48.迷宮主?
「ネネちゃん、ぼくが広げるから目印をお願い!」
「わかったです、レノくん。わたしに任せるのです」
妙に息がぴったりの二人に私は感心してしまう。
視線を感じて、そちらを見てみるとドヤ顔のカエデが立っていた。
無視しても良かったのだけど私は諦めて念話してみる。
(……あの二人、何者?)
(店長も気になってしまいましたか? 簡単に教えては興が削がれてしまいませんか?)
(……なら、いいわ)
(ええー! てんちょーてんちょー! そんなことでいいんですかぁ!)
わざとらしいカエデの反応に、私は思わず嘆息する。
既に面倒なヤツがいるんだから、カエデの相手までする気力はないわよ。
私がチラリと視線を送ると私の心情を察したのか、彼女の耳がペタンと伏せて尻尾が下がる。
しょんぼりとした雰囲気がカエデから伝わってくる。
(で、あの二人は?)
(……二卵性双生児です。でも精神シンクロ率がかなり高いとカエデは予想してます。一卵性双生児の平均が99.8%に限りなく近いと思います)
(それは少し興味が惹かれるわね。機会があれば参考に数値をチェックしてみたいわね)
業務用――淡々と情報を伝えてくるカエデ。
彼女は既に通常運転の無表情に戻っている。
そんなやり取りをしていると周囲に無数の燐光が立ち込める。
魔術によって引き起こされている事象というのはすぐに分かる。
「レノくん! わたしのめいいっぱいなのです! ひろげてなのです!」
「わかったよ! 風よ――」
レノが左右に大きく広げた腕を前方に向けて閉じる。
同時に空気が腕の動きに引っ張られるように動く。
攻撃性は感じられないネットリとした空気の動き。
それはネネが魔術で生み出した燐光を絡め取るようにして、アラクネを包む。
『ギギギギギ……』
困惑した声を上げるアラクネ。
レノが腕で円を作るように動かす。
空気がアラクネを中心に渦を描いていく。
――ジジジジジッ
小さな反応音が私の耳に届く。
そして、周囲に張り巡らされていたアラクネの不可視の糸がボンヤリと浮かび上がる。
ネネの作り出した魔術の燐光がアラクネの糸に触れると、燐光が一定距離の糸を照らし出す。
たぶん、元々は紛失物とかを探すための魔術ね、アレは。
カエデが魔術の使い方でも教えたのかしらね。
「ハッハッハ! なかなかやるでござるな、レノ殿! ネネ殿!」
ジンが楽しそうに笑う。
二人はC級冒険者らしいので、最低でもB級以上の脅威度を持つアラクネに対して大金星の行動には違いないわね。
この辺りで、少しカエデの存在感でも強調しておこうかしら。
(……カエデ、任せたわ)
(承知しました)
私が念話した直後、カエデを中心に周囲の空気が静まり返っていく。
その気配に、ファルサスやヴァニタス、ジンの表情が変わる。
「疾ィ!」
カエデの鋭い呼気。
同時に彼女の姿が霞む。
「なッ――!」
ヴァニタスが声をあげる。
十分に実力を抑えて駆けるカエデの姿は、A級冒険者の彼女にとっても驚きに値する速さがあったのでしょうね。
レノの操る大気の流れに乗るように、カエデがアラクネの周囲を疾走する。
彼女は抜き放った両手の小太刀を振るう。
――プツン、プツン、プツン
アラクネの糸が切れる音が断続的に続く。
可視化したアラクネの糸だけど、耐刃性が変化したわけではない。
ヴァニタスであれば切ることに難儀するはずのアラクネの糸を、カエデは容易く切り裂いていく。
『ギギギギギッ!』
「遅い」
カエデが小太刀を交差させるように振るう。
アラクネの足が数本斬り飛ばされる。
地響きのような音を立てて、アラクネの体が地につく。
「これで終わ――」
「もらった! これで仕留める!」
カエデが速度を抑えて体の向きを変えてアラクネに斬りかかる繋ぎの時間。
ファルサスが強引に割り込むようにして、魔剣を構えてアラクネに肉薄する。
「……チッ」
カエデが小さく舌打ちすると、ファルサスと接触しないようにステップして避ける。
その際、ファルサスを狙っていたアラクネの足を小太刀で弾く。
「燃え上がれ、地獄の黒炎! 煉獄黒炎刃!」
