102.狂人ソルノの招待
やけに月が煌々と輝いて見えた。執拗な程に。
オレをじいっと見詰めるソルノ。その双眸がオレの全身を嘗めて回り、その感触は身体の奥深くまで浸透していく気がして不快感にたまらず毛が逆立っていく。
「警戒しないで下さい」
無理だろ。
いきなり現れて透視でもするような目を向けられてるんだから。
それでもソルノは続ける。敵意を撒き散らして殺気を醸した船上全てを無視して。
「イイですね。ランド、お前の魂は面白い。持って行きたいくらいに。
そうです、船上に招待したい。暴れたいのでしょう?」
暴れたい?
「お前はねこだ。しかしねこらしからぬ。それは何故か……。獣は本能的に暴威なるもの。
深層に押し止められた悪意が嘆いています。皮を被るのもいい加減になさい」
深層の、悪意?
オレの心の奥深く……。オレはねこであり【転生者】……。
じっとり湿気を含んだソルノの視線をガンクの体が遮った。オレの目は光を無くしかけていた。オレはガンクの背中をぼんやり眺めた。
「てめー何勝手言ってんだよ。訳分かんねーことほざきやがって。
ランドは俺の仲間だぞ。獣呼ばわりすんな! それに持って行くだとか、フザけたこと言ってんじゃねーよ」
「これはこれは。
失礼しました。私としたことが久し振りに良質の魂魄を目にしたもので。つい昂ってしまったようです。
貴方も筋の良い魂をしていますよ、ガンク」
「魂だ?
そりゃ喧嘩売ってるって解釈でいいのか?」
ソルノは絶対的強者といった余裕を見せながらガンクを見据えているようだ。
オレは小柄ながらも力強いガンクの背中を見詰めながら、さっきまでの考えを中断して再度臨戦態勢になった。
それでも対峙するソルノに畏怖の念を抱かずにはいられない。
だって、ソルノと対面していてもその実態は朧なんだ。
それは人形とか映像とかの作り物ってことじゃない。実体はそこにあるってちゃんと頭で判断出来るのに虚像みたいな空虚性をひしひしと感じてしまう。ソルノを見ているだけでも不安感や喪失感みたいな感覚を抱いてしまうのだ。
怖いよ、こいつ。たぶん、魔物とは異なったこの世のものとは違う幽霊染みた怖さだ。
夜風になびく重たそうな黒髪を後ろへはね除けたソルノ。多量の毛髪は月光を受けて気味悪い光沢を放っている。不味そうなワカメみたいな髪だ。
ソルノの隣で青髪の奴がガンクを指差しながら、「ドルマックと似てる」とはにかんだ。やはり開いた口の中は以前に見た時と同じく真っ赤の状態だった。
どうなっているんだろう。
「これジル、ガンクをからかってはダメです」
「おいチビ、俺がドルマックと同じだと?」
「うん」
青髪の奴におちょくられたと思ったのか、ガンクは手を掛けていた剣を抜き払った。レームスさんが「ちょっと、冷静になって」とガンクの肩を掴んでいるけれど。
オレはそこで思い至った。
この青髪の奴がジルってことは、こいつが“吸血鬼ジル”か。アーネット隊長が言っていたな。それに”反魂師“のソルノ。
……反魂ってなんだ?
ん?
吸血鬼ってことは、このジルが魔族の船団の周囲の海に広大な霧を発生させたのかな。なんか、吸血鬼って霧を使うイメージがあるし。
まじまじとジルを見ながら思惑を深めていたオレの様子を、ソルノは酷く興味深いといった目をして食い入るように見ていた。オレはその視線に気付くと何故か慌てて隠して、平静を装おうとしてしまった。
「ふふふふふふふふふ。あはははははははははははは……」
突然、顔全体は無表情のまま口だけ笑い声を上げ始めたソルノ。小型船の上にいた全員が驚いて引きつった顔になってしまっている。
レームスさんとオレ達は問題無いとして、オレはこの船に同乗しているヨゴ達のパーティが心配になった。
彼らを案じて見てみると、全員が完全に怯えてしまっているようだ。一応冒険者として『C』と『D』の級を持っていて、少なくからず死線をくぐり抜けて来たメンバーの筈だけど。その度を越えてソルノは不気味だったようだ。
しばらく頭のネジが外れたような具合に狂った感じで笑っていたソルノは、やがてその不吉な笑い声をピタッと止めた。
「ああ、暑い。今夜は酷く蒸す。そう感じませんか?」
「おいおい、頭沸いてんじゃねーか。コイツ」
さすがのガンクも狂人を見る目をしてソルノを剣で差しながら、横のレームスさんに同意を求めた。
海上は少なからず心地良い夜の涼風が流れていた。波は已然穏やかだ。でもそれもソルノのせいでうすら寒く感じるし夜の気配は怪し気に心を狭くすぼめさせてくる。
だから決して蒸し暑いなんてことはない。寒いか、いや震えるくらいだと思うぞ。
ソルノはガンクの物言いにも意も介さないという調子を保っていた。いやむしろ平静なんだと感じる。
横で再びオレを見ながら、「ねこ……。ねこ……」と呟き始めたジルの頭をソルノは軽く叩いた。
「ジル、霧を中和なさい。
電波遮断を中断してサーモアン司令のイルマと連絡を復帰させましょう。彼とコンタクトを取りたい」
