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104.船上の宴②

 ドルマックが勇者を目指していたなんて驚きもいいところだ。オレが知ってる勇者の中で、ドルマックみたいな奴はいなかった筈だ。


 例えばもっと正義感に溢れて、どんな困難な状況にも強い敵にも魔王にだって負けずに立ち向かうような、そんな立派な奴だ。


 ……あれ? オレは勇者という知識を前世で得ていたのかな。やっぱりオレは【転生者】だからなのかな。なんでこんなことまで知ってるんだろう……。


 いや、今はそんなことどうでもいいことだ。こんな危険な奴を、危ないトチ狂った奴らのいるパーティを勇者のパーティにしちゃ絶対にダメだ!




 オレがそんなことを考えているとレームスさんが甲板に降り立った。

 気付けば、流された血で赤黒く濁って広範囲にぬるぬる滑りそうだった足元の床は随分と表面的には綺麗になっていた。ジルが血を吸引したからかな。


 レームスさんは怒っているようだ。ドルマックを見据え仁王立ちして告げる。


「勇者っていうものは弱き者を救い、悪い敵を討ち滅ぼす強き者です。それが真の勇者ですよ。あなたはそれには似つかわしくありません」


 レームスさんはいつになく鋭い挑戦的な目をしていた。ドルマックが打ち明けた彼の意志を根っこから否定した。


 そう言えば、レームスさんは町から町へ治安維持しながら周回している隊員の一人だったな。普段は飄々として安穏といった雰囲気のレームスさんだけれど、譲れないものがあるみたいだ。


 ドルマックの歪んだ気質と彼が目指しているという勇者の性質は違和感ありまくりだとオレも思う。てゆーか、誰もがそう感じる筈だ。ドルマックみたいな奴が勇者だなんて。


 レームスさんが信条としているのだろう彼の正義感や価値観にドルマックは触れてしまったようだ。対するドルマックは、思いもよらない相手からの反対意見に少し楽しそうな表情を見せていた。


「違うな。

 お前が言ったことは戯れ言に過ぎん。薄っぺらい。生半可な覚悟しかねぇ奴はどっかのヒーロー気取りの馬鹿にでもやらせていりゃあ事足りる。治安維持とか街の警備だとかが関の山だ」

「何ですって?」


 レームスさんは怒り心頭の様子だ。ヒートアップしていっているレームスさんとは対照的にドルマックは冷ややかなものだった。嘲笑うように。


 そしてレームスさんは完全に前傾姿勢になってドルマックを強く睨んでいる。


「知らねぇ顔だが、まず名を名乗れよ」

「レームスだ! ドワーフ族で現在は、いや……あなたにわざわざ述べる程のことでもない」


 オレが察するに、レームスさんは職業的な紹介を言い掛けて省略したみたいだ。さっきレームスさんの仕事をドルマックは小馬鹿にしたような発言をしたからだろうな。


「ドワーフか、鍛治くらいしか能無しの筋肉馬鹿にしては随分痩身な体つきだな。

 まぁいい。ドワーフならガンドルフの言い伝えはどこかで聞いたことがあるだろ。ドワーフ王ガンドルフ=ドウォルフ、またの名を勇者ガンドルフ。本人は冒険家気取りだったみてぇだがな」

「ガンドルフ様が……、勇者だと?」

「初耳だったか?

 ドワーフ族の伝承を族長から聞いてねぇか。それかお前は伝えられる程の実力も持ち合わせちゃいねぇってことか?」

「くっ」


 ドルマックが話したドワーフ王ガンドルフの話にレームスさんは驚愕し、そしてさらにドルマックに目を剥いて睨んだ。


「図星だったか? くっくっく……。代わりに俺が教えてやるよ。

 ガンドルフは歴史上では初代勇者とされていてな。正確には初代勇者パーティの一人だ。アーバインの王から勇者という称号を冠された、な。

 それは世間で言われるような勇気ある者とかじゃねぇ。真の勇者になるためには王から認められる必要があるんだよ。王の証印が必要だと聞く。王からそれを賜りゃ、アーバイン王国から帝国領へと国を挙げて正式に派遣されるって訳だ。

 ガンドルフも帝国領へ渡っただろ。奴がしてたのは冒険家の仕事じゃねぇ。国王から認められて命じられた勇者としての任務だよ」


 ドルマックはそこで一旦話を区切った。


 目を見開いているレームスさんとガンクの二人を面白おかしそうに、そして優越感に浸りながら眺めていた。


「ガンクもレームスとやらも、勇者の存在意義を知らねぇのか。

 お前は王都出身なんだろうが、ガンク」


 ガンクもレームスさんも黙り込み、静かにドルマックを睨み続けた。オレは尻尾を立てながら両者を見ていることしか出来なかった。話せないし。



 周囲を見渡すと、吸血しきったジルは非常に元気になっていた。無邪気な調子になって甲板を清掃しているワンスタンへ構ってちゃん攻撃を仕掛けていた。

 野太いワンスタンの首に抱き付いて、さも愉快そうにくるくると回転して遊んでいるのが見えた。


 視界の端でそんな光景が見えるから、ドルマックとガンク達が睨み合う緊張感はどこか欠落しているように感じてしまった。


 ソルノはというと、オレ達とドルマックをただぼんやりと眺めていた。

 オレが思うにドルマック組で一番危険で怪しい奴はソルノだ。だけど、ソルノから感情を読み取ることは困難だった。

 ジルとワンスタンのおかげで船上の臭気はだいぶ落ち着いてきたけれど、見た目の雰囲気からも体臭からもオレは何一つソルノから情報を感じ取ることは出来なかった。


 このソルノが、「宴を開く」とか、「蒸し暑い」とか意味不明だけど意味深なことばかり言いやがるからかもしれない。オレはずっと、ワカメ頭のコイツが不安でたまらないのだ。






 やがて沈黙の末にドルマックが話し始めた。情報まで含めた強者の余裕がドルマックから感じられた。


「だんまりか。学も箔もねぇ奴らがしゃしゃり出るな。ケガするくれぇじゃ済まねえぞ」

「てめーはそれがあるって言うのか?

