30.報告完了
「あ、お帰りなさい、リーゼちゃん。ロッディくんもハーリアちゃんも無事で良かったわー」
冒険者ギルドに入った私たちを出迎えてくれたのは、顔馴染みの女性ギルド職員のセリア。
彼女はふわふわの亜麻色の髪の毛を揺らしながら、受付カウンターから私たちの方に駆け寄ってくる。
「あれ、カエデさんはー? 迷宮の報告書を提出にいらっしゃったのは聞いたけど……」
「店員は道具屋の業務で少し出張に出たわ。ひと月もすれば戻ってくる予定よ」
「あらー、そうなのー。カエデさんに報告書のことで、少し確認したいことがあったのだけど……」
即席迷宮で入手した所有者監視付きの魔剣を市場に流すため、カエデは冒険者ギルドに報告書を提出した足で、大陸中央部へ出張したのよね。
通常は活性化していない所有者監視だけど、神々の気まぐれで、急に活性化する可能性はゼロじゃないから、さっさと手元からバイバイしてもらうのが一番よ。
あとは目立たない様であれば、上級回復ポーションを大量に買い付けて貰うことも画策していたりしてなかったり……。
私がそんな事を考えていると、セリアが「困ったわ」という感じで首を傾げる。
背後でロッディが「ウォー!」と奇声を上げて、ハーリアからシバかれた音が聞こえてきた。
うん、無視しておこう。
「記入漏れでもあったの? 私が分かる範囲なら答えるわよ」
「ホント? 後ろの二人でも回答できなくはないのだけど、契約とか諸々あるからー、リーゼちゃんに答えて貰うと助かるわー」
ホッと安堵したように息をこぼし、手にしていたバインダーを構えるセリア。
数枚の書類がクリップに挟まれており、彼女はペラペラと何枚か書類を捲る。
「カエデさんの提出してくれた報告書にー、迷宮踏破して地上に帰還と同時に迷宮の入り口が消滅したーってあるの。本当の話?」
セリアの微笑みは変わらないが、瞳に鋭さが増す。
私は特に動じる素振りもなく、肩をすくめる。
「本当のことよ。綺麗さっぱり消え去ったわ。突然のことで記録用の魔導具を起動できなかったのは落ち度だと思うわ。罰則とかある?」
「ふふふ、やむを得ないことに罰則なんてないわよー。迷宮を独占するために嘘の報告をしているなら当然重い罰則があるけどー。リーゼちゃんとカエデさんに限ってそんなことはないって、わたしは信じてるからー。ただ冒険者ギルドの職員としては確認が必要なのよねー。管理できていない迷宮は危ないからー」
ふぅ、と息を吐きながら、申し訳なさそうなセリア。同時に先ほどの瞳の鋭さも消え去る。
明け透けな質問では嘘をつかれ可能性があるけど、冒険者ギルドの待機フロアは嘘を見抜く魔導具が常設されていたりする。
当然、一部の冒険者ギルド職員だけが教えられる話だけど、私の〝眼〟には隠蔽されていようが、魔導具の場所も効果も丸見えなのよね。
セリアが普段から身に着けてるブランド物ほいデザインの腕輪も嘘を見抜く魔導具ってのもバレバレで、いつもは起動していないけど、今は起動状態になっているのも丸見えなのよね。
私が嘘の証言をしていないか、口頭質問と魔導具でチェックしていること自体は、不快感とかない。
私も前職のときは、嘘だの建前だの発言をチェックして振り分けていたからね。もちろん魔導具とかは使わずに。
害を与えるためにやっているわけじゃないし、セリア自身も申し訳なく思ってるし、私は寛大な心で許してあげてるわ。
「追加で証言の証書が必要なら、私がサインとか書くけど?」
「大丈夫よー。わたしはリーゼちゃんのこと信じてるからー」
ニッコリと微笑むセリア。
ヒトは立場とか状況とかで本音と建前を使い分けなくてはいけないから大変だと思うわ、ホントに。
ロッディが床に倒れ込んで悶えて鬱陶しいのだかど、ハーリアに丸投げで私は無視を通すことにする。
「あ、そいえば、後ろの二人について、依頼者の任務達成評価が必要よね? いまここで口頭で言っても大丈夫?」
「あ、大丈夫よー。そうしてもらった方が、事務処理が進むからありがたいわー」
セリアはバインダーの一番上に書類を挟み、羽根ペンと一緒に差し出してくる。
私は評価に丸をつけ、サラサラとサインを書き込むと、セリアにバインダーに羽根ペンを載せて返す。
「将来性込みで評価はAよ。セリア、支払いの上乗せ分は、ちゃんと出してあげて」
「り、リーゼさん! 本当に!」
「マジかよッ! 依頼主様々だぜッ!」
ロッディとハーリアはパーン! と互いの両手を叩いて喜ぶ。
無邪気な二人の姿に、私は思わず頬が緩んでしまう。
因みに評価Bで依頼書通りの支払い。
評価A以上になるとギルドから+アルファの上乗せ。
評価C以下は罰金で減額(依頼者の支払額が減るわけじゃない)。
「ふふふっ、言われなくてもちゃーんと出すわよー。二人とも良かったわね、増額よー。あ、お金は今すぐ受け取りたいのかしら? 少し待ってもらえる?」
「オレはいつまでも待――」
