27.実力差
「ああ、そう言えばベネディクト流剣術は先手が苦手だったわね。妾から仕掛けて上げた方が良いかしら?」
「ほ■け! ■が■■■ィクト流■死■なし!」
骸が吠えて妾に向かってくる。
妾は鼻を鳴らしながら、右手で肩に掛かっていた髪を耳に掛ける。
先ほどまで後退りしていたのに、随分と大きな声で吠えるのね。
呆れながら、妾は無造作に虚空を掴む。
黒い稲妻が迸り、金属が擦れ合うような高周波が響く。
妾は口の端をチロリと舌で小さく舐めながら、捻り切るようにして右手を引き寄せる。
ドロリと虚空から漆黒よりさらに黒い闇が溶け出し、妾の右の指先から二の腕までをオペラグローブのように包み込んでいく。
封を解いたのは三つ。
身にまとう舞台衣装は、ここまでね。
右手を開け閉めして感触を確かめ、妾は小さく嘆息する。
「■■■コケ■しが■■すると■■な!」
骸が魔剣を振るう。
ただの攻撃だが、並の相手――ロッディやハーリアには、必殺の威力があることは見てとれる。
妾は右手の甲を魔剣の軌道に差し出す。
ギィィィィィン!
右手から伝わる衝撃と部屋に響く金属音。
妾はクスクスと笑ってみせる。
「コケ威し? ああ、それとも己のことを揶揄でもしてる?」
「■■……だと……!」
「膂力か、それとも鍛錬かしらね。まるで成長していないわね」
妾は呆れながら、左手で剣風で乱れた銀髪を撫でて背中の方に流す。
そして右手の指で魔剣を軽く弾き返す。
「もう終わり?」
「■■■るな! ふ■■■な! ふざけ■■!」
激高しながら骸が魔剣を連続で振るう。
黒い軌跡が空間を埋め尽くし、妾を黒く塗り潰そうと迫る。
妾は左目に意識を向ける。真紅の瞳が紅く仄めく。
妾の視界に囚われた世界はゆっくりと流れる。
無数にみえた魔剣もその一撃一撃がハッキリと視認できる。
妾はぞんざいに右手を動かし、それらを払っていく。
妾の右腕に魔剣が触れる度に、金属音を響かせ、火花を散らす。
剣風に舞う銀髪を妾は左手で押さえる。
ああ、なんとも悲しい。
ああ、なんとも虚しい。
魔剣を払う都度、心の内に怨嗟が募る。
あの頃は、此奴の剣気は澄み渡り、とても鋭かった。
志の高さか、鍛錬の結果か、一撃一撃を受ける度に心地よさがあった。
魔王という退屈な役割を、ただ淡々と遂行する妾に許された楽しみだったというのに。
今の淀みきった此奴の剣気は虫酸が走り、吐き気をもよおしてしまう。
「まあ、所詮は〝聖剣〟に捨てられた輩に期待するのが酷というものかしらね」
剣戟を縫って、妾の声が部屋に響く。
それを掻き消すように、剣戟は激しさを増していくが、妾の声は静かに木霊する。
「ヒトを捨てヒトあらざる存在になり、種としての性能は高くなったけれど、聖剣に認められた〝勇者〟には程遠いわ」
「■■マ! ■■■■おけば! 我■■■に散れ! ■技――」
骸が一歩下がる。
弓を引くように魔剣を構えると、光属性の魔力が魔剣の剣先に集中する。
圧縮されていく魔力が耳を塞ぎたくなるような甲高い音を響かせる。
「――極光・螺旋突!」
骸は踏み込みとともに、鋭い突きを繰り出す。
同時に圧縮されていた魔力が解放され、螺旋となって全てを貫く必殺の突きとなる。
骸自身の突進力も合わさり、その突きは閃光と化す。
が――
「ショボいわね」
「■ッ!」
妾の感覚で、ゆっくりと近づいてきた魔剣の剣先を右手の指で摘む。
それだけで必殺の突きは、空中に縫い付けられたようにピタリと停止する。
