38.戦闘狂
「二人とも殺傷力の高い攻撃は控えなさいよ」
「ハハハ、善処するよ。人間、楽しいと色々と盛り上がっちゃうからね」
小さく頷くカエデに対して、ダリアは飄々と答える。
「無茶だけわぁ、止めてぇー欲しぃのよねぇー」
頬に手を当て、アンニュイな表情でため息をつくジェイミー。
幸薄そうな女がすれば、男がフラフラ寄ってきそうな気がするのだけど、筋骨隆々で青髭に割れ顎の男がしていると形容しがたいオーラがあるわね。
反射的に手が出そうになったけど、なんとか耐える。
「店長、合図」
「面倒ね、アイコンタクトで開始じゃダメなの?」
「ハハハ、こんなイベントは雰囲気も大事だよ。店長さん、お願いだよ」
二人の視線に、私は肩を竦めてみせる。
店の外に出た瞬間からおっ始める、くらいの雰囲気を漂わせていたから、ワンテンポ遅れて裏庭に出たのに。
私はスッと腕を空にかざすように持ち上げる。
「改めて言っておくわよ。大怪我するような行動は慎みなさい。……始め!」
ぶん、と私は腕を振り下ろす。
同時に、口の端を吊り上げながらダリアが地面を蹴る。
「ハハハ、これこれ、たまらないね!」
ダリアが笑いながら弧を描くように腕を振るう。
金属音。
ダリアが逆手に握る剣先が平らな短剣――クレーバーナイフ――をカエデの小太刀が弾く。
「良いね、とても良いね!」
「……暑苦しい」
笑い声を響かせながら、ダリアがクレーバーナイフを振るう。
カエデは小太刀を構えたまま、体を捻り、ステップで回避していく。
「すごい、すごいよ! こんなに簡単に躱されるなんて!」
「すごくない、すごくない。C級冒険者でも出来る出来る」
「ハハハ、謙遜が過ぎるよ、店員さん!」
ダリアが刺突を放つ。
体をわずかに傾け、カエデは避ける。
肉薄する距離を生かし、ダリアが膝蹴り。
ふわり、とカエデがバックステップで距離をとる。
攻撃の一つ一つに目を見張る鋭さはあるものの、全体的に見れば精彩を欠く印象を受ける。
ダリアのA級評価に私が首を傾げていると、聖剣ミスティルテインが念話で話しかけてくる。
(『魔王ちゃん、今ニャーちゃんが斬りつけられてる刃物が〝聖剣〟だよ』)
(……マジで?)
(『うん、マジマジ。まだ覚醒してないから、分かりにくいけどね』)
弱体化していると神々側の気配に鈍くなるのよね。
聖剣を顕現させることが出来るってことは、実力の程度の差はあれど、〝勇者〟確定ね。
(『聖剣を内に秘めてるだけなら、勇者候補止まりだったんだけどねー。まあ、ニャーちゃんに大したダメージ通らないと思うけど、聖剣を通して、ニャーちゃんが人とは違うって勘づく可能性はあるかも』)
(げっ、なんてめんどくさい……)
聖剣ミスティルテインの念話に、私は内心で盛大にため息をつく。
過去に聖剣を持った勇者と接触したことはあるのだけど、今のように手合わせすることはあまりない。
正体がバレかけたこともバレたこともあるけど、記憶操作やなんやかんやで乗り越えてきたわけだけど、昨今は手間がかかるのよね。
「速度を上げていくよ! いいよね、いいよね!」
「よくない、よくない」
笑いながらダリアが刺突を連続で繰り出す。
頭、手、胴、肩――
B級冒険者として、回避が難しくなってきたのか、カエデが小太刀でクレーバーナイフを弾く。
金属音と火花が散る。
「すごい、すごいね! ボクの連撃が掠りもしないなんて初めてだよ!」
「偶然、まぐれ、確率の偏り」
無表情でダリアの攻撃を躱して、小太刀で弾くカエデ。
少し苛ついているのが私には伝わってくる。
カエデがB級冒険者として相手してなければ、ダリアの意識を飛ばして強制終了させているはず。
「もう少し楽しんでいいかな。いいよね!」
チリッと空間に奔るノイズ。
魔術士が魔術を発動する前に起きる事象。
「《アイシクルボルト》!」
「ちょっとぉ、ダリアぁ!」
瞬時に形成される氷の杭。
カエデは一瞥してダリアとの距離を詰める。
向かってくる氷の杭をカエデは小太刀で切り払っていく。
想定外だったのか、わずかに体を強張らせるダリア。
攻撃魔術に突っ込んでいくやつなんて普通はいないだろうから、仕方ないわね。
まあ、A級より上の連中になると、珍しくない行動だけど。
私は先ほど声を上げたジェイミーを横目で確認する。
彼は手を組んで、カエデとダリアの手合わせをハラハラしながら見守っている。
うん、やっぱりビジュがいくない。
「うんうん、さすがだね。剣術体術魔術、三通りの攻撃に平然と対応してる。話以上だよ!」
「……うざ」
ますます笑い声を大きくするダリア。
カエデは不機嫌そうにわずかに眉を歪める。
「ぷりてぃちゃん、いざとなったらアタシがダリアを止めちゃうからぁ、心配しないでよぉ」
ジェイミーが神妙な面持ちで、半歩前に出る。
その手にはステッキ――全体的にピンク色で、先端に大きな星形の模造宝石が付いている――を握りしめている。
(まさか、ジェイミーのステッキって〝聖剣〟じゃないわよね?)
(『ピンポンポンポン、大正解! あれも聖剣だよ。独特な形状だね』)
(……嘘でしょ)
聖剣は悉く一品物。
勇者となったヒトの魂のカタチを映し取るから。
私の前に現れた勇者たちは、一目で聖剣と分かるカタチをしていた。
ジェイミーの様な一見して玩具にしか見えない聖剣は目にした記憶は殆んどない。
(『警戒してるね、魔王ちゃん』)
(理解の範疇に収まらない存在は、いつだって厄介なのよ、強い弱いだけで測れない部分があるから)
(『魔王ちゃんの玉座にたどり着いてないだけで、独特な聖剣は山ほど存在していたかもよ?』)
(そうね。貴女の聖剣も独特だったのを忘れていたわ)
未解放状態の聖剣ミスティルテインは、使い込まれた木剣みたいな見た目してるからね。
手に取った時に、かすかな神気を感じ取れなければ、ただの木剣扱いなのよね。
ダリアの手にするクレーバーナイフ――聖剣の方が武器に見える分、聖剣っぽい。
「調子に、乗りすぎ……」
カエデが下からすくい上げるように蹴りを放つ。
ダリアが大きく体を捻って蹴りを躱すが、同時に彼女のクレーバーナイフが宙を舞う。
狙い通りってところかしらね。
ダリアは大きく跳躍し、空中でクレーバーナイフをキャッチする。
そして、くるりと身を翻して音もなく着地する。
「すごい、すごいね! 得物を狙っていたなんて全く分からなかったよ!」
「……洞察力不足なだけ」
「ハハハ、手厳しいね、」
楽しそうに笑うダリア。
彼女の瞳に妖しい光が宿る。
それを見て、ジェイミーの顔から血の気が引いていく。
「――っ! ダリア! やりすぎはダメよぉ!」
「ハハハ、ジェイ! 無理、無理だよ! 楽しすぎるから!」
ジェイミーの悲痛な声。
高らかに笑うダリアの瞳が爛々と輝く。
「氷の刃に抱かれて逝け! 《ナインズ・フロスト――」
紡がれる魔術式。
ダリアから溢れ出す余剰魔力が紫電として迸る。
現在の魔術士が扱う魔術とは違う。
まだ体系化されて技術として確立する前、限りなく〝魔法〟に近い魔力の流れ。
稀に世に産み落とされる不世出の天才の類。
たまに魔王に挑む勇者パーティーに紛れていることがある。
この状況で、そんなのに遭遇するなんて、面倒すぎるわ。
「ちっ、しゃらくさい!」
小太刀に魔力を込めながら、カエデは悪態をつく。
カエデなら魔法に近い魔術でも致命傷になることはないけど、後戻りが出来なくなる可能性がある。
私は嘆息しながら、飛び出そうとしたジェイミーの服の裾を掴む。
反対の手を素早く亜空間収納に突っ込み、目当てのモノを取り出す。
小さな水晶製の鈴――静謐の水琴鈴――を地面に投げつける。
鈴は地面に触れるとリンと小さく鳴り、弾ける。
そして、ブワッと何かが通り過ぎていくような感覚。
結界――魔術の発動を妨害する力場が展開する。
同時にガラスの割れるような音を響かせ、ダリアが行使しようとした魔術が砕け散る。
「なっ! バカな……」
「わぁ〜うぉ〜、あんびり〜ばぼぅー」
驚愕した顔で硬直するダリアと、驚きながらもパチパチと拍手をするジェイミー。
いくら魔法に近い魔術だろうが、魔法ではない限り、静謐の水琴鈴――魔導具の効果から逃れる術はない。
魔術の残滓が残っていないか、私が周囲を見渡していると、バチン! と大きな音が聞こえてきた。
そちらを確認すると、涙目のジェイミーと頬を手で押さえるダリアの姿があった。
「ダリア! 危ないことは控えなさいって言ってるでしょう! アタシが口を酸っぱくして何度も言ってるでしょう!」
「……ゴメン」
俯きながら呟くように謝るダリア。
先程までの狂気を含んだ光を宿していた瞳は、黒く沈んだ闇を湛えていた。
「終わりでいいですよね、店長」
「そうね、それにようやく到着したみたいだわ。少し遅かったけど」
同時に店と裏庭を繋ぐ扉が勢いよく開く。
「り、リーゼさん! 〝聖剣に集いし者たち〟と揉めてるって本当?」
髪を振り乱して駆け込んできたのはセリア。
店を出る前に、冒険者ギルドに連絡しておいたのよね。
肩で息をする彼女は状況が分からず、目を白黒させる。
カエデはいつもの無表情に戻っているし、聖剣の二人は意味ありげな雰囲気で見つめ合ってるし、わけが分からなくて当然ね。
さて、どう始末をつけようかしらね。




