28.迷宮踏破
「んー、どうにも面倒だわ……」
私はため息をつきながら、櫛で少し乱れた銀髪を梳く。
腰のあたりまであった銀髪は元の長さ――肩口くらい――に戻っている。
朝、きちんと結っているのに封印を解く度に、身支度をやり直しになるなんて。
トレードマークの髪型、ツインテールを作って一息ついていると、カエデが声をかけてくる。
「店長、魔剣はどうしますか? カエデが粉々に粉砕して鉄屑として処分しても?」
「あー、魔剣は迷宮主の持ち主だったけど、リッチナイトの装備じゃなかったから消滅しなかったのね」
カエデが片手で持ち上げて私に見せてくる魔剣は、禍々しさはあるもののリッチナイトが装備していた時のようなヒトの恐怖心を煽る様なオーラは出ていない。
リッチナイトは不死者系魔物の上位種だったけど、特性に対峙したヒトの恐怖心を煽る様な特性はなかったはずなのよね。
もしかすると〝勇者〟って威光を示して、魔の脅威に晒されたヒトの希望となる特性があるから、堕ちた時に特性が反転して恐怖を煽る様なものになったのかしらね。
皮肉な話よね。
パッと見で細腕のカエデが、それなりに重量のありそうな魔剣を軽々と振り回す若干シュールな光景に、私は嘆息する。
「そうね。砕けば鍛冶屋で屑鉄として引き取ってくれるだろうし、店員に任せ――ちょっとタンマ。魔剣を貸して」
「何か気になる点でも?」
首をかしげながら、カエデが魔剣の柄を私に差し出してくる。
さっきまでの封印を限定解除した状態ならいざ知らず、封印と共に十代半ばくらいの体格に戻った私では、魔剣を片手で持ち上げることは出来ない。
ムッと口元を引き結んで気合いを入れつつ、若干顔を赤くしながら、私は両手で魔剣を持ち上げる。
少しフラつくが、魔剣を垂直に立てると重心が安定し、私は一息つく。
そして、私は目を細めて魔剣を柄頭から切先まで、じっくりとチェックする。
巧妙に隠蔽された神気が視界に紛れ込みヂヂヂと軽いノイズになる。鬱陶しい。
柄頭から切先を視線が二往復したあたりで、キラッときらめく細い不可視の線――精神体接続がいくつか視える。
「ゲッ、魔剣に神々が所有者監視してるわよ」
「――ッ!」
私が悪態をつくと同時にカエデが精神体妨害の結界を展開する。
カエデが頭の獣耳をペタンと伏せながら、深々と頭を垂れて謝罪する。
「申し訳ございません、抜かりました」
「私の落ち度よ。まさか使い捨てるモブ扱いに精神体接続しているアイテムを持たせると思わなかったわ。まあ、幸い即席迷宮でも迷宮内だから、所有者変更判定がまだ行われてないみたいね。神々に私たちの情報は送られていないようだわ」
「……不快なので迷宮に捨てていきますか?」
カエデの提案は一理ある。
所有者監視付きのメンヘラアイテムを所持するなんて自殺行為に等しいからだ。
ただし、この場に捨てて行った場合は迷宮消滅と同時に神々の貯蔵庫に魔剣は自動回収されて、神々が次の持ち主を選出する流れとなってしまう。
それは面白くない。
かといって、下手に処分をすると、メンヘラ発動して神々がこの即席迷宮について調査とか始める可能性が増加する。
それもとても面倒な展開にしかならない。
私は更に魔剣を凝視する。
翡翠色の瞳は輝きを増し、魔剣に組み込まれている因子を読み解いていく。
「ふぅー……神々の基本スタンスが舐めプで良かったわ。軽く解析したところ、所有者の情報を細かく追跡してないわ。年次で所有者の情報を取得する仕組みで、次回は約半年後ね」
「それは安堵です。それではカエデがこのまま封印を施して、店の倉庫の奥に仕舞い込んでおきますか?」
「んー、そんなに魔剣に執着してないとは思うけど、所有者監視が無効化されたことに気づいて、魔剣を探し始めたら面倒だわ」
