31.【閑話】ゆかいな仲間
「こんにちはー! あ、リーゼさん」
「うぃーっす……」
昼下がりの客もいない時間帯に、顔なじみとなったロッディとハーリアが店に入ってきた。
カランカラン、と鳴るドアベルの余韻を聞きながら、私は欠伸をしながらカウンターから身を起こして背伸びを一つ。
目尻に滲んだ涙を拭いながら、少し乱れた銀髪のツインテールを手櫛で整える。
「久しいわね、二人とも。元気でやってる?」
「久しいって、まだひと月くらいしか経ってないですよ。お陰様でポツポツとパーティに誘われて、迷宮探索するようになりました! ロッディが斥候として、そこそこ評価されているみたい」
「――ッ! オレは斥候なんてやりたくねーんだよ。仕方なく、仕方なくやってんだよ」
ハーリアの言葉に即反応するロッディ。
少し照れているのが、彼の頬が若干赤い。
まあ、本人は剣士とかで前衛職として、魔物をバンバン倒したいのだろうけど、才能的には強いて言えば暗殺者だから、斥候が一番適切な配置かもね。
「今日はどうしたの?」
「さっき迷宮から戻ってきて、一週間くらいお休みってリーダーから言われたので、消耗品の補充を兼ねてお散歩。リーゼさんたちにも会いたかったから」
「……姉御は?」
「わざわざ顔出してくれるなんて嬉しいわね。店員は小間使いで少し外に出ているわ。すぐに戻ってくるわよ」
私の返事を聞くと、断りを入れて二人は店内を見て回り始める。
と言ってもカウンターから見渡せる程度の広さしかないし、店内に配置した陳列什器は腰の上くらいの高さしかない。
幼児でもなければ客が店内の何処にいるのか一目で分かるので、店長の私がやることはカウンターでボーッとしておくくらいだ。
私は欠伸を噛み殺しながら、揺り椅子に座り直して窓の外を見る。
「なー、元依頼主、なんで古びた〝木剣〟なんて飾ってんだ?」
カウンターに手を付きながら、カウンターの内側の棚に飾っている木剣を指さしながら、ロッディが訊ねてくる。
何度も訊ねられる内容だけど、私は含み笑いをこぼしながら棚から〝木剣〟を手に取る。
「ロッディには、これが〝木剣〟に見えるのね。それだと冒険者として大成出来ないかもよ」
「ハァ? どっからどー見てもただのボロい木剣だろ」
十代後半の自分より幼く見える私の言葉に、ロッディはムッとした顔で反論してくる。
普通なら、自分より年上の男性が声を荒らげれば、身を強張らせたりした方がヒトぽい反応かな、と思ったけれど、私は涼しげな顔でロッディを眺める。
それが癪に障ったのか、ロッディがさらにカウンターから身を乗り出して私の方を睨みつける――が、すぐに顔を青ざめさせて、顔にびっしりと脂汗を滲ませる。
「お客様、どうかされましたか? 店長が何か粗相をされたのであれば、カエデが心よりお詫び申し上げますが……ロッディ?」
「そ、そうです! 姉御! ロッディッス!」
いつの間にか現れた店員――カエデがロッディの首筋によく研ぎ澄まされた短刀の刃を当てていた。
彼女がスッと短刀を動かすだけで、ロッディに致命傷を与えることは確実だろう。
「いったい何処の命知らずなクレーマーだろうと期待――いえ、心配したのに残念」
カエデはいつもの飾り気の無い皮鎧を身に付け、ピコピコと頭の上の三角の耳――獣耳を動かしながら、スッと音もたてずに、ロッディから離れる。
残念そうに短刀の刃を一瞥してから、太股に固定した鞘に短刀を納める。
「店員、顔見知りでも大事なお客様よ。怖がらせるのは止めなさい」
「なんと心外な……。カエデは懇切丁寧な接客を心掛けているのです。それにカエデは可愛い獣耳とキュートな尻尾があるので、怖がられる要素はゼロです。あ、少し大きい犬歯がありますけどチャームポイントでプラス要素です。そう思いますよね、ロッディ?」
「は、はい! 姉御の言う通りです!」
カエデがニッコリと微笑みかけると、ロッディは顔を青ざめさせながら、背筋をピンと伸ばして直立不動の姿勢で同意する。
