46.楽しい食事?
「……なかなか美味しい、ですわね」
「ガッハッハ、リゼット殿の口に合ったようで僥倖僥倖」
パンパンと地べたに座る自分の太もも辺りを叩きながらジンが笑う。
私が手で摘んでいるのは〝焼きオニギリ〟という極東料理らしい。
炊いたコメを手で握り固めて、ミソという発酵調味料を塗って焼いただけというシンプルな料理。
表面に塗ったミソが火で炙られた香ばしくて食欲を唆る香りで味覚を刺激する。
口に入れた焼きオニギリのコメはモッチリとした食感で噛めば噛むほど甘みが口内に広がり、ミソの塩気と旨味によく合う。
「……昔食べたコメは、もっとパラパラでサラサラしていたけど、このコメは粘り気があってモチモチしている、ですね」
「某の國で栽培しているコメとリゼット殿が食べたコメは品種が違うようでござるな」
「品種、ですか……。それだけで味や食感がこれほど違いが出るなんて面白いですわね」
「品種は大切でござるよ。このコメだからこそ握り飯が作れて携帯食として持ち歩く者が多いでござるよ。さらに粘り気のある品種になるとモチにしたりダンゴにしたりと食事に甘味に大活躍でござるよ」
道具屋として掘り出し物や変わった商品などなど探し回ったりもしたので、コメもミソも知識だけでなく現物を見たこともあるわ。
でも、その当時に私が食べたコメはパサパサで旨味も少なかったから、興味を惹かれなかったのよね。
ミソに至っては、美味しそうな香りをしていたけど、見た目がね。赤茶色でベトベトした見た目がね。アレを彷彿しちゃうじゃない。口にいれる気にならなかったのよね。
「……ヒトの美味しいものを食べたいという情熱は計り知れないものがありますね」
「味覚がぶっ壊れてる店ち――リゼットが味を褒めるのは珍しい」
「カエデ様、どういうことでしょうか?」
「不味くても栄養が摂取できれば黙々と食べる。美味しいものも割と黙々と食べる。だから、味に興味がないのか味覚がぶっ壊れているかのどっちかと思ってた」
もの凄く演技くさい驚いたような表情を作るカエデ。
イラッとして、私の口元がピクピク動いてしまう。
私が反論できないことを見越して、彼女はニヤニヤしながら私の反応を待つ。
(……絶対減給してやるわ)
私は心の中で呟きながら、カエデにニッコリと微笑み返す。
「食べ物に困る生活していたこともありますし、まずは食事を取れることに感謝ですわ。美味しい食事であればなお良いですけど」
「……ハァ? 飯食えない生活って、ザコザコは孤児?うそくさー」
私の言葉にカエデより先にヴァニタスが反応する。
彼女は少し離れたところでファルサスに愚痴りながら、焼きオニギリを頬張っていた。
なので、コチラの会話なんて興味がないと思っていたので、少し驚いた。
若干声のトーンが低い彼女の瞳には憐憫のような光が混じる。
ちょっと想定外の反応に、私は少し興味を惹かれる。
そばに歩み寄ってきた彼女の様子をうかがいながら、私はゆっくりとした口調で話す。
「色々あって、今でこそ野良犬みたいな生活をせずに済んでいますけど、幼い頃は食うか食われるかの弱肉強食の獣みたいな環境で生活してましたから。食事のありがたさは身に染みておりますわ」
魔王の座に手が届く頃には、私の生活環境は劇的に改善されたけど、初めの頃は泥水を啜ることさえ難儀した。
縄張り争いや共食い――相手の魔力や能力を喰らって取り込む――などなど、安寧な時間は微塵もなかったから。
カエデと出会って一緒に行動するようになってなかったら、野垂れ死んでいたでしょうね、私は。
ニコニコと微笑みながら、私はヴァニタスの反応を観察する。
「……ザコザコは今の自分に満足しているわけ?」
「満足ですか……難しい問いですね。今の生活に不満はありますが、ほどほど気に入っておりますから」
「なにそれ。ザコザコはコウジョー心がないわけ? テッペンからの見下ろしたいって思わないわけ?」
ヴァニタスの眉間にシワが出来始める。
ただし、私に対するイラつきとは違う感情が入り混じっている。
このまま彼女を煽るのも面白そうなのだけど、計画が狂うのも嫌なのよね。
(……店長、カエデが煽り散らかして差し上げますよ)
(止めなさい。面倒な方向に話が転がりそうだから)
(カエデの華麗なる話術を見せつけてあげますよ)
念話してきたカエデの様子を横目で確認すると、私の視線に気づいた彼女がニヤリと信用度ゼロの笑顔を見せつけてきた。
思わずこぼれてきそうになるため息を飲み込み、私は微笑んだままヴァニタスに答える。
「上から見下ろす景色は、大変見渡しは良いものですけど、それ以上は何もないですよ」
「ハァ? どーゆー意味? ザコザコはテッペン取ったことがあるってわけ? ウケを狙うにしてもセンスなさすぎだわ」
ヴァニタスからジワリと怒りの感情が滲み出してきた。
下手に歩み寄られていても困るので調整しとかないとね。
私の背後でモリモリ焼きオニギリを頬張るハーリアは私とヴァニタスのやり取りに気づいていないけど、横にいるロッディはハラハラとしながらヴァニタスの出方を伺っている。
