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30.緑髪のお姉さんのお見舞い

 コンコン……。


 部屋の扉がノックされた。その音に反応して頭だけむくりと持ち上げた。


 扉が開き、白衣を着た男が入ってきた。


「失礼します、ランドくんだね」


 治療師さんかな。


 オレに近寄り側に鞄を置いたその男は、黒い髪を後ろで束ね、不衛生じゃない程度の顎髭がダンディーさを醸し出している。


 オレの側で片足を付き、ふむ、と一つ頷く。


「こりゃまた、痛々しいことになってるみたいだね。何したのかな? ちょっと剥がし取るね」


 言いながらオレを起こし体を抱き上げて、オレの体に巻いた包帯をくるくる巻き取る。傷口が顕になる。


「ちょっと傷跡が残っちゃうかもね。どうする? 綺麗さっぱりにも治せちゃうけど、傷は男の勲章派? 」


 軽そうだな、こいつ。


 部屋の扉からお姉さんが入ってくる。ギルドにいた緑髪のお姉さんだ。


「こんにちは。私もお見舞いに来たよ。

 どれどれ。あらぁ、これは酷い。私がお金持つから、綺麗さっぱりやっちゃって」

「顔と背中の一部が円形脱毛状態になるから、せっかくの立派な黒毛なのにハゲはみっともないよね」


 寝惚け半分だったオレは患部を触診され、その痛みで覚醒した。


 鞄を開いて中をごそごそした白衣の男は、「ちょっと消毒するよ、目を閉じてね」と告げ、取り出したボトルの蓋を開いてチクチク染みる液体をオレの体中に振り撒いた。


 塗り薬を塗って手際良く包帯を巻き直す。


「あとは、お昼と晩ご飯の後にこの薬を飲むこと。打ち身の痛み取りと胃の中の洗浄剤ね。今日は暴れちゃダメだから。しっかり身体を休めること。明日には元気になるからね」

「お疲れ様。ありがとうございます」


 白衣の男はお姉さんに薬を手渡し金を受け取ると、「どうも~」と去っていった。


 緑髪のお姉さんは、近くの机に薬を置きメモ書きを残して窓を開けた。新鮮な空気が部屋に行き渡る。空は青く澄み渡り、風が心地よくカーテンを翻す。


「もうすぐお昼よ。ガンク,ヴァンザード,スマルの3人組はドルマックの言い付け通りに森を元の状態に戻せるかしらね」


 楽しそうにお姉さんが言う。なんでその事を知ってるんだろう。極秘裏の筈なのに。


「そんな不思議そうな顔しちゃって。ドルマックの予想通りで少し悔しいわ」


 どういうことだろう。


「うふふ。私はドルマックにお願いされて、今こうやってランドくんのお見舞いに来たのよ。

 彼が言ってたのはね、『ねこが1匹で深夜にでも森に入るかもしれない。あのねこはヴァンザードやスマルよりも、ツンツン頭のガキよりも根性ありそうだ。ただ、森はスマルの馬鹿たれが酷く敵を興奮状態にさせちまったから、沈静化は容易くはない。翌日に治療師を伴って見舞いに行ってやれ』ってね。

 彼の予想が大当たりでしょ。ちょっと釈よね」


 緑髪のお姉さんは、低めの渋い声を出してドルマックの真似をしたのかな。あんまり似ていないけど、お茶目だ。


 おろした艶やかな緑の髪をかき上げると綺麗だな、と思った。今日は髪を縛り結んでないし、言葉遣いも勤務中よりずっと親近感があって素敵だ。


「ドルマックの事なんていいわ。私はあなたと一度ゆっくりお話がしたいって思ってたから、彼の言う通りにやって来たの。

 ランドくん、あなたの目的は何かしら」


 窓辺に手を置いてお姉さんが訊ねる。


 特に目的無く動いているオレには意思を伝えられても答えられない質問だ。


オレは困った様に首を傾げて見せると、お姉さんは意地悪するように目を輝かせた。


「さて、ここに1つの魔法の道具があります。ランドくんが首輪を付けていてくれて良かった。大助かりだわ」


 お姉さんがオレの首輪に蒼い水晶玉を括り付けた。


「さ、何でもいいから話してごらん。ん? なになに? 私をお嫁に貰ってくれるって? それは嬉しいお申し出ねぇ」


 そんなこと思ってないよ。


「冗談冗談。

 で、ランドくんの目的を教えてちょうだい」


 無いんだけど。


「無いのかー。男の子でしょ? 夢とか目標も無いなんて、男として私はどうかと思うわよ?」


 ……と言われましても、オレねこだし。その日1日をどう楽しく過ごすかが重要で。って、もしかしてオレと意思が通じてる?


「うふふ」


 オレの言葉が分かるの?


「その通りよ。この魔道具があれば意思の疏通は思うがままよ」


 驚いた。


 下さい! それ欲しい! それがあれば、ガンク達とお話しが出来る。


「そんな慌てないの。慌てる子は嫌い。ちゃんと私の話を聞いてから、ね」


 もったいぶってないで、くれ!


