第43話 毒煙
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二十二日目。夜。
ザハールが小屋に来た。交代の構成員が帰った後。
「ザハール。——殺し方を話す」
「聞かせろ」
「VDを兵器にする。有効成分を百倍に濃縮して——蓋を開けた瞬間に気化する致死量のVDを作る。二呼吸で意識が飛ぶ。五呼吸で心臓が止まる」
「気化型か。——だが、それをどうやってヴォルクの前で使う。身体検査で取り上げられるぞ。前回もポケットの毒を取られた」
「取り上げられない。——VDの小瓶に入れるからだ」
ザハールの目が——動いた。
「十八本の生産分に紛れ込ませる。通常のVDと同じ見た目。同じ色。同じ瓶。——十八本の中の一本だけが違う。それを——ヴォルクの前で開ける」
「ヴォルクの前に——どうやって行く。お前はここから出られない。デモを申し出ても——ヴォルクは警戒する」
「俺から行く必要はない。——ヴォルクが俺を呼ぶ」
「呼ぶ?」
「マーラがVDの横流しを調べてる。帳簿と実際の生産量に——ズレがあることに気づき始めてる。マーラが報告すれば——ヴォルクは俺を尋問する。前と同じだ。部屋に呼ばれて、跪かされて、問い詰められる。——そのとき、ヴォルクは生産分を見せろと言うはずだ。証拠として。十八本を持って来いと」
「……お前は——自分が尋問されることを計算に入れてるのか」
「入れてる。横流しの証拠を作ったのは俺だ。マーラが見つけるように仕組んだ。マーラが報告すれば——ヴォルクは動く。ヴォルクが俺を呼ぶ。——俺が仕掛けたんだ。最初から」
「あんたの仕事は——扉の外にいること。尋問の間、部屋の外で待機する。それは今までと同じ——監視役の通常任務だ。不審な動きはいらない。ただし——」
「ただし」
「部屋の中で音がしたら——入ってきてくれ。ガスが充満してるから——息を止めてから入れ。十秒以内に俺を引きずり出してくれ」
「十秒か。——できる」
「それと——マーラとカティアが同席してるはずだ。ガスを吸えば気を失う。殺しはしない。倒れたまま——あんたが拘束してくれ」
「カティアが目を覚ましたら——お前を殺しに来るぞ」
「目を覚ます前に縛る。それだけだ。——イレーナは」
「イレーナは——ヴォルクの暗殺任務で外に出ることが多い。当日、いれば厄介だ。いなければ——一つ減る」
「いるかいないかは——当日までわからないか」
「わからない。イレーナの任務はヴォルクが直接出す。俺にも知らされない」
「いた場合は——どうする」
「いたら——俺が止める。影操作の理刻を使われる前に——気を失わせるしかない。ガスが回るまでの数秒を稼げるかどうかだ」
「数秒。——短いな」
「短い。だが——やるしかない」
「……わかった。——俺がやるのは、扉の外で待つこと。音がしたら入ること。お前を引きずり出すこと。カティアとマーラを拘束すること。——それだけか」
「それだけだ」
「事後の護衛は」
「ヴォルクの部屋の外にいる構成員は——あんたが対処してくれ」
「対処か。——殺すのか」
「殺さなくていい。黙らせるだけでいい。——あんたなら、一人も殺さずに制圧できるだろう」
「まあ——なんとかなるだろう」
ザハールが立ち上がった。
「三日後か。——マーラの報告がヴォルクに届くのは」
「わからない。明日かもしれない。三日後かもしれない。——だが、マーラの検査は毎日来てる。証拠は積み上がってる。近いうちに——ヴォルクは動く」
「その日が来たら——俺はいつも通り扉の外にいる。それだけだ」
「ああ。——それだけだ」
ザハールが出ていった。
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二十三日目。
気化型VDの精製に取りかかった。
通常のVDの有効成分を——百倍に濃縮する。理刻の膨張力で三層分離した後、高濃度層だけを繰り返し精製する。四回の精製で——液量は十分の一になり、濃度は十倍になる。もう一度繰り返す。
