51.暴走
「アは……あはハハはははッ!」
狂ったように高笑いするファルサス。
ヴァレリウスと違い魂が壊れかけているだけなので、カテゴライズはヒトのままのようね。
能力はヒトを超えた数値になっているわね、命を削っているから。
「ふぁ、ファルサス、どうしたのよ?」
「ゔぁニ……チカラだ! チカラがあふれて仕方ないんだよぉ!」
ドス黒いオーラがファルサスから噴き出す。
右手に握っていた魔剣はファルサスの右手と同化している。
ドクンドクンと魔剣が脈打ちながら、ファルサスを侵食していく。
(……魔剣の偽魂が混じってファルサスの魂が濁り出しているわね。分離させるのは難儀しそうだわ)
私はかすかに眉間にシワが寄ってしまう。
かき混ぜて卵液になった卵を卵黄と卵白に分けることが出来ないように、混じり合った魂を分けることは出来ない。
まあ、私が本気を出せればギリギリ分離できなくはないけど。
「邪魔ダッ! ジャまだっ! じゃマダッ!」
『ギギギ――』
ファルサスの変化に警戒していたアラクネにファルサスが飛びかかる。
洗練さはなく、膂力だけで獣のようにアラクネに襲いかかる。
右腕と同化が進む魔剣を叩きつけるように振るう。
「消えロッ! ボくの視界カら目障りダッ!」
黒炎を宙に撒き散らしながら、アラクネをファルサスが斬る。
アラクネの反応が遅れ、数本の脚が斬り飛ばされる。
「ひゃハハハははッ! 遅イィィィ! 遅いぞォォォ!」
すかさず魔剣がヒトの関節の動きを無視した動きでアラクネを薙ぐ。
アラクネが反応し、外皮に数ミリを付けた程度の斬撃だったが――
『ギギ! ギギ! ギギギギ――』
傷口から黒炎が広がり、アラクネを飲み込んでいく。
ヴァニタスが小さな悲鳴を上げた瞬間、黒炎が顎に変わり、バクリとアラクネを喰らう。
「足りないなァァァ、足りねぇなぁぁぁ!」
ファルサスが右腕と化していく魔剣を愛おしそうに撫でる。
そして、彼は血走った目でコチラ――私とヴァニタスを捕捉する。
「そうだなァァァ、ぼクがいればいいよナぁ。〝神託に導かれし者たち〟は、僕ひとリでも十分だ」
「な、何言ってんのよ、ファルサス?」
「あハ、アははははッ! そうダよ! そうナンだよぉ! わザわザ美談を作ってギルドに媚びル必要もないよなァァァ!」
ファルサスの笑い声に呼応するように、魔剣から黒炎が噴き上がる。
私たちを獲物と定めたみたいね。
憐れね。
私は亜空間収納から罠解除に使われる溶剤を取り出し、アラクネの糸を溶かす。
素早くヴァニタスのそばに駆け寄る。
「ヴァニタス様、武器を構えてください。死にたくなければ」
「な、何を言い……か、彼がウチを、殺すって言うわけ?」
放心したまま、たどたどしく喋るヴァニタス。
まだ現状理解ができていない。
彼女を戦わせて時間を稼ぎたかったのだけど。
カエデを呼び出すにはタイミングが早すぎるし、私が彼を張り倒すとリスケが必要になるから面倒なのよね。
私が思案していると急速に近づいてくる気配があった。
「ぷりてぃ〜ちゅぁぁぁん! 無事かしら?」
「ジェイ、大声は魔物を刺激して良くないよ」
大柄で筋骨隆々でピチピチな服を着たオカマ――ジェイミー=スターリングと、フードを深く被った人影――ダリア=ジハレヴァが現れた。
「ダリア、わざとよ、わ・ざ・と。魔物の意志がワタシに向けばラッキーじゃない?」
「先に一番近い侵入者を排除する可能性もあるよ」
「あらやだ! それもそうね! ぷりでぃーちゃんが心配すぎて、そこまで頭が回ってなかったわ。反省だわ」
妙なしなりを作りながら、大きく空けた口を両手で隠すジェイミー。
芝居かがった仕草で嘆息するダリア。
少なくとも迷宮主の部屋でやるようなやり取りではないわね。
