39.正座で反省中
「くれぐれも粗相のないようにしてくださいって念押ししましたよね、わたし」
「……はい」
静かな店内に響くセリアの穏やかな声にか細い返事をするダリア。
カウンターの前で行儀よく立つセリアの前に、ダリアとジェイミーが正座をしている。
二人を見下ろすセリアの表情は実に穏やか。
だけど、彼女の全身から放たれる威圧感に店内の空気が凍えている。
もう少ししたら、チラホラ客が入ってくる時間帯なので、止めて欲しいのだけど、割って入れそうな雰囲気はゼロ。
下手にチャチャ入れて、私の方に飛び火してくる可能性もあるから、見守る他ない。
横目でカエデを見ると、私と同じように様子見している。
「カエデさん、怪我とかしてない? 消耗品を使っているならギルドに経費申請していいですから」
「大丈夫、大丈夫、問題ない問題ない」
カエデは面倒くさそうに、雑に返事を返しながらヒラヒラと手を払う。
しかし、先程までの好戦的な雰囲気は影を潜め、しおらしいダリア。
本人なのか疑ってしまうわ。
まあ、私やカエデがヒトを見間違うことはありえないのだけど。
「ふふふっ、ぷりてぃちゃんも困惑してるみたいねぇん。ダリアはオンオフが激しいのよぉん」
「じ、ジェイ、その話を今しなくてもよいだろ」
「今だからよ。ギルドのイケてるレディーもいるから丁度良いわよ」
慌てるダリアの頭をジェイミーが大きな手で覆うようにあてて、わしわしと撫でる。
ボサボサになるダリアの頭。
彼女は不満そうに頬を膨らませながら、ボサボサになった髪を手櫛で整える。
さっきまでの澄まし顔より、今の感情を露わにしている顔の方が断然魅力的だわ。
信頼関係が伝わってくる二人のやり取り。
他のパーティーメンバーより付き合いが長いことの証左ね。
ジェイミーは暖かい笑みをダリアに向けていたが、一度咳払いしてから視線を私たちの方へ戻す。
私たちの視線を確認してから、彼は口を開く。
「詳細は省かせてもらうけどー、ダリアはとある地方の有力者の娘〝だった〟わー。両親がよくある裏切りにあって没落」
「あ! もしかして――」
「イケてるレディー、女の過去を口にするのは野暮よぉん」
ジェイミーが人差し指を口に当て「しーっ」と合図をセリアに送る。
セリアは慌てて口に手を当てて口を塞ぐ。
セリアがすぐ気づくってことは、ダリアの家はそこそこ有名な家柄だったのでしょうね。
私がカエデに視線を送ると、彼女は小さく頷く。
これで暇なときにカエデがダリアの過去についてチャチャっと調べてきてくれるはず。
「し、失礼しました。犯罪者でもない冒険者の過去を詮索するマナー違反でした」
「ハハハ、調べればすぐ分かることだけど、口にすることは控えてくれるとありがたい」
弱々しく、どこか縋るような顔をするダリア。
よほど彼女の精神に影響を与えた出来事だったようね。
タイミングを見計らって、ジェイミーは話を続ける。
「話を戻すわねぇー。それから、ダリアはお家復興のために力を求める過剰な教育を施されているのよぉん。だから、スイッチが入るとさっきみたいに狂戦士みたいになっちゃうのよー。ごめんなさぁいねぇー」
ジェイミーは真摯に謝っているようだけど、なんか納得できない気分になるのは私だけじゃないはず。
カエデはジト目だし、セリアも少し眉がピクピクしているわ。
このままウダウダ会話しているとセリアがまた爆発するかもしれないわ。
私はため息をつきながらセリアの前に出る。
ダリアとジェイミーの顔に僅かに緊張が走る。
私の中では、ほぼ確定しているのだけど、本人たちに確認する事は大事よね。
ジェイミーも冒険者ギルドに目を付けられている事に勘付いているみたいだし、腹の探り合いは無駄だわ。
私は一度瞼を閉じ、瞳に少し魔力を通す。
魔眼が活性化する感覚。
あまり魔力を流しすぎると完全覚醒し、勘付かれるかもしれないので気をつける。
ゆっくりと目を開き、私は二人を見据える。
「まあ、いいわ。回りくどい話をするのは疲れるから、単刀直入に尋ねるわ。アナタたち、〝荷降ろし〟した事ある?」
「っ! り、リーゼちゃん!」
慌てるセリアを私は手で制し、二人の反応を見る。
二人はキョトンとして顔を見合わせた後、真っ直ぐに私の目を見ながら答える。
「ない」
「するわけないわよぉ~」
動揺した時などに見られるノイズは精神波になし。
感情の色に不自然な点もなし。
完全に精神的支配されている場合は見抜けないけど、二人にその類いの影響を受けている痕跡もない。
「ま、予想どおりの返事ね」
「……つまらない」
荷降ろししたことがあるって二人が答えたら、カエデはどうしていたのかしらね。
セリアは胸を両手で押さえながら、盛大に息をこぼして安堵している。
冒険者ギルドの調査で、〝聖剣に集いし者たち〟はグレーとなっていたみたいだから、当然の反応かしらね。
「この街にいない他のメンバーはどうなの?」
「……いない、と断言したいところだけど」
「ぶっちゃけ、そこは分からないわねぇん。全員がパーティーに加入した時期がバラバラなのよねぇ〜。実力重視だぁからぁ、過去についてもぉ不問なのよぉ」
ジェイミーが口元を手で隠しながら上品に笑う。
確かカエデが入手した資料に聖剣に〜のパーティーメンバーは平均十名と書かれていた。パーティーの定着率は五割ほど。
コロコロとメンバーが入れ替わる割には、パーティーメンバーの人数は多い方ね。
「基本的に実力がなければ勝手に〝いなくなる〟からね。加入希望者を選別する余裕がなくてね」
「……報告書に不自然な点はないので、ギルドはペナルティなど科していませんが、散々注意はしてますよね、死亡や再起不能が多すぎると」
「ボクたちは常に実力より二つ三つ上を相手するようにしてるから。死線をくぐり抜けた時の成長感はたまらないからね」
得意げな顔で語るダリア。
彼女をセリアがキッと睨む。
上級冒険者顔負けの鋭い殺気にダリアはビクッと肩を震わせて俯く。
うんうん、セリアも成長してるわ。
冒険者ギルドに就職した直後の姿からは考えられない迫力だわ。
私が感慨深く思っていると、カエデが助け舟を出す。
「この二人については〝荷降ろし〟容疑者候補から除外で。先ほどの手合わせをした感じだと、荷降ろしする側よりされる側。いや、喜んで残るから荷降ろしが成立しない」
「ちょちょちょ、カエデさん! 調査についてバラすようなこと言わないでください!」
慌てるセリアにカエデは大げさな仕草で肩をすくめて見せる。
「大丈夫。ジェイお姉たんは、ギルドの動向について把握済みだから。そうでしょう?」
「あらやだー! 〝ジェイお姉たん〟って呼んでくれるなんて、アタシ感激よぉん! アタシはアナタをなんと呼べはいいのかしらぁ?」
「……店員ちゃんで。誤魔化さずに回答希望」
「店員ちゃんね。ちょ〜っと距離を感じちゃうけどぉ、それもまた良しだわー。誤魔化しもなにもアタシは情報収集が得意なのよぉー。アタシの下に集まってきちゃうのよぉん。魔性の漢女ってやつかしらねぇー」
――バチン!
と音が聞こえてきそうなジェイミーのウィンク。
反射的に身構えてしまいそうになるが、私は何とか耐える。
「アタシって社交的だからぁー、いろいろなお話を〝聞いたり〟、〝教えてもらったり〟するのが得意なのよぉん。だからー必然的に情報通になっちゃうのよわけぇよー」
ジェイミーは、クネクネと身を捩らせながら笑う。
口元を手で隠し、反対の手をパタパタと動かす。
近所の年配の若者の女の子がやっている仕草と同じ。
学び舎で教わるようなものではないのに、不思議な話だわ。
「まあ、ジェイミーに迫られたら情報の一つや二つ喋る輩は居る気がするわ」
「もう、ぷりてぃーちゃんも、そんなにアタシを褒めないでよ。照れちゃうわー」
少し上気した頬を隠すように両手で覆うジェイミー。
私は その視覚情報を認識することを放棄して、話を続けることにする。
「情報収集は冒険者にとって重要なことだから、手口について追及しないであげるわ。それに道具屋の私が知る必要もないし」
「ふふふっ、ありがと。ぷりてぃーちゃん。それで、アタシたちの疑惑は晴れたのかしら?」
「そうね。アナタたちについてはね。セリア、それでいい?」
「……リーゼちゃんとカエデさんが、そう判断したのであれば、わたしは従う以外の選択肢はないわ。目下の悩みはギルマスへの報告です。二人にバラしちゃうから」
セリアが不服そうな視線を私とカエデに向けてくる。
冒険者ギルドが秘密裏に調査しているだろうから、容疑者候補に情報を渡すのは始末署を書かされるかもしれないわね。
私はひと肌脱いであげることにする。
「ギルマスへの報告は私がするわ。アナタたちは他のメンバーに話すんじゃないわよ」
「ハハハ、ボクたちは、他のメンバーとプライベートな話をするほど親しくないから大丈夫だよ」
「了解よぉん。ちなみにアタシは他のメンバーとも仲良いわよ。ダリアが他のメンバーに対して興味がなさすぎるだけよぉん」
ジェイミーの言葉に、ダリアが少し驚いたような顔をしているがツッコミは入れないでおく。
――カラン、カラン
ドアベルの音が店内に響き渡る。
「店長、お客さんです」
「やっと来店客ね。ほら、商売の邪魔になるからアナタたちもセリアも帰りなさい」
パンパンと柏手を打って三人を店から追い出す。
昼寝の時間が潰れたことが心残りだわ。
「店長、もう一方はどうしますか?」
「店で暴れられるくらいなら、コチラから潜入した方が手っ取り早いのだけど。少し作戦を考えるわ」
私は定位置の揺り椅子に座ってから作戦を考えることにする。
カエデが疑わしそうな顔で私を見ているが気にしない。
私は体重を椅子の背に預けながら目を閉じる。
客の相手はカエデがしてくれるはず。




