42.パーティーメンバー
冒険者ギルドのフロア内で、カエデの接触に反応した気配は三つ。
どう動いてくれるのか、私がワクワクして待っていると、一番近い気配が足早に接近してきた。
「ファルサス! まだ手続き終わんないわけ?」
少し苛立ち混じりの女の声。
私の視界にスピード重視の軽装備に薄着――ヘソ出し、ノースリーブ、ホットパンツ――で、ツリ目の性格のキツそうな若い女が現れる。
女は肩にかかったサイドテールの赤髪を不機嫌そうに払い、敵意を隠しもしない目つきでカエデを睨む。
「……なに?」
「はあ? なんもねーし! なにこいつ、自信過剰じゃね?」
「ヴァニ、初対面で失礼な態度は止めてくれ。その人は僕たちが移籍するまで、この冒険者ギルドで一番の実力者だったんたから」
少し柳眉を歪ませながら、ファルサスが女を諌める。
女は鼻で笑うと、カエデを見る視線が見下すようなものに変わる。
「ああ、元一番の実力者の女ね。こんな片田舎でお山の大将気取ってたイタい女って聞いてるわ。残念だったわね、ウチらが来たからアンタの存在価値はなくなったわよ」
やっすい挑発をしてくる女。
ファルサスが慌てて彼女を止めるが、彼の口元に微かに笑みが滲んでいる。
事前に打ち合わせているのか、いつものパターンなのか分からないけど、二人にとっては馴染みのあるやり取りのようね。
「ヴァニタスさん、冒険者に品位や品格などを求めるつもりはありませんけど、最低限の礼儀は持ってください。どこの冒険者ギルドで登録されても共通で指導していることですよ」
「……チッ。へいへい、さいてーげんね。サーセンでしたー」
「ヴァニタスさん! A級にもなれば貴族と接する機会も増えるんですよ! 普段から態度を気をつけるようにしてください!」
「まあまあ、落ち着いてください、セリア嬢。僕たちはA級に昇格して日が浅いですから大目に見てくださいよ。あとでヴァニには僕から厳しく言っておきますから」
愛想笑いをしながら、セリアを宥めるファルサス。
私は彼の白々しいやり取りに呆れてしまい、ロッディとハーリアの陰で欠伸を噛み殺す。
カエデの反応を伺うと、私と同じように退屈そうにファルサスとヴァニスタを眺めている。
(んー、若干マズいかもね。今のカエデを下手に刺激すると反射的にコロコロしちゃうかもしれないわ……)
これ以上カエデを刺激するような阿呆な行動をしないように、私が念じているとファルサスが良く作り込まれた柔和な笑みを私たちに向ける。
「カエデ嬢、後日ゆっくりと話せる時間を作って貰えると嬉しいな。リゼットくん、明日……いや、三日後に冒険者ギルドに今日と同じくらいの時間に顔を出してくれないか。仮加入の可否を伝えるから」
「わかりました。よろしくお願いします」
ファルサスに私は深々と頭を垂れる。
普段から、ここまで深々と頭を垂れる機会が少ないから斬新な経験だわ。
私が顔を上げるのを確認してから、ファルサスはヴァニタスの背を押すようにして、冒険者ギルドから出ていった。
同時にもう一つの気配も冒険者ギルドから出ていった。
「……店員、任せたわよ」
「承知しました」
次の瞬間、カエデの姿が冒険者ギルドから消える。
「ッ! 姉御、パネぇ……」
「い、今のどうやったんですか!」
目を白黒させて驚愕する二人。
「……カエデさん、A級になって欲しい……本当に……ハァ……」
切実なつぶやきと共に深々とため息をつくセリア。
カエデが本気出せばS級認定も簡単でしょうね。
その日は訪れることないけど。
「さて、予定通りに誘い出せたわね。セリア、書類の手続きは任せたわよ」
「分かってるわよ、〝リゼット〟ちゃん。登録日とか探れないように、すでに設定済みよ」
「さすがセリアね。仕事が早いわ。あとは連中がどう動くか楽しみにしておきましょう」
三日間も時間をくれたから、初心者っぽい装備も揃えたいわね。
