34.合流
「り、リーゼさん! カエデさん!」
「元依頼主ッ!」
ハーリアとロッディが目を見開いて声を上げる。
なんかウジャウジャと無限湧きしてる虫系魔物に囲まれて、気持ち悪い光景なんだけど。
私はため息をついてから、カエデに視線を送る。
彼女は小さく頷くと、けれん味のある動きで、腰の得物――二振りの小太刀を抜き放つ。
ゆらゆらと炎が揺れるような艶やかな刀身には曇り一つない。
逆手に持ったまま、小太刀をゆっくりと眼前まで持ち上げるカエデ。
周囲の空気が張り詰めていく。
「……参ります」
同時にカエデは小太刀を順手に持ち替えると、ロッディとハーリアに向かって一直線に駆ける。
進路を塞ぐ魔物を草でも刈るように、次々と斬り裂いて行く。
魔物の撒き散らした体液が飛び散るよりも早く速く彼女は前に進む。
野盗などの犯罪者から名付けられた冒険者としての彼女の二つ名『禍津風』を体現したような光景が広がっていく。
「得物を使うのは苦手って昔は言ってたのに、もう至芸の域ね。それにしてもあとを追いかけにくいわね……」
魔物の体液で地面はベチャベチャ。
雨で地面がぬかるんでいるなら諦めもつくが、緑やら紫やら体に悪そうな色の地面には好んで触れたくはない。
私は少しかんがえてから、諦めてパチンと指を鳴らす。
不可視の幾何学模様が私の足元に描かれ、燐光に変わる。
ふわりと私の体が浮き上がる。
地面と私の靴底の間に指一本ほどの隙間が生まれる。
「よし、これで魔物の体液まみれの地面に触れずに済む」
「……店長、行商なら〝小細工〟せずについてきてください」
「いいじゃない。久々だからリハビリを兼ねているのよ。徐々に行商の感覚を取り戻す予定なのよ」
小太刀を振るい、刃に付いた魔物の体液を落としながら、カエデがツッコミを入れてくる。
私は小走りで、カエデのそば――今にも倒れ込んでしまいそうなほど消耗しているロッディとハーリアの前に立つ。
「奇遇ね、こんな場所で遭遇するなんて。今日は商売人として二人の相手をして上げるわよ。随分と疲れているみたいだから、体力回復ポーションなんてどうかしらね、お安くしておくわよ。あと魔力回復ポーションも用意があるわよ」
二人に声をかけながら、私はポーションの瓶を取り出す。
「えーっと、特別価格とかでお店より数倍高いお値段とかじゃないですよね?」
「察しがいいわね、ハーリア。店売りの三倍の価格設定よ」
「ッ! ぼったくりじゃねぇかッ! 元依頼主、悪徳商人かよッ!」
二人とも伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
需要と供給で価格が決まるから、迷宮価格は店売りより高いのよ。
無意識に「フフフッ」って笑い声が口の端から溢れてしまい、二人がドン引きして、カエデが呆れ顔をしていた。
ちなみにカエデが適度に魔物の相手をしてくれているので、どんどん周囲に魔物の死骸が積み上がっていく。
「まー、ロッディとハーリアは顔馴染みだから、特別割引してあげるわよ。原価割れはしたくないから、店売りと同じ金額でいいわよ。支払いも街に戻ってからでいいわ」
「ほ、本当ですか! さすがリーゼさん! 大好き!」
「マジかよッ! さすが元依頼主ッ!」
二人は満面の笑みでポーションの瓶を受け取ると、腰に手をあてながら一気飲みをする。
「――ッ! くぅーーーッ! 効っくぅーーーッ!」
「沁みる! ポーションがこんなに美味しいなんて!」
「……店長、二人に渡したのは合法なブツですか?」
「合法よ! 高級品でもない普通のポーションよ。ったく、自分の実力に見合った冒険しなさいよね。ギリギリまで消耗するなんて命知らずもいいところよ」
私の言葉に二人は顔を見合わせると何とも言えない表情になる。
私は眉を顰めて二人の様子を伺っていると、カエデが声をかけてくる。
「ロッディ、ハーリア、先に害虫駆除を手伝ってください。店長に対するクレームは、その後たっぷり時間を用意します」
