35.爆発のお約束?
「ケホッ、ケホッ、九死の角灯、侮れない威力でした」
カエデが咳き込みながら爆煙から姿を現す。
頬に煤がつき、爆煙に炙られた髪が少し傷んでいる。
「あ、姉御ッ! だ、大丈夫なんですか?」
「あわわわわっ! き、傷の手当てを……」
慌て出す二人を尻目に、カエデは何時もの無表情のまま、服や鎧についた煤を無造作にパンパンとはたき落とす。
防御力無効の九死の角灯とはいえ、密着していない状態でカエデにダメージを与えることは出来ない。
だけど、爆風やら何やらを完璧に防ぐとロッディとハーリアに怪しまれるので、甘んじて爆発に身を晒した結果、カエデは真っ黒になっている。
手ではたいて簡単に汚れが落ちるわけではないので、私は背嚢から小石サイズのねじり包み――洗浄魔術の効果がある魔導具――ピクシーの鱗粉と櫛を取り出す。
「店員、こっちにきなさい」
「……なんですか、店長?」
「女子なんだから、そんな薄汚れた状態はよくないでしょ。ほら〝ピクシーの鱗粉〟よ。ササッと体に振りかけなさい」
「ふぁーい」
カエデはねじり包みを受け取ると、包まれていた光沢のある粒子の小さい粉を自分の頭あたりを目掛けてポンと投げる。
キラキラと輝きながら、舞い降りていく粒子がカエデに触れて消える。同時に煤汚れや泥汚れも綺麗に消えていく。
「す、凄い……。リーゼさん、それは高級志向のロングショールの新製品ですか? 一振りで全部の汚れが落ちるなんて……。普通はアタシもぜひ買いたいです!」
「新商品? ああ、今は劣化、いや機能限定の量産品が一般的だったわね。ヒト界隈だと流通量が安定しないから見かけないのかしらね。店に在庫はあるから今度買いに来なさい。安くしておくわよ」
「っ! さすがリーゼさん! ぜったい買いに行きます、取り置きお願いします!」
横から飛び込んできたリーゼを軽く相手しながら、私は綺麗になったカエデの姿を確認し、ちょいちょいと手招きする。
首を傾げながらテクテクと私の前に歩いてくるカエデ。
「ちょっと座りなさい」
「……はい」
膝を抱えるように地面に座るカエデ。
彼女の頭の位置が、ちょうど良い高さになる。
私は手にしていた櫛で、ボサボサになっていたカエデの髪をゆっくりと梳いていく。
「〜〜〜〜〜〜っ」
「じっとしてなさい」
気持ちがいいのか、カエデは声にならない声をこぼしながら、体を揺らす。
私は嘆息しながら、彼女の髪を梳き続ける。
櫛で髪を梳くと、櫛からこぼれる燐光が髪に吸い込まれていく。
爆風でボサボサになっていたカエデの髪がキューティクルを取り戻して、艶やかに揺れる。
ピコピコと動くカエデの獣耳が非常に作業を邪魔してくるが、そこを指摘するのは止めておく。尻尾がビシバシと私の足を叩いているのも同上ね。
「ちょ、ちょ、ちょ、リーゼさん! その櫛はどこで売ってるんですか! リーフ商会の最新ですか!」
「騒がしい子ねー。これは〝魔王堂〟のオリジナル商品よ。ま、量産化の目処が立たなかったから、試作品をいくつか作って終わったけどね」
「ええー! 量産化してくださいよ! その櫛で梳くだけで髪がめちゃくちゃキレイになるなんて反則です! 美容界の聖剣ですよ!」
「ふふふっ、ハーリアは価値が分かる子のようね。さっきのピクシーの鱗粉と合わせて使えば、長期間の迷宮探索でも清潔かつ綺麗な身なりを維持できる完璧な商品になる……はずだったのよね」
当時、カエデから全力で反対され、試作品を商品棚に並べることすら禁止された苦い思い出。
一ヶ月ほど、不眠不休で作り上げた自信作だったのに。