新商品の仕入れに向かうときのようなワクワク感に私は思わず笑みを浮かべてしまう。
ロッディとハーリアが小さく悲鳴を上げたような気がしたけど、たぶん私の気のせいね。
***
「ようこそ、リゼットくん。僕たち〝神託に導かれし者たち〝の拠点へ」
三日後、私は近郊の一等地に立つ豪邸を見上げて、ポカンと口を開けて呆けてしまう。
冒険者ギルドでファルサスが預けた伝言メモに従って、近郊の一等地に来たわけなんだけど、予想外だったわ。
この辺りは、例えA級冒険者だったとしても、お貴族様が冒険者の居住を認めないエリアだったはず。
冒険者自身が貴族の血縁者やよほど権力のあるパトロンが付いているとか例外がない限りは。
正門前で私たちを待っていたファルサスに、ハーリアが恐る恐る尋ねる。
「こ、こ、ここって……上流階級の人間じゃなければ、家を借りることも出来ないはずじゃ……」
「よく知っているね、ハーリアくん。まあ、僕たちはA級冒険者だからね。貴族の方々にも認めてくださる方が徐々に増えているからね」
「フォォォ……ずげェ……」
驚愕するロッディの反応を見て微かにファルサスの口元が愉悦に歪む。
うん、下手に二人に指示しなくて正解だったわ。
騙しやすそうな初心者の反応は私にもカエデにも無理だからね。
「さて、正門で話すのもなんだし、中に入ってもらうかな」
ファルサスに続いて私たちは豪邸の玄関に入る。
お貴族様のお屋敷によくある玄関ホール、そして正面に二手に分かれた階段があり、二階のエントランスホールに繋がっている。
来訪者を見下ろしながら迎えるために最適な造りよね。
「うぉぉぉぉー! すっげェ……貴族様のお屋敷みてェだ……」
「うんうん、貴族様のお屋敷ぽいぽい!」
はしゃぎ始めるロッディとハーリア。
素晴らしい二人の反応に、思わず私はにんまりしそうになってしまう。
「キャハハハッ、ウけるー! ザコザコども、ウチらの拠点に圧倒されてんじゃん! 駆け出しのザコザコならしっかたないかー!」
頭にキンキン響く不快な女の声。
視線を向けるサイドテールの赤髪――ヴァニタスが二階のエントランスホールから身を乗り出して、私たちを見下ろしている。
「ヴァニ、本当のことでもポンポン口に出すなと言ってるだろ」
「ファルサスはマジでユートーセーみたいなこと言い過ぎじゃね? 変な誤解する女が増えるからさー、やめてよねー」
「おいおい、めったなことを言わないでくれよ。退屈しているご婦人たちに冒険で起きたことを話すだけで、こんな立派な屋敷を貸してもらえるんだからさ」
わざとらしく肩をすくめて嘆息するファルサス。
その姿に「キャハハハ」と品のない笑い声を上げながら、二階のエントランスホールから飛び降りてくるヴァニタス。
猫のように軽い身のこなしで着地する姿から、それなりに実力があることは伺えた。
「そっちの二人はー、前回同行していたザコザコで、そっちのチンチクリンが新しい身の程知らずなわけ?」
「初めまして、リゼットと申します。一応、罠士を名乗らせていただいてます」
私は両手を揃えて深々とお辞儀をする。
ヴァニタスが鼻を鳴らす気配。
頭に花瓶の水でもぶっ掛けられるかと期待していたので、少し拍子抜けだわ。
「アンタ、冒険者やるより娼館で働いた方が良くない?絶対稼げるわよ、なんならウチが良い店紹介してやんよ」
「ヴァニタス殿、志ある者を侮辱するものではないでござるよ」
落ち着いた低い男の声が響く。
視線を向けるとザンバラ髪に無精髭の男がゆっくりと階段を降りてきていた。
黒髪に黒目、極東の民族衣装――呉服だったかしら――を身にまとっている。
冒険者ギルドにいた三つ目の気配の主ね。
身長はファルサスより少し小さいが、全身をくまなく筋肉が覆っているため二回りくらい大きく感じる。
「ジン、ウチの親切の邪魔すんなよー。冒険者は危険ばっかじゃん。娼婦の方が安全じゃね?」
「ハッハッハ、すまぬすまぬ。某は死ぬことも誉れと考えているゆえ、安全が良いとは思わぬでござるからな」
