37.第2カレンド遺跡⑤
オレは動くこと、立ち上がることを禁じられながら耳を伏せて座らせられている。
「先ず結界珠だ。あれは購入すれば一珠1000デルだ。如何に高額なのか、ねこのお前にも解るだろう?」
解りません。ねこなので。
デルっていうのはこの世界で流通しているお金、貨幣の単位だよね。1000デルって言うのはさぞかし高いんだろうけど。
イルマはブツブツ言いながら腕組みしてオレの眼前を行ったり来たりしている。
その脇では、魔力の消費過多で疲弊した顔のナノが地べたに女の子座りしている。隙をついてオレが立ち上がろうとすると目を光らせ、「ランドちゃんお座り!」と怒鳴るのだ。どこの教育ママかな? 少し面白そうにしてるのが見てとれるから、まだ救いがあるように感じるけれど。
「いいか。結界珠ひと珠を入手するのにどれ程の数の魔物を討伐し、ギルド員と金額交渉しているのか知らぬだろう。その苦労をお前は察する必要がある」
はい。それ察しるようにします。反省してます。
「蒼い結界珠は対炎熱専用の膨張型の高位結界だ。あれ程の高熱波をよく防いだものだと、値段相応の価値に関心もしたが……」
イルマがナノを目を細く睨む。
「ナノも多少やり過ぎだ。加減というものを考慮してだな」
「何よ、結果的に助かったし敵も倒せたんだからいいじゃない。アタシは悪くないでしょ」
「む、確かにそうではあるが……」
アクアアナコンダは無事にガンクが止めをさし、今は解体の最中だ。
ナノを責められないと見てその矛先は再度オレへ向けられた。
「まぁいい。
結界珠よりも俺の懐に大打撃をもたらしたものがある。『可虚極』の大風呂敷だ!」
結界珠もその風呂敷もオレが出してってお願いしたわけじゃないのに。
イルマが『可虚極の大風呂敷』との出会いからそれを手に入れるまでの苦労のあれこれと、その能力の事細かな説明が始まった。要はとてもレアな品で、その能力は風呂敷で包んだ物を1度だけ所持者の嘘を本当に変える事が出来るという特殊で特別な道具らしい。説明が長過ぎてナノの頭は舟を漕いでるよ。
「しかし、まさか包んでもおらず、生命体への虚言をも可変化するとはな。入手時に噂に聞いた期待以上の効力だった。天晴れだな」
何かまたブツブツ独り言を言い始めたぞ。怒っていたのに感動してるし。馬鹿みたいにニヤニヤ笑って気持ち悪いな。
「何だ? 気に食わん髭の動きだな。俺を小馬鹿に見ているのか?」
いえ、何でもないです。馬鹿だなんて滅相もない。立派な道具をお持ちで助かりました。
「おーい、お前らも大概にしてこっち手伝えよ」
ガンクが蛇の上顎を持ち上げその中から手招きしている。先程からずっとアクアアナコンダの内部に入り魔核というものを探している。
寝惚け眼のナノを引き連れてアクアアナコンダの元へ移動した。改めて見ると、とてつもない大きさだ。頭だけでも象を丸飲みに出来そうだ。
「俺はこの4本の牙を解体しながらここで見張っている。ナノとランドはアクアアナコンダの咥内へ入りガンクを手伝え。この馬鹿ねこが切り裂いてなければ後頭部辺りに魔核があるだろう」
「アタシやだ。気味悪いし、恐い」
「クックック、魔力を消費したろう。新鮮な魔核分泌液を頂いて回復したらどうだ」
嫌がるナノの背を押してアクアアナコンダの口の中へ押し込むイルマ。死んでいるとは分かっていても忌避感湧くよ。オレも恐る恐る入っていく。
魔核と言うのは魔力を生み出す大元となる魔力発生源のことだ。オレを鍛えてくれたマズマ師匠はそれを魔力の種と呼んでいたけど、正確には魔核と呼ばれるらしい。
魔力の少ない人間や弱い魔物は師匠の呼び方通り小さな種みたいな大きさでしかないけど、強い魔物や魔獣や神獣といった大出力の魔法を放ったりその魔力を供給できる個体は、大体がその魔力の規模に比例した量と質の魔核を持っているらしい。
ちなみに魔核分泌液というのは実際に流れる魔力とは別に、魔核から溢れ出た循環可能な固形魔力源流動体だそうだ。イルマは魔核を心臓みたいに考えると解り易いと言ったけけど、オレにはいまいちピンと来ない。
魔核分泌液は蜂蜜みたいにドロッとした琥珀色が多く、高濃度の魔力が液状化したものなので、ひと舐めしただけでも普通の人間くらいなら魔力が全快するほどの効能があるそうだ。そして身体蘇生や身体活性化にも多大な効力があるらしい。
簡単に言うと、魔核を持った強い魔物を討伐したら、魔核はそのまま売ってお金にしたり加工して武器や防具に効力を持たせたりも出来る。魔核分泌液も貨幣化するもよし薬剤として使うもよし、単純に自身の能力の底上げ、つまりレベルアップのために飲むもよし、といったところだ。
ガンクが琥珀色の液体の中に浮かぶ赤黒い塊を指差して目を輝かせていた。
「おい見てみろよ、この魔核の大きさ。すっげーな。大金持ちになれるぜ」
「綺麗ね。部屋に飾っておきたいくらい」
今までせいぜい拳大くらいの魔核しか捕ったことがないと言うガンクは、人の頭程もある魔核を見て大興奮していた。
「それにこの分泌液の量はどうだよ。いやぁ、倒した甲斐があったな。俺はぐったりした蛇の息の根を止めただけだけど」
魔核の周りを満たしているドロッとした液体を指で掬い、ナノがペロリと口に含んだ。
「ん~! たまんない」
もうひと掬いして再び歓喜の嬌声を上げて手足をバタつかせた。
オレも舌を出して舐めてみる。
何だコレ! 甘く蕩けるのに全身を狂喜の刺激が駆け巡った。美味い! オレのご飯はこれからこの液がいいかも。
「ほう、流石に大層な量だ」
イルマも顔を出して液を掬い舐めて悦に浸っている。
「ふぅむ、高純度だ。
これほどの魔核質ならば大規模魔法も使う。早くに倒せたのは僥倖か。手痛い出費もこれ程ならば帳尻合う、いやそれ以上の価値がありそうだ。戦って正解だったかもしれぬな」
おいイルマ、だったらさっきの説教は何だったんだよ。
「よし、イルマ。他の冒険者に横取りされる前に早いとこ解体してアイテム袋に入れちまおうぜ」
「そうだな、全員、魔力分泌液を舐める手を止めて手伝え」
こうしてオレ達は身体も魔力も全快復すると、地下第4階層湖畔まで戻った。




