36.帰還
「リーゼちゃん! カエデさん! 二人とも無事で良かったわ〜!」
冒険者ギルドに着くなり、私たちの姿を見つけたセリアが受付カウンターから声をかけてくる。
そのまま受付カウンターから飛び出して、私たちの方に駆けつけてくる。
ふわふわの亜麻色の髪が宙を舞い、見事な胸の双丘が跳ねる。
ほぼ無意識レベルで、周囲の男たちがセリアの姿を見て鼻の下を伸ばしている。
もちろん後ろのロッディも同じだ。
私がベタベタと自分の胸を触っていると、憐れみの目をしたカエデがポンと肩に手を置いてきた。
「……店員、減給するわよ」
「横暴。カエデは店長の気持ちを慰めようとしただけなのに」
「嘘言うんじゃないわよ」
ペチンとカエデの手を叩くと、彼女は大げさに痛がりながら手を引っ込める。
パタパタと足音を響かせて駆け寄ってきたセリアが少し頬を上気させながら私の前で立ち止まる。
「ロッディ! 鼻の下伸ばしすぎよ!」
「いってぇッ! ハーリアもセリアさんを見習ってお淑やかに振る舞ってみろよッ!」
「なんですってー!」
私の後ろでじゃれ始めるロッディとハーリア。
セリアが頬に手をあてながら苦笑する。
「リーゼちゃん、カエデさん、ありがとう。おかげで後ろの二人に「おかえり」って言えるわ〜」
セリアは私たちの後ろのロッディとハーリアの手をそれぞれ握って、嬉しそうに「おかえり」と声を掛けていく。
少し照れくさそうな二人だけど「ただいま」と言葉を返す。
本当に嬉しそうなセリア。
これだけで彼女が担当する冒険者たちから慕われている事に納得できる。
「さて、感動の再会はこれくらいにして〜、ここからは少し真面目な話をするわね」
コホン、とセリアが咳払いで仕切りなおす。
彼女は凛とした顔で、ロッディとハーリアを見つめる。
二人が反射的に背筋を正し、唾を飲む。
「二人はA級パーティの〝神託に導かれし者たち〟に仮加入していたわよね。それなのに、リーゼちゃんとカエデさんに助けられたのは何故? 他のパーティメンバーはどこに?」
「えーっと、その……」
「リーダーたちは、その、オレたちを逃すために……」
二人は視線を交わしながら、しどろもどろになりながら答える。
何か誤魔化していることは誰が見てもあきらかね。
セリアが真っ直ぐに二人を見つめる。
ダラダラと二人の顔を脂汗が流れ落ちていく。
「ハァ、二人とも正直に話しなさい。別にアンタたちに不利益被るようなことはないわよ。それに何かあってもセリアが全力で庇ってくれるわ」
堪りかねて私は助け舟を二人に出す。
二人は顔を見合わせるとおずおずと口を開く。
「その、オレが罠に引っかかってしまって……」
「リーダーたちは、アタシたちを助けるために、フロアに残って……」
二人の言葉にセリアの眉がピクリと動く。
あ、ヤバい。
あれはセリアの怒りスイッチが入る前触れだ。
横目でカエデを見ると少し顔を青ざめさせている。
カエデも一度、セリアの逆鱗に触れたことがあるからね。
「ありがとう、二人とも話してくれて。詳細は改めて聞かせてもらうから、今日は帰って疲れを癒してねー」
「「は、はい。お疲れ様です!」」
笑顔のセリア。
ただし、得体の知れない威圧感を放っている。
本能的に危険を察したのか、ロッディとハーリアは、直立してから九十度のお辞儀――最敬礼をして、踵を返す。
私とカエデは、二人が冒険者ギルドから出ていく姿を見送る。
見事な戦略的撤退に、私は感心してしまう。
「さて、セリア。何か思い至ることがあったのかしら?」
「あらあら、リーゼちゃん。何のことかしら?」
ニッコリと微笑み返すセリア。
それだけなのに、肌にピリピリとした覇気が伝わってくる。
それは魔王の王座に辿り着いた勇者を思い出させる。