ボリボリと頭を頭を掻きながら、豪快に笑う男――ジン。
彼は右手を懐に入れ、左手で顎の無精髭を撫でながら、私を上から下へ値踏みするように見てくる。
いやらしさはなく、純粋に私の実力を見抜こうとしているようだった。
「ほうほう、これはこれは。まだ駆け出しとファルサス殿が申しておったが、なかなか将来性がありそうな娘子でござるな」
「はぁ? ジンの目ン玉、濁ってんしゃねーの。こんなチンチクリンに将来性なんてねーよ。あ、娼婦になれば、お偉いさんがジャブジャブ金使ってくれるかもしんねーから、そっちの将来性ならあると思うね、ウチは」
ヴァニタスのバカ笑いに、ジンは少し呆れた顔で嘆息する。
彼はファルサスに視線を送り、話を進めるように促す。
「他のメンバーは迷宮に出払っているから、戻ってきたら紹介するよ。拠点で働いているスタッフについては追々紹介するとして――」
ファルサスは、手を動かしてヴァニタスとジンを私の前に立たせる。
「まず、ヴァニタス=ベルローズ。近接戦をメインに戦う前衛職だ。流行にも敏感でパーティーで扱う道具や装備の準備についても一部権限を与えている」
「ヴァニタス様と呼ばせてやんよ。チンチクリンは罠士だっけ? ウチの邪魔になるような罠設置とかやったら、よーしゃなく腕を斬り落とすかんな」
ヴァニタスは腰のベルトに固定していた二本のダガーを鞘から抜き放つ。
そのままダガーを回しながら見事なジャグリングを披露してきた。
たまーに似たような曲芸を披露してくる冒険者に遭遇するのだけど、戦闘とかで役に立つ技なのかしらね。
ボーッと見つめていた私の態度を、感嘆して見惚れていると誤解したヴァニタス。
彼女は機嫌よく鼻を鳴らして、淀みのない動きでダガーを鞘に納め直す。
「次に、ジン。大陸で主教となっている六神正教とは違うけど、神官で補助魔術を担当している。まあ、見て分かると思うけど、攻撃としても十分動ける貴重な人材だよ」
「ハッハッハ、某はジン=ハギリでござる。神官とは名ばかりで、肉を食らい、酒を煽り、女を抱く破戒僧でござるよ。無益な殺生は控えるようにしておるが、なかなか難しいものでござるな。極東から武者修行で流浪していたところをファルサス殿に誘われて共に冒険者として活動しているでござる」
ジンは重低音の効いた大きな声で自己紹介すると、再び豪快に笑い始める。
ファルサスとヴァニタスと違い、裏表のない脳筋バカという印象がある。
「ヴァニタス様、ジン様、よろしくお願いします」
私は再び深々と丁寧にお辞儀をする。
ヴァニタスとジンには、私が真面目そうな新人冒険者に見えてくれているかしらね。
私が顔をあげるタイミングを見計らって、ファルサスが話を進める。
「では、近日中に僕たち三人とロッディくん、ハーリアくん、リゼットくんの六人で迷宮探索に行けるように、冒険者ギルドに申請しておくよ」
「無駄になると思うけどー、死なないように準備しなさいよ、ザコザコども」
「戦の勝敗は始まる前に決まっていると言うでござるよ。迷宮探索も同じで迷宮に足を踏み入れるまでに、どれだけ準備が出来ているかでござる。それでも人は死ぬときはサクリと死んでしまうんでござるがな、ハッハッハ」
恐縮した固まっていた後ろの二人――ロッディとハーリア――を肘で小突き、私たちは大きな声で挨拶をして〝神託に導かれし者たち〝の拠点を後にした。
ぶっちゃけて、最後の一言を伝えるだけなら、わざわざ私たちを拠点に足を運ばせる必要あったのかしらね。
自分たちの権力を見せつけるための画策の一つかしらね。
なんにせよ、うまく尻尾を掴めるチャンスはすぐきてくれそうだけど、どう料理してあげようかしら。
思わず笑い声が口の端からこぼれてきてしまう。
あいも変わらず、ロッディとハーリアが小さく悲鳴を上げたような気がしたけど、たぶん私の気のせいね。




