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124.ナノの告白~ねこに語るにゃ静かな夜はもってこい~

 イルマが聞き出した内容によれば、大河の川底の土を盛り上げたナノは河を渡るための足場を造ったという。


 それについて、「出来るなら最初からやれよ」と誰もが思うのだけど、足場となる架台を造るに適した硬さの地質は、この辺りの川底が最適だったらしい。


 そうかな?


 ……うん、ナノは嘘付きだ。オレには臭いで解るぞ。



 次に、ナノが汚れを落とす為に発生させた水は清潔な水だった。水浴びして汚れを落としたいためだけにしては水嵩は増し過ぎなんだけど。



 ここでコルテが物知り顔で言うのだ。


「妖精達にお願いすれば完璧でしょ。ナノちゃんが思い描いたカタチとは多分違うけどね」


 うわぁ……。


 にしし、と笑うコルテに皆不安が過る。


「なによ、その顔は!」

「いや別に……」


 ガンク達の反応鈍く不吉そうな顔色を見て、顔をしかめるコルテだ。それでも気を取り直す。


「そう? ならいいんだけど。

 ウンディーネよウンディーネ、遊び好きな水の精の子よ。楽しい遊びに出てらっしゃい」


 両手を口に当てコルテは河一面響き渡る大声で呼び掛けた。


 木霊となって反響する声。それが消える前に水面から無数の淡い水色をした光の玉が浮かび上がり始めた。


 見ていると、その無数の光は光跡を描きながら水面上を縦横無尽に飛び回っていく。忙しなく幾つもの光が踊り重なり、楽しそうに広がっていく。幻想的な光景だ。



 コルテは、「凄く楽しそうでしょ」と自信満々だ。ドヤ顔だ。

 けれど、ガンクもナノも曖昧な加減で頷く。


 河の水が清浄化されたこと妖精達はとても喜んでいるそうで、コルテは愉快そうに笑いながら魔化コッコーの背中の上に立ち上がるとさらに声を大にして妖精達へ語り掛ける。


「みんな聞いて!

 あたし達河を渡りたいんだけど、助けてくれないかな? 

 河の底に造った架台を足場にして向こう岸まで渡れればそれでいいの。その架台の周り以外の所でならみんなの好きなように思う存分遊んでもいいから。どうかなっ?」


 途端、河の流れが変化した。等間隔に点々と渦が発生したことで生まれた水面の窪み。それが河の反対側までずっと続いていく。その周りには急流が生じて不自然に荒れていた。


 これは全部妖精達が働きかけているのだろうか。凄いや。コルテが提案したように、妖精達はただ遊んでいるだけなのかな?




 こちらへと向き直ったコルテはガンク達にも何か話があるようだ。


「何か水棲魔獣の魔核か魔石でもいいけど持ってない?」

「あるぞ? これでいいか」


 アイテム袋からガンクが取り出したのはアクアアナコンダの魔核だ。あれは第二カレンド遺跡で苦労して倒した魔物のものだな。



 コルテはその水色をした魔核を点検する。


「うん。これで……まぁ十分だけど、せっかくだから霊獣玄武の魔核見たかったなっ」

「それは持ってねーんだよ」


 霊獣玄武の魔核は武具防具に、オレ達が必要な分量だけしか獲得することが出来なかった。配給されなかったのだ。


 ドウォルフの街に甚大な水害被害を与えてしまったし、ドワーフ長のドーバットさんが言うには、霊獣玄武はドワーフの民が管理し続けてきた聖獣でもあるため討伐者はオレ達ガンク組だとしても元々ドウォルフの街にそれは帰属しているのだそうだ。

 だからオレ達は必要以上にその魔核を懐へ収めていない。


 そのようなことをガンクとイルマが手短に説明すると、コルテはガッカリした顔になる。


「ふーん、まいいわ。じゃこれ貰うね。

 魔核を河に鎮めて恒久的に維持される動力源にしちゃうから。もう返せないけど、いいでしょ?」

「必要なんだろ。構わねーよ」


 アクアアナコンダの魔核を河に鎮めることで、この足場がずっと対岸に渡るための橋として機能し続けるらしい。


 橋と言っても、当初ナノが発想したのは架台に橋を掛ける方法だったみたいだ。

 けれど、水嵩を増したことと綺麗な水が増えたことで妖精達が活発化しているから、架台を足場として河を渡る方法へとコルテが切り替えたという。




手早く魔法を掛け終えたコルテ。


「ハイ、これで終わり!