まあ、含まれる殺気がないからマイルドだけど。
「全く関わってない案件なら、ここで素直に帰ってもいいのだけど、〝知人〟が巻き込まれている事案をスルー出来るほど、私は淡白じゃないわよ」
「り、リーゼちゃん、大人の世界には色々と汚いことがあるから。ね、だからリーゼちゃんは、まだ関わるには――」
「セリア、私は私の世界を他人に乱されて、笑っていられるほど温厚ではないわよ」
私は真っ直ぐにセリアを見据える。
何かを言いかけた彼女だったが、口を噤むと柳眉を寄せて考え込む。
「ハァ……リーゼちゃんに声をかけたのは、わたしだし、仕方ないかしら。第三応接室が空いてたはずだから、そこで少しお話しましょうか」
「……店長、セリアの苦労を増やす悪人」
「私は真っ当な主張をしただけよ」
カエデの茶々に反論しながら、私たちはセリアの後について、応接室に向かうのだった。
***
「なんか質素な部屋ね」
「あはは、元々この部屋は物置だったのよ。最近色々とあって、急遽応接室になったの」
「……かび臭い」
獣人で嗅覚がヒトより優れているカエデは少し顔をしかめる。
弱体化してなければ、私も同じような反応をしたかもしれないわね。
応接室といえば、そこそこの調度品を配置させていそうなのだけど、この部屋には全くと言っていいほどない。
八人くらい向かい合って座れそうな木製テーブルと四脚の木製の椅子。
両方とも年季の入った、もとい古臭いデザイン。
「間に合わせ感がものすごいのだけど」
「倉庫の奥に押し込んでいた昔の備品を引っ張り出して、体裁を整えただけだからー。でもちゃんと掃除はしているからね」
「文句はないわよ。そもそも、このテーブルと椅子は、少し前なら貴族がこぞって買い求めた高級品よ。ちゃんと手入れさえをしていれば、執務室に置いてても問題ない品よ」
そう言って、私は近くの椅子に座る。
手入れ不届きで、色痩せしているが少しの軋みも歪みもない。
長く座るとお尻が痛くなりそうだけど、当時はお気に入りのチェアパッドを敷くのが流行りだったのよね。
「んー、少し前? ギルドの備品管理台帳を見たら百二十年くらい前に購入したものよ」
「店長は、アンティークな物が割とお好きなんです。だから、〝最近〟とか〝少し前〟とか、ちょっとズレたフレーズを使いがちなのです」
「なるほどねー。リーゼちゃんは、道具屋店長さんだし、アンティークな品も取り扱っているから、なおさら身近に感じるのね」
カエデのフォローに、妙に納得した顔で頷くセリア。
横目でカエデを見ると「感謝してください」と言わんばかりのドヤ顔していた。
カエデのフォローに感謝すべきなのは理解できるのだけど、イラッとしてしまう。
私がカエデを睨み返していると、カチャと小さな音が聞こえてくる。
ふわりと柔らかい花の香が鼻腔をくすぐる。
湯気立つカップが私の前に置かれていた。
甘い花の香りに、青々しくてみずみずしい香りが混じる。
スーッと疲労感が引いていくような感覚がある。
「特製のハーブティーよ。リラックス効果と疲労回復効果があるわ」
「ありがとう、セリア。貴女の入れてくれるハーブティーは絶品だから大歓迎だわ。店員も座りなさい」
「……はーい」
一瞬、悩む素振りを見せたけど、カエデは素直に私の横の椅子に座る。
私たちが座ったのを確認してから、セリアは向かいの席に腰を下ろす。
彼女は一口お茶を飲んでから、口を開く。
「現在、いくつかのパーティーに〝荷降ろし〟の疑いがあるわ。少し厄介なのは、そのどれもがA級なのよ」
セリアが陰鬱そうにため息をつく。
A級となれば、推薦やら任命やら責任問題が出てくる。
セリアが直接関与していなくても、冒険者ギルド職員の業務負荷が増えるのは間違いない。