「コラッ、先生に安静にするように言われたばっかりでしょ。落ち着きなさい」


お姉さんのいる所まで歩いて足にすり寄ったオレは、抱き上げられて毛布の上に戻された。


「まず、これはタダで渡せれる程の品じゃないわ。何せ、動物と意思を介すことが可能になる道具ですもの。勿論、相当な高価よ」


 え、一体いくらなの? 高いとイルマは買ってくれないかなぁ。


 オレはしょぼんと項垂れて毛布の上で丸くなった。


「すぐ落ち込まない。諦めないの」


 緑髪のお姉さんは椅子に腰掛けて足を組み、腕も組む。


「ランドくんとお話がしたかったって私言ったでしょ。ちょっと色々と聞きたい事があるの。分かる範囲でいいから答えてもらいたいの」


 分かる中でならね。


「うふふ、ありがとう。

 ランドくんは冒険者証に【転生者】とあるわね。自覚はあるのかしら」


 いきなりそこか。【転生者】か? って言われても、前世の記憶とか覚えてないんだ。マズマとか他のねこからは知識が多いとか物知りで不気味だって言われてきたけどさ。


「そうなんだ。

 まず、単に【転生者】と言っても、ただ単に生まれ変わる場合は冒険者証にこんな記述は載らないのよ。特性として記述される場合の【転生者】というのはね、違う世界から生まれ変わりや、この世界以外から特別な生を授かった者だということ。

 つまりランドくんは別世界から生まれ変わったねこなのよ」


 そうなの?


「そうなの。

 この世界にも実はね、【転生者】って数は少ないけど発見されてるの。ギルド職員としては、この記述が発見された場合はギルド本部に報告する義務を負ってる。ランドくんの場合も報告させてもらったわ」


 へぇ、他にもいるんだ。


「この世界に発生した【転生者】の多くは、歴史的な偉業を成す事が多くてね。そういった意味もあって、ギルドが把握するため報告してるのね。

 ただ、ランドくんの場合はねこでしょう。私も報告を挙げるのを迷ったんだけどね」


 オレに偉業を成すのは無理だと思うよ。ねこだし。


「だから、目的とか目標は無いのかなって思った訳なのよ。だって、実はこの世界の破滅を虎視眈々と狙ってたりしたら危険じゃない」


 狙ってないって分かってるでしょ。お姉さん、冗談言うの好きなんだね。知らなかったよ。


「まぁね。いつも真面目な職員をやらせて頂いてますから。

 多分だけど、ランドくんはねことして産まれたから、頭の発達が動物の知能レベルに準じているのかもね。そこが可愛らしくていいところなんだけど」


 もっと頭が良かったら、どう言えばいいか分からないけど、もっと知識を色々活かせる気がするんだよね。


「今、イルマ君とナノさんがガンマリヤで遺跡の調査をしてるわよね。ランドくんも行くんでしょ?」

 遺跡の調査してるんだ。教えてもらってなかったから知らなかったよ。


「あら、仲間なのに。ぞんざいな扱いされてるようなら怒ってもいいのよ。そうは見えないけど、ランドくんは【転生者】でギルドとしてはあなたの成長に期待してるのよ」


 ありがとう。でもみんな優しくしてくれてるからオレは幸せだよ。


「なら良かった」


 森の件ではガンクに心配掛けて怒られちゃったけどね。


「同じ仲間なんだから、心配掛けちゃダメよ。

 さて、本題を言うわね。私からの依頼だけど、ガンマリヤでは今新たな遺跡が発見されて、調査が続々と敢行されてるの。私はその調査結果を貰いたいの」


 お姉さんの依頼?


 これってオレだけの一存で決めちゃって良さそうな内容じゃないよね。ガンク達に相談しないと。


「勿論後でみんなにもちゃんと説明するわよ。まずは、ランドくんがいるからしっかり聞いてほしくて。

 調査結果と言うのは、遺跡で得たもの全てということなんだけどね。そして報酬なんだけど、その調査結果と引き換えにこのランドくんと会話出来るようになる魔道具をあげる。どうかな、欲しいでしょ?」


 そりゃ欲しいけど。でもみんなに聞いてみないと。


「ランドくん以外が先行してガンマリヤに入っているのは知ってるわよ。ランドくんはE級からD級に上がらないといけないものね。

 ランドくんは今日からD級よ。今朝私の承認印押しといたから。安心していいわよ。嘘じゃないから


 本当!? 


「森でいっぱい倒したんでしょ。催眠鹿やスライミフロッグとかいたでしょ。ブラックワームもグレートタランチュラも前に倒してるの知ってるし。

ランドくんの強さは全く問題無いわ」


 やっぱり、バレてたんだ。オレが倒したって。


「バレバレよ。

 じゃあ、私は伝えたいことは話したから行くわね。しっかり休んで元気を取り戻すのよ」


 緑髪のお姉さんはそれだけ話すと、オレの首輪から水晶を外して、「じゃあね」と去っていった。

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