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23.スマルの策

 何だろう、この臭い。鼻がムズムズする。


 ヒックシ、ヒッックシ、あー。むず痒い。


「どうした? ランド、風邪か?」


 ヒックシ。鼻をヒクヒクさせる。させればさせるほど何故だかくしゃみが……ヒックシ! 出るのは……ヒックシ!


「ねこも花粉症ってか。鼻炎か? 」


 笑ってないで、おかしくない? なんかこの辺り臭わない?


 ガンクを見やるも剣を肩に乗せて、不思議そうな心配そうな顔しているだけだ、ヒックシ。人間には分からないのか、この臭い。


 ヒックシ。ヒックシ!


 オレは憎い、よく利くこの鼻が憎い。ヒックシ!


「おーい、急にどうしたよ。本当に大丈夫か? なんか変なもん食ってねーか」


 食ってねーよ。


 オレ達は訓練を兼ねてヒットアンドアウェイみたいなぶつかり稽古をしながら森の入口へ移動していた。半分以上が遊びだ。ガンクは剣を抜いているけど両刃の剣の腹で攻撃を受け止め、攻めるのも剣の腹を向けてくれている。


 もちろんオレも本気じゃない。但し逃げるときは木の枝の上に走れば追ってこないけど。上から飛び掛かるのがまた楽しいのだ。


 ここは森の入口近くだ。あと少し歩けばハストランから伸びる通行路に出くわす。


 ヒックシ!


「体調悪いのか、てゆーかお前結構体弱いな。ガンガン食って身体造って鍛えねーとダメだぞ」


 それはそうだけど、そうじゃないよ。あー、伝達手段が無いってもどかしい。ヒックシ。


 なんかさっきより臭いが段々酷くなってきてないかな。ヒッックシ! オレの体調が悪いとは思えないぞ。


 オレは我慢しながら臭いの強い方向へ進んでいく。森の入口近い位置からだ。町中からの臭いじゃないな。


 その場所へ近付く程に鼻孔をくすぐるむず気は弱まり、その代わりに全身の毛がざわざわと、悪寒のような興奮するような形容し難い感覚に襲われた。


 一体何が起こってるんだ?


 後ろからガンクが付いてくる。「なぁ、どこいくんだよ。さっきからどうしたよ」と、本当に全く気付かないのか。鈍感過ぎない?


 草葉の茂みから辺りを窺っていると少し先から誰かの話し声が聞こえてきた。オレは顔を引っ込め耳をそばだてる。


「これで調合は終わりました。まもなくすると近くの魔物や野性動物から大型昆虫類も活性化しだすことでしょう」

「いつもありがとうございます、スマルさん」

「ボクたちは一蓮托生ですから。少しでも希少性を高めればアナタ達の儲けが膨らみますから。ちゃんと色をつけて下さいね」


 うわ、ウィンク気持ち悪ぃ。ってあれ、ヴァンザードの連れのスマルって奴だぞ。もう一人は一緒に組んでる商人か雇い主かな。


「おーい、ランド! どこいった? ったく、アイツちびだから森で見失うと探し様がねーや。おーい」


 うるさいな、ほっとけ。って大声出しちゃマズイぞ。


「誰かいますね」

「おい、誰かいるなら出てこい」


 スマルともう一人の男が気付いたぞ。ガンクのバカは、ったくもう。


「はーい。ん? あんた、確かスメル?」

「スマルだ」

「何だ、知り合いか。君、こんな所で何をしている。どんな用事だ。森は危ないから帰った方がいいぞ」


 スマルの横の男が手を降って去れと示す。


「オレは冒険者だ。1匹ねこを探して歩いてるんだが。あんた方はここで何をやってんだ?」

「見ない顔だな。まだ子供じゃないか。私達は大事な商談の最中なんだ。分かったら早く立ち去ってくれないか」


 訝しむ顔で頬を掻きながら、「こんな所でねぇ」と呟くガンクに垂らした前髪を弄りつつスマルが告げる。


「本当に早く町に帰った方が身の為です」

「なんであんたに従わなきゃいけねーんだ。俺の勝手だろ」

「森に用があるならこのギャマイットさんを通して下さい。ここは魔物が出ますから。そうしてくれれば、ボク達がしっかりと警護しますよ」


 嘲笑するようにはにかむスマル。ガンクは何か言いたげな雰囲気だけど、それより辺りに立ち込める臭いが気になり過ぎる。神経を逆撫でするような感触に居ても立ってもいられない。


 スマルの足元に置かれた円筒型の缶から強く嫌な、胸糞悪くなる臭いの元が揺れるように溢れ出している。


 気付くと数引きの野犬が集まってきてるようだ。野犬の他にも獰猛な野性動物が近くへ接近している気配がする。猪とかかもしれない。


 頭上の木の枝から1匹の蛇がぼとりと落ちてきた。結構デカイヤツだ。ギャマイットを標的と見据えるように滑るように移動し始めた。


「ボク達は失礼しますよ。実利にならない戦闘などしたくありませんから」

「待てよ。その缶は何だよ。本当は何してたんだよ」


 ガンクを無視して踵を返して、ハストランの方向へ足早に立ち去るスマルとギャマイット。


 オレは草葉の茂みから飛び出し蛇の頭を爪ではねる。のたうつ蛇を放っておいて、勢いそのまま木を掛け上がり猿みたいな動物に襲いかかった。


 くそ、すばしっこい。


 長い手足で枝にぶら下がりオレの横から前から真下から爪の攻撃を仕掛けてくる猿。


 オレは一旦地面に飛び降りガンクの元へ駆け寄る。


「ランド、お前探してたんだぞ。呼んだら出てこいよな」


 そんなこと言ってる場合じゃないよ。この臭いのせいで森の中の生き物達が興奮状態になってるんだよ。オレが数多く狩ったと思っていたけどうじゃうじゃ湧き出るように気配を感じる。


「にゃんにゃんうるせえな。分かったよ、付いてこいって言ってるんだろ。よっと」


 ガンクが剣を振り立ち回り、野犬の3匹を殺し残りを牽制しながらオレに付いてきた。理解してくれた様で嬉しい。


 森から外に出て新鮮な空気を吸い込むと胸がスッキリした。スマルが森のあの場所で何かをしたんだ、間違いない。あの円筒の缶から鼻の利かない人間には影響が薄い動物に悪影響を及ぼす危険な臭いが出ていた。


 でもそれをどうやってガンクに説明すればいいのか分からない。オレには手段が無い。


 お腹も減っているので、ガンクと共にねこも入れる食堂に入る。食堂といっても2階以上が宿を経営している、オレ達がハストランに訪れた初日に泊まった場所だ。


 食事をして一息付くと、午後からどう動くかという話になった。


 オレは正直森に入りたくない。ガンクに、嫌々、と首を振ったりそっぽを向いて食堂内を歩き、ガンクをチラリと見る。


「なんだよ、森の調査はしたくないってか」


 だって、森に入ると気分が悪くなるんだもん。興奮して、攻撃衝動にかられるというか。


 翌朝、ガンクと連れ立って再度森に入っていった。今日は薬草採集兼森の調査だ。昨日のスマルの仕掛けた臭いはまだ残っているが、鼻がムズムズする程度でこれなら心配無さそうかな。


 ハストランの町から森の深部にある蚕の園へ伝って伸びる道を進んでいくと、多く戦闘の跡が残っていた。獸の血の跡、大型昆虫や爬虫類の回収しきれなかった破片も転がっている。


 何が起こってるんだろう。

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