「ロッディ! 宿代の支払いを待ってもらってるんだから! せ、セリアさん、今日中に受け取れれば嬉しいのですけど……」
ハーリアがロッディの口を手で塞ぎながら、セリアに縋るような視線を向ける。
セリアは思わず苦笑する。
「今日中に受け取れるように手続きは終わらせるから大丈夫よ。実はリーゼちゃんの評価確認が終われば、お金を渡せるところまで事務処理が終ってるのー。何故ならーカエデさんが報告書の備考欄に、リーゼちゃんの評価予想を書いてくれていたから」
セリアがVサインを二人に向ける。
なるほどね、だからカエデが帰りに二人の評価をどうするのか聞いてきたわけね。
E級で格上の魔物相手に活躍してたし、そもそも戦力になるとすら思っていなかったから、二人とも大健闘なのよね。
さすがに評価Sはつけれないけど、評価Aは全然あり。
「よ、よかったー……」
へなへなと力が抜けてペタンと床に座り込むハーリア。
よほど生活費に困窮してるのね。
迷宮最初の戦闘みたいなことをロッディが繰り返してたら、苦労させられた上で稼げない気はするから、同情は禁じ得ないわね。
対してロッディはハーリアの反応を不思議そうに眺めてる。
……二人の温度差が激しい。
「それでね、リーゼちゃんに確認したいことがあるのよー。リーゼちゃんが上級回復ポーションの納品契約をした商会なんだけどー、ヴォルガノフ商会で合ってる?」
「え? そうだけど……」
「良かったわ、違わなくてー。最近、目に余る商いをする商会が増えてるみたいでー、さっきの商会を含めて、商人ギルドも悩んでみたいなのよねー」
「まー、平和な証拠じゃないかしらね」
なんとなくセリアの反応に警戒して私は言葉を濁す。
「平和だから許される行為じゃないわよー。なので色々と調べて、ちょっとお仕置きすることにしたのよ」
「お仕置き?」
「そうよー。人を騙してお金を稼ぐのは許していい行為じゃないと思うの。流通の乏しい地域に、危険を顧みずに物資を届けているとかなら分かるけど、辺境だけど、この辺りは危険は少ないし物流が滞っているわけでもないでしょう」
「まあ、確かに。稼げそうな目ぼしい迷宮がないから、中堅以上の冒険者が少ないだけで、街道が魔物に荒らされているわけではないから、ヒトの行き来は活発みたいだし、生産した農作物とか王都にバンバン輸送しているみたいね」
「でしょー。物流が安定している地域で、物流の信用に泥を塗るような行為をするような悪を野放しにしてはいけないと思うの」
両手で拳を作り「むん!」と気合を入れるセリア。彼女なりの気合の入れ方だろうけど、怖さは微塵もない。
「というわけで、リーゼちゃんの契約を無効にしてみたわー」
「へ? どゆこと?」
突拍子もなくて、私は思わず訊ね返してしまう。
「悪いことしていた商会商人にメッ! ってお仕置きしたのー。それでリーゼちゃんの契約を無効にしたのよー」
「えーっと、いまいち理解できないのだけど……」
「問題ないわよー。数日もすれば、契約破棄の通知書がリーゼちゃんのお店に届くはずだから」
えっへんと豊満な胸を反らして自信満々なご様子のセリア。
あまりにも状況が分からず、カエデに助けを求めたいのだけど、出張中でカエデはいない。
地団駄でも踏みたい気分になってくるのだけど、グッと堪える。
そういえば、よくよく考えたのだけど、この子――セリアとの付き合いは長くなったけど、素性を知らないのよね。
気づいたら冒険者ギルド職員に採用されていた気がする。
得体のしれない何かを感じ、カエデが帰ってきたら探りを入れるようにお願いしておこう、今更だけど。
「わたしの用事はこれで全部かなー。ハーリアちゃん、ロッディくん、報奨金を支払うからカウンターに来てね。リーゼちゃんはどうするの?」
「……私はお店にもどるわ。なんだかんだで疲れたし、しばらくお店を放置していたから、色々と仕事が溜まっていると思うから」
「ふふふっ、店長さんは大変ねー。リーゼちゃん、気をつけて帰ってね。あ、カエデさんが帰ってきたら、例の件の支払いがあるって伝えておいてね」
例の支払い――新人の面倒を見る件ね、たぶん。
ロッディとハーリアの成長ぶりをみれば、カエデの任務達成評価A以上確定ね。
私は了承して冒険者ギルドを後にした。
今の私の居城――辺境の小さな道具屋に戻る途中、屋台で買い食いし、私は久々の街の生活を堪能した。
前職――魔王の業務自体は嫌いではなかったけど、ヒトとしてノンビリ過ごすのは、魔王城で得ることが出来なかった何かがある気がするわ。
久々の冒険に満足し、私はふかふかのベットで熟睡するのだった。
***
後日、契約破棄の通知書がヴォルガノフ商会から届き、私は胸を撫で下ろした。
しかし、今回のような安易に儲け話に飛び抜くなと、改めて小一時間ほどカエデから小言を言われることになった。
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