36.第2カレンド遺跡④
「皆さん、集まって下さい!」
ギンセントが大声を出した。
「今から遺跡の入り口まで飛びます。一緒に脱出しましょう。手を繋いで決して離さないようにして下さい」
「転移術の巻物か! そんな高価な物をよく所持しているな」
イルマがギンセントの手に持つ巻き紙を見て唸る。
この危機から抜け出せるぞ。良かった、と安心したいけど、ゆっくり感激している暇は無さそうだ。一刻を争う速度で水面が上昇している。既に女の子達の体はぷかぷかと浮かび、足も届かない状況だ。
オレ達は互いに手を繋ぎ合った。前足をナノとサミューラに強く掴まれて少し痛い。
「行きますよ!」
ギンセントが口にくわえた巻物をほどく。水は皆を浮かび上がらせまだ上昇を続け天井までもすぐに到達しそうだ。
ヒュオオオオオオォォォォッ、と頭の中に強風が吹く、そんな奇妙な感覚に意識を奪われそうになる。
幾つかの空間を飛び越えたような映像が目を通して脳に入って来た。耳で音は全く感じていないのに、頭の中で轟音が鳴り響く。
次の瞬間、オレ達は真っ暗な視界の中で固い地面の上に寝そべっていた。近くに第2カレンド遺跡の入り口の穴が見え、横には掘り起こした土を寄せた山がある。
助かった。地上に戻ってきたようだ。
「ありがとう。死ぬとこだったよ。貸しが出来ちまったな」
「いえ、いいんです。僕達も同じ状況でしたし。
こちらこそ、また何かあった時にはよろしくお願いします」
ガンクとギンセントは笑顔で固く握手を交わす。イルマとガンセントも握手を交わし、ナノとサミューラは抱き合って生還を歓び合っていた。手持無沙汰のオレは身体を起こして左肩を抱いて、苦しそうにも笑顔を浮かべるカイネの右肩によじ登り顔を舐めてあげた。ちょっとしょっぱい味がした。
カイネの状態を眺めながらガンクが告げる。
「このままここで夜営するぞ。イルマ、準備だ」
ギンセントが安堵した顔になる。
「俺達が交代で見張りするから、ギンセント達は休んでいてくれていい。襲撃は無いと思うけど、もし何かあったら知らせるから」
「本当に助かります、ありがとう。じゃあ悪いけど、お言葉に甘えてお願いします」
翌朝、早朝に訪れた冒険者達を連れて来た馬車に乗り、ギンセント組はガンマリヤへ引き返して行った。
再び地下4階層まで戻ってきたオレ達。今度は昨日の通路とは逆の方向へ進む。
こちらの通路も反対側と同様に、通路の中央を水路が走っている。ただし水の流れは湖へと向かっているようだ。
まだ力が余っているオレは水路を挟んでジグザグに跳び跳ねて移動する。水路に入り尾を立てて泳いで遊んでいると、イルマに注意を受けた。
神経過敏なんだから。ちゃんと何もいないの分かっててやってるから大丈夫だってば。
現れたゴブリン達をあしらうように倒しつつ、幾つかの別れ道を探索してマッピングもしつつ、休憩も挟みながら確実に進んでいく。
「止まれ!」
「何だイルマ、 【魔力感知】に何か引っ掛かったか? ははーん、さてはとうとうゴブリンリーダーのお出ましかな」
イルマの静止を振り切りながらガンクが進もうとする。険しい顔のイルマに肩を掴まれ止められた。
「何だよ。楽勝だって。ゴブリンリーダーなんだろ?」
「慢心は控えろ。そしてゴブリンの反応ではない。もっと、もっと巨躯だ」
オレもそう感じる。歩く音というより地面を引き摺るような音だ。ゆっくりゆっくりこちらへ近付いて来ている。しかも重量感もありそうな大きさだ。
オレ達はその場に静止して感覚を研ぎ澄ませる。緊張感が増していく。
次第に耳に大きくなってきだしたその音は、オレ達が今来た道の方向から聞こえてくる。
そして、遠く背後の通路から通路一面封鎖しそうな程の巨大な蛇がその姿を現した。
「あれは……、ア、アクアアナコンダ!?」
「い、いやああぁー!」
「ちょ、おいおい。やべーだろ、あれは」
全員が一斉に前へ前へと走り出す。やがてオレ達を視認した蛇はその巨大な体躯を唸らせてどんどん迫り寄って来ている。
あれ?
みんな逃げるみたいだけど、これじゃすぐ捕まっちゃうよ。逃げきれないなら戦った方がマシじゃない?
そう思ってオレは戦闘の催促をすることにした。
猛ダッシュしている仲間達の前を走り過ぎて、通路の壁を蹴りながらピョンピョン跳び跳ねてまわる。
ねぇ、戦わないの? 戦おうよ。
気付いてくれないのか。悲しいな、やっぱり緑髪のお姉さんの持っている水晶があるとこんな時に便利だよな。
そうだ! イルマ、何か情報ちょうだいよ。
「何してる? ランド、邪魔だ」
ガンク、そんなこと言ってないで逃げないで戦お。イルマ、情報!
