50.本性発揮?
――ヴァニタス――
「ちんちくりんが出しゃばって蜘蛛女に攫われてやんの」
「ヴァニ、そんなことを言ってる場合じゃない。僕たちはアラクネを追いかけてリゼットくんを助けに行く! ジン、カエデくん、残りのメンバーを迷宮の外に連れ出してくれないか?」
彼が真剣な顔でジンたちに声をかける。
ヤバい。
チョーヤバい。
カッコよすぎ。
緩みそうになる表情をウチは必死に引き締める。
無理じゃね?
顔ヨシ、声ヨシ、ルックスヨシ。
さらにまともに扱える剣士がいなかった強力な魔剣を使いこなすとか神じゃん。
「おう、某に任せるでござる。無事に迷宮の外に送り届けるでござる」
あークソバカ。
毎回、そればっかじゃん。
彼の表情に気づかねーの?
あ、彼の顔が良すぎて、極東の蛮人には分かんないだけ?
思わず笑いそうになって、慌てて口元を手で隠す。
ヤバいヤバい。
「行くぞ、ヴァニ!」
「あいよ!」
蜘蛛女にぶっ殺されたちんちくりんを見つけるか、蜘蛛女をぶっ殺してちんちくりんをどう扱うか。
ウチらにちんちくりんがサイコーに貢献できるように彼が考えてくれるしょ。
駆け出した彼を追いかけるように、ウチはいつも通り駆け出した。
***
「……暇だわ」
私は小さく呟く。
場所は迷宮主の部屋。
広さは王都のコロシアムがすっぽり入る程度。
迷宮内部と同じく木々が生い茂り、湿度が高め。
長時間、何もせずに居るだけなら不快感でストレスMAXになりそうな場所だわ。
「運び方が雑だったけど、私の言うことを割と素直に聞いてくれたのは良かったのだけど、糸は解いて欲しかったわね」
比較的開けた場所で、衣服が濡れないように乾いた大岩の上に私はちょこんと座らされている。
アラクネの糸に縛られたまま。
餌を捕らえたアラクネの本能的な行動を、今の私では抑制できなかったためだ。
仕方ない。
「私が囚われの身なのは問題ない、問題ない。それに今まで経験のない状況だから、堪能しないと勿体ないわよね」
『ギギギ……?』
私の言葉にアラクネが首を傾げる。
私は誤魔化すように咳払いを一つ。
「それよりも、アイツラがちゃんと追ってきてないと計画倒れになってしまうわ。カエデがうまく誘導するパターンも検討したけど……」
私は感覚を静かに広げる。
迷宮を徘徊する魔物の座標、ヒトの座標を把握する。
「よしよし、計画通りね」
こちらに向かってくる存在がいることを確認して私は思わず小さく笑う。
ファルサスとヴァニタス、そして――
「みーっけた! わーお、ちんちくりん生きてんじゃん!」
大声を響かせながら、ヴァニタスが迷宮主の部屋に飛び込んでくる。
ほぼ同時に抜き身の魔剣を手にしたファルサスが姿を現す。
二人とも慌てた様子はないし、息を切らせてもいない。
表情から必死な雰囲気すらない。
「蜘蛛女、使えなくない?チャッチャと殺ッとけてーの」
「おいおい、ヴァニ。リゼットくんが死んでないんだから言葉には気をつけるんだよ」
「キャハハハッ!どーせいつものようにするしょ。ウチらは必死に助けに行ったけど助けられませんでしたーでお涙ちょーだいじゃん」
ヴァニタスの言葉にファルサスは答えず、柔和な笑みを浮かべたまま、魔剣を構える。
『キギギギギギギッ!』
二人の殺気にアラクネが反応して威嚇音を放つ。
アラクネの脅威度はAはあるけれど、二人の相手をするには少し強さが足りないわね。
まあ、想定内だけどね。
「ファルサス! 蜘蛛女をチャッチャと片して帰ろーよ」
「そうだね。こんなうまみの少ない迷宮に長居しても仕方ないからね……目覚めろ、黒刃!」
ブワッと魔剣から黒炎と瘴気が噴き上がる。
チリチリと肌に伝わってくる嫌らしくてねちっこい気配。
私は努めて表情を作る。
「た、助けてください! ファルサス様! ヴァニタス様!」
「プププッ! ウケる! チョーウケる! 力がないヤツって喚くのは得意すぎじゃね?」
ヴァニタスがダガーを無造作に振るう。
『ギギギッ!』
刃に触れたアラクネの糸が燃え上がる。
(さっきまでと違うわね。出し惜しみ……じゃないわね。あの魔剣の効果かしらね)
パーティメンバーへの属性攻撃付与。
なんとも気前の良い付呪なのかしらね。
代償無しで発動してくれるような代物じゃないはずなんだけど。
〝魔剣〟は〝聖剣〟と違って代償を強いることでヒトを超えるチカラを引き出してるから。
『ギギギ……ギギギ……ギギギっ!』
アラクネが不気味な声を響かせると、体表がざわめく。
黒光りする外皮が更に分厚く、鉄針のような剛毛がビッシリと覆っていく。
「ちょ、ファルサス! 蜘蛛女が更にキモくなったんだけど!」
「ただの形態変化さ。僕たちには誤差にもならないさ」
口の端を持ち上げ、ファルサスがニタリと嗤う。
同時に手にした魔剣から禍々しい黒炎が蠢動する。
「猛れ、地獄の黒炎! 煉獄黒炎烈閃!」
ファルサスが上段から魔剣を振り下ろす。
斬撃を追うように地面から黒炎が噴き上がり、アラクネを襲う。
「大人しく喰らっとけしょ!」
『ギギギ!』
回避しようとしたアラクネにヴァニタスが斬りかかる。
ダメージを与えるためではなく、アラクネの回避行動を妨害するための攻撃。
「黒炎に包まれて消し炭になれ」
アラクネが迫る黒炎を回避するが、間に合わなかった脚が数本、黒炎に掴まれる。
『ギチギチギチギチ!』
反射的にアラクネは脚を自切する。
アラクネの切り離した脚は地面に落ちる前に灰となって宙に消える。
『ギギギーーーッ!』
アラクネが奇声をあげる。
パカリと開いた口から霧を吐きかける。
「毒霧っ!」
私は慌てた素振りを作りながら声を上げてみる。
ファルサスは鼻で笑うと魔剣を正眼に構える。
「焼き尽くせ! 煉獄黒炎壁!」
魔剣から溢れ出た黒炎が毒霧を一瞬で蒸発させる。
効果範囲は少し広いとはいえ、毒霧を大技で無力化するなんて無駄すぎるわ。
圧倒的な力量差を見せつけることに優越感があるのかしらね。
「ハハハハハハハハッ! アラクネが脅威度Aの魔物? 嘘だろ、ウソだろ! こんなに弱い魔物が?」
唐突にファルサスが大声を上げて笑い狂う。
どす黒い気配が彼を包み込んでいる。
「……ファルサス?」
突然のことに呆然としながら彼に声をかけるヴァニタス。
彼女の声が聞こえていないのか、ファルサスは高笑いを続けている。
「ハァ……限界がきたみたいね」
私は魔眼でファルサスの魂の色を確認しながら思わず呟いてしまう。