ファルサスが踏み込みと同時に魔剣を上段から振り下ろす。
魔剣から放たれる黒い炎が尾をひく。
そして、斬り裂かれたアラクネの傷口に纏わりつき、激しく燃え上がる。
『ギギギ! ギギギ! ギギギ!』
「もらった! 倍返ししてやんよ!」
黒炎にのた打ち回るアラクネの首をヴァニタスが斬り飛ばす。
見事な横取り連携ね。
若干呆れて私が眺めていると、視界の隅でカエデも呆れたように小さく肩を竦めている。
アラクネは絶叫する間もなく絶命する。
そのカラダは黒炎が飲み込んで消し去る。
「す、スッゲー! 迷宮主がアッサリ倒されちまった!」
同行していた五名の冒険者は称賛の声をあげているが、ジンは眉を顰めてファルサスとヴァニタスを見ている。
ロッディとハーリアはカエデの反応を心配そうに伺っていた。
ファルサスはもう少しスマートに動くと思っていたのだけど、強引に割り込んでくるのはちょっと予想外。
私の想定通りに動いてくれないのは楽しみがあって良いわね。
まあ、カエデがフォローしてなければファルサスが吹き飛ばされて、もう少し手に汗握る展開に出来ていた気はするけど、他のメンバーを危険に晒すものじゃないわね。
私はカエデに労いの視線を向けてから、ファルサスとヴァニタスに駆け寄る。
「さすがです! ファルサス様! ヴァニタス様!」
私はあえて二人を称賛する言葉をハッキリと口にしてみる。
ロッディとハーリアがギョッとしている気配があるが気にしない気にしない。
ニコニコと笑みを作りながら、ファルサスとヴァニタスの反応を待つ。
「コイツが迷宮主? 弱すぎるしょ。ウチらにかかればザコすぎんよ。そこの万年B級もマシな動きしたのは褒めてやんよ」
「ヴァニ、カエデくんの働きがあったから短期決着に繋がったんだよ。ま、カエデくんが良い動きをしてくれたけど、迷宮主にトドメを刺すのは僕かヴァニなのは変わらなかっただろうけどね」
そう言って微笑みながら魔剣を振り払って鞘に納めるファルサス。
彼の言葉に満足しているのかニヤニヤしているヴァニタス。
カエデの気配がわずかに変化する。
(てんちょーてんちょー、少し教育的指導を行って懲らしめることも必要かとカエデは思うのです)
(……気持ちは分からなくはないけど)
(アラクネは、一応迷宮主ですが再配置コストは低かったとカエデは記憶してます)
念話で話しかけてくるカエデ。
カエデ一人の行動を邪魔しただけならスルーしていたのだろうけど、レノとネネの頑張りを無下にするような言動したからカチンと来たのかしらね。
身内には甘いからね、カエデも。
(あまりやり過ぎると〝魔王システム〟に私の存在を捕捉される可能性があるのだけど)
(そこは問題なしです。存在値の大きな魔剣が近くにありますから)
私の視界にカエデの顔は映っていない。
でも、もし私の前で彼女が発言していたら、ものすごく演技くさい笑みを浮かべていたに違いない。
ぶっちゃけファルサスの持つ魔剣は存在値が大きい。
私やカエデが創ったものではないから、他の元四天王かそれに迫る実力者か神々の使徒が創ったのでしょうね。
程よく雑な創りなので〝魔王システム〟へ干渉するための触媒にしやすい。
(迷宮によく設定していた〝推奨から大きく逸脱した強い武器を持ち込んだら歓迎会開催〟罠を作動させるわ)
(……店長、それは辺境の中級冒険者が少ない地域は発動しないようにロックしてませんですか?)
(ロックすると再設定したいとき手間だから、無茶苦茶な条件にして発動しないようにしているだけよ。魔剣を〝覚醒済みの聖剣〟と誤認させれば一回くらいなら、ほぼノーリスクで蜘蛛の再配置時間をすっ飛ばせるはずよ)
(……そういう手間を惜しむようなお止めくださいと再三申し上げていたと記憶しておりますが。万が一、想定外の動作をしたときにより多――)
(あー! あー! あー! きーこーえーなーいー!)
カエデが念話で長々と小言モードに突入しそうだったので、強制的に会話を切り上げる。
仕込みは素早くやらないとね。
悠長にやるとメンバーがバラけて面倒になるかもしれないし。
私は慎重に魔王システムにハッキングを始めることにした。