十倍の十倍で百倍。
液量は——元の百分の一。一瓶分のVDから——わずか数滴。透明な液体になった。色が消えた。
だが——このままでは通常のVDと見分けがつく。透明な瓶は十八本の中で浮く。
琥珀色を——つけなければならない。
棚の雑草——偽物VDを作ったときに使った草の色素を抽出した。微量を混ぜた。透明な致死液が——琥珀色に染まった。
見た目は——通常のVDと区別がつかない。色も粘度も同じ。蓋をしている限り——マーラの目にも、理刻にも気づかれない。
だが——蓋を開けた瞬間に、液面から気化が始まる。常温で揮発する濃度。通常のVDでは起きない反応。
開ければ——わかる。
開けなければ——わからない。
蓋を——誰が開けるか。
マーラが検査で開けるか。ヴォルクが命じるか。——それとも、俺が自分で開けるか。
拮抗剤も精製した。VDの副産物から抽出した苦い液体。小瓶に半分ほど。効果は一時間。
蒸留酒を飲んだ。二十三口目。瓶の残りが——あと数口分しかなかった。
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二十四日目。午後。
マーラが抜き打ち検査に来た。
いつもと同じ——小瓶を一本ずつ手に取って、色と粘度を確認する。理刻で密度を読む。帳簿に記入する。
「十八本。問題なし。——蒸留師」
「何だ」
「近いうちに——ヴォルクがお前を呼ぶかもしれない」
心臓が——跳ねた。
「……何の件だ」
「調査中の件だ。詳しくは言えない。——だが、覚悟はしておけ」
マーラが出ていった。
近い。——マーラの報告が、ヴォルクに届いた。ヴォルクが動く。
今日か。明日か。
賢治は気化VDの小瓶を——十八本の並びの中に入れた。左から十二番目の位置。他の瓶と——完全に同じに見える。
蒸留酒の瓶を取った。最後の数口。飲んだ。二十四口目。二十五口目。
瓶が——空になった。最後の瓶だった。
明日からは——酒がない。
手が——すでに震え始めていた。
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二十五日目。朝。
眠れなかった。一時間ほど横になっただけだった。
手が震えている。酒がない。離脱症状。指先が痺れる。視界が揺れる。
朝の精製を——できなかった。理刻の起動に失敗した。指先の震えが——分子の焦点を合わせられない。
十八本のノルマが——こなせない。
だが——今日、精製ができなくても構わない。今日——ヴォルクを殺す。殺さなければ、明日もその先も——ずっと十八本を作り続けることになる。震える手で。空の瓶を横目で見ながら。
拮抗剤の小瓶を取った。蓋を開けた。一口飲んだ。苦い。舌の奥が痺れる。
一時間。一時間以内に——終わらせなければならない。
扉を叩く音がした。
ザハールではなかった。構成員だった。若い男。顎にニキビの跡。
「蒸留師。——ヴォルクが呼んでる。今すぐ来い。今日の生産分を全部持ってこいと」
来た。
賢治は棚を見た。十八本——のうち、今日の精製分はゼロ。並んでいるのは昨日の残り十七本と、気化VD一本。合計十八本。
「……わかった。すぐ行く」
構成員が去った。
賢治は木箱を取った。十八本を並べて入れた。気化VDは——左から十二番目。
外套を着た。木箱を抱えた。
扉を開けた。
ザハールが——椅子に座っていた。いつもの位置。いつもの姿勢。何も変わらない。
目が合った。
ザハールは——微かに頷いた。それだけだった。
路地を歩いた。構成員が前を歩いている。賢治が後ろ。ザハールが——さらに後ろ。
手が震えていた。木箱の中で——小瓶が微かに鳴った。ガラスとガラスが触れ合う音。
灰の商会の本拠が——近づいてきた。
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