 随分と自惚れてんじゃねーか?」

「ほぉ、どういうことだ。三流のクセして舐めた口聞きやがる」


 聞く体勢からシフトチェンジしたようにガンクがドルマックを煽り始めたみたいだ。

 ガンクはドルマックを焚き付ける思惑があるんじゃないかとオレには感じられるんだけど。


「王都にはてめーなんかより強い奴がごじゃんといるぜ。お前の言う、その学も箔も上回っているような奴らがな。

 この辺の南部では幾ら名が通っていたとしても、アーバイン王国北部の王都じゃドルマック組なんてのは無名なんだよ。ご存知無いんですかー?」


 ガンクは睨むことすらやめて不敵に笑った。挑発し始めた。そして、そのガンクにレームスさんも乗っかるようだった。


「フフ、そうです。はっきり言いましょう。

 あなた方が王から認められて勇者になることなどあり得ませんね。それこそ戯れ言。

 ドワーフ王ガンドルフ=ドウォルフ様と並び立つ存在になるなど言語道断。ちゃんちゃら可笑しな話ですよ」

「それは俺に喧嘩売ってるってことで、いいんだな?」


 ドルマックも二人の思惑を察して応じる様子だな。


 喧嘩か、オレもやるぞ。


 オレは下げていた尻尾を立ち上げて、その先端まで力を込めた。もちろん前後の足にもだ。強く早く魔力を行き渡らせて高循環させていく。


「争わざる得なければそうなるでしょうね。戦の途中の味方ですがもはや捨て置けません」

「最初からこうしとけば話が早かったな。

 自惚れたその天狗っ鼻を叩き折ってやるよ」


 ガンクは剣を抜き払い、レームスさんも取り出した槍を構えた。


 ドルマックの方も目を煌々とギラつかせながら魔力を込め始めたようだ。ドルマックの頭皮に螺旋状に刻まれた解読不能な文字の羅列が怪しく輝き動き始めている。それは危険な躍動だ。


 オレは以前完膚無きまでにしてやられた経験から、全身の毛に魔力を存分に流し込み強く硬質化を施していった。


 来るなら来い!

 やり返してやるからな!




「はいストップ! 三人ともそこまで。おっと、下にいるねこも」


 一触即発だった対立の場の中心に歪んだ時空。その中から声がして、薄気味悪く現れたソルノは両方向へ手を掲げ広げて立った。


「今夜は宴を開くと言いましたよね。忘れていませんか? 争うのは何時でも可能なことです。

 いくら蒸し暑い熱帯夜でも、そうカッカカッカしていれば血が沸騰し過ぎてジルでも飲めなくなるってものですよ?」


 オレも他の三人共が戦闘体勢を保ちながら、中央に出現したソルノを睨み付け互いに視線を交錯したままだ。


 ソルノに手を向けられたドルマックは鬱陶しそうに顔をしかめた。


「邪魔するなよソルノ。俺は中途半端は嫌いだっつっただろうが。敵対勢力は皆殺しにする性分だって知ってるだろ。とっととどきやがれ!」

「なんだ、仲間割れか?

 ランドいいか、臨戦体勢な。ドルマックとの因縁にケリ着けるぞ」


 ガンクとドルマックはソルノを無視してさらに前傾姿勢を取った。レームスさんも腰を深く落とし込んだ。


 望むところだ!


 今この瞬間が前からの因縁を晴らす絶好の機会なんだ。前戦った時よりも何倍も強くなったオレ達を見せてやる!



 しかしソルノの顔は無表情のまま、またもや狂ったことを話し始めた。オレは一瞬目が点になって呆けてしまった。


「ああ、暑い、滾る。何と血沸く夜か。

 今夜は神のまやかしか気紛れなのか……。荒ぶる乱心が集う狂騒の夜ということでしょうか」


 何いってんだよ。だから暑くなんてないってんの!

 ふざけてるんならオレが先にソルノに仕掛けてやる。


 オレは後ろ足に力を入れて飛び掛かろうとした。渾身のねこパンチをソルノ目掛けて放とうとしたのだ。しかし、その寸前で掲げられたソルノの手がオレの真正面へ動き向けられた。


 オレはビックリして急停止して、動揺を隠しながらその場に留まるしかなかった。

 気付くと、ソルノを中心に渦を描くように微風が吹き始めていた。ソルノの重たい黒髪がゆらゆらと海中のワカメのように揺れている。吹き始めた風は、空間ごと引っ張るような冷たく暗澹とした魔力の流れだった。


「ランド、過度なおあずけに感情が破裂しそうでしょう。いいですね、解りますよ。宴はそうでないといけませんよね。

 ランドのその予兆、それに皆さま方の爆発間近の高揚感。最高です。主催者として心温まる思いです」



 ソルノはトランス状態にでも入っているのだろうか、今までずっと無表情だった顔が恍惚とした感情に歪んでいた。目は濁り顔ごと変型したような気持ち悪い具合だ。さっきまでとの全く違うその差異に寒気が走る。


「いい加減にしろよ。お前も一緒に蹴散らしてやるから――」

「くっくくくくくくく。

 昂った様子ですね。待ちきれませんか。逸りますよね。

 いいでしょう。時は充ちました」


 ソルノはガンクの言葉に被せて黙らせると、ガンクをチラリと見やり唇を上向きに歪めた後で濁った目を上空へと向けた。

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