なのか理由を問い質してみたんだよ。だってそうだろ? 理由もなく誘拐なんて出来ねぇからな。
ミューネの親はメールプマインの大商人だ。ミューネには親が決めた許嫁がいたんだよ。商売上の政略結婚みたいなもんだ。ミューネはその許嫁の相手に虫が好かないようでな。俺にしてみりゃ願ってもない事を言ってくるんだよ。許嫁の決まりもメールプマインの情勢も知らねぇから、すぐに駆け落ちの格好になった」
ガロットさんは酒を継ぎ足し、ぐいっと喉に流し込んだ。
「大問題になってな。生憎とミューネは二人姉妹の長女だった。ミューネの親は名も腕も無い俺を跡取りに迎える気はねぇ。
俺とミューネは町から町へと逃げるように転々と移り住んだ。そのうちにチューリットも産まれた。俺は色々な仕事をしたよ。あんたらと同じ冒険者稼業もしたこともある。そして、またこのドウォルフに戻ってきた。なんとかもう一度、鍛冶師をやりたくてな」
オレは兜の中に入ってバイザーの隙間からガロットさん,イルマ,ガンクの三人を眺める。ガンクは少し眠そうだ。オレも眠い。
「ふぅ、長くなっちまったな。ミューネとチューリットが黒装束だったのは、逃げてた事情もあって人目を避ける為もあるが、メールプマインに用事があったからだな。
あの街では一度街を捨てて他所へ移り住んだ者は、メールプマインの通りを歩くのに喪服のような黒い衣装を頭から爪先まですっぽり着なきゃならねぇんだ。
俺はメールプマインの住人だった訳じゃねえからその感覚は分からねぇが、元々の住人からしてみりゃその行為は屈辱感たっぷりの蔑まれる行為らしいな」
ガロットさんは、さて、と言った。
「下らねぇ話にご清聴ありがとう。俺たち家族は、メールプマインはもちろんこのドウォルフでも人目を忍びながら暮らしている。
俺はチューリットにもう少し本腰いれて鍛冶の仕事を仕込んでやりてぇんだが、なかなかそうも言ってらんねぇ。
まぁいい。もう遅い。寝るか」
俺たちは居間で寝ることになった。もう真夜中だから眠くてしょうがないよ。