獣人はヒトより身体能力が高いので、基本的に怖がられる事が多いのが事実なんだけど、カエデのドヤ顔に反応すると面倒そうなので、私はツッコミを放棄する。
「迷宮には恐ろしい魔物がわんさかいるわよ。道具屋の店員にビクついてどうするのよ」
「店員いや、だって姉御は迷宮の魔物より怖――な、なんでもないッス!」
「カエデが怖いなんてあり得ないです、ハーリアもそう思いますよね?」
「は、はい! アタシもカエデさんは綺麗で魅力的な女性だから怖くないと思います!」
フロアのカウンターから離れた位置にいるハーリアが、即答する。
先の依頼で迷宮に同行した際に、カエデによく教育されているわね、ホントに。
私は二人の姿に嘆息しつつ、手に取っていた木剣をロッディに差し出す。
「非売品だけど、手に取るくらいは許可してあげるわ。ちゃんと木剣じゃないことを確認しなさい」
ロッディは恐る恐る木剣を手に取る。
そして、まじまじと手にした木剣を確認する。
「店売りしている木剣より硬そうでいて、軽いような……ん? 剣身になんか文字が彫ってあるような……」
「ホントだ。しかも古代語ぽい。昔、婆ちゃんに教わった文字に似ている、かも……」
ロッディがパチモノを見るような怪訝そうな顔をしていると、近づいてきたハーリアが木剣を覗き込む。
ロッディが手にしている木剣の剣身を指先でなぞる様にして、ハーリアは文字を口にする。
「ミス……掠れて読みにくい……ディ違う……ティル、テインかな」
「なんだそれ。ミスティルテイン? 聞いたことねーな」
「ふふふっ、ハーリア、正解よ。それは木剣だなんて初心者御用達武器じゃなくて、神をも殺す聖剣『ミスティルテイン 』よ」
ハーリアが古代語を読み取ったことに少し驚きながら、私は揺り椅子から立ち上がって宣言してやる。
カエデが私を見ながら「おぉ……」とうめき声をあげながら悶え始めたが見なかったことにする。
何故か店内に朗らかな空気が流れる。
「ぶっ! ぶははははっ! こんな辺境のチンケな道具屋に〝聖剣〟なんてあるわけねーだろッ! パチモノ飾るなら、もっとちゃんとした剣を飾れよッ!」
「ちょちょちょ、ロッディ! 笑いすぎよ! リーゼさんだって考えがあっての――」
二人の動きがピタリと止まる。
そして、背後に立つカエデの気配に顔を青ざめさせる。
「どうしたのですか、二人とも。さあ、笑いたいなら笑っていいのですよ?」
ニッコリと微笑むカエデ。
当然、彼女の目は笑っていない。
ガタガタと歯を鳴らしながら震える手で二人。
このままではロッディの手から木剣――聖剣ミスティルテインが落ちてしまいそうなので、私は彼の手からヒョイと聖剣を取り上げる。
「さあ、早く笑ってください。カエデが一緒に笑ってあげますよ?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「すみません! すみません! すいません!」
二人は全力の土下座をすると、流れるような動きで店の入り口の方に駆け出す。
「店員、ハウスよ」
「……ちぇっ」
私は追いかけようとしたカエデを制する。
彼女がつまらなさそうに呟いた直後に、ドアベルが派手に鳴り響き、二人は店の外に転がるようにして出ていく。
先ほどまでの騒がしさが一瞬で消え去り、店内に静寂が戻ってくる。
「今度、シメ――再教育しておきますか?」
「いらない、いらない。加減を間違えそうだし」
「加減? カエデは店長の素晴らしさを骨の髄まで理解させるだけですよ?」
「理解する前に、精神をぶっ壊して廃人まっしぐらにする未来が見えるわ」
ジト目でカエデを見ると、彼女は明後日の方向を向きながら口笛を吹く。
『そろそろ喋っても大丈夫?』
脳に直接響く活発そうな少女の声。
店内に私とカエデ以外に誰もいない。
私が普段使っているものとは少し原理が違うけど、念話というやつね。
私もカエデも念話に対して特に驚くことはない。
「いいわよ。そもそも貴女は念話の相手を選べるんだから、気にせず喋ればいいじゃない」