骸は驚愕した声をこぼし、魔剣の剣先を呆然と見つめる。
一呼吸の間を置いて、衝撃波が吹き抜けていく。
妾の銀髪が激しくなぶられ、床は抉り取られ、背後の離れた壁に大穴が穿たれる。
衝撃が部屋全体を襲い、激しく揺れる。
だけど、それだけ。
視界にちらつく目障りな土埃に、妾は部屋の隅で待機するカエデに視線を送る。
彼女が小さくうなずくと同時に身体が闇に溶け込む。すぐさま部屋の中を闇が通り抜け、土埃を絡め取って消える。
次の瞬間、彼女の気配は妾のすぐ背後に現れる。
「……魔王様、迷宮をあまり揺らされますと、寝てる子が目を覚ましてしまいます」
「あら、それは盲点だったわ。手を抜きすぎるのはダメね」
背後から聞こえてきたカエデの小言に、妾は肩をすくめてみせる。
カエデの対応はいつも完璧。これくらいで熟睡させられている二人――ロッディとハーリア――が起きるはずはない。
此奴を煽るためにわざわざ妾に声をかけてきたに違いない。
骸の体がワナワナと震え、ガチャガチャと鎧が鳴る。
同時に背後のカエデからクスリと小さな笑い声が溢れ、気配が消える。
「ふ■■■■ァァァ!」
骸が怒号を上げながら、力任せに魔剣を引き寄せる。
ホントに此奴は煽り耐性が低い。
もう少し堪え性があったと思ったのだけど。
パーティーメンバーがいたから、いいとこ見せようとして、自制が出来ていたのかしら。
毎回、同じパーティーメンバーだった気がするし。
僧侶が妙に熱っぽい視線で此奴を応援していたし。
少し過去を顧みながら、妾は素直に魔剣を摘む指を離す。
「オ■は! オ■■! ま■本気■■■ェ!」
「そう? なら早く出しなさい。出し惜しみは不要よ」
「■■が! く■■! ■■の本■■!」
骸が怒りに震えながら、魔剣の剣先を妾に突き付けてくるのだけど、緊迫感も何もない。
妾は前髪を掻き上げながら、目を細めて震える骸を見据える。
思い通りにいかず、癇癪を起こすガキと変わらず、興が冷めるばかりだ。
妾はわざとらしく大袈裟な仕草で肩をすくめてみせる。
「まだ本気が出せてない? ああ、ベネディクト流剣術の真髄は後の先だったわね。妾から仕掛けてあげるわ」
ターン! と足音を響かせながら、妾は骸に向かってステップを踏む。
オペラグローブに包まれた右腕を下から上にすくい上げるように、ゆったりとした大きな動作で、骸に差し出す。
「――!」
あまりにも無防備な動作に骸の反応が遅れる。
骸は咄嗟に魔剣で妾の腕を斬りつける。
妾はその勢いを受け流すように、魔剣に合わせて腕を払う。
「早く本気をだしてみなさい」
そして続けてステップを踏む。
骸の周りを回るように、緩急をつけてステップを踏む。
サラサラと妾の銀髪が宙を滑り、跳ね、踊る。
ステップに合わせて、妾は招くように右手を骸に差し出し、ターンに合わせて右手を払い、胸当てに向かって手を伸ばす。
「ウオ■■■ォォ■■■!」
その全ての動作に、骸は咆哮をあげて、魔剣で斬りかかっていく。
いち、に、さん、いち、に、さん――
妾の刻むステップのリズムに合わせて、甲高い金属音と火花が舞う。
微塵の殺意もない、ただのお遊び。
いや、お遊びにも満たない。
まったく心惹かれない無機質な時間だから。
「■■■ァァァ! 極光・鏡乱残響!」
ヂィィィィィィン!
妾の指先から肘あたりまでを魔剣が火花を散らして滑る。
骸が更に一歩、妾の方に踏み込む。
体をコマのように回転させるようにしながら