33.行商?
「あーもー、邪魔くさいわねー」
私の声が、鬱蒼と生い茂る木々に木霊する。
昔はもっと色気のあったはずの声は、今は幼さが目立つ。
神々と殺り合って早三百年。ようやく最近、自分の声に慣れてきた、と思っている。
〝魔王システム〟に私の存在を再認識されないようにするために、大陸全土を鳴動させるほど強大だった魔力を封印した事は正しい判断だった。
でも、それに応じて器が最適化されるのは誤算だったのよね。
私は自分の体を見下ろす。
かつてはメリハリのあるボディーで、椅子に座った時くらいしか自分の足先を見ることはなかった。
今は凹凸に乏しい体つきになったせいで、直立したままでも、下半身がハッキリ確認できる。
私の巨大な魔力は胸に詰まっていたのかと創造主に問いただしたい。
神々が「浪漫だ!」と即答する姿が、私の脳裏に瞬時に浮かぶ。
頭を両手で抱えて頭を振り、不快なイメージを思考から追い出す。
それに合わせて肩下まで伸ばした銀髪のツインテールが宙を舞う。
「……店長、ご乱心ですか?」
「違うわよ。ちょっと神々を思い出して、キレそうになっただけよ」
私の後ろに控えていたカエデが私に声をかけてくる。
肩口で切りそろえた艷やかな黒髪に、つり目の赤い瞳。
それより目を引くのは、頭部にある三角の耳――獣耳と先端が白い黒い尻尾。
獣人族の優れた身体能力を極限まで鍛えたカエデの身のこなしは、惚れ惚れするほど洗練されている。
現在、全能力が最底値といっても過言でない私では、カエデの気配を完璧に捕捉するのも一苦労だ。
首を傾げるカエデを私はジト目で確認する。
せめてもの救いは、カエデもスレンダーな体型なので、自分の体型の落差を意識せずに済むというところかしら。
私はため息をついて肩を窄める。
「そんなことより、新人に毛が生えた程度の冒険者が通う開放型迷宮なんて、魔物は大したことないんだし、さっさと片して帰るわ」
「店長、唐突に誰に対する言い訳なんですか? カエデは、赤字確定の出張販売は、極力控えてください、とだいぶ昔に申し上――」
「あー! あー! あー!」
私は反射的に耳を両手で塞ぎ、声を張り上げる。
カエデは無表情だけど、口元に不満が表れている。
付き合いが長い私じゃないと分からないけど。
少し前にセリアから〝荷降ろし〟の相談があったから、カエデを迷宮に連れ出す秘策が〝出張販売〟なのよね。
まあ、普段から色々とカエデがお世話になってるし、〝荷降ろし〟で将来有望な冒険者が減るのはよろしくないし、私が迷宮に足を運びたくなるのは仕方ないことね。
「商人ギルドで行商も出来るライセンスを貰っているのよ。たまに行商をしないとライセンスが勿体無いでしょう」
「……ハイハイ、ざれごと、ざれごと。商人の最終目標は自前の店舗を持つことですよ」
わざとらしく肩を落として、ため息をついてみせるカエデ。
私が魔王を演じているときは、従順だけど的確な助言も出来る優秀な部下だったのに。
私に対する反応が年々おざなりになっている気がするのは気のせいかしら。
カエデが姿勢を正すと私の姿を上から下へチェックする。
「前にも言いましたが、店長はもう少し装備を見直した方がよろしいかと」
「装備? これ以上、何があるのよ」
私は自分の格好を見下ろす。
厚手のズボンに長袖、ブーツを装備した非武装の探検者ルック。
カモフラージュとして、パンパンの大きな背嚢を背負っている。
道具は収納無限大の亜空間収納があるから、手ぶらでも問題ないからね。
一方、カエデは軽量化した上質な革鎧を身に付け、腰には極東の島国で生み出された刃物――小太刀を腰でクロスさせて帯刀しており、一目で冒険者と分かる格好をしている。
私よりも一回り以上小さい背嚢に食料など、冒険者が持ち運ぶ道具を詰め込んでいる。
一目で冒険者と分かるカエデに対して、私は商家の娘といった感じ。
「お供を連れた小娘って感じで良くない?」
「……遠足に出かける子どもにしか見えません。わくわくし過ぎて、お菓子をパンパンに詰め込んだリュックを背負っているように見えるのが得点高いです」
