38.第2カレンド遺跡⑥
鏡の様な水面に映る自分の姿を眺める。そこには1匹の黒い毛に覆われたねこの姿がある。いっ、と歯を剥くと可愛らしい牙も見える。
オレは強くなったかな。
湖の手前でテントを張り休息を取った翌日、地下4階層の残りの通路をしらみ潰しに徘徊した。けれど、先に進む為の有力な情報は得られなかった。
翌日というか、太陽の光りが届かない地下世界にいるから厳密には体感感覚でしかない。
この地下4階層に滞在している間に3組の冒険者パーティとすれ違った。彼らもこの階層を探索してオレ達と同じ様にゴブリンを倒し、先に進む道を発見出来ずに引き返していった。
オレは今いる場所の反対側の壁下が怪しいと考えている。だけどだ。問題は湖に潜ってその反対側の壁の中を水中移動する必要があるということだ。
湖へ入水して中を調べた時にはあまりの暗さと思った以上の深さに探索を断念した。オレも潜ったし、イルマもガンクも潜水して調査したけれど失敗だったのだ。
水面に透ける暗く黒い穴をぼんやり眺めていると、背後でテントが開く音が聞こえた。
「お前もあの水中洞窟を新たな道筋と踏んでいるな」
横に来て腰を下ろしたのはイルマだ。見張りの交代にはまだ早いだろうけど。
最初にこの地下4階層に訪れた際に感じた湖からの生態反応は既に無くなっている。おそらくあの時に感じた反応は、湖奥底に潜んでいたアクアアナコンダだったに違いない。
もし討伐する前にこの湖に潜ってアクアアナコンダに襲われていたらきっと勝てなかっただろう。陸地で戦ったからなんとか勝利出来たのだ。この場で戦闘になっていれば、湖の水を利用して強力無比な魔法を駆使していた筈だ。
オレ達は何も喋らず神秘的に淡く発光する湖を眺めている。
イルマが息を大きく吐いて地面に寝転がった。
「本当はな、俺はお前が羨ましいと感じる部分がある。俺は話すのが億劫だからな。話せない、他者に思いを伝える必要性が無いお前は、俺にしてみれば羨望の念すら湧くのだ」
いきなり何を言うのかと思えば。でも、結構イルマは喋っていると思うよ。なんでそんな風に思うのかな。
しばらくしてイルマは続けた。
「……ククク。不思議なものだ。やっとその気持ちを何となくではあるが理解出来たようだ」
え、何が? 自分一人でさっきから何言ってるんだよ。
「……クックック。
俺も孤独な冒険者をそれなりに知っているが、その多くはパートナーに動物を連れていることは多い。戦時に人間よりも信頼の置けるパートナーだと言う理屈は解るが。一番の利点は話し相手なのだな。孤独な夜を供に越える為の。ただし一方通行なのだが。
誰でもいい誰かに己の心を開き打ち明ける事が、これ程に心落ち着く気分になれるとはな。多少彼らを馬鹿に見ていたが……、初めて理解出来た」
そ、そうだね。良かったじゃんか。
でも、オレも言葉は話せないけど、他の普通の動物よりも話してる内容を理解出来ちゃってるからね?
イルマが心を開いて話してくれるのは勿論嬉しいけど。オレが実は【転生者】で、それをイルマは知らないけど。今ちょっとだけ、言葉はきっと違うけど、[恥ずかしい]状態だと思うよ?