「うんうん、ジンの作る料理は美味しいね。瑞穂の国だっけ? リゼットくんたちも初めての料理で驚いただろう」
私とヴァニタスの間に入るようにして、ファルサスが声をかけてきた。
あと少し刺激すれば、ヴァニタスが暴れ出す確率は高そうだったので、付き合いの長いファルサスが察して割って入ったのでしょう。
「そうですね。普段、食べ慣れていないお料理ですが、大変美味しくいただいてます」
「むぐむぐ……とっても美味しいです!尊敬します!ジンさんは見た目は料理とか全くしてなさそうなのに凄いです!」
「おい、ハーリア、それは失礼だぞ……」
「ガッハッハッハ!ハーリア殿は正直でござるな!某、國にいた頃は料理なんぞ女の仕事と台所に立つことはなかったでござる。國を離れて武者修行の真似事なんぞ初めて見たものの、口に合う料理が少なくて困ったのでござるよ。気がつけば人に手料理を振る舞える腕前になったでござる」
嬉しそうに笑うジン。
わずかにファルサスから鬱陶しそうな空気が漂う。
彼は演技くさい仕草で肩を竦めながら「酒は程々にしてくれよ」と嘆息する。
そして、視線をカエデに向ける。
「やあ、カエデくん。こんな難易度の低い迷宮にいるなんて驚きだよ。ジンだけでも過剰だと思うのに、B級冒険者のキミまでいるなんて。ここの冒険者ギルドは過保護すぎるんじゃないかな」
「ここ最近、冒険者の実力低下が甚だしいからですかね。実力に見合った迷宮探索が出来ていない冒険者が多いようなので。生きて帰るまでが迷宮探索ですから」
カエデが淡々と応じる。
即ヴァニタスが反応しようとするが、ファルサスが手で彼女の行動を制する。
「それは一理あるかもしれないね。所属する冒険者の実力の底上げは急務だと聞いているよ。だからこそ、僕たちはギルドの招集に応じたわけだけどね」
「等級が高ければ、冒険者ギルドから求められる要求も高くなるのは当たり前。あ、A級だから、その辺はバッチリか。失言失言」
「っ! ウチらをバカに――」
「ハハハ、もちろんギルドの要求には可能な限り応じるようにしているよ。現にジンをギルドの要請に応じてサポートに出しているだろ。回復・支援枠はパーティの要だ。最大限の対応をさせてもらったと自負しているよ」
ヴァニタスを制しながら、ファルサスは余裕のある柔和な表情を崩さない。
一瞬、こちらを見下したような気配があったことを私は見逃さない。
「カエデくんたちのパーティは、この後どうするんだい? 僕たちは最深部を目指すつもりだけど」
「カエデたちも最深部を目指す。ただし、迷宮主の部屋には入らない。迷宮主と戦える実力が同行メンバーにないから」
「ハァ? 尻尾巻いて逃げ出すわけ? ホントーにB級の実力があんなら、単独で迷宮主の倒し方、見せてあげればいーじゃん」
「……実力に見合わない迷宮探索は自滅に繋がるだけ。カエデはあくまでも同行して実力をチェックしているだけ。迷宮主を見せるために同行していない」
「ハイハイ、いいわけーいいわけー。ダッサすぎー。C級に降格をお願いしたほーがいいんじゃない」
ケラケラとバカ笑いするヴァニタスに、眉を顰めながら嘆息するファルサス。
カエデは無表情のまま二人を眺める。
呆れているものの、二人に対して特に感情を動かす気配はない。
まあ、最初から二人アウトオブ眼中だから当然の状態かしらね。
「ねー、ファルサス。この三下連中、一緒に迷宮主の部屋に連れて行ってやったら? こーがくのためってやつ?」
「うーん、こっちにはロッディくん、ハーリアくん、リゼットくんがいるんだよ。ジンとカエデくんは問題ないだろうけど、面倒を見るのが五人も増えるのは厳しくないかい?」
「パナケル、防御結界って十人くらいカバーできるしょ?」
「あ、ああ、固まってくれれば十五名くらいは、守れると……思う、けど……」
「なら決まりしょ。ジン、問題ある?」
勝手に話を進めるヴァニタス。
ジンは太い腕を組んで右手で顎の無精髭を指でなぞりながら思案する。
「カエデ殿、ヴァニタス殿の提案でござるが悪い話ではないと思うでござる。ここは方針を変更しても良いではござらんか?」
「ジン、防御結界とか守りに自信ある?」
「パナケル殿ほど広範囲を守るのは苦手でござるが、ある程度まとまって行動してくれれば某が五人を守ってみせるでござる」
先ほどまでの豪快に笑っていたジンから陽気な雰囲気から一転し、戦いを生業としているヒトが持つ独特の鋭い気配に切り替わる。
「……分かった。ただし、同行しているメンバーは迷宮主との戦闘に参加させない。それでよい?」
「オーケーオーケー、逃げ道まで潰さないであげる。ウチは優しーからさ」
卑下な笑い声をあげて、満足そうなヴァニタス。
少し想定とは違うのだけど、カエデが良い感じに話を進めてくれたわね。
さすがカエデね。
私はこみ上げてくる笑いをこらえながらファルサスたちのやり取りを眺めることに徹することにした。




