103.船上の宴①
目を開いた視界には絵に書いたような地獄の惨状が広がっていた。
ソルノに連れられて、オレとガンクとレームスさんは乗ってきた小型船から魔族軍の超大型船に転移していた。
転移した場所は甲板室天井の上だった。そのすぐ下には広大な甲板から船首楼、つまり船の正面部の先端までに目を背けたくなるような凄惨な死の光景が月明かりを受けて目に映った。それはまさに地獄絵図だった。
おびただしい程の骸が甲板の上に無造作に転がっている。たぶんその全員が船員だった魔族兵だ。彼らの濃くて重苦しい血と死の臭いが穏やかな夜風に運ばれてオレ達の間を通り抜けていっている。
吸い込めば吸い込んだだけ体のどこかの機能に不具合が出てしまいそうな、体に取り入れたくない空気が生まれていた。
ガンクもレームスさんも口を押さえながら絶句していた。
「ほら、戦などとうに片付いていると言ったでしょう?」
「……」
「……」
ソルノの言葉に頷くことも放棄して無言で答えたガンクとレームスさん。
一騎当千って言葉があることは知っているけれど、尋常じゃない。
自然と震え始めた体を懸命に制して辺りを伺っても、視界の中で息をしている者は頭に巻いた布を取り払ったまま腰を下ろしているドルマックと、船首楼近くで何やら動いているドルマック組の巨漢の男だけだった。確か奴は“空槌のワンスタン”だったかな、と思い出した。
この船に乗っていた魔族軍は全滅しているようだ。ドルマック達に完全に皆殺しにされてしまっている。
サーモアンの町でエンデとカンデから話を聞いた時にはオレはムカっ腹が立って、「悪い魔族なんか皆殺しにしてやる!」って確かに思いはした。強く激しい憎しみの衝動に駆られた。
でも、今目の前に広がる皆殺しになっている凄惨過ぎる光景を目にしてしまうと、自分が望んでいたものは果たしてこれだったのか、とオレは自問自答してしまった。
オレ達が自ら手を下していないせいで、振り上げた手の下ろし所を失ってしまったってこともあると思う。でもきっと、本当に望んだ結果はこんなことじゃないって、オレはそんな思いが湧いてしょうがない。
オレ達の存在にドルマックは気付いたようだ。こちらを見上げて顔をしかめた。
「……遅かったな。
どうせ迷ってたんだろ。違うか?
チンタラしてる間に俺が敵を一掃しちまった。お前らの分は残ってねぇよ。残念だったな」
ドルマックはガンクに向けて言葉を発したようだった。腕や顔をタオルで拭っていた。
その雰囲気は一仕事終えてスッキリした快活さすら感じるものだった。ただし、タオルで拭いているのは汗じゃない。浴びてしまった返り血みたいだ。
ガンクの肩は細かく震えていた。今立っている場所から下の甲板全体を見渡して、ガンクは目の焦点をドルマックに合わせた。そしてドルマックを睨み付けながら重い口を開いた。
「なんでこんな事をした? ここまでやる必要があったのか?」
「あ?
何を的外れなこと言ってんだ、甘ちゃんが。戦争してんのに敵を殺しちゃマズイってのか?
変な理屈言いやがる」
可笑しそうに笑いだしたドルマックにガンクは歯ぎしりをしている。
甲板の上には体が繋がっている骸から一部が千切れて欠損しているもの、誰のものか分からないような手や足の部位や飛び出した臓物までが溢れていた。闇夜に浮かぶような白目剥いた苦悶の表情で散乱している顔もおぞましくて直視は堪えられない。
船の上は血と肉塊と臓物で汚れきっていた。それらを汚い、と素直に感じていいものかどうか、オレにはよく分からなかった。
ワンスタンが動いていたのは掃除をしていたからだった。せっせと甲板の端で甲板に散らばったものをひと場所へとかためて集めている。
ふと気付けば、オレ達と一緒に転移していたジルも足元の甲板に降りて赤く濡れた地面に手を触れていた。一体何をしているんだろう。
ガンクが声を張り上げた。
「ドルマック! 何も、全員皆殺しにしなくても!」
そうだぞ。
絶対にギャンダンさんもこんな命令は下していない筈だ。オレにはギャンダンさんの人となりは知らないけれど、侵略してきた魔族全員を皆殺しにするよりも、捕らえて真意を知ろうとする筈だ。
もちろん真意も何も、アーバイン王国への侵略の意図が本意だろうけどな!
ガンクの言葉にドルマックは不思議そうな顔をしているようだ。
「つまり、捕虜で捕らえておけばお前は満足で罪悪感もないってのか。なるべく敵にも死者を出さずに。
コイツらは侵略者で、俺達は侵略された側なのに?
