40.来店、そして依頼
「店長、店長、店長、起きてください」
「っ! ね、寝てないわよ、瞑想していただけよ」
午後の陽だまりの空気が漂う店内。
私はカエデの呼びかけに、私は反射的に応じる。
「はいはい、嘘乙。バレバレなので取り繕わないでください。『寝てたけど何?』って顔してください」
淡々と返してくるカエデ。
私は少し垂れてたヨダレを服の袖で拭いながら、状況把握に努め――目の前にロッディとハーリアの姿があった。
弱化しているとはいえ、二人の接近に気づかないなんて、凹むわ。
(『ボクの周辺は聖域になるからね。悪意や敵意とかない人が近づくと弱化した魔王ちゃんの感知は無効化されちゃうかも』)
(……なにそれ、初耳なのだけど)
(『うん、ボクも初めて知ったよ。たぶん、この前、魔王ちゃんが補充してくれた〝神気〟のおかげかも。この姿になって、一気に神気が増えたことないから。ニャハハ』)
聖剣ミスティルテインから神気を抜き取ってやろうかしら、なんてことを考えながら、私は改めて二人に向き直る。
「り、リーゼさんの寝顔、か、かっわええ〜」
「……おい、ハーリア、正気に戻れ」
ペチン、とロッディがハーリアの頭を軽く叩く。
彼女は「あいた!」と小さく声を上げると、叩かれた辺りを擦りながらロッディを睨む。
ロッディはその視線を意に介した素振りはない。
「相変わらず仲良いわね。で、今日はどうしたの? 何か取り寄せて欲しい道具や工具でもあるのかしら?」
私の言葉に、二人はぎこちない笑みを顔に貼り付けながら、互いに目配せをする。
言い出しにくい内容みたいね。
私はカエデに視線を送ると、彼女はサッと店内を確認したあと、店の外に向かう。
「しばらく店員が表に立ってお客様の相手をしてくれるわ。話しにくいことがあるなら今のうちに話しなさい。あと、この店は防音しているから、外に声語漏れることはないわ」
「……リーゼさんは、〝荷降ろし〟って詳しいですか?」
恐る恐るハーリアが訊ねてくる。
「詳しいかどうかは分からないけど、知ってはいるわよ」
「マジかよ、元依頼主」
「私は冒険者ではないから、少し認識が誤っている部分があるかもしれないけどね。ぶっちゃけると『足手まといをわざと同行させて囮にする』ことよ」
私の言葉に二人の表情が険しくなる。
思い当たる節がある顔ね。
「さっさと話しなさい。冒険者が増え出す時間帯になったら相手してあげられないわよ」
あと一時間くらいは猶予はあるのだけど、二人に発破をかける。
これで話し出せば自分たちがヤバい状況と把握してるだろうし、話し出さなかったら……カエデに頼むしかないかしらね。
「……この前、元依頼主と姉御に助けられたけどさ、オレたちを含めて下級冒険者が二人ずつの三ペアが〝神託に導かれし者たち〝に同行してたんだ」
「みんな同時に入ったんじゃなくて、『神託』もパーティーを三つに分けて、アタシたちがそれぞれついて行ったんだけど……」
「アナタたち以外は全員行方不明ってところかしら?」
私はさらりと口にする。
その瞬間、二人から殺気――いや、怒気が溢れ出す。
配慮不足とか、デリカシー不足とかで、カエデにツッコまれるやつだわ、たぶん。
私の態度に変化がなかった事が功を奏したのか、二人の怒気はすぐに収まる。
ただし、バツが悪そうな顔で、話しかけるのを躊躇している。
「あのね、冒険者が死ぬのは日常茶飯時よ。ヒトなんてサクリと死ぬことが珍しいわけでもないわよ。いちいち感情的になると足元すくわれるわよ」
「でもよ、いいやつらだったんだよ……」
「うん、アタシたちより少し早く冒険者になった人ばかりだったけど、優しくて気をかけてくれて……」
どんよりとした空気が店内に漂う。
何百年も〝勇者〟と殺し合いをしていたためか、私は死ぬこと自体に感情的な部分は殆んどない。
神々が好き勝手暴れた結果、お気に入りが死んだら、怒り狂いたくもなるのだけど。
私は大袈裟にため息をついて、場を仕切り直す。
