第34話 雷光
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——第二環。王宮守備隊訓練場。
翔太の視点。
その日の訓練は——中止になった。
朝の集合で、バルドが告げた。「今日は訓練場を上位騎士に譲る。見習いは観覧席で見学しろ」
見習い四十二名が訓練場の外周に設けられた石段に座った。翔太は後列。蓮が——いつもと違い、前列に座っていた。前のめりになっている。薄笑いが消えて——目が光っていた。
「翔太。——前に来なよ。これ、見ないと損だよ」
蓮が振り返って言った。声が——いつもの軽さとは違った。興奮を隠しきれていない。
「何があるんだ」
「グランツだよ。——グランツ卿の演習がある」
グランツ。名前は聞いたことがある。王都守備隊第一部——外壁防衛を統括する騎士。上位第一等級の理刻使い。
翔太は前列に移った。
訓練場に——男が立っていた。
大柄だった。百九十センチはある。だが重くない。大型の猛獣のような体つき。黒髪を後ろで無造作に束ね、彫りの深い顔に——暗い金色の目。
白銀の甲冑をまとっている。甲冑の右腕に——古い焼痕が走っていた。雷の形をした焼痕。自分の力で焼けた痕だと、後でバルドが教えてくれた。
グランツの向かいに——訓練用の標的が並んでいた。石の柱が五本。高さ三メートル。太さは大人の胴回りほど。
グランツが——剣を抜いた。
片手剣。刃渡り八十センチほど。特別な剣には見えなかった。だが——グランツが剣を握った瞬間、空気が変わった。
翔太の腕の毛が——逆立った。静電気。訓練場の空気が——帯電し始めている。
蓮が隣で呟いた。
「来るよ——」
グランツが——踏み込んだ。
翔太の目には——何も見えなかった。
グランツの体が消えた。消えたのではない。速すぎて——目が追えなかった。
音が遅れて来た。
ドン。という衝撃音ではなかった。バリッ、という——雷鳴に似た、空気が裂ける音。
翔太が音に反応して目を向けたとき——五本の石柱は、もう立っていなかった。
五本が——全部、斜めに切断されていた。
断面が滑らかだった。石が——溶けている。切断面の石が、雷の熱で焼けてガラス状に変質していた。
一瞬だった。翔太が瞬きする間に——石柱五本が斬られていた。
グランツが——元の位置に立っていた。剣を振った後の残心。暗い金色の目が、感情を映していない。
訓練場が——静まり返っていた。見習い四十二名が——誰も声を出せなかった。
蓮が——息を吐いた。
「……やば」
翔太も——息ができなかった。
あれが——上位第一等級の理刻。雷の速度で動き、雷の熱で斬る。石柱五本を——一瞬で。
バルドが石段の横に立っていた。腕を組んで、グランツを見ている。バルドの目にも——畏怖があった。バルド自身も強い。だが——あの領域には届かない。そういう目だった。
グランツが剣を納めた。訓練場を歩いて去っていく。見習いたちの横を通った。
通り過ぎるとき——グランツの暗い金色の目が、一瞬だけ翔太を見た。
見たのか——見ていないのか。わからなかった。だが、翔太の体が——凍った。見られただけで。
あの目は——人を見ていない。障害物を走査している目だ。翔太が敵か味方か、脅威か無害か——それだけを判定する目。
グランツが訓練場を去った。空気が——戻った。帯電が消えた。腕の毛が下がった。
蓮が翔太の肩を叩いた。
「すごかったね。——あの人と戦ったら、俺ら一秒で死ぬよ」
軽い声で言った。だが——蓮の手が、微かに震えていた。
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——第七環。同日。
賢治の視点。
ハインツが死んで三日が経った。
碧瓶会の動きは——ナディアが追っていた。
「碧瓶会のトップ、オーレンが動いてる。ハインツの死因を調べさせてる。——今のところ、病死扱いだ。外傷も毒もないから。だが——オーレンは信じてない」
「オーレンはハインツの死がヴォルクの仕業だと——」
「疑ってる。疑ってるだけで、証拠がない。だから——まだ動けてない。だが、時間の問題だ。オーレンが確信を持ったら——碧瓶会は報復に出る」
「報復の規模は」
「碧瓶会は合法組織だ。正面から灰の商会と戦争はしない。——やるなら暗殺か、あるいは守備隊を使う。ハインツが守備隊と接触していたルートを——オーレンが引き継ぐ可能性がある」
ハインツを殺しても——問題は消えなかった。ハインツの後任がグレゴールと繋がれば——蒸留師の情報は結局流れる。
「……佐伯。あんた——エーリカと連絡は取れるか」
「碧瓶会に出入りしづらくなっている。ハインツが死んだ直後だ。外部の人間を警戒してるだろう」
「なら——あたしが行く。走り屋を使えば碧瓶会の内部に伝手がある。エーリカに——様子を聞いてくる」
「頼む。——エーリカが疑われていないか、確認してくれ」
ナディアが出ていった。
賢治は精製を続けた。蒸留酒を七口。手が止まる。精製に集中する。
だが——集中できなかった。
ハインツを殺したのはヴォルクだ。イレーナが実行した。賢治が報告したから。
報告しなければ——ハインツは生きていた。だがそうすれば——蒸留師の顔がグレゴールに渡っていた。
どちらに転んでも——誰かが損をする。
この世界では——誰かを守ることが、別の誰かを殺すことに繋がる。城島を殺したときもそうだった。ユーリを殺したときもそうだった。
守るために——殺す。
自分を守るために——人を差し出す。
それが——蒸留師の仕事だ。
メモ帳を開いた。
『第38日目。 ハインツの死後三日。碧瓶会は報復を検討中。 オーレンが守備隊との繋がりを引き継ぐ可能性。 問題は消えない。人を殺しても。 エーリカの安全確認。ナディアに依頼。 エーリカをヴォルクに隠していることは——まだばれていない。 嘘の上に嘘を重ねている。 カティアの忠告。嘘は三つまで。 もう——超えている。 超えたことを——ヴォルクが知るのは、いつだ。』
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