新商品を生み出す難しさに心が折れそうになった当時の心境が蘇り、目頭が熱くなってしまう。
「はぁ……店長、その櫛の原材料が何か言えますか?」
「言えるに決まってるじゃない。〝ユニコーンの角〟よ」
「――っ! ゆ、ユニコーン! り、リーゼさん、マジですか?」
私の回答に絶句するハーリア。
彼女の反応に、私は首を傾げる。
「そうよ。ユニコーンの角は強力な浄化の効果があるでしょ。だから、櫛の形に加工してみたのよ。この櫛はすこーし魔力を流しながら髪を梳かすだけで、髪のダメージ回復させ、を驚くほどのツヤとまとまりを生み出し、サラサラな指通りにしてくれるわ。まさに髪のトラブルを抱えた女性が待ち望んだ商品よ」
「……店長、違う違うですよ。ユニコーンの角ってヒト社会でどんな扱いか、まだ調べてないんですか?」
「失礼ね、調べたわよ。強力な解毒効果や不治の病や身体欠損を回復させるほど強力な万能薬の素材だけに留まらず、高い魔力伝導率があるから武具の素材にも使われるわ。まさに完璧な素材だわ」
「……元依頼主、ユニコーンの角がいくらか知ってっか?」
会話に入ってこれず、傍らで待機していたロッディが訊ねてくる。
その言葉に同意するようにハーリアが頷いている。
仲いいわね、二人とも。
「そんなもん二束三文でしょ。角の生え変わりの時期に生息地に行けばタダで拾い放題なんだし」
「ハァーーーーーーーーー」
私の回答に、カエデが盛大にため息をつく。
何よ、私は嘘なんて言ってないでしょう。角の生え変わりの時期に行くだけで数本から十数本は拾える。角一つから数十本は作れるんだから、量産は出来る筈だったのよ。
「店長、むかーし住んでた場所からなら、多少は近かったかもしれませんが、今住んでる辺境の地から、ユニコーンの生息地にたどり着くのも一苦労では済みませんよ」
「姉御の言う通りだぜ。今は魔王の復活の兆しとかで、魔物が活性化してきてるっていうから、魔大陸――ユニコーンが群生していると噂される地域――にたどり着くのも命がけだぜ」
「そうですよ。リーゼさんは魔大陸までユニコーンの角を拾いに行ったことがあるんですか?」
「へ? いや、拾いに行ったことは、ないのだけども……」
私はカエデに拾ってきてもらっていたことは伏せておく。
この話題をいつまでも続けているとマズいような気がするわね。
呆れ顔のカエデを立たせて、ボサボサになっている尻尾も櫛で梳いて綺麗にしてあげる。
「と、とりあえず、積もる話はあれど、さっきの無限湧きみたいな趣味の悪い罠が再起動する前に街に帰るわよ」
「元依頼主、さっきの魔物の大群を防ぐ方法があるのかッ?」
「あるわよ。あの手の罠は侵入者の生命活動に反応してる場合が殆んどよ。だから、〝身代わり人形〟で死を偽装すれば一定時間、反応しなくなるのよ」
「身代わり人形って、呪いを回避するために使うんじゃないんですか?」
元々、その用途でレシピばら撒いたのだけど、いつの間にか呪い対策の定番になっていたのよね。
本来の使い方を忘れて別の使い方を定着させるなんて、ヒトはよく分からないことをするわよね。
「道具は使い方次第です。創意工夫次第で想定外の効果を生み出す事があります。冒険者は固定観念に囚われないことが大事です」
「な、なるほど。さすがカエデさん」
「さすがだぜッ! 姉御ッ!」
なんかカエデがいい感じで話を誤魔化してくれたわね。
私はパンと柏手を打つ。
「ほらほら、さっさと街に帰るわよ。カエデ、先導は任せたわよ」
カエデの先導で、私たちは街に帰り着くのだった。




