35.第2カレンド遺跡③
殺し松の根から地下4階層の地面に降り立った。
薄暗い一つ上の階とは違い、辺り一帯を占める水面が、淡く発光するように周囲を照らしていて幻想感のある場所だ。
それに、生き物の気配に耳を動かす。この湖の中には何かがいそうだ。
「でっけー湖だな」
「うん。凄く澄んでるし、空気も気持ちいいかも」
避暑地の高原へ気晴らしに来たみたいに深呼吸するガンクとナノとは逆に、イルマは思慮深く入念に隅々へ視線を飛ばしている。
「気を緩めるな。この階は地下3階と比べ、楽ではないぞ、おそらく」
「そうか?」
「湖に近寄るな。水路にもだ。何が出てくるか分からん」
湖面の水を手で掬おうとでも考えていたのか、イルマの注意換気にナノがつまらなさそうにする。
壁の一部に人工的な造形が見られる。何を表しているのかオレには全然理解出来ないけれど、逆さまになった象が岩壁に彫られている。その逆さの象の上部に太陽なのか花なのか区別が付きにくい模様が壁から浮かぶように彫ってある。じっと眺めていると少し気味が悪い。
それを見て、皆して首を捻る。意味分からん。
気付けば、地下4階の地面付近まで上から垂れていた殺し松の根は消えており、天井の岩盤に小さな穴が黒く開いているのが見えるだけだ。
湖を正面に見て左右に水路を中央にした通路が伸びている。そしてちょうど湖の反対側の壁の下の位置には、水面下に黒く穴のような洞窟の存在を窺い知れた。
その穴に好奇心が湧く。どうなってんのかな。何かいそうだけど、勝手に湖に飛び込んだらダメだよな。
「何してる、ランド。行くぞ」
ガンクに呼ばれ、てってっ、と後を付いていく。あの穴が気になるなぁ。遅れないように走る。前衛後衛の順番はやっぱり変更無しのようだ。
水路には流れがあるようだ。湖から通路の奥に向かってゆっくりとたゆたっている。水路の流れに沿いながら通路を進んでいく。
イルマが立ち止まった。
「曲がり角の先に2体いる」
通路は大きく右に捻れ、水路は真っ直ぐ壁に当たりながらもその先へと続いている。
じりじりと注意深く進み、イルマが曲がり角の先を覗く 。確認すると、身を翻してすぐ様矢をたて続けに数本射った。
「ゴブリン2体。尾がある。リザードマンとの混血種の可能性、……リザードゴブリンか?」
「おい、こっちからも来てるぞ」
水路の奥から、体に付いた水を振り払いながら更に3体の黒緑色の肌をした魔物が姿を表した。
イルマ,ガンクと向かい合う2体はどちらも体に鉄製の鎧を装備し剣と薄目の縦を手にしている。水路の奥から現れた3体は布製の服に手に槍を抱えている。体長はナノより少し小さいくらいだ。
「イルマは矢で援護、状況判断もしといてくれ。オレは鎧の方を倒してくる。ランド、危なくない程度に槍持ちを相手出来るか。ナノはひとまず待機」
ガンクは振り向いて指示を出すと、防具を着込んだゴブリンに向かって走った。
オレは久しぶりに訪れた出番に高揚しながら、魔力を身体に行き渡らせていく。
「でやぁ!」
イルマの放った矢が鎧の隙間に上手に刺さり、気合いの乗った掛け声と共にガンクが一体のリザードゴブリンを一刀両断に断つ。返す剣でもう一体からの攻撃を受け止めた。
オレは地を蹴り身軽に跳躍しながらリザードゴブリンに近寄る。突き出された槍を避けて、その腕を渡ってその一体の目を潰した。
動きも遅いし、それほど手強そうじゃないや。
左右からリザードゴブリンが槍を突き出したり薙ぎ払わせながら迫ってくるけど、どちらにもイルマの射る矢がオレの背後から飛んでいっては刺さっていく。こっちは布服だから刺さる刺さる。
でもちょっと動くのが恐いんだけど、後ろからオレに当てたりしないよね?
