37.勇者?
「さて、どちらから調べるべきかしらね」
「……〝神託に導かれし者たち〝と〝聖剣に集いし者たち〟ですか。中央の方でそれなりに評価されているようです」
昼下がりの店内に、私とカエデが紙の束をめくる音が響く。
店内に客の気配はなし。
一番客足が遠のく時間帯なのよね。
なので、本来なら奥の部屋でコソコソ会話するような話も、今の時間帯なら店内でも問題なし。
過去に来店客を増やすために、カフェをやったりしたこともあったのだけど、今は客が来ない時間帯として達観することにしている。
カエデがペラペラ捲る姿を眺めていると、紙に『持ち出し厳禁』と判が押してある。
セリアが正規の手続きをしてくれたとしても、一介の冒険者であるカエデが持ち出せるような資料ではないはず。
私はカエデに入手経路を訊ねず、判をあえて見なかったことにする。
彼女の紙を捲る手が止まってから、私は質問する。
「その二パーティーは、どんな感じで評価されてるわけ?」
「神託の方は簡潔にまとめると『弱者に救いの手を差し伸べる善人』で、聖剣の方は『負け確の魔物にも猪突猛進に挑んで平和維持に貢献する戦闘狂』という感じです」
「……なんともコメントしにくい評価ね。そんな評価ならB級を維持できていることが、奇跡じゃないの?」
「魔物の活動が落ち着き、査定方法を見直したようです。ぶっちゃけ、魔王不在の平和ボケの弊害です」
「魔王が不在で平和はヒトにとって僥倖でしょ。悪いことじゃないわよ、悪いことじゃ」
自分に言い聞かせるように私は告げる。
それにしても平和ボケね。
野生化した魔物ってヒトにとって脅威なのだけど、魔王の影響を受けにくいから対処方法を確立すると脅威度が一気に下がるのよね。
程よい脅威を維持するのは、そこそこ面倒な作業だったりするのよね。
「まー、時勢に合わせて制度を変えるのは仕方ないとして、査定基準を弛める必要あるのかしらね。魔王不在だと『魔王軍四天王撃破!』みたいなセンセーショナルな話題がなくて査定がのっぺりとしたものになって、優越をつけにくくなったのかしらね」
嘆息しながら、私は欠伸をかみ殺す。
いつもならひと眠りする時間帯なので仕方な――
『魔王ちゃん、にゃーちゃん、気配がするよ、〝聖剣〟の』
唐突に脳裏に響く聖剣ミスティルテイン――カウンターの内側の棚に飾っている木剣――の声。
間髪をいれずに、カランカランとドアベルが店内に鳴り響く。
「うーわぁー、ずぅいぶんとぉ、ボロっちぃお店じゃないのぉよー」
「ジェイ、入店早々に失礼なこと口にするものじゃないよ」
「あらまぁ、ごめんなさぁいねぇ。ワタシ、正直者すぎるのよぉー」
入店してきた人影に、私は一瞬ギョッとしてしまう。
一人目は熊を彷彿させる大柄な男で、筋骨隆々とした体格をしている。
だが、ピッチピチの服を身に着け、クネクネとした妙なしなりのある動きをしていた。
二人目は男と同じくらいの背丈だがスラリとした印象がある。
フードを深く被っているため容姿や体格は分からないが、声の雰囲気や気配から女。
二人とも死線を乗り越えたヒトが持つ独特の気配を漂わせている。
「……いらっしゃいませ。私の記憶違いでなければ初来店だと思うのだけど」
「あらやっだぁー! 話以上にぷりてぃーなレディーだわぁん! たまんなぁいわぁ!」
ダダダッと荒っぽい足音を響かせて私の方に駆け寄ってくる男。
脅威を感じるほどの実力は男にないはずなのに、ゾワゾワとした何かが私の背中を駆け上がっていく。
「ぷりてぃーちゃーん、抱きしめさぁせ――あらやだ!」
「止まりなさい、慮外者」
突進していた男の鼻先に、カエデが抜き身の刃物――小太刀の切っ先を突きつける。
移動の気配すら感じさせないカエデの牽制。
男が見た目と裏腹に身体制御に優れていたのか、小太刀に串刺しされずに済んだようね。
店内で流血沙汰になると清掃が面倒なので助かったわ。
「すまない、連れが不躾な事をした。こちらに敵意はない。得物を下げてもらえないか?」
「……チッ」
私の視線に気づいたカエデが、露骨な舌打ちをしながら小太刀を鞘に納める。
女は小さく安堵の息をこぼすと、男を一歩後ろに下がらせる。
そして、私とカエデの前に立つ。
「ボクはダリア=ジハレヴァ。つい最近、この街の冒険者ギルドの要請で、拠点を移したパーティー〝聖剣に集いし者たち〟のメンバーだ」
「ごめんなさぁいねぇー、ぷりてぃちゃん。ワタシ、可愛かったりー、美しかったりーする子に出会うとトキメキを抑えきれないのよぉん。ワタシの名前はジェイミー=スターリングよぉん。ジェイお姉たんって呼んでねぇん」
女――ダリアに促されて名乗る男――ジェイミー。
バチン! と音が聞こえてきそうなウインクに、ゾワゾワとした何かが再び私の背中を駆け上がる。
私は努めて平静に対応する。
「私は道具屋〝魔王堂〟の店長をしているリーゼロッテよ。色々な品を取り扱っているから、雑貨屋と思ってもらってもいいわよ。貴女たちが噂のパーティーなのね。ずいぶんと少数精鋭みたいね」
「ハハハ、手厳しい言葉だ。拠点を移動するとなれば、色々と内部で揉めることも多くてね。ボクたちは先発隊とでも思って欲しい」
ダリアは大きく手を広げて肩をすぼめて見せる。
彼女の芝居がかった仕草と話し方に、私は僅かに違和感を覚える。
それが何かは、まだ探らずにいる。初対面で警戒されると後々面倒だからね。
パーティが内部で揉めたということは、拠点を移すことに賛成派と反対派に意見が分かれたのでしょうね。
B級パーティーが特に稼げる迷宮がない辺境に、わざわざ拠点を移すメリットはないから当然の流れね。
「……いつまで顔を隠しているつもり?」
「ああ、これは失礼した。あまり人目に顔を晒すと碌なことがないから、迷宮の外ではフードを被る癖がついててね」
苛立ちを含むカエデの声に、ダリアは朗らかな調子で答える。
ダリアは特に何の気負いもなく、無造作にフードを脱ぐ。
白い肌に金髪碧眼の整った抽象的な顔が顕になる。
フードで乱れた髪をダリアが手で梳くとサラサラと金髪が流れる。
冒険者ギルドで働き始めた頃にセリアが見せてくれた英雄譚の挿絵に描かれていた耽美な感じの勇者に似ている。
「これで良いかな?」
「チッ、つまらない顔。用が無ければ帰りなさい」
「用はあるわよぉん。ギルドのイケてるレディーから、品質と掘り出し物があるお店って、ココをオススメされたのぉよー」
しなりを作り、右手を口元に添えながら話すジェイミー。
私は背筋がゾワゾワしてくるがなんとか耐える。
「ジェイ、それだけでないだろ。魔王堂の店員がこの街で唯一定住しているB級冒険者って聞いてるよ。話を聞く限り、普通の冒険者とは比較にならないほど、高評価で依頼を片づけている上に、A級昇格を断ってるって」
ダリアが微笑みながらカエデを見る。
嫌な感じはしないが、挑発的な空気を含んでいる。
(『魔王ちゃん、魔王ちゃん。この二人、聖剣持ってるよ。まだ覚醒してないから、大して強くないけど』)
「――っ! ご、ごめんなさい、クシャミが出そうになってね、ハハハ」
「あらん、大丈夫? ぷりてぃーちゃん」
「よそ者がきて、店内の空気が汚れたのでしょう。店長、あとで換気します」
私の方に駆け寄ろうとしたジェイミーを、カエデが睨んで止める。
(変なタイミングで声かけないでよね)
(『ごめんね、魔王ちゃん。そこまで驚くとは思わなくてー』)
(驚くわよ。二人とも〝勇者〟っぽさがないじゃない。勇者はもっと〝魂〟に輝きあるはずよ)
(『にゃははは、魔王ちゃん、先入観はダメだよー。覚醒してない聖剣持ちなんて一般人と大差ないよー。ボクも最初のころは、大したことなかったでしょ?』)
聖剣ミスティルテイン――廃棄勇者の念話に、私は軽く昔を思い出す。
初めの頃はキャンキャン吠えて戯れ付く小型犬程度の認識だったかしら。
絶好の息抜きだったような気がするわね。
(『あ、魔王ちゃん。けっこー失礼なこと考えてるでしょ。ボク、魔王ちゃんの心読めないけど、勘はいいからね』)
(出会ったころから可愛かったと思ってただけよ。未覚醒の聖剣持ちね……面倒だわ)
(『絶対、そういうと思った―。持ち主自身も覚醒していないし、ちょっと強い冒険者くらいだよ、きっと』)
私は二人を改めて確認する。
無造作に魔眼を使うと、勘づかれそうな気もするわね。
今まで対峙してきた勇者に近い気配がうっすらあるような気はするんだけど、淀みみたいな感じもあるのよね。
少し実力を出させてみれば、何かわかりそうな気もするけれど。
「ボクと手合わせをしてくれないかな、店員さん」
「……やめておいた方が賢明です。店員に怪我させられて、しばらく冒険者として活動できなくなってしまったら立つ瀬がなくなりますよ」
「ハハハ、それは困るかもしれないね。ボクが負けたとしても、ジェイがいるから〝聖剣に集いし者たち〟としては問題ないよ。ボクとしてはA級昇格を断っている冒険者の実力を体験する機会の方が重要だからね」
柔和な笑みを崩さないダリア。
穏やかな表情とは裏腹に、ピリピリとした殺気が店内を支配している。
私はカエデに視線を向ける。
「店内で暴れられると困るわ。店員、裏庭で相手をしてあげなさい。もちろん、大怪我させることもすることも禁止よ」
「えぇー……店長、それはカエデの業務内容に含まれてません」
「店内で暴れる客を処理するのは業務に含まれているでしょ。このままだといづれ店内で暴れるわよ、その子。予防措置として相手しなさい」
「…………ハァ、承知しました。相手をしてあげますから、カエデについてきてください」
大きなため息をつくカエデ。
嬉しそうに出ていくダリアと不安そうな顔のジェミニ―。
二人の態度が逆なら違和感なかったのだけど。
そんなことを考えながら、カウンターに設置していた魔導具をちゃちゃっと操作し、三人の後に続いて裏庭を出ることにした。
カウンターに『昼休み中。ご用の方は裏庭まで』の立て看板も忘れずに立てておく必要があるわね。
パチン、と私が指を鳴らすと立て看板がフワリと音をたてずにカウンターに鎮座した。




