44.初戦突入
ポン、と小さな炸裂音が私の耳に届く。
ヒトでは聞き取れないであろう小さな音が何なのか、私は即座に理解する。
私が設置していた魔導具に魔物が接近して反応して炸裂した音だわ。
そんなに離れた位置に設置してなかったはずだけど、音が小さすぎるわ。
まあ、元々は野営とかしたときに周囲に設置して、魔物の襲撃に備えるものだから仕方ないんだけど。
「ファ、ファルサス! ま、魔物だ! う、後ろからくるよ!」
「数は?」
「ふ、複数、最低でも五匹は、いる……!」
パナケルの索敵魔術が魔物を検知したようで、慌ててファルサスに報告する。
彼は一瞬、面倒そうな顔になるが、すぐに笑顔で後方を見据える。
「低く重そうな足音が響いてくるね。中型以上の魔物かな」
なかなか良い線いってるわね。
オークを十一体、私は感知している。
猛然とした速度でこちらに向かってくる。
前回、一緒に戦った時の戦闘力を考えれば、ハーリアが慌てなければ、一人で戦っても十分に対処できるくらいの脅威度ね。
おっかなびっくりしながら、戦闘準備をワタワタ始めるハーリアの姿に、私は小さく嘆息してしまう。
「さて、前の二人も魔物の相手をしているし、僕が対処するしかないかな」
「あ、アタシも戦います!」
「まだ浅層だから、ハーリアくんは体力を温存しておいてくれ。……そうだ、リゼットくん、なにか使えそうな罠はないかい?」
おっと、私に声をかけてくるのは想定外だったわ。
何もないと答えてもよいのだけど、私は親指の先くらいの玉を背嚢から取り出してファルサスに見せる。
「これはひと細工した癇癪玉です。臭いのキツい素材を混ぜ込んでいます。鼻の良い魔物相手なら多少の効果はあると思います」
「それは良さそうだね。パナケル、魔物の姿が見えたら、それを魔術で撃ち出して先頭の魔物に当ててくれ」
「ま、魔術でピンポイントに当てるなんて曲芸、出来な――」
「頼んだよ、パナケル」
笑顔のファルサスがパナケルの返答を遮る。
眉間に深い縦ジワを作りながら、パナケルが力なく頷く。
このまま素直にファルサスの指示に従っても良いのだけど、私は背嚢――と見せかけて、亜空間収納――から、細い筒を取り出す。
「ファルサス様、その癇癪玉専用の射出機です。筒の後方に癇癪玉セットして、わずかに魔力を込めるだけで、筒の内部に刻まれた魔術式が発動して癇癪玉を射出します」
「……へぇ、そんな付属品もあるのか。それは誰でも扱えるのかい?」
「元々、戦闘力に乏しい後衛職向けの魔導具ですので、私のような罠士や商人でも扱えます」
私は筒と特製癇癪玉をハーリアに手渡す。
「ファルサス様のような強い前衛職の方がいらっしゃる現状であれば、サポート経験の乏しい私たち後衛職がミスをしてもリカバーは容易いと考えます。私とハーリアで魔物の鼻っ面を叩いてもよろしいですか?」
私はニッコリと微笑んでみせる。
ファルサスの口元がわずかに緩む。
「ははは、なかなか面白いことを言ってくれるね。うんうん、リゼットくんの言う通りだ。場数を踏ませて育てる、大切なことだ。仕方ないね、パナケルは補助魔術をいつでも使用できるように待機。ハーリアくんとリゼットくんは、その癇癪玉を魔物に当ててくれ。魔物が怯んだところに僕が飛び込んで蹴散らそう」
若干、ファルサスの声が弾んでいる。
私の提案が彼の好みにあったのか、何か良からぬことを思いついたのか。
まあ、彼の感情の色からして、良からぬことを思いついて浮かれているだけね。
あらかた後衛職を戦わせる良い口実が見つかったとか思っているんでしょうね。
「え? え? え? リー、リ、リゼットちゃん、話が見えないんだけ――」
「渡した癇癪玉を筒の赤い方から入れて、筒の青い方を相手に向けてください。筒の先の出っ張り――照星といって狙いを定めるための部品が付いていますから、それで狙いを定めて筒に少し魔力を通してください。それだけで癇癪玉が射出されますから」
目にチカラを込めながら、私は一気に捲し立てる。
状況を把握できていないハーリアだったけど、私の勢いに押されて素直に頷くと、テキパキと準備を終わらせる。
「ま、魔物を目視できた! お、オークだ! 数は七体……いや、十一体いる!」
パナケルが声を張り上げる。
私は素早く癇癪玉の射出準備を終わらせて先頭のオークに狙いを定める。
横目でハーリアを見ると、見様見真似で私と同じように筒を構えていた。
よしよし、ハーリアはいい子ね。
「初撃、いきます!」
私は合図とともに、ものすごく慎重にわずかに魔力を筒に通す。