「今の店長のお姿なら、連中が気づくことはないとカエデは太鼓判を押します。あの素晴らしいプロポーションは見る影もなく、お姿を視界に入れることすら烏滸がましく感じてた覇気もなく……」
「うっさい。この姿はこの姿で気に入ってるのよ、私は」
「楓も今のお姿は大好きですよ」
嘘泣きからすぐに笑顔に変わるカエデ。
このままでは会話が進まなくなりそうなので、私はカエデの反応をスルーする。
「この魔剣に施された細工は、所有者監視と特定種族――不死者が使えば斬れ味向上だけ。さらに付与されている付呪は、全能力向上と幸運値が下がるくらいなのよね」
「……幸運値は迷宮だと罠の発動やアイテム出現に影響するので、地味に嫌らしい付呪では?」
「精神を蝕む様な呪いの類に比べれば全然マシじゃない? あとは剣自体の性能は悪くないけど、伝説の〜とか謳い文句が付くような武器には一歩二歩届かない感じね。何で聖剣を手放して魔剣を手にしたのか理解不能だわ」
付呪に能力向上があるから、それで魔剣の性能を誤認したのかしらね。
魔剣の重心の位置を注意しながら、左手を柄から離し、剣身を人差し指でコンコンと弾く。
黒い禍々しい剣身に似合わずキンキンと澄んだ音が響く。
「所有者監視に目を瞑れば、全能力向上が付呪された掘り出し物の武器と思わない?」
「それをカエデは否定しませんが、大丈夫なのでしょうか?」
私はカエデにニヤリと笑ってみせる。
実にナイスなアイデアがあるから。
私の笑顔を見て、カエデが露骨に眉を顰める。
「迷宮踏破とかで入手すれば、神々は所有者に興味を持つ可能性はあるけど、お金で購入した場合は毛嫌いすることが大半だから問題ないわ、たぶん。それで冒険者の手に渡って使われるもよし、好事家の手に渡って屋敷に飾られるのもよし、神々への嫌がらせに丁度いいわ」
「お金を支払って地雷アイテムを手にするとか、可哀想だとカエデは思ったりするのですが……」
魔剣の性能自体は良いから、支払ったお金の対価としては十分なはず。
神々の貯蔵庫から流出した所有者監視付きのアイテム――魔剣だから、神々が少し興味を持ちそうだけど、それはプライスレスね。
「店員、魔剣に妨害結界を半年くらいで消滅するように付与してから王都周辺で処分できる?」
「王都の東の方は、活発な迷宮がいくつかあります。そこの迷宮に潜ってドロップ品に紛れ込ませて売り払う事は可能です」
「んー、買取の時に身元の確認とかは?」
「原則ありません。ただし、高品質の魔晶石などを持ち込むと取得経緯の確認や冒険者カードの提示が求められる事はあります」
「……目的は?」
「ヒトを派遣して根こそぎ回収するためです」
「まあ、そういう発想よね」
迷宮で入手することが出来る一部のレアアイテムは、迷宮に潜れば手に入るものではないというのに。
まあ、特定の場所とか所作をしないと入手できない隠しアイテムを暇潰しに作っていた時期もあったけど。その設定アイテムの入手率は一パーセントくらいだったけど。
「魔剣が目立たない様にして売っぱらえるの?」
「はい。深い階層に籠もれば、魔剣に近しいランクの武具は拾えますので、それらに紛れ込ませて魔剣を処分すれば問題ないです」
「いいわね。それで魔剣が何処に流れ着くかは運次第ね。神々も偶然の結果に嬉し涙を流してくれるはずだわ」
私は思わずケケケッと笑ってしまう。
カエデが呆れる気配がするが気にしない。
私はカエデに魔剣の妨害結界を張り直してもらって亜空間収納に収納する。
このまま持ち歩いたらロッディが欲しがって騒ぎそうな気がするし。
一度、ボス部屋に目ぼしいものがないことを確認してから、私はカエデに声をかける。
「店員、二人を起こしてきて」
コクリ、とカエデが小さく頷いた瞬間、彼女の姿は私の眼の前から消えるのだった。
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