 結構品質良かったんだね、この魔核。ついでに隠匿と自己防衛魔法も付加しといたから、明確にこの場所に目的感じていないと渡れなくしといた」


 コルテは簡単に言うけれど、そうするのは物凄い技術いる筈なんだよな。


「さ、早く渡っちゃいましょ。あたしお腹減っちゃった」

「賛成!」

「うむ。向こう岸で一旦休息をとるか」


 オレ達は魔化コッコーを巧に操り、河中に出来た足場を飛び越えて進んでいく。何度も滑り落ちそうになりながら。

 それは落ちれば急流に飲まれて命を落としそうな、妖精の遊び心が光る危険なアスレチックだった。







「フワァ……。眠いね」


 コルテが広域に掛けた魔除けの魔法が効いているのか、スライム程のの弱い魔物すら出ない穏やかな夜だ。


 テントを張った岩場の上をたっぷり湿気を含んだ夜風が音もなく吹き抜けていく。

 ふと物音に耳が動く。視線の先にいたのは野生のリスだろうか。木の枝の上でキョロキョロと周囲を警戒して木の実を探しているのか上へと登っていく。こちらのオレ達に気付くことはなかった。




 オレは今、ナノと一緒に夜の見張りをしているのだけれど、暇だ。後ろのテントハウスはほぼ安全で快適な睡眠が約束されているような状況だ。

 でもこうもすることが無いと暇で暇で眠くて仕方ない。



 篝火は小さく燃え燻りながらゆらゆらと灰色の煙を薄く夜空へと昇らせている。

 時間は経過を遅く感じさせ、頭の中に湧いては消える数々の思いは止めどなく、これからの旅を案じればそれは不安なものにも幸福なものにもさせた。



 岩場に広げた薄布の上で横座りしているナノは、手で囲んだ足を上に折ると顔を膝の間に埋めた。


「……いい夜だね」


 オレは横のナノを見上げ、その表情を確かめながら尻尾を振った。

 穏やかで静かな、広大な野生の湿原の中だけど目蓋を閉じてうたた寝しても心配無い程に安心出来る、そんな幸せな夜だ。




 しばらくの間沈黙が流れる。


 ねことして生まれてしゃべれないからオレはこれが普通なんだとしても、前世の経験や記憶からこういう状況で話すことが出来ないことのもどかしさを感じてしまう。

 ヘタに喋って、ナノからしてみればニャーニャー鳴かれても困るよね、きっと。



 そうしてお互いに黙ってしばらくの間とりとめもなくぼんやりしていると、ナノはアイテム袋から水晶玉を取り出して身体の横に置いた。


 結界の水晶かな、なんだろう?

 オレはその玉とナノの顔を交互に見やる。


 今この場にはコルテが作り出した魔除けの魔法と多数の防御効果の高い結界が張り巡らせてある。そこへさらにこれ以上の結界を多重させても意味は無い。それにそもそも今夜はそれほど危険なことは起こらなさそうだ。もちろん油断は大敵だけれど。




 ナノが意味深に笑い、口を開く。

 指先で触れた水晶から音もなく魔力の波紋が広がり、展開した円がオレ達を包む。


「これね、音の隠匿結界なの。

 だから、大丈夫だとは思うけど、もし敵が出たらランドちゃんはすぐテントに走ってぐっすり夢心地の男共を叩き起こしてね」


 ……。

 何となく、ナノが言いたいことを理解したオレはナノとの物理的距離を縮めて座った。


 たぶん打ち明け話だな、と。


「本当は皆に話した方がいいことだって分かってるの。でもね、勇気が出なくて。

 打ち明ければもしかしたらみんなに避けられて嫌われて、仲間から弾かれちゃうかもしれなくて。それが怖くて……」


 やっぱり打ち明け話か。

でもナノが思ってるようなことなんか、そんなことないのに、絶対に。


「だから、話しやすいって言えば少し失礼になるかもしんないけど、ランドちゃんにまず聞いてもらおうって。

 ……聞いてくれる?」


 オレはその言葉に尻尾を振って応じる。ナノは微笑むと、「ありがと」と小さく呟いた。



 ナノはオレを見ずに、彼方で夜風に揺れる緑の葉を蓄えた木々に目を向けている。リスの姿はとうに見えなくなっていた。


「……カダストロフ。山々が連なり大陸の南西から北を跨ぐ果てしない山脈だけど。

 ……実は別名があるのね。それは色々と数多くあるんだけど、アタシ達の間で最もよく言われていたのは乱末の山」


 ナノはその所以を語っていく。

 オレがラウルトンさんから聞いた内容と似通った部分が多々あった。初代アーバイン国王となった軍勢が当時この地を支配していた宗教国家群を追い詰め、北のカダストロフ山脈まで追い込み彼らを追放せしめた大昔の歴史の逸話だ。


 そう、その話だ。


 けれど、ナノの語るその口調は逆の語り口になっているのだった。追い詰めたのでは無く、反乱軍を指揮していたアーバインの勢力に追い詰められた、と。



 オレは首を傾げながら顔から表情が欠落したナノを見詰める。


「アーバインに来て、邪竜教だなんて語られていたことに最初は驚いたけれど……、正式には真竜教って言うの」


 ナノが言葉を飲み込む。口からなかなか出ないそれを懸命に押し出そうとしているように感じた。


「……そしてアタシはその末裔。真竜教の……、竜の巫女ってやつね」


 不意に強い風が吹き、オレとナノを強く揺らし通り抜けていった。


 ナノの口から吐き出された言霊のように力ある言葉に、身動き出来ないまま見上げていたオレは彼女の栗色の豊かな髪が前方へと吹き流される姿を眺め続けた。




 ナノが……、アーバイン王国に滅ぼされた邪竜教、いや真竜教の末裔で……、ナノは竜の巫女?





 ナノは、彼方にあった視線をこちらのオレへと戻して唇を捻り上げた。歪に笑うその表情にオレは背筋に何かが走るような感触を覚えた。


「フフ。フフフ……」


 なに、ナノ怖い。


「うふふふふ……。

 ……ランドちゃん、アタシの話が理解出来るようね?」


 オレはナノを見上げる。そして栗色の髪を下ろした目の前の女の子を見つめる。別人みたいな威圧感を感じるのは気のせい?


「ねぇ、……貴方は何者なの? 本当に普通の、ただのねこなの?

 それとも……」


 オレはその質問に答えられない。尻尾すら、自分の意思でも動かすことが困難なようだ。

 それでも目を逸らさず、食い入るようにいつもとは掛け離れたナノの顔を見詰め続ける。


「こうやって話していると、なにか動物に語り掛けてるのなんかじゃなくて、人間にお話聞いてもらってるみたい。そんな不思議な感覚だよ。どうしてだろう?

 どうしたの?

 ……怯えてるの? 怖がらないで」



 静止した時間の中で、ナノだけが動いているみたいな感じになる。場を支配されている。気怠い感覚に包まれる。





 そしてオレは伸ばされたナノの手の平をゆっくり眺めながら、身動き出来ずに背中で受け止めることになる。前にしてもらった時より冷えた指先がオレの背を緩慢な動作で撫で付ける。反射的に背筋が震えてしまう。



「……。恐れる必要はないわ。アタシは復讐を望んでいる訳じゃないの。

 ただ、歴史の流れがそうさせてるだけだと思うの。

 滅びも衰退も、変化も、あるいは人間の激情や慟哭なんてものすら、辿っていけば時の流れの中に埋没しているものよ」


 夜空を見上げるナノ。オレも同じく顔を上げる。星が瞬き宝石のように暗黒の中で光を放っている。空気が澄んでいるため夜空に星の河のような煌めく流れも見てとれた。



 ナノは続ける。


「星が綺麗ね……。黒に埋もれても決して光まで失わない。

 ……アタシは知りたい。この空の星達と同じ……。

 何故起こってしまったの?

 何故人間は祈ることを手放し、戦いに身を投じ続けるの?

 その為ならアタシも戦う。どんなことをしても、何があっても。

 たとえアタシがこのアーバインの中では穢れた血が流れる人間で、血塗られた運命と逃げられない現実に絡めとられていても……」


 オレの背中に触れるナノの指先に強い力が込められる。オレは我慢してそれに耐える。


 ナノ……。



 横を見たナノの口は固く結ばれ閉じていた。強い決意を感じるものだった。





 オレは思い出した。


 出発前に、ナノがカダストロフ山脈へ行くことを拒んだ理由はきっとここにあったのだ。あの時ナノが話した「呪い」は避けることが不可能な自身の運命の鎖として言い換えた言葉だったのだろうか。それとも本当に呪縛として顕現するものなのか。


 だとしたら、ナノのお腹にあるあの黒い顔は一体何なのだ? あれこそ呪いなんじゃないのか?




 ナノは恐怖も不安も乗り越え、自身に課せられた重い「呪い」の鎖を克服して、今はこうしてそれを受け入れているようだ。


 強い。


 強いな、ナノは。オレはただただそう思った。




 不安定な気迫を解いたナノは優しく微笑む。静かに二つの瞳から光の線が落ちていく。


「ごめんね、こんな話しちゃって。ずっと誰かに言いたくて、でも誰にも言えなくて。

 だけど、大切な仲間が出来たら、絶対に話さなきゃって。

 それにね。口から吐き出さなきゃなんか潰れちゃいそうで怖かった。独りで抱え込むにはアタシには少し大き過ぎたの。自己満足かもしれないね。

 だからランドちゃんに、許して、なんて言わないよ。嫌われちゃってもおかしくないようなお話しちゃったんだから。

 ……だけど、それでもアタシの傍にいてくれたら嬉しいな」


 オレは立ち上がるとナノの身体に擦り寄った。尻尾を立たせて、頭を青いローブに強く擦り付ける。


〔ナノ、オレは仲間だ!

 何が起こっても、どんな時だって変わらない大切な仲間だ!〕


 月の光を受けて煌めくナノの瞳を強く見てオレは語り掛ける。じっ、と見て鳴いた。


 やがてその瞳から大粒の光の玉が幾つも幾つも零れ溢れると、ナノは顔をくしゃくしゃにしながらオレにしがみ付くように抱え込む。


「ありがとう、ランドちゃん」


 うん。


 いいんだ、ナノ。よく頑張って話してくれたね。


 ナノのその苦しみをオレが共有していきたい。仲間だからな。


 オレはもう一度、優しい声で鳴いた。

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