「「仰せのままに!」」
反射的に返事をする二人。
カエデの教育は骨の髄まで染み込んでいるわね。
あまりにも反応の良い二人に呆れていると、巨大な芋虫を蹴飛ばして、魔物の包囲網を少し押し返したカエデが寄ってくる。
「……無限湧きはどうしましょうか? カエデでは条件看破が出来ないので、止めることが出来ません」
「無限湧き――このタイプの仕掛けは止められないように隠蔽にこだわるから仕方ないわね。一時的に感知器を誤魔化すから、も少し虫遊びしてて」
「承知しました」
いつも通り無表情で淡々と頭を垂れるカエデ。
私は無限湧きを一時的に止めるために必要な道具を背嚢から探す。
「虫だから寒いのは嫌いでしょ! 《アイスニードル》!」
「ナイス、ハーリアッ! 遅ぇぜッ! もらったッ!」
ハーリアが氷系攻撃魔術で虫系魔物の動きを阻害し、ロッディが近接攻撃で会心の一撃でトドメを刺す。
体長三メートルはある蟻型魔物の頭がポトッポトッと落ちていく光景はシュールな笑いを誘う。
「やるわね、二人とも。E級冒険者とは思えない殲滅速度だわ」
「当然だろッ! オレはいずれ〝勇者〟になる男だか――うおッ!」
自慢げに鼻を鳴らしたロッディだったが、蟷螂型魔物の鋭い鎌が襲いかかり、慌てて飛び退く。
……締まらない子ね。
「《アイスニードル》! 《アイスニードル》! もうロッディ! 気を抜かないでよ! リーゼさんからの依頼を完遂した後、他の依頼が簡単過ぎてメキメキ評価アップしたんですよ! 今度、セリアさんがC級昇格の推薦候補として上司に話してくれるんですよ!」
「へー、順調みたいね。昇級ペースもなかなかいいわね」
「はい! セリアさんも褒めてくれました! だからリーゼさんはアタシたちにとって幸運の女神様です!」
満面の笑みになるハーリア。
最上級の褒め言葉なんだろうけど、女神か。
私の曖昧な反応に、ハーリアが首をかしげる。
「とりあえず、この状況を打破するわよ。ロッディ、さっき使おうとしていた九死の角灯をちょうだい。もう起動待機状態だから、使うか捨てるかの二択でしょ。街に帰ったら新品をかわりにあげるわ」
「……何に使うんだよ。自決用の爆弾だぞ」
もの凄く警戒しながら、ロッディが九死の角灯を手渡してくる。
九死の角灯は格上――A級魔物にも確実にダメージを与えることが出来る反面、融通が利かないのよね。
安全ピンを抜いて起動待機状態になっちゃうと、安全ピンを刺し戻しても非起動状態に戻らない。
ロッディから受け取った九死の角灯は、今すぐにでも大爆発を起こせる状態だ。
「り、リーゼさん、使うつもりじゃないですよね?」
「使うわよ。このまま中の魔晶石を抜いて壊すだけじゃ勿体ないじゃない。再加工も出来ないし」
「ちょッ! 元依頼主、早まるんじゃねぇッ! こんな魔物の群れ、オレが蹴散らしてやるからッ!」
慌て出す二人を尻目に、私は魔導具を取り出す。
「みがわり〜にんぎょ〜〜!」
効果音が無いのは寂しいけれど、私は自信たっぷりに麦の茎を束ねてヒト型にした魔導具を背嚢から取り出して頭の上に掲げる。
周囲がシーンと静まり返り、十秒ほど経過してから、カエデのため息が聞こえてきた。
「店長、魔物ですらドン引きです。TPOを弁えてください。『身代わり人形』とふつーに喋ってください」
「なんなのよ! もーめんどい! 店員、あの辺にぶん投げて!」
九死の角灯と身代わり人形を紐で縛ってからカエデに手渡す。
彼女は受け取ったブツを見事なフォームで指示したあたりに投げ込む。
「二人とも店長のそばで伏せなさい」
カエデの指示に、とっさに反応する二人。
私はポケットから使い捨ての魔導具を取り出す。
「爆ぜて我を厄災から護れ」
私は起動条件となる言葉を素早く口にする。
次の瞬間、大爆発に視界が白く塗り潰された。
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