「実力がある冒険者でも、ほんの少し運が足りなくて死ぬことがあるのよ。顔見知りが死んだことに落ち込む前に、自分が死ななかった幸運を噛み締めなさい」
「だけどよ、元依頼主――」
「私たちがアナタたちと合流するタイミングがもう少し遅かったのなら、アナタたちも死んでいたわよ」
何か言い返そうとしたロッディの言葉を遮って、私は言い切る。
ロッディとハーリアの戦闘力は高いといえ、戦闘を継続できる時間には限りがある。
あと一時間も私たちが二人を見つけるのが遅かったなら、手遅れになっていたのは確実のはず。
反論できず、悔しそうに下唇を噛むロッディ。
「で、それを言うために来たのではないでしょう」
「……はい。〝神託に導かれし者たち〝が〝荷降ろし〟をやっていないか、カエデさんに調査をお願いしたいです」
「オレたちで調べることは難しいから。でも姉御なら……」
「まあ、店員なら最近A級に昇級した勢いのあるパーティーでもカエデなら調べることは楽勝ね」
二人の顔に喜色が滲み始めるが、私はそれを止める。
「でも、許可できないわね」
「ッ! なんでだよ! 元依頼主!」
「リーゼさん! なんでですか! 依頼金なら頑張って稼ぎますから!」
カウンターに手をつき、身を乗り出してくる二人。
(『魔王ちゃん、言い方がいぢわる』)
(うっさい。二人がせっかちなだけよ)
聖剣ミスティルテインのツッコミに反論しつつ、私は二人を両手で落ち着かせる。
「店員は既に似たような依頼を受注して活動中よ。似たり寄ったりの依頼をまとめて受注して効率化するのは一つの手だけど、アナタたちから依頼を受けるのはナンセンスだわ」
「姉御が既に動いているのかッ!」
「ホントですか! カエデさんならすぐに解決ですね!」
私は肩をすくめてため息をついて二人を煽る。
「似たような依頼であって、アナタたちが望む結果が得られるとは限らないわよ。そもそも〝荷降ろし〟の原因の一つに、実力が足りてないから狙われるのよ」
「ッ! それは分かってんだよッ!オレらじゃ連中に全く敵わねぇんだよッ!」
「リーゼさんの言いたいことは分かります! でも、でも! 言うべきときと、そうでないときがあります!」
悔しさを滲ませながら吠える二人。
うんうん、状況をなんとなく察しながらも、心は折れてないわね。
やる気十分で素晴らしいわ。
二人の反応を見て、思わず口の端が持ち上がってしまう。
「ヒィィィ!」
「ナマイキ言ってゴメンナサイ!」
ロッディが白目を剥いて棒立ちになり、ハーリアが泣きながら土下座して頭を床に叩きつける。
「……店長、〝威圧〟が滲み出てますよ。すぐに引っ込めてください。二人の精神が崩壊する前に」
「はあ? そんなもの出してないわよ」
(『魔王ちゃん、悪巧みしてるとたまにー漏れてるよ』)
いつの間にか現れたカエデと聖剣ミスティルテインに指摘され、私は渋々深呼吸をして気を鎮める。
少ーし楽しそうな暇つぶしを考えてただけなのに。
ペチン、ペチンとカエデが二人の頭を叩いて正気に戻す。
「……話続けて大丈夫かしら?」
「「は、はい、大丈夫です!」」
傍にカエデが立っているおかげか、下っ端スイッチが入った二人は直立不動の姿勢で返事をする。
「カエデは曰く付きのB級冒険者で連中には警戒されているわ。ここは実力の足りてない冒険者の出番だと私は思うのよね」
私の言葉に首を傾げつつ、視線を交わすロッディとハーリア。
二人には休養のために一週間くらい冒険者ギルドに近づかないように指示しているのよね。
更にセリアにその期間中は二人を行方不明扱いで処理するように伝えているわ。
「ふふふっ、楽しくなりそうだわ」
私の言葉にカエデが心底面倒そうな顔で大きなため息をついていた。
「明日、私たちと一緒に冒険者ギルドに顔出すわよ」
まずは楽しい暇つぶしのための準備をきっちりしないとね。
何故か怯えている二人に集合時間と場所を話て解散することにした。