二人には余裕のような雰囲気を漂わせながら、私とヴァニタス、そしてファルサスを確認する。
「店長さん――今はリゼットさんだっけ? 無事みたいだけど、ファルサスくんはだいぶ違うね」
「ほんとーねぇ。だぁーいぶイメチェンしてるわねー」
「くっくっく、〝聖剣に集いし者たち〝のカスか。珍しい場所デ出てきてクれたなぁ」
口の端をつり上げながら、ファルサスが愉悦に満ちた顔で二人を眺める。
舌なめずりを繰り返す彼の口元はテラテラと唾液が光る。
「あらやだ、ワイルド方向転換? アナタのお顔って王子様系よ。似合ってないわよ」
「キメぇよ、キモすぎるんだぁヨ、テメーはァァァ!」
黒炎を撒き散らしながら、ファルサスがジェイミーに斬りかかる。
彼は動じる素振りもなく左手を腰の裏に回す。
「ひっどいわねー。アタシはお肌のケアとか美容にはお金をかけているのよー。あと筋肉の付き方とかネッ!」
引き抜いたステッキで乱暴に魔剣を叩く。
ゴキィン! と剣と称される武器が出すことがない音が周囲に響き渡る。
「ぐぎぃィィ! くそガ! 大人シく僕に斬り刻まれたろヨぉぉぉ!」
「いやーよぉ。アタシのタマのお肌が傷つくなんてぇ、王国にとって大損害でしょー」
妙なしなりのある動きで、彼は片足を上げると右手のピースを目元に添えてポーズを作る。
ピクリと反射的に私の眉が動く。
衝動的にジェイミーを殴りたくなった気持ちを、私は深呼吸をして静める。
「ジェイ!」
「分かってるわよー。愛☆光線!」
ジェイミーのピースを添えた右目から放たれるピンク色の光線。
反射的に魔剣でガードするファルサス。
そして、ファルサスの死角から襲いかかるダリア。
「いいね、ジェイ! 完璧だよ!」
愉悦が滲む声を上げながらダリアがファルサスに肉薄する。
腰に構えた順手に握るクレーバーナイフが閃く。
「もらったよ、ファルサスさん!」
「スカし野郎ガ! ぼクを舐めルなよ!」
魔剣から黒炎が溢れ猛る。
ダリアを包み込もうと燃え上がる。
「消シ炭になってしナれ!」
横目で黒炎を一瞥するとダリアは嬉しそうな笑みを口元に浮かべながら何かを呟く。
そして彼女に触れた黒炎が凍りつく。
「ハハハッ、ボクを燃やすには、熱さが足りないみたいだね!」
「クソ野郎ガ!」
大きく体を捻り、ファルサスはダリアの一撃を躱す。
すかさず魔剣で薙ぎ払う。
黒炎が周囲を灼く。
「うーん、さすがに今ので決めるのは無理だったか。前より実力が上がっているみたいだ」
「不意打ちなんてそんなものよ。決まればラッキーくらいでいいのよん」
ステッキを構えるジェイミーのそばに後退してクレーバーナイフを握り直すダリア。
何かに気づいたダリアがフード付きのマントを剥ぎ取るようにして地面に捨てる。
ひと呼吸置いて、マントは一瞬で燃え上がり炭に変わる。
「あらまあ、結構上物のマントだったわよね?」
「もちろん。各種耐性付呪がついた高級品だよ。大赤字確定だよ、まいったね」
軽口を返すダリア。
かすかに焦りのような気配が混じっている。
ヒト基準では優秀な付呪でも、魔剣はジャンルが違うのよね。
呪いが混じっているから、呪い耐性が低いと他の耐性が高くても貫通しちゃうのよね。
(……呪い耐性を一時的に上昇させる道具を使ってあげるべきかしら)
要検討事項に私は少し悩んでしまう。
そもそも呪いが混じるということにヒトは気づいてなかった気がするわね。
昔、冒険者に語ってカエデに叱られたことがうっすらと記憶の片隅にある。
処理に手間がかかった云々と小一時間ほど反省させられた。
私は放心したままのヴァニタスのそばで、しばらく戦いを見守ることにした。
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