32.不穏な噂
昼下がりの一番客足が遠のく時間帯。
私がカウンターで揺り椅子に座ってウトウトしていると、カランカランとドアベル音が店内――道具屋に響く。
いつもなら一眠りするところなのだけど、お客が来店してしまったのなら仕方ない。
私はあくびを噛み殺しながら、店の入り口を確認する。
「いらっしゃいませー、って珍しいわね、セリアがお店に来るなんて」
「こんにちはー、リーゼちゃん」
顔馴染みの冒険者ギルド女性職員のセリアが、亜麻色のふわふわの髪の毛を揺らしながら、私の方へ歩いてくる。
彼女の姿につい最近入荷した商品を思い出し、油紙に包まれた商品をカウンターに乗せる。
「セリア、ちょうど王都で流行ってるペンが入荷してるわよ。インクを吸わせると長時間掻き続けられるって評判が良いらしいわ。試し書きしてみる?」
油紙から商品――見た目はなんの変哲もない硝子ペンを取り出して、セリアに見せる。
彼女は反射的に商品に右手を伸ばしたが、慌てて左手でそれを止める。
「ううー、とても綺麗なペンだから興味は惹かれるけどー、先に相談させて欲しいわー」
「相談? 冒険者ギルドに何か納品して欲しい道具でもあるの?」
私が硝子ペンを油紙に包み直す仕草を物欲しそうに見つめながら、セリアはカウンターにいくつか置いてある椅子に静かに座る。
「違うわー。相談したいのはカエデさんについてなの。カエデさんは冒険者稼業が副業で、このお店――老舗道具屋〝魔王堂〟の店員さんが本業でしょ。だからカエデさんに長期間になりそうな〝お願い〟をする場合は、店長のリーゼちゃんに了承を取るようにって言ってくるのよねー」
「私に? なんでそんな面倒な――」
と、そこで私は思い出す。
昔、当時の冒険者ギルドマスターに泣きつかれてカエデが半年くらい不在になったことがあったわね。
その時、発注やら商品補充やら掃除やらクレーマー対応やら色々と面倒事が立て続けにあって、帰ってきたカエデに、事前相談するように言いつけてたわね。
最近は冒険者ギルドから非公式なお願い――依頼がなかったから忘れてたわ。
まあ、前回――新人のお世話――みたいなちょっとしたお願いは、セリアからちょいちょいあるみたいだけど。
「んー、なんか面倒事でも起きてんの?」
「まだ確定できてないんだけど……〝荷降ろし〟が流行りだしているみたいなのよねー」
周囲の気配を確認してから、セリアは少し声のトーンを落としてから話す。
荷降ろし――端から捨て駒として低級冒険者や単独メインの冒険者をパーティに加入させて、ヤバくなったら囮として見捨てる行為。
何故か定期的に流行するのよね。
まあ、自分の実力を過信する輩は一定数発生するから、いざという時の保険を求めるのかしらね。
魔王の玉座でクソゴミみたいな実力しかない〝勇者〟とか自称勇者とか一回見かけると続けて現れる法則性があったから、周期的なものかしらね。
「荷降ろしの罰も冒険者ギルドで教えてるんじゃないの?」
「最初に教えているのだけど『冒険者は自身の命は自分で守りなさい』が大前提だから、冒険で命を落としても、身の丈に合わない冒険をした本人が悪いって言い逃れされちゃうのよね」
「ハァ、大前提を逃げ口上に使うなんてナンセンスだわ。荷降ろしなんて愚行するバカがちょいちょい出てくるわよね。ヒトって学習能力が著しく低下するジャンルがあるのかしらね」
「んー、前回流行ったのはだいぶ昔で、三十年くらい前らしいわよ。リーゼちゃんって物知りね」
「へ? あ、そうなの。定期的に聞くからつい最近もあっていたと勘違いしちゃったわ」
ぎこちない笑いで私は誤魔化す。
ヒトの感覚だと三十年はだいぶ昔なのか。三百年以上、生きていると感覚的に三十年は一週間と大差ないのに。
「それでねー、B級以上の信頼できる冒険者に〝お願い〟を行脚をしているところなの。荷降ろしの被害に遭った冒険者を見つけた場合は保護して欲しいって」
「なるほどね。でも、それなら店員に頼むのは意味ないんじゃない? だって店員は殆んど冒険に出てないわよ」
「そう、そこなの! だから、リーゼちゃんに相談しにきたの! カエデさんに月一回くらいでいいから、定期的に周辺の迷宮を巡回して欲しいの!」
むん、と両手を握りしめながら、私に迫るセリア。
気圧されるような雰囲気はないけれど、小動物的な可愛さがあって、私は無碍にはしにくい心情になってしまう。
これが彼女の一番の武器だと私は思ってしまう。
「えーっと、強要することは出来ないけ――」
「無理です」
「――っ! か、カエデさん、いつからそこに!」
気配もなく、私とセリアの横にカエデが立っていた。
弱体化している私の感覚では油断しているとカエデの気配を捕捉できないことがあるのよね、悔しいけど。
いつもの無表情なカエデに対してもセリアが私の時と同じ様に迫る。
鼻息荒いセリアに、若干身を引くカエデ。
「……無理、です」
「えー、ギルドから協力金を出せるように上と掛け合いますから、カエデさんお願いしますよー」
「お金の問題では……」
無表情なカエデだけど、付き合いの長い私には分かる。
私と同じ様に、セリアの武器に心が揺さぶられている。
助けを求めるように、カエデは私に視線を送ってくる。
「たまーに気晴らしで迷宮を散歩するくらいならいいんじゃないの。店番ばかりじゃ腕が鈍るでしょ」
「……日々の鍛錬を欠かしたことはありません、カエデは」
「現場の空気を肌で感じるのも大切じゃないかしら?」
「カエデの本業は道具屋の看板店員です」
手を組んで私とカエデのやりとりを見守るセリア。
そんな彼女を極力視界に入れないように首を動かすカエデ。
冒険者ギルドで普段から良くしてもらっているんだし、素直に協力すると言い出しても良いのだけど。
「素直じゃないわね。私も最終手段を出さざるをえないことになるわよ」
私の言葉にカエデの獣耳がピクッと動く。
カエデの瞳がスッと細められ、挑発的な視線を私に送ってくる。
セリアがいるので、この場はスルーしてあげるわ。
「セリア、私の方から店員に話をつけてあげるから、今日はこれでおしまいにしておきなさい」
「えー、カエデさんから了承もらってないのに……」
「ボーナス査定に響くとかじゃないんでしょ。しつこくすると店員に嫌われるわよ」
「それはとても困るわー。カエデさん、頼りになるし」
渋々といった様子で、セリアは構えを解く。
私じゃないと見逃すほどわずかに、カエデの表情が変化する。
セリアの猛攻が終わって安堵したようね。
「カエデさんのことはリーゼちゃんに任せるわー。さっきのリーゼちゃんが見せてくれたペンだけど――」
私の見事なセールストークで、セリアは硝子ペンを三本も購入してくれた。
黒、赤、青のインクも購入してくれたので私はニッコリだ。
オマケとしてカエデを迷宮に連れ出す秘策を炸裂させてあげるわよ、セリア。




