43.迷宮入口に集合
「お待たせしました、申し訳ございません」
「おっそいのよ! ウチたちが到着する前に着いてないって、どーいうことよ!」
サイドテールの髪を揺らしながら、私たちを睨みつけてくるヴァニタス。
私たち――ロッディとハーリアの三人――で深々と頭を下げて謝罪する。
場所は開放型迷宮の入り口。
あまり人気がある迷宮ではないようで、冒険者の姿は閑散としている。
迷宮入り口近くに建てられた冒険者ギルドの迷宮管理事務所を見れば、その迷宮の人気がよくわかる。
一昔前は、この迷宮ももう少し人気があったはずなんだけどね。
私が哀愁を感じていると、柔和な笑みを浮かべたファルサスが前に出てくる。
「まあまあ、ヴァニ。ここは街から少し離れているし、馬車を準備できない冒険者は移動に時間かかるからね」
「ザコザコはそれを見越してイドーすべきでしょーが。ファルサスは甘すぎんのよ」
「はははっ、ヴァニが厳しいだけだよ」
ファルサスがヴァニタスを宥める。
若干、演技くさいのよね、こいつらのやり取りって。
私はロッディとハーリアの間から、〝神託に導かれし者たち〝の面々の様子を伺う。
「あら、ジン様のお姿がありませんけど……」
「そういえば、連絡ができていなかったね。ジンは急遽別パーティのフォローに行くことになってしまったんだ」
「ええ! ジンさんがいないって回復とか補助とか誰が担当するんですか? アタシの実力だとジンさんの変わりは出来ませんよ……」
「ア゙ア゙? ザコザコに穴埋めなんて、させるわけねーじゃん。頭沸いてるわけ?」
ハーリアの申し出を鼻を鳴らして一蹴するヴァニタス。
私的にはハーリアが火事場の馬鹿力を発揮すればカバーできそうな気がするのだけどね。
恐縮するハーリアを見据えながら、ヴァニタスが顎をしゃくる。
ファルサスとヴァニタスの後ろから、青白い小柄な男が出てくる。
私より少し背が高く、亜麻色の髪は肩下まで伸び、手入れをしているようには見えない。
さらに病的な青白い肌に、ひょろりと伸びた四肢。
冒険者ではなく、研究室に籠もっている学者といった風貌をしている。
「は、初めまして……じ、自分は、パナケル=アスプシス……です。て、適正が聖職者なので、回復から補助まで一通りおこなえます。こ、攻撃魔術も扱えます」
オドオドと自己紹介をするパナケル。
どう反応するべきか、私は少し考える。
「あのさー、アンタの方が年上じゃん。ザコザコどもにビクビクすんなし」
「ヒィィィ! す、すいません、すいません!」
「ははは、逆効果だよ、ヴァニ。ほらほら、パナケルも少しは人慣れしてくれよ。僕たちA級パーティーになっただろう。だから他人と触れ合う機会も増えるんだからさ」
ペコペコと頭を下げ続けるパナケル。
なんとなく可哀想な光景ね。
私はロッディを小突いて話を進めるように促す。
「パナケルさん、オレはロッディッす。斥候をメインにやってます」
「アタシはハーリアです。一応、回復士です。攻撃魔法も使えます」
「パナケル様、私はリゼットと申します。駆け出しの罠士です。将来的には商人としてお店を持ちたいと考えています」
タイミングを合わせて、私たちは頭を下げる。
私たちの挨拶に、パナケルは慌てて頭を上げるように言ってくる。
腰が低くて自分に自信を持てないタイプに見えるんだけど、何か妙な気配を感じるわね。
カエデがいれば、すぐ素性調査をお願いするところなのに。
私は少しもどかしさを感じながら、ファルサスの指示を待つ。
「これから僕たち六人で迷宮に入るよ。ロッディくんとヴァニで先行してもらう。いいかい?」
「うッす! 分かりました」
「えーザコが前に出るならウチは後ろで良くない?」
「ははは、まだ初心者と大差ないロッディくんだけに斥候任せるのは不安があるだろ。お願いだよ、ヴァニ」
「……チッ、しゃーないわね」
ファルサスがお願いすると、ヴァニタスはそっぽを向きながら了承する。
薄っぺらな笑顔を崩さないファルサスは分からないけど、少なくともヴァニタスは彼に惚れていそうね。
ま、ヴァニタスがファルサスの指示には、わりと素直に従うから分かりやすいけど。
「んー、罠士の運用はパーティーで個性が出るところだけど、リゼットくんは迷宮探索は慣れていないるかい?」
「パーティーで迷宮探索する経験はあまりありません……」
(――この姿になってからは、カエデと二人で潜るくらいで、パーティーで行動することはないから)
口に出さずに私は付け加える。
よくよく考えれば、ロッディとハーリアで迷宮探索したのは、私にとってはかなりレアな体験になるわね。
「やはりそうかい。ではリゼットくんは中央で守るようにしよう。僕の後ろにリゼットくん。そして、パナケルとハーリアくんだ。パナケルは探知魔術を適度に使って後ろからの不意打ちを警戒してくれるかい」
「り、了解だよ。た、探知魔術の、範囲を広げれば……ま、前の二人も楽できると、思うけど……」
「パナケル、余計なことはしなくていいよ。長期的に探索するときは魔力を節約することも大切だ。それにロッディくんの経験にならないだろ」
ぽん、と軽くパナケルの方を叩くファルサス。
