125.この砂漠、酷暑につき……
――砂漠だ。
一面砂で出来た山と谷が視界の端まで延々と続いている。
大きな砂山から勾配の少ないなだらかな砂山まで幾ばくもの砂の波が折り重なりながら広大な砂漠地帯を形成している。
……目眩がしそうになる。
……いや、本当にフラフラだ。
暑い!
もう尋常じゃなく暑い。
じりじりと身体が焼かれていくような酷い日光の照射が全身干からびさせようと容赦無く降り注いでいる。
ガンク達を見る。
全員が頭にフードを被ったり肌が出ないような対策をして危険な直射日光から肌を命を守っている。
ちなみにオレも、ハストランで織物商のギャマイットさんから仕入れたねこ用着衣を着せられている。懐かしいオレの愛用着だ。
蚕の森で暴れた時に着ていたフリル付きの花柄ペットドレスはその時にボロになっちゃったから、アイテム袋の肥やしになっていた予備用を装備しているのだ。
今着ているのは清涼感漂う水玉模様でヒラヒラ付きのお洒落なキャットドレス。
……でも柄の涼しさとは真逆に服を着てまた暑いから最悪だ。常にオレは素っ裸だからね。
だけれど、全身黒毛に覆われているオレはこの水玉衣裳が無ければ過度の集熱で本当に命に係わるのだ。ご丁寧に頭には猫耳まで付いているから見た目が少し恥ずかしいけれど贅沢は言えない。
空気は酷く乾燥している。
汗が咥内に溢れ、口を開けばそれが直ぐ様乾いていき、乾くと今度は喉が焼けるように痛む。それを嫌がり鼻呼吸すれば鼻と喉を痛めることになった。
……熱地獄だ。
全員が砂漠地帯の酷暑の洗礼に閉口しながらオレ達を乗せた魔化コッコー達は快調に走っていく。彼らは実に逞しい。
というのも、魔化コッコー達はイルマがラウルトンさんより渡されている便利道具の一つ、水を産み出す魔石と足元の砂地からの地熱を軽減する魔道具を装備しているのだ。
他にも光の反射と熱を緩和することが出来る魔道具まで装備して、砂漠仕様の格好いいニワトリへと変身している。
オレ達の大事な大事な足だ。何はなくともまず彼ら魔化コッコー達を守らないと満足な移動すら出来ず、調査の目処も立たず、果てしない砂の大海の中で死に絶える畏れすらあるのだ。
そう、誰を隠そうオレが魔化コッコー達の護衛役筆頭に任命されている。頑張らないと!
ターバンみたいな白い布を頭にぐるぐると巻いたガンクが俯きながら訊ねる。
「方角は合ってるか?」
「……うむ。間違えてはいないだろう」
「ねえ、休憩しよ」
「俺達は魔化コッコーに跨がっているだけだ。休むとしたら魔化コッコーに疲労の兆しが見えた際にする。そう言った筈だが?
