第40話 種
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改良型VDの量産が始まった。
一日十八本。朝から夜まで、精製を続けた。膨張力による三層分離を——十八回。理刻の負荷は以前の比ではなかった。指先が痺れる。視界がかすむ。夕方には頭痛が始まる。
蒸留酒の消費も増えた。十五口では足りなくなった。十七口。十八口。一日に瓶の半分を空ける。
ナディアが原料の夜哭き菫を六倍の量で運んでくる。走り屋たちの仕入れルートが拡大した。第七環の外——城壁の外の草原まで採集範囲が広がった。
小瓶が——ナディアの網を通じて、王都中に流れていく。
三日目の夕方。ナディアが回収に来たとき——顔が曇っていた。
「第五環の酒場街で——男が一人死んだ。VDの過剰摂取だ。高濃度版を三瓶一度に使った。心臓が止まった」
賢治の手が——止まった。
「……高濃度版か」
「ああ。——今までの標準版じゃ起きなかった死に方だ。高濃度版は効きが強すぎる。使い慣れてない客が加減を間違えてる」
「使用量の注意書きは——」
「裏社会の薬に注意書きなんかつけるわけないだろ。——佐伯。あんたが作った改良型が——もう人を殺してる」
ナディアは小瓶を受け取って出ていった。
一人目。
改良型で死んだ、一人目。
蒸留酒を飲んだ。十八口目。手の震えが止まった。精製を再開した。
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ザハールは——毎日、小屋の外にいた。
朝から晩まで。セレナの位置に。だが——セレナとは全く違った。
セレナは壁にもたれて路地を見ていた。護衛だった。
ザハールは——路地の端に椅子を出して座っていた。監視だった。
椅子は自分で持ってきた。古い木の椅子。背もたれが低い。ザハールはそこに座って、日がな一日——ナイフの柄を削っていた。小さなナイフの柄を、もっと小さなナイフで削る。木屑が足元に溜まる。
精製の合間に——賢治は窓からザハールを観察した。
ザハールの生活パターンは規則的だった。朝六時に来る。昼に一度離れる。三十分で戻る。夕方六時に交代の構成員が来て、ザハールは帰る。
昼の三十分。——どこに行っているのか。
四日目の昼。ザハールが離れた後、賢治は交代の構成員に聞いた。
「ザハールは昼にどこに行く」
構成員は賢治を見た。若い男だった。二十代。顎にニキビの跡。
「知らねえ。——ザハールさんのことは聞くな。怖いから」
使えない。
五日目。ナディアに聞いた。
「ザハールの昼の行動を——調べてくれ。毎日三十分離れる。どこに行っているか」
「ザハールの尾行? ——走り屋にやらせたら気づかれるぞ。あの爺さんの感覚は化け物だ」
「尾行しなくていい。ザハールが向かう方向だけ——遠目で確認してくれ。路地の入口から見える範囲で」
六日目。ナディアが答えを持ってきた。
「東。——ザハールは毎日昼に東に向かってる。第七環の東地区だ」
東地区。
リーザがいる地区だ。ザハールの孫。八歳。
ザハールは毎日——昼の三十分を使って、孫に会いに行っている。
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七日目の夜。
精製を終えた後——賢治はザハールに声をかけた。
「ザハール。少し話していいか」
ザハールが椅子の上で顔を上げた。ナイフの柄を削る手が止まった。
「何だ」
「その柄——何を作ってるんだ」
「ナイフの柄だ。リーザに——孫にやるんだ。果物を切る小さなナイフ。刃は丸いやつだ。子供でも使える」
「器用だな」
「器用じゃない。不器用だから——時間がかかる」
ザハールが木屑を払った。柄を光にかざした。柔らかい曲線。子供の手に合うように——小さく削られている。
「……いい柄だ」
「まあ——なんとかなるだろう」
会話はそこで終わった。
賢治は小屋に戻った。
藁束の上に座った。蒸留酒を飲んだ。十九口目。
メモ帳を開いた。
何か——書こうとした。ペンが紙に触れた。だが——書かなかった。
ペンを置いた。メモ帳を閉じた。
代わりに——精製用の皿を取り出した。夜哭き菫ではなく——別の素材を。小屋の棚に残っていた、精製には使わない雑多な薬草。名前も知らない草。
理刻を使って——その草の成分を分析し始めた。
精製とは関係のない作業。ヴォルクに命じられていない作業。ザハールの監視の合間に——静かに、少しずつ。
何をしているのか——賢治自身にしかわからない作業だった。
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九日目。
二人目が死んだ。第六環の宿屋の二階で、女が一人。高濃度版。
十一日目。三人目。第四環の商人。標準版だが、連日使用による蓄積。
死者が——増えていた。
ナディアが報告のたびに——顔が硬くなっていった。
「佐伯。——あたしの走り屋の一人が、VDに手を出した。自分で売ってる商品に。——あたしは止めたが、聞かなかった」
「……どうなった」
「まだ死んでない。だが——目がおかしくなってる。焦点が合わない。常に——笑ってる。何がおかしくて笑ってるのか、本人にもわからないらしい」
賢治は精製の手を止めなかった。止められなかった。止めれば——ヴォルクが来る。
「ナディア。——一つ頼みがある」
「何だ」
「灰の商会の金の流れを——調べてくれ。VDの売上がどこに流れているか。ヴォルクの取り分。マーラの管理分。——特に、ザハールへの報酬がいくらか」
「ザハールの報酬? ——何に使うんだ」
「知っておきたいだけだ」
「……あんた、最近——何を考えてるか、わからなくなってきた」
「考えてない。目の前のことをやってるだけだ」
「嘘つけ。——あんたの目は、精製してるときと計算してるときで色が違う。今は——計算の方だ」
賢治はナディアを見なかった。精製を続けた。
ナディアは三秒間、賢治の横顔を見ていた。何か言おうとした。やめた。小瓶を持って出ていった。
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十三日目の夜。
ザハールが帰った後——賢治は一人で小屋にいた。交代の構成員が外にいる。
棚から紙を出した。ナディアが持ってきた灰の商会の金の流れ。数字が並んでいる。VDの売上。分配比率。ヴォルクの取り分。マーラの管理費。構成員への給与。ザハールへの報酬。
ザハールの報酬は——構成員の三倍だった。多い。だが——マーラの半分以下。
四十年。四十年ヴォルクに仕えて——マーラの半分。
これは——使えるかもしれない。使えないかもしれない。
紙を折りたたんで、藁束の下に入れた。セレナのナイフの隣に。
蒸留酒を飲んだ。二十口目。
瓶が——また空になりかけていた。
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