「はぁい」
オレ達が待機しているのと同じく後方で二隻の小型船が現在も待機していた。
サーモアンからの迎撃部隊について質問したソルノは、その指示出し役がガンクだということに驚嘆の言葉を放ちながらもガンクに提言して話を進めていった。
「あちらの船上にて世にもめでたい宴を開いています。是非お越しなさいな。きっと皆さんの後学にもなることでしょうし」
「あのな、てめーいい加減にしろよ。さっきから仕切ってんじゃねーよ」
「まもなくそちらのイルマとも無線機で会話出来ますから。
まさか怖いんですか? まさかそんなことは無いと思っていたのですが。
楽しい催しを開催しますから。損はしません。是非ともお招きしたいだけなのですよ」
「怖い、だと?」
ソルノはガンクの心の動きを読んでいるようだった。どう言えば、どう挑発したらガンクが応じるか心得ているかのように。
オレはソルノがこんな話の持っていき方でドルマックを動かしているのではないかと、ふと考えた。
そして、オレが予想した通りにガンクは答えたのだった。
「へっ、いいだろう。
せっかくのご招待は参加しなきゃ無礼ってもんだよな」
「さすがガンク、それでこそ男の中の男」
ガンクは剣を握り締め、刃の腹を片方の手で打ちながら不敵に笑った。未だ無表情のソルノも心なしか満足気に見えた気がした。
でもレームスさんは困惑気味だ。
「うーん……。いいんでしょうかね。一応今は戦争の最中ですけれどね」
「それならお気になさらず。
今回の侵略者は我々が真面目になる程の相手ではありませんでした。現状、ほぼ決着済みですから。どうぞゆるりと気を解されて貴方もご参加下さって結構ですよ」
首を向けたソルノの先を見ると、海上に残っていた魔族の船団は超大型船のみだった。他の船は姿形も見当たらない。全て沈められてしまったのだろうか。
ガンクは無線機を壊すような勢いで叩きながらイルマを呼び続けていた。
「……おーいイルマ、応答せよ!」
「……、……ンク、ガンク!?
聞こえるか、ガンク!」
「はいはい、聞こえてるぜ。こちらガンクだ」
ガンクはイルマにこちらの今現在の状況を伝えた。
イルマによるとサーモアンの町の方では未だ魔族との激しい陸戦が続いている様子だった。
魔族の超大型船船上にオレ達を誘いたいというソルノの話には納得出来ないイルマだった。
「話の大筋は掴めたが、勝手な行動は許されん。
いいか、ドルマック組と馴れ合う必要は無い。お前にはお前の任務があった筈だ」
「ちゃんと覚えてるよ。でも魔族の船に乗り込まないとサーモアンの町の人達を助けられないだろ?」
「むう……」
それを聞いた時にすっかり頭から抜けていた、魔族の斥候部隊に連れ去られてしまったサーモアンの人達を救い出すことをオレは思い出した。
可哀想なエンデとカンデの顔が頭に浮かんできて、オレは前足の爪先を強く握り締めた。
でも他の船は既に海の中に沈んでしまっているし、もしその船内に悲運の囚われの人達がいたとしたらもう手遅れかもしれない。
くそっ、どうしよう。
ガンクの手から無線機を奪ったソルノがイルマに向け言う。
「イルマですね? ソルノと申します。
どうぞご安心を。当方のサクスティーが無害な町民を先に連れ出しております。残りはご無体を働いた魔族共のみですから。心配には及びませんので、どうぞおたくのリーダー方をお借りしたい」
「本当なんだろうな?」
「疑い深いのも一つの罪。信じられぬと言うのなら、ミョウビシ船の残りの乗員に助け出した彼らを先に町へと送還させるまで」
「分かった。ならそうしてくれ」
ガンクの代わりにソルノがイルマと無線機で話し、囚われのサーモアンの町の人達は町へと送り届けられるようだ。
ガンクの方はというと、レームスさんの首に手を回して彼の説得に掛かっていた。
ナノがサーモアンの防衛任務になって、ガンクは海岸の岩場で石を積み上げていたエンデとカンデのママも友達も、「絶対に助け出してやる」と出発前の町でナノに約束していた。それが自身の手で助け出せずこんな形になってしまい不甲斐ないという顔をガンクは見せていた。
確かに今のこの状況ではオレ達の手で彼らを助け出してあげる機会はとうに失われているようだ。
だからガンク、仕方ないよ。
助かっていればきっとエンデもカンデも喜んでくれる筈だよ。
そして、ガンクとレームスさんにオレの二人と一匹をドルマック組の元へと転移させるためにソルノは魔力を高め始めた。
船に残るヨゴ達にソルノは一言、「貴方達はまだ宴への参加には至らない」と言い捨てていた。
ガンクは彼らに無線機を預け、これからイルマと連携して指示を仰ぐようにと命じていた。
どっしりと水気を含み黒々としたワカメのようなソルノの髪が潮風に揺れている。
あソルノが手を広げた。
「それではいざ、参りますよ。赤き花弁舞い散る壮麗なる船上の宴に」
オレは目を瞑り、身構えた。
たとえこれから何が起きてもいいように、心を固くさせながら。