逆に気恥ずかしくなっているオレを余所に、ニヒルな微笑を浮かべるとイルマはゆっくりと身を起こした。
「明日皆が起きたら、もう一度、あの水中洞窟を潜る。協力を頼むぞ」
分かった。息が続く限り頑張って水中探索するよ。
翌朝、オレとガンク,イルマが交代で湖の中を潜るけど、やはり結果は変わらない。水中洞窟の中に入ろうとすると何故か水流が発生して押し戻されてしまうのだ。湖の湖面は淡く発光しているにも関わらず水中は暗く視界も悪い。
肩で息をしながら水中から浮上したガンクが提言した。
「無理だ。やっぱ、別のルート探そうぜ。確かに湖の中の洞窟は怪しいけど、どうにもならねぇよ。底にも何も無さそうだし」
「うむ、俺達も他の冒険者同様、一旦引き上げ対策を練り直すのも一計か」
「ナノ、一度ガンマリヤに戻ろう。先にテント片していてくれ」
ナノは暇を持て余すように壁の一部分に彫られた逆さまの象と花なのか太陽なのか分からない造形を眺めていた。
「おーい、ナノ。惚けてないでお前も動いてくれよ」
「ねぇ、やっぱりこの象と太陽が何か手掛かりになる気がするんだけど」
イルマが指摘する。
「既に何度も考察した。関連は無いだろう。只の無駄な遺物だ」
ナノはイルマを無視して顎に手を添え首を捻り、思考を巡らしているようだ。
「なんかあの象、逆さになって、立ってない……、太陽……」
「チッ。ガンク、俺達で準備をするぞ」
「いや、待とう。こういう時ナノの勘は信用出来る気がする」
ガンクとイルマは水面を漂いながらナノを待つようだ。オレは泳いで象と太陽の真下に移動して見上げた。
近くで見てみる。象と太陽だ。随分な年月が経ち傷んでいるのが分かるけど、オレにはそれ以上には何も解らない。
ナノが何か閃いたみたいで手を打ち何度も頷く。
「ねえ! ちょっと仰向けになって沈んでみてよ」
「仰向けに? 何だそりゃ」
「いいから早く」
ガンクとイルマが俯せから仰向けになって湖面に浮かぶ。何も起こる気配は見られない。けれど、しばらくしての事だった。
「あれ? 何か、光が見えるような。うわっ、沈む……」
「むぅ? うお?」
ガンクとイルマが沈んでいき消えてしまったまま、浮き上がってもこなくなった。オレは慌てて急いで彼らがいた場所まで行き、潜って水中を調べたけれどどこにも彼らの姿は見当たらない。
「ランドちゃん手伝って。アタシも行くから、テントとか片付けよう。ちゃんとバカ男共の脱いだ服も持ってってやらないと」
沈む準備をしたオレ達は揃ってドキドキしながら湖面を仰向けに浮かんだ。しばらく何も変化は起こらなかったけれど、ぼんやりと真上に大きな光の玉を認識した途端に水中に引き込まれた。どうやら、きり揉みしながら水中洞窟の中を通り抜けている。
「ぷっは! ゲホッケホッ」
「やっと来たか。待っていたぞ」
目を前足で擦り開くと、すぐそばにガンクが立っていた。
身震いして身体に付いた水滴を弾いて辺りを見回す。壁に突き出た岩場の上に立っていた。水溜まりみたいな地面を歩き下を見下ろすと、眼下には地下5階層と思われる地面があった。先にイルマが降りて待機している。
「やったな。ナノの読みが当たったよ」
「えへへ。もっと褒めて」
オレ達は苦労したけどやっと地下5階層に辿り着いたのだった。
地下5階層は上の階と比べ光源が乏しく薄暗い。視界も明瞭とは言えないようだ。
水中洞窟の先に辿り着いた岩場からその真下の地面へと降り立つ。イルマがランタンに灯りを灯していた。ランタンの形ではあるけど、その下部には魔石が備わり、点ければ十分な光量が必要な範囲で得られる便利な魔道具なのだ。
地下5階層は殆ど自然のままといった光景だった。切り出た地面の左右両側では上の階から水が豪快に流れ落ちている。その崖の上から下を覗き見ても暗く、やたら深いようだ。遠くに地響きのような水の音が微かに聞こえる。もし落ちれば上がって二度と戻っては来られないだろう。絶望的な死の気配に背筋が震えた。
「ランド、あまり崖に近寄るなよ。何が起こるか分かんねー」