次の瞬間、筒から癇癪玉がオークに向かって飛んでいく。
ワンテンポ遅れでハーリアの筒からも癇癪玉が射出される。
ヒューと風切音を響かせながら、癇癪玉は先頭のオークに命中して爆ぜる。
同時にオークが悲鳴をあげて、移動速度が遅くなる。
「あ、当たった! よ、よかったー!」
「まだ気を抜くのは早いです。次の玉をこめてください」
浮かれそうになったハーリアに喝を入れて、素早く次の癇癪玉を筒に込める。
ハーリアの準備が出来たことを確認すると、横目で彼女に合図を送る。
「次、いきます!」
「はい!」
ハーリアが返事する。
ほぼ同時に筒から癇癪玉が射出され、オークに命中する。
オークたちが悲鳴とともにその場で鼻を押さえて暴れ始める。
密林の奥深くに咲く寄生植物の粘液や魚を発酵汁とか色々なものを魔術で新鮮な状態で封入しているから、効果覿面ね。
「ハハハ、予想以上の効果だよ。これなら僕も楽できるよ。パナケル、速度上昇を」
「わ、わかったよ。あと消臭効果も付与するよ」
パナケルが魔術を発動させると、ファルサスの体を薄い力場が包む。
空気抵抗を減らして速度を向上させる魔術ね。スムーズな魔術発動から、パナケルの力量が伺えるわね。
でも、一定期間で激臭が消えるように細工はしていたけど、前衛職がすぐ接近したら巻き添えになるのは盲点だったわ。
カエデが使用禁止って言ってきたのは、てっきりカエデの鼻がヒトよりいいからと思っていたわ。
私がパナケルの状況判断の良さと特製癇癪玉の改良案を検討していると、ファルサスが少し弾んだ声をあげる。
「うん、いい感じだ。まだ階層は浅いし、さっさと片付けようか」
そう言って彼は腰に下げていた剣を抜き放ち、そのままオークに向かって疾走する。
私の目には、剣から滲み出るどす黒いオーラが帯を引いていくのが視える。
(……魔剣、ね。それもとびっきりタチの悪いやつ)
私は指で眉間のシワを伸ばしながら、ファルサスの後ろ姿を確認する。
ファルサスはヒトでは称賛に値する速度でオークの集団に接近する。
特製癇癪玉の激臭に暴れるオークの首を軽々と斬り飛ばす。
ひとつ、ふたつ、みっつ――
魔剣の斬れ味の良さもあるけど、ファルサスの剣の腕は上級冒険者として十分ありそうね。
「パナケル、援護を!」
「わ、分かった。――風よ、我が障害を切り裂け! 《ウィンド・カッター》!」
パナケルが即座に風の刃をオークに向かって放つ。
ファルサスの背後に立ったオークが両断される。
ヒトだったら中々よい腕前と評価するところね。
「ハーリア、迎撃準備。一、二体、抜けてくるわよ」
「ふぇ! りょ、了解です」
ファルサスの剣技に気を抜いているハーリアに私は声をかける。
あの屑が、このまますんなり戦闘を終わらせるとは思えないからね。
「チッ、一体そっちに抜けた! 対処を頼む!」
ファルサスの声。
目を血走らせ、鼻息荒くこちらに向かってくるオークの姿。
予想通り過ぎる展開にため息すら出てくるわね。
「ふ、二人とも自分の後ろに、か、隠れて」
「パナケル様、問題ありません。ハーリア様、私が動きを止めます。とどめをお願いしますわ」
「ヒィィィ! わ、分かりました、リゼットちゃん!」
私はパナケルの指示を断り、ハーリアに指示を飛ばす。
横目が彼女を確認すると何故か涙目になっていた。何故に?
私は普通の癇癪玉を取り出して、素早く筒――射出器にセットする。
「いけるよ、リゼットちゃん!」
私の合図よりも早くハーリアが声を掛けてくる。
ちょっと予定外。
私は口の端が少し持ち上がってしまう。
「足止めします、ハーリア様、あとは任せます」
ハーリアの返事を待たずに私はオークに向かって癇癪玉を射出する。
鼻先で癇癪玉が破裂し、オークの足が止まる。
「でぇぇぇぇい! 《ファイア――」
ハーリアが駆け出し、オークへ肉薄する。
「――ジャベリン》!」
「な、なん……だって……」
彼女が右手を突き出すと同時に炎が炸裂し、オークを吹き飛ばす。
それを見てパナケルが呆けたように呟く。
ハーリアがやったのは、ちょっとした上級テクだから、初見だと驚くでしょうね。
少なくともE級冒険者が出来るものではないからね。
「よし、倒せた! ファルサスさん、こっちは片付けました!」
「……ははは、了解だよ」
ハーリアの明るい声が響く。
ファルサスは振り向かず、オークを斬り倒しながら返事をする。
想定外でだいぶ不満そうね。
いい気味ね。
「お疲れ様です、ハーリア様」
戻ってきたハーリアを労りながら、私はオークが殲滅されるまで、大人しく待つことにした。