ビクリと肩を震わせるパナケルの表情は青ざめ、脂汗がビッシリと顔に滲む。
「す、すみません。じ、自分なんかが意見を……」
「ハハハ、意見を言ってくれるのは、とても良い事だよ。だから、今後も意見を口にしてくれていいよ。ただ、状況とか少し考えてくれると嬉しいかな」
ニッコリと微笑むファルサス。
私は彼の笑顔に滲む屑の気配に胸クソが悪くなる。
「では僕は探索開始の手続きをしてくるよ」
軽く手を上げるとファルサスはダンジョン管理事務所へ駆けていく。
私はその後ろ姿を見送りながら、横目でパナケルの様子を伺う。
彼はファルサスが戻ってくるまで、ずっと体を震わせていた。
***
「ザコザコ、糞ザコぉぉぉ! きゃははははは!」
高笑いをしながら、定番魔物のスライムをダガーの二刀持ちで斬り刻んでいくヴァニタス。
低レベルな魔物が相手とはいえ、安定した動きで攻撃を続けているところは、中堅くらいの実力はある冒険者といったところかしらね。
それに対して、ロッディは死角からの一撃離脱を徹底している。
(ロッディのあの動きは安全重視ってわけじゃなさそうね。訓練一環ってところかしら。まったく血は争えないわね)
危なげなく魔物を倒しているが、ロッディの顔に余裕の色はない。
何かしら課題を持って取り組んでいる事が伝わってくる。重畳、重畳。
そして、私はファルサス、パナケル、ハーリアの様子を確認する。
「パナケル、任せたよ。ああ、ハーリアくんは、まだ魔力を温存しておいてくれよ。先は長いからね」
「は、はい! で、でもパナケルさんも魔力が枯渇してしまうんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫だよ。彼には魔力回復とか魔力回復促進みたいな装備とか消耗品とかを渡しているからね。問題ないだろ、パナケル」
「は、はい……問題ないです……」
薄ら笑いを貼り付けたファルサスが、パナケルが答えるより先に釘を差す。
出発前は探知魔獣の出力を絞るように指示していたと思うのだけど、記憶力が悪いのかしらね。
私は口の端から溢れてきそうな笑い声を慌てて手で押さえつける。
まだまだ私の出番はまだよね。
「リゼットくん、何か使いたい罠とかあるかい? 実戦は大事だから試したいものがあれば言ってくれよ」
「ハァ? ちょっと待ってよ、ファルサス。ウチはザコザコの罠で怪我すんのは嫌なんだけど!」
ファルサスの言葉にすぐさま反応するヴァニタス。
彼の言葉を聞き逃さないように常に聞き耳立てているのかしらね。
私は少し考える素振りを見せてから、背負っていた背嚢から小さな石――加工済みの魔石――を取り出す。
「魔物が近づくと起爆する魔導具です。ダメージを与えるためでなく、魔物に対する威嚇や魔物の襲撃を知らせるためのものです。ファルサス様、これを定期的に設置して行って良いでしょうか?」
「へぇー、そんな便利な魔導具があるなんて知らなかったよ。面白そうだし、一声かけてくれるなら設置していいよ」
「ありがとうございます。とりあえず、ここに設置します」
私は恐る恐るといった足取りで、迷宮通路の端に移動して、ソッと魔道具を設置というほどでもなく、ポンと雑に置く。
魔物が近くを通った時に癇癪玉みたいに破裂するのだけど、ごくごく稀にヒトに反応するときがあるのが少し難点ね。
「ねー、魔導具って、どこで買えんの?」
「これは試作品とかで、たまたま街に来ていた商人から安く譲ってもらったものです。王都に行けば正式に販売されているかもしれませんが……」
「なにそれ。そんなシンピョーセーが分かんないもの使うなんてバカなの?」
露骨に眉を歪めて私を見下ろすヴァニタス。
ぶっちゃけ私が暇つぶしで昔作った魔導具なので、市販される見込みはないし、ヒトが作る物より高品質。
少しイラッとするが、私は努めてオドオドした様子を維持する。
「私一人なら試すことは無理なんですけど、〝神託に導かれし者たち〝の皆さんに同行している間なら、試すのはありかなと思ったので……。使ったことない魔導具をいきなり使うのは怖いですから……」
「ふん、まあいいわ。ウチの邪魔になるようなことはやったら死ぬほどこーかいさせっから」
私の回答が良かったのか、ヴァニタスは私から離れてファルサスの方へ向かう。
「ヴァニタス様の邪魔をしないように、肝に銘じておきます」
彼女は聞いてはいないだろうけど、私はひと言返す。
魔導具がちゃんと動作していることを見てから私は隊列に戻る。
するとパナケルが私に声をかけてきた。想定外だわ。
「お、幼いのに、変わった魔導具を持っているなんて、キミはすごいね……」
「いえいえ、たまたまです。私よりパナケル様の方がA級パーティーに所属されていますから、私よりももっと凄い魔導具に触れてらっしゃるのでは?」
「ははは……そうだったら、良かったんだけどね……」
パナケルは自虐的な笑みをこぼしながら、そのまま私から離れていく。
情緒不安定ね。
私は談笑しているファルサスとヴァニタスを横目にため息をつくのだった。
色々ときな臭さいわね、まったく。