「神気補充で少し長めに寝てたから、寝ぼけて違う人に話しかけちゃう可能性があるの。それにボクの念話に魔王ちゃんが急に返事しちゃったら、変な人扱いされるかもじゃん。だからボクは気を使ってあげたの』
「……店長、この駄剣はそろそろ処分しましょう」
『ヤーッ! ニャーちゃんのいぢわる!』
声の主は、私が手にしている木剣――聖剣ミスティルテインから聞こえてくる。
「はいはい、仲良くしなさい。一緒に神々と楽しく殺りあった仲でしょ」
「カエデは店――魔王様と果てまでご一緒したかったから、お供しだけです」
『えー、ボクと一緒に手を取り合って、神様たち相手に戦った腐れ縁じゃん。まー、肉体と精神を世界から完全消滅させられる瞬間、聖剣に精神だけ移す離れ業を魔王ちゃんが成功させてくれなかったら、ここには居られなかったけど』
「カエデは誇り高き魔王軍四天王筆頭です。勇者と共闘――あ、六神正教に〝廃棄〟されてましたね。すみません、廃棄勇者は勇者にカウントされませんね」
『ブーブー! 廃棄勇者って六神正教が勝手に認定しているだけだもん。勇者は勇者で六神正教ごときが勇者を廃棄出来ないんだから。勇者の証は〝聖剣〟の有無だけだもん』
キーの高い声で抗議する廃棄勇者。
カエデが思わず耳を伏せて顔をしかめる。
私は微笑ましさに口元を緩ませながら、聖剣をカウンターに置いて柏手を打つ。
「二人とも私と一緒に戦ってくれたのは変えることのできない事実よ。とても嬉しかったわよ、二人とも」
「っ! もったいないお言葉……」
『えへへへへ、照れるなー』
照れる二人に私は思わず微笑んでしまう。
ふと、ロッディとハーリアが当時誰もが知っている聖剣〝ミスティルティン〟に反応しなかったことに合点がいく。
「あー、だからね。さっきロッディとハーリアが聖剣ミスティルテインにピンときてなかったのは、廃棄勇者認定のせいか。公式の記録すべてを抹消するらしいわね」
「はい、そうです。聖剣はおろか名前さえ記録から抹消されます。廃棄勇者は指定された瞬間から歴史に存在しなかったことになります」
『ヒドい話だよねー。世のため人のため、毎日魔王軍と熾烈な戦いを繰り返していたのに』
「まー過程はどうあれ、ヒトから見れば、最後に魔王軍に寝返った最低勇者でしょうからねぇ……。仕方ないんじゃないかしら」
『もー、魔王ちゃんもボクをいぢめる! 泣くよ、ボク! 泣いちゃうよ、ボク!』
不満たっぷりの声を聞きながら、私はカウンターに置いた聖剣を再び手に取る。
そして、愛おしそうに、優しく、優しく、撫でる。
「知らずにいれば、貴女は最後まで勇者として振る舞えたはずなのに、私の凡ミスでツラい選択をさせてしまったわね。ごめんなさい。だけど、貴女が私についてくれて、とても心強かったわ。何度感謝を伝えても足りないわね」
『ちょちょちょ、急なシリアスガチトーンはやめてよー。う、嬉し恥ずかしで、身体中がむず痒くて悶え死んじゃうよー』
私の手の中でもカタカタと小刻みに震える聖剣――廃棄勇者。
ふと顔を上げるとカエデが羨ましそうに私たちを眺めていた。
「ふふふっ、貴女が元気になって良かったわ。ストレスの素になったけど、迷宮に転がっていた聖剣から神気を抜き取って、貴女に注入して正解だったわ」
『あ、だから急に神気チャージ率が急上昇したんだ。ありがとう、魔王ちゃん!』
「……甘やかしすぎです」
聖剣を棚に戻し、不満そうなカエデの頭を撫でる。
彼女のピコピコと耳が動き、尻尾がブンブンと左右に振られる姿に、私は思わず笑ってしまう。
「さてさて、そろそろ仕事を再開するわよ。店員は店番、廃棄勇者は店内の監視をして店員のサポートをお願いね。私は在庫で在庫の確認してくるわ」
「承知しました」
『はーい、任せて!』
二人の返事に頬を弛ませながら、私は店の奥の倉庫に向う。
外の喧騒が道具屋の店内に響く。
何気ない日常が今日も流れるのだった。
「うんうん、悪くない日常的だわ」
私はひとり呟いた。