壁へ跳んで弾みを付けて2体目のリザードゴブリンの喉を爪で掻き裂いた時には、残る1体をガンクが斬り倒していた。
「みんなお疲れ~」
ナノがオレ達を労う。ナノはお姫様ポジションだ。
「ふぅ。大した敵じゃなかったな」
「ゴブリンの派生種だろう、あまり見かけない種類の魔物だ」
白目を剥いたゴブリンの顔を見やる。皺と爬虫類の鱗の中間みたいな肌だ。断たれた肉の内側から酷く生臭い悪臭と共に赤黒い血が垂れている。喰えたもんじゃなさそうだ。気持ち悪くすらあるよ。
時折リザードゴブリンや普通のゴブリンの襲撃を受けながら通路を奥へと進んでいく。弓矢を放つゴブリンもいた。
壁の反対側では激しい流水音が地響きみたいに聞こえてきた。所々に泥濘があって、足まで浸かりそうだ、汚い。オレはナノの肩に乗ったりガンクの頭の上でバランスを取りながら進んでいく。
そうやって一本道を歩いて進み、疲れが出た頃、通路の先にまた広間が見えた。広間中央に天井を支えるような大きな数本の柱があり、その柱を伝って水が流れ落ちていた。
地面には戦闘の跡と思われる無惨な姿のゴブリン達が多数転がっている。誰が倒したんだろう、と思っていると、オレ達がやって来た通路の反対側にも通路があり、その脇で4人の冒険者が座って休息をとっていた。ガンマリヤから第2カレンド遺跡まで一緒に馬車に乗って来たギンセントのパーティだ。
「こんにちは。時間的にはこんばんはかな」
リーダーのギンセントが笑顔を向ける。壁にもたれ掛かってる、確かカイネだったかな、弓使いの女の子の左肩が酷く焼け爛れている。他にもそれぞれがそれなりに負傷しているようだ。
「ああ。その子大丈夫か?」
「ちょっとカイネが深刻なダメージ負っちゃいました。僕達はこっち側から辿り着いたんですが、ゴブリンのリーダーらしき魔物がいましたよ。なんとか倒しましたが、手強かったです」
ギンセントが青い顔で目を閉じ汗を滲ませているカイネの額を拭いてあげている。
「薬草が必要か? 譲るぞ。痛み止めもある」
「ありがとうございます。助かります」
イルマがギンセントに薬を手渡した。
「ありがとうございます。火矢を放つゴブリンが多くて薬草使い切っちゃって。良かったら、少し一緒に休みませんか。柱を流れてる水も冷たくて美味しいですし」
サミューラの言葉に賛成してオレ達も腰を下ろして休憩した。彼女の言葉通り、柱を伝う水は最高に美味く喉を潤して元気を取り戻す。
「ガンクさん達は強いパーティですね」
剣を抱きながら胡座をかいていたガンセントが言う。ギンセントと双子というだけあって声も同じに聞こえる。
「うちは一旦引き返そうかと検討しながら休んでいましが。今戦える状況じゃないんで、少しの間でもご一緒してもらえると心強いです」
アイテム袋から肉の干物を出して、それに食い付きながらガンクが悩む。
「うちはどうすっかな。もう少し進めるよな。大丈夫だよな?」
「アタシお風呂入りたい」
「ナノ、諦めてくれ。しばしこの場で体を休ませ少しでも先へ進むか」
ナノがローブの内側の臭いを嗅いでいるけど、大丈夫だよナノ。そんなに汗臭くないから。それにナノは歩くだけであまり動いてないし。
腹も満たされ少しの眠気を感じ出した頃だ。近くの通路の天井の壁が落ちた。突然のことだった。背後でも同様にズズン、と音がして、オレ達が通ってきた通路も封鎖された。
「クッ、閉じ込められた」
イルマが言うやいなや柱を伝い流れる水量が大幅に増え始め、あっという間に足首の高さまで広間は水に浸かった。
「どうする? マズイぞ。このままでは水没死だ」
「クソッ! 固い。この扉滅茶滅茶厚いぞ。ナノ、【土魔法】で何か手はないか?」
扉をどんどん叩きながらガンクが吠える。くぐもった音しか聞こえない。だいぶ頑丈な扉みたいだ。
「えーっと、えーっと、土で使えそうなのは……」
そうこう言っている間に水量は増え続けナノの胸まで達している。柱の上から滝のように水がドバドバ流れ込んでいる。オレは勢いに抵抗しながら水面を掻いて泳いで大丈夫だけど。
どうしよう、みんな死んじゃう。
34話分からスマホのメールで投稿するようにしました。今までが、折角書いた内容が不慮の事故で消滅したり、他にも色々な不都合があって泣きを見ましたが。
メール投稿ラクですね~。