ガンクの注意に素直に従い、降り立った場所に戻った。みんなと一緒に視線の先にある1つの真っ暗な通路を前にして佇む。
不気味だ。素直にそう思った。地獄が口を開けてオレ達が入るのを待っているような気さえする。
その時だ。何者かの気配を察知して身体を強張らせた。イルマも同様の気配を感知したようで身構えている。
「注意しろ。あの穴の奥から何か来るようだ。
……おそらく人だ、複数いる、……5人だ」
「冒険者か?」
「判断は難しいな。それにこの足捌き、尋常では無い気配だぞ。全員臨戦態勢を取れ」
言うや否や、5人の男達が奥の通路からその姿を表した。しかしその中の一人の巨漢が二人を両肩に載せ、もう一人が赤髪の女を抱き抱えていた。その5人の中にはハストランで出会った布頭の男、ドルマックの存在もあった。
やけに背丈の高い男がオレ達に気付くと、嗄れた声で第一声を放った。
「おやおや、お客さんのお出迎えですかな」
「冒険者か? まだガキじゃねぇか」
イルマは弓、ガンクは剣を、ナノは杖を掲げ、オレ達は身構える。
「あぁ、よせよせ。コイツらガンク組だ。しがねぇ冒険者パーティだよ」
ドルマックがオレ達に気付いて蔑み笑った。
「カハハ、お前らよくここまで来れたな。褒めてやるよ」
「知り合いですか、ドルマック?」
女を抱いた男がドルマックに尋ねた。
「お知り合いって程でもねぇが、確か全員C級だったが、まだヒヨッコ共だよ。まぁ害は無いだろ。捨て置けばいいさ」
「ふふふ。相変わらずドルマックは顔が広いですね。色々な冒険者とお知り合いだ」
ガンクが睨みを利かせて声を発した。
「ドルマック、てめーここで何をしてる?」
「分かりきった事聞くなよ。デビルエレファントの討伐をしてきたんだよ。もしかして知らずに探索してたか?
この第2カレンド遺跡は魔象がボスだ。お前ら、討伐なら諦めろよ? もう狩っちまったからこの先には期待出来るような獲物はいねぇぞ」
「なに!?」
絶句するガンクにドルマックは更に続ける。
「残念だったな。
しかしお前らじゃ弱過ぎて、きっと返り討ちに合ってたぜ。そう思えば光栄だと思わねーか」
ドルマックは、「なぁ?」とその仲間達と共に笑い合う。
「そう言えば、上にアクアアナコンダがいたろ。倒すのが面倒だったから水路の奥へと誘導してやったんだが、お前らが地下5階に降りて来れたってことは、まだ湖に帰ってねーんだな。笑える蛇だ」
「ハッ。アクアアナコンダは俺達が倒したぜ」
そのガンクの言葉を聞き、再び笑い合うドルマック達。
「よく言うぜ。まぁ冗談は嫌いじゃねぇタチだが」
「本当の話だっ!」
「おいおい、マジな話なのか? あの蛇はなかなか強敵の筈だが。……お前らを少しみくびってたか」
ドルマック達の空気が変わったようだ。やるのかな?
イルマが指差して尋ねた。
「おい、どうでもいいが、貴様等が背負っているのはサルドマト組ではないか? 彼らに一体何をした?」
「アァ? サルドマト? 知らねーよ、関係ねーだろが。おい、さっさと捨ててやれや」
「なっ!?」
ドルマックは、二人を両肩に載せた巨漢とお姫様抱っこしている男に指示すると、二人はそれぞれを崖の下へサルドマト組のメンバーを投げ捨てた。投げられた全員が壁に叩き付けられ、流れ落ちる水と共に遥か下へと落ちていった。
「ドルマック! てめー何してやがるっ!?」
「うるせぇガキだな。この前ので懲りたと思ってたんだが、そんなに遊びたいならいいぜ? 遊んでやるよ」
「上等だ!
イルマは弓と状況判断して臨機応変にやってくれ。ナノは最大魔力で攻めていい。ランド、この前の借りを返してやろうぜ」
了解! やってやる。
オレは全身へ魔力を注ぐ。
「やめなさい、ドルマック。無駄な事はお止めにして退きますよ」
「うるせぇ、俺に命令するな。すっこんでろや」
仮面を被った男が食い下がりドルマックに告げた。
「そうは言っても、もう転移しちゃいますから」
次の瞬間、怪しくぼやけたドルマック達5人の冒険者はその場から姿を消した。