優しいお前は情けをかけたかった、って言いたいってことか?」
ガンクは甲板に飛び降りた。オレもガンクに付いて甲板に降りた。甲板室の天井よりも噎せ返るような酷い臭いに鼻が曲がりそうになってくる。
「情けなんかじゃねー。人としてのだな……」
「へっ、俺は中途半端は嫌だ。だから殺した。しっかりとな。
敵の魔族兵も殺す又は殺される覚悟を持っていた。対する俺もそれは同じだ。そして結果としてこうなった。
一体何が悪い?」
「相手は人間だぞ」
「だから何だ。魔族も人間だったからって、何だ?
コイツら全員魔族でも人間でもなく魔物だったのなら、お前は平気いられて何の罪悪感も沸かないってのか。
甘ちゃん野郎のガンクくんは随分と都合のイイ心の持ち主だな。え?」
ドルマックは足元に転がっていた一本の腕を手に取りガンクへ投げ付けた。ガンクは投げられたその腕を手で掴もうとして、それをやめて避けた。投げられたその腕は甲板室の扉に当たると嫌な音を立てて背後にに転がった。
ドルマックはガンクに興味を失った様子で、ため息をついたようだ。
「ったく、ソルノよぉ。何でこんな甘ちゃん野郎を連れてきたんだよ」
「宴には大人数の方が盛り上がると思いまして。どうせなら楽しく騒ぎたいですから」
ソルノは相変わらず無表情を貫いたまま訳分からない言葉を返した。
ドルマックはソルノに対してもため息を付いて、「ソルノを理解するのは困難だわな」と嘆いた。
オレはソルノの言ったことについて考えてみた。
楽しく騒ぐって、この船上で?
ソルノは本当の異常者だ。何言ってんだ、馬鹿じゃないかな。
話す言葉がミスマッチ過ぎてオレも理解の範疇を越えて、やっぱりどう考えてみてもソルノは異常者で狂人だ。
ついでにドルマックの馬鹿野郎も異常者だ、とオレは断定してやった。
ソルノはまだ甲板室の上に佇み下を見下ろしながら緩やかな潮風にワカメのような髪を揺らしていた。
ソルノの隣ではレームスさんが腕組みしながら目を閉じていた。
ドルマックはオレ達の横に顔を向けると、「味わってねぇでさっさと吸っちまえ」とジルに命じた。「はぁい」と嬌声染みた声を上げたジルは地面に付けていた手を体の前の中空に翳した。すると次第にどんどんとジルの顔の血色が良くなり彼女の青髪は艶っぽく変化していった。
ジルはこの甲板の上に零れた血と多数の骸に詰まっている血を、その翳した手の先から吸血しているようだった。
”吸血鬼ジル“か、なんて奴だよ、まったく。どいつもこいつもドルマック組は異常者ばっかりだ。
ソルノが思い付いたように口を開いた。
「そうです、滅多に無い機会ですし、互いの価値観でも話し合ったらどうですか?
ドルマックとガンクのお二人を私は決して相容れぬ水と油のようには感じていませんよ」
「どいつもこいつもふざけたことばっかぬかしやがる」
ドルマックは怒ることすらアホらしいと呆れた様子になって立ち上がると、船首楼の方に向かおうとした。そして毛髪の代わりに文字で埋まったドルマックの頭が鮮やかに月に照らされた。
オレはハストランの町にいた時に蚕の園でその頭から放たれた文字の刃が鮮明に脳裏に過ってしまい震えることになった。
四肢に、それから全身に強く力を加えた。
同じ様に頭に記憶が再生されたのだろう、ガンクも歯を噛み締めていた。
「待てドルマック。まだ話は終わってねぇぞ」
「なんだよ、鬱陶しいな。
もういいだろ、さっさと帰れ。邪魔だ」
「答えろ。お前の目的は何だ?」
ドルマックはガンクに振り向いた。
ガンクは剣に手を掛け迷わず抜き払うと、その切っ先を真っ直ぐにドルマックへ向けた。
ガンクが構えるその様子を見たドルマックの目はまるで品定めするような、深く覗き込んでガンクという人間そのものを識別でもしているような奇妙な光と色をしていた。
やがて口元は歪んだようには変型していき微笑の形で止まるとゆっくり開いていく。
「……いいだろう。
教えてやる。オレの目的は、勇者になることだ」
「勇者だと?」
えぇっ?
勇者になる、だって!?
ドルマックが?
ダークで重たい話がしばらく続きそうです。
気分を重くさせてしまったらすみません。