「なんでよ! 行商しているように見えるでしょ」
「店長の見た目で行商しているように見えるとでも?」
カエデのジト目に私は口を噤む。
小娘――女に見える時点で、街から少し離れた外道で野党とかに襲われる危険度がアップする。
自己防衛のために男装するのも有効な手段なのだけど、そこまでやると私の中で何かに負けた気持ちになるのよね。
「……この格好で野党を誘き出せば、店員が処分してくれるはずだわ。治安が良くなって地域貢献に繋がるわ」
「カエデはただの道具屋店員ですが」
「業務に『店及び関係者に危害を与える存在を制圧する』って二百年くらい前に追加してるから、セーフよ。襲ってきた野党が悪いのよ」
私は「フフン」と鼻を鳴らしてカエデを見上げる。
彼女は露骨なため息をついて肩を竦めてみせ――ピクリと彼女の獣耳が動く。
「店長」
「そうね、どうやら〝お客様〟が呼んでるみたいね」
私とカエデは一度視線を交わして頷くと、かすかに聞こえてくる声に向かって駆け出した。
***
「ハァハァハァ……ロッディ、生きてる?」
「なんとかな。ハーリア、魔力の方は?」
「もうほぼ空っぽよ。最初の方で乱発しすぎちゃった、ゴメン」
「しゃーない。でけーゴキブリみたいな魔物が大量に出たらまとめてぶっ飛ばすしかないからな」
大小様々な傷痕があり、泥まみれ埃まみれで、満身創痍という言葉が二人にはピッタリ当てはまる。
二人の周囲を無数の昆虫系魔物が取り囲み、絶体絶命の状況だった。
「ロッディ、どーしょうか?」
「オレが殿やるから、ハーリアは助けを呼んできてくれねえか?」
「ハハハッ、ウケるー。街から離れた迷宮から助けを呼ぶってどれくらいかかると思ってんの? 殿の意味ない意味ない」
飛びかかってきた芋虫――キャタピラーをハーリアが超近距離の爆発で吹き飛ばし、ロッディは巨大蛾――ポイズンモスの背後に回り込み、羽根を斬り落とす。
絶望的な状況にも関わらず、軽口を叩きながら魔物を倒す二人。
二人の瞳には強い意志の光が宿り、悲壮感はない。
「ファイアボルトの発動をギリギリまで抑えると、近距離爆発で魔力の消費がだいぶ減らせる! まあ、爆風とかでアタシにダメージあるけど」
「こっちはなんか昆虫系相手でも、死角とれる確率が上がってる気がするぜッ! 複眼でバッチリ捕捉されてることの方が多いけどなッ!」
笑い合いながら二人は次から次へと湧いてくる魔物を倒していく。
B級冒険者でも物量で押し負けそうなのに、満身創痍な二人が魔物の猛攻をしのいでいる。
二人がE級冒険者である点を考慮すると異様な光景だった。
「アタシ、そろそろ動けなくなりそーなんだけど」
「奇遇だな。オレもそろそろやべーな。九死の角灯使うか? 死なば諸共ぶっ飛ばそうぜッ!」
「そうね。こいつらにガジガジと体中を齧られたり、卵を産み付けられたりするのはイヤだし」
ふぅ、とため息混じりに肩を竦めてみせるハーリア。
それを見て、ロッディは手のひらサイズの小さな角灯 を腰のポシェットから取り出す。
九死の角灯――起動すると周囲を跡形もなく吹き飛ばす自爆するための魔導具。
ロッディとハーリアは一瞬だけ見つめ合うと、背中合わせになる。
「派手にぶっ飛ばしてやるぜッ!」
「そうね! 全部まとめて道連れよ!」
明るいハーリアの声に反して、彼女は必死に零れてきそうな涙を堪える。
ここで人生が終わる。
そう考えると、やり残したことがポコポコと脳裏に浮かぶ。
肩越しにロッディを盗み見ると、彼は獰猛そうな笑みを浮かべたまま、魔導具を構えている。
(最後に、手ぐらい繋ぎたかったな……)
ハーリアは口の中で呟く。
ロッディが魔導具を地面に叩きつけ――
「各種ポーションはいらんかねー。他にも迷宮探索に必要な道具を選り取り見取りで取り揃えてるわよー」
不意に聞こえてきた少し舌っ足らずな幼い少女の声に、二人はおろか周囲を囲む無数の魔物も動きが止まるのだった。