暑ければ口をつぐみ、少しでも負担をかけない方が賢明だ」
物腰きつくイルマが宥め、ナノが項垂れる。
次はコルテだ。
「ねー、本当にオアシスあるかな?」
「お前が言ったんだろう? 二つや三つくらいはある筈だと」
「あたしはね、今後悔してるよ。メールプマインにいた頃の楽観視してたあたしをぶん殴ってやりたい。『こんな地獄の縁に同行するなバカッ』って。
意地でも制止しとけば良かったホントに!」
「分かったからもう喋るな……」
コルテも頭を下げ、フードを目深に下ろす。
中でも一番ツラいのは、多分ガンクとナノだ。
イルマは胸当てに霊獣玄武の魔核を内蔵しているお蔭でオレ達の中で最も保冷されている。超強力な水棲魔獣の加護で快適空間に身を置いている。
それはオレも同じで、霊獣玄武の魔核を飲み込んでいるからオレも比較的暑さに対応は出来ている筈なんだけれど、それでもまだ暑い。だからイルマだって少なからず暑さにムシャクシャしているのだ。
一方、ガンクは剣にナノは杖にその魔核を仕込んでいるからメインの用途としては攻撃用なのだ。だからしんどいだろうな。
全員が酷暑対策の魔道具に守られてはいても、まだ如実にじりじりとダメージを受けていた……。
イルマが静かに声を発する。
「前方に生命反応。おそらくまたサンドワームだろう。
ガンク!」
「あーいよ」
先頭のガンクが剣を抜き、砂地でモコモコ畝っている部分へそれを振り抜く。飛んでいく剣線がモコっている砂地に直撃すると、でっかい水道管みたいな白色ミミズの胴体が砂の海から顔を出してのたうち回った後で静かになる。
さっきからずっと砂漠を走ってきて、同じ様な光景がもう数回続いていた。さすがに見飽きて、もう何も動じも感じもしなくなっていた。作業化されているのだ。
余計な労力を使うのも憚られ、魔物の素材回収すら放棄されて先へと急いでいる。
剣を仕舞いガンクが訊ねる。
「……あとどれくらい進めばいいんだ?」
「無駄な質問をするな、暑苦しい」
「いいから答えろよ」
ガンクもイルマも気が立っている。暑さのせいだ。
「今来た道の数百倍の調査道程が残っているだろうな。分かったなら黙れ。もう訊ねるな」
コルテがうんざりした声を出した。
「ガンクの馬鹿」
「ああ、そうだな。聞かなきゃ良かったぜ、すまん」
オレ達は再び閉口しながら先の見えない遥か彼方を目指して進む……。
耳鳴りのような音が響く。朦朧とする意識を手繰り寄せる。
「むぅ……、そろそろ観測地点だ。一旦停止してくれ」
「あーいよ」
ラウルトンさんに渡されている便利道具の一つ、測量の魔道具をイルマが砂地に落とす。
落とされた八面体の物体は地表に達すると、するすると回転しながら地中へ潜り込んでいく。『ノードラバース』という名前の魔道具らしい。
地中に埋め込まれた『ノードラバース』は点と点を線で繋ぎ、それが三点以上になるとその範囲内の地表の形や面積、さらに一定の深さまでに体積した地質から解る辺りの気候や環境などのデータを読み取ることが出来るということらしい。詳しくはオレにも分からないのだけれど。
それを観測可能なギリギリの範囲内で地中へ埋め込みつつ進行しているのだ。
そう、この『ノードラバース』があればこの砂漠地帯が獣人達の新天地に適しているのかそうでないのかが正確に判断が出来るのだ!
……いや、こんなもんなくてもここが豪熱地獄で不毛の土地だってことは分かりきった事実なんだけれども……。
「よし。では行くか」
「ああ……」
ちなみに観測データが結果として出るのに一月はかかるらしい。
イルマが持つホストコンピュータみたいな大型『ノードラバース』へとその結果が送られるそうだ。
イルマが方角の指示を出し、次の測量魔道具を埋め込む為のギリギリの観測地点目指してオレ達は再度魔化コッコーを走らせる。
ナノ、寝ちゃダメだ。寝たら死ぬぞ!
オレはナノが乗る魔化コッコーに同乗させてもらっているのだけれど、無言を貫き通している上のナノを見上げて焦った。
あっ、横を見ればコルテまで。
起きろ! 気をしっかり持て、死ぬぞ!!
「ふむ、これで十二匹目か。その全てがサンドワーム……」
「なんだよ、ブツブツ言って。気でも狂ったか?」
朽ち果てる白肌のミミズを通り過ぎながら、ガンクとイルマのやり取りに耳を傾けた。
日は沈み始め、まだまだ過酷な暑さに辟易するけど少しくらいは気温は下がったのだろうか。
サンドワームは果てるとその肢体の先から干からび萎びていっている。まるで砂に空気に水分を奪い取られているようにも見えるからおぞましくなる。
次の観測地点に辿り着くと、『ノードラバース』を砂地に落としつつイルマがもっともなことを言う。
「やはり夜に移動する方が好ましいのかもな」
「ハァ?」
「……おい。今更になって言うことかよ」
砂埃にまみれて……、顔に細かな砂を付けながら睨むコルテに同じ顔で落胆するガンク。ナノは朦朧としているようだ。
オレもガンクに同意だ。いい加減怒るぞこの!
今になって言うことじゃないだろ、この暑い中旅してきて魔化コッコーもフラフラじゃんか。
そりゃ砂漠を旅するのは猛暑になる日中を避けて日が陰り気温が下がってからか夜に移動する方が断然楽だ。
でも最初に言ったのはイルマだ。「日中に砂漠を移動することで得られる情報がある」と。
それは気温がどの程度になるのか、どれ程体力を消耗するのか。魔化コッコーの体力は。魔物との遭遇率にその強さの度合いは。
「データが必要だ」とイルマが言った言葉に従って来たのだ。「全ては獣人達の国の為、調査の為」だと。
分かる。意味は分かるのに。あー、イライラする。
暑さと疲労のせいだろうけど、腹が立ってしょうがない。
イルマが説明する。砂漠に入る前の朝方聞いた内容をなぞりながら話していく。苛立ちが加速する。
「イルマ、ふざけんじゃねーぞ? こっちは死ぬ思いになりながら一日耐えてんだよ。それがやっと涼しくなり始めた頃になって、『やっぱり涼しくなってから動こう』ってなどういう了見だよ。
んなこたぁ初めから分かりきってたことだろーが!」
「感情を抑えてくれ。
朝に伝えた筈だ。今回は調査を含めた砂漠の旅だとな。苦痛に耐えることも調査の内だ。重きはデータにあるのだ」
「命より大事って言いてぇのか?」
睨み合うガンクとイルマ。
魔化コッコーを乱暴に操りイルマの正面にガンクが向かう。不意に、景色にそぐわない華やかな香りが漂った。潤いが辺りを包む。
やったのはコルテだ。周囲にフローラルの芳香が漂い一気に気持ちがクールダウンする。気温までも幾らか下がった気さえする。
「ふぅ、やっと一息。
お二人さん。いがみ合う気持ちは分かり過ぎるくらい分かるけど、暑苦しいだけだからやめて頂戴。
ガンクは落ち着いて。イルマの言い分は、伝え方が雑だけど内容は至極正当よ。でも甚だ身勝手で頭にくるけどね。
で、イルマ。アホかあんたは!」
「む……」
「む、じゃないわよバカちんね。皆疲れて精神異常来してるの。察しなさい。ケンカ誘発してどーすんの!
あたしが魔道具使ってなきゃ仲違い一直線だったよ?」
どうやらコルテか使ったらしい魔道具もラウルトンさんに渡されていた物らしい。それには苛立ちを解消させ、熱く滾ったハートを一瞬で逆転させられる効果があるようだ。
ラウルトンさんはこうなることも見込んでいたのかもしれない。
冷静になったイルマが事態を把握し、「すまない」と頭を下げた。イルマも責任感が強過ぎなきらいがあるからな。
さっきまで朦朧として揺れていたナノも今ので回復したようだ。
「何? どうしたの、変な空気だけど」
「いや、何でもねーよ」
「変なの。
ねぇイルマ、次はどっちの方角に向かうの?
……あっちに多分なんかあるよ」
ナノが指を指す。その方向はイルマが判断する旅の行き先とはずれているようだけれど。
「……ふむ。さてどうするか。
リーダーよ、方向的に道を逸れることになるがどうする?
俺も少々意固地になっていた。序盤も序盤の内から気を急き過ぎていた。多少弛く進むことも一つの手かもしれん。急がば回るのも必要かもな」
非を認めるイルマに笑顔を見せながら、ガンク組のリーダーとしてガンクは進む道筋に結論する。
「そうだな、旅は楽しく行こう。
無理強いられながら進んでも辛くなるだけだしな。寄り道するか」
オレ達はナノの勘便りに砂漠を進む。当てずっぽうでもなく、時にイルマの探索魔法を越える精度をナノが持っている。そのことをみんな分かっているからな。