オレは鈍いイルマをガン見する。情報っ!
「クッ!
あれはアクアアナコンダ、水蛇の一種。火に、否、熱に弱い。物理攻撃に耐久が高い。少なくともB級上位の、魔獣に分類される」
ありがとう! さすがイルマだね。でも確かB級って強いんだよね、頑張るぞ。
イルマからアクアアナコンダを攻略する情報を仕入れたオレは、逃げるのをやめて逆方向へ方向転換して駆け出した。
「ラ、ランド! てめー勝手に行くなよ。
くそ、みんな、逃げるのやめ。戦うぞ」
走りながらオレはアクアアナコンダを観察した。前にハストランの付近で倒したロックワームよりでかいぞ。その大きな口は巨大だったロックワームの倍はありそうだ。
アクアアナコンダは青緑の光沢を放つ巨大な体躯をうねらせて、通路ギリギリの面積を占有しながら迫って来ている。赤く光る目を見ると体が硬直しそうだ。
立ち止まると大口を開けて勢いそのままにアクアアナコンダが襲い掛かってきた。当たれば甚大な被害にみまわれるだろう鋭い牙が上下に4本見えた。蛇だし毒もあるかもしれない。
オレは全身に魔力を漲らせて【身体強化】と【硬質化】を施す。アクアアナコンダと通路の小さい隙間へ跳躍して【物質操作】で爪を長く伸ばした。何回も実践で使っているからやる度にスムーズになってるな、と実感出来た。
アクアアナコンダの眉間に向けてオレは全力のねこパンチを繰り出す。鉤爪の様になった透明なオレの爪が目標を少し外して命中した。けれど浅い!
頭部のやや後方を爪の長さ分だけ裂いたくらいで、アクアアナコンダの動きは止まらない。痛がる素振りすら見せなかった。
マズイ!
そう思った時には既に時遅く、アクアアナコンダの背中をオレは転がった。細かなささくれみたいに反り返った凶悪な鱗に、オレは逆に切り裂かれて地面に落っこちた。
「ランドォ!
ちくしょう、イルマ、何かあの蛇を止める手段を!」
「くっ、こんな所で使う事になるとは。『可虚極の大風呂敷』よ、 俺はこの蛇を食い止め動かさぬ!」
イルマがアイテム袋から1枚の布を拡げ放った。瞬時に巨大化した布がアクアアナコンダの侵攻を拒んだ。不思議な事にアクアアナコンダの開けた口を覆うように包んだ布は破れる事もなくその前進を微動だにさせず食い止めている。
「我が体内に燻る熱き血潮よ。火の精霊と契りを結び豪熱の理を解せよ。彼の者を灼き浚う地獄の釜と化さん……」
オレは膨大な魔力に反応して即座に立ち上がった。その発生源へ目を向けると、ナノが今までに無いくらい必死な表情で杖を振り回していた。
「ランドちゃん、起きたならこっち来て! 早くっ!」
オレは理解してすぐに仲間達のいる場所に戻った。
その間もアクアアナコンダは苦しむ様に苛立つように巨体を震わせようとするが、布が食い止めでもしているのかどうにもならないみたいだ。
ナノが顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。
「イルマ、多分死ぬほど熱いから何かひんやりする物出しといて!」
「無茶言うな!」
ナノは天高々に杖を突き上げると、それを一気に降り下ろして地面へ叩き付けた。
「みんな、死なないでね。メギドバーン!!」
ナノが叩いた地面から物凄い高温の炎が噴出した。その炎の波は即座に燃え拡がっていきアクアアナコンダを包み込んだ。
地獄の釜の中で燻されでもするような熱波にアクアアナコンダは激しく悶えているけれど、その高熱の猛威はこちらにも及んできている。
熱いっ! 熱いっ! マジで死ぬ……
遅れてイルマが蒼い玉をアイテム袋から取り出した。
「クソッ、大奮発だぞ!? 結界珠よ、我らを護れ!」
蒼く薄い膜がイルマの掲げた玉を中心に拡がる。高温に身悶えていたのが収まった。
赤熱の世界がしばらく続き、それが止んだ頃にはオレ達を除いて目に映るもの全てが干上がっていた。
「ほら、ガンク。とどめ行ってきて。ランドちゃんはそこに待機よ」
「俺かよ。やれやれ」
何もしていないのにやけに疲れた顔でガンクは剣を担いだ。
「早く行け。幾ら言えど大損害の出費にオレの気は晴れぬだろうが、ランドは今から説教だ!」
ナノとイルマはオレに怒っているようだ。理由は分からないでもない。また勝手に突っ走っちゃったからな。
みんな、ごめん!!
こうしてオレ以外に大したダメージも負うことなく、強敵アクアアナコンダを倒したのだった。