ため息をつきたくなる気持ちはよく分かるわ。
「それで、このギルドに所属してるパーティーもいるの?」
「……はい。二パーティー、所属してるの。カエデさんの負担を減らすためにも、上級パーティーが必要って、わたしが上に掛け合ったばかりに……」
「っ! セリアのせいじゃないわよ。セリアは悪くないわよ」
「うんうん、店長の言う通り」
じわりと目尻に涙を滲ませるセリアを見て、私たちは慌ててフォローを入れる。
「そもそも稼ぎやすい迷宮が近場にない辺境よ。中堅以上の冒険者が少ないのは仕方ないことよ。残っているカエデが冒険者として珍しい部類よ」
「……カエデは道具屋店員です」
ジト目で指摘してくるカエデ。
私はあえてスルーしておく。
辺境の初心者御用達みたいなエリアだから、中堅以上の冒険者は中央の稼げる迷宮を目指す。
結果、長期的に残っているB級冒険者は、カエデだけになっちゃうのよね。
「最近、魔物の活動が活性化してきているって、各地からポツポツ報告が上がってきているらしいの。この辺でまだ報告はないけど、いざという時に人がいないと困るから……」
「この辺の迷宮全てに対応できるくらいの実力者を増やしておきたかったってところね」
私の補足に、セリアがコクンと小さく頷く。
ロッディとハーリアは戦闘力だけなら、B級冒険者で通用するけど、迷宮攻略になるとまだまだ経験不足なのよね。
救助依頼とかになると、さらに依頼難易度は上がる。
しかし、魔物の活動が活性化は、神々が〝魔王システム〟を無理やり稼働させようとしているからかしらね。
私が嘆息していると、カエデがカップをカチャと小さな音を立ててテーブルに置く。
そして、彼女はセリアの目をまっすぐに見据える。
「セリア、目をつけているパーティーはどいつ?」
「えーっと、確証のない情報を口外するのは……」
「どいつ?」
淡々と訊ね返すカエデ。
感情の揺らぎを感じさせないその声音は得体の知れない迫力がある。
ロッディとハーリアは、カエデにとっても可愛い後輩だわ。
私が思っているより、彼女は二人をハメて危険に晒した相手に怒っているかもしれないわね。
視線を宙に泳がせていたセリアだったが、諦めたように肩を落とす。
彼女はハーブティーを一口啜ると表情を引き締める。
「〝神託に導かれし者たち〟と〝聖剣に集いし者たち〟です。二ヶ月前に要請に応じて、うちのギルドに拠点を変更してくれました」
「何を餌にして引っ張ってきたの?」
「リーゼちゃん、その言い方は――いえ、事実ね。貢献度に特別ポイントを付与することよ。両パーティーはB級で足踏みをしていたから、特別ポイントでA級に昇格したの」
「ハァ……B級で足踏みしているのは、決定的に何かが不足している証拠。わざわざ問題を呼び込むような行為をするなんて、愚か」
「っ! だって、他にすぐ要請に応じてくれそうなパーティーがいなかったそうなんですよー! わたしだって、それは問題だって言いましたけどー、人を増やすべきと進言した建前があるから表立って反対も――」
「あーもー、分かってる分かってるわよ。カエデも変に煽るんじゃないわよ」
カエデを睨みつけながら、両手を使ってセリアを宥める。
昔に比べてセリアはしっかりしてきたけど、プライベートになると昔みたいになるのよね。
「その二パーティーについては、私たちでも探りを入れてあげるわ。カエデは罰として一日一回、迷宮散歩しなさい。さっきの二パーティーが潜っている迷宮中心でね」
あとは直接、そのパーティーと接触、可能であれば一緒に迷宮に行ってみたいわね。
そんなことを考えながら、メソメソモードに入ったセリアを、私は必死に慰めることに徹するのだった。
さて、どうやって探りを入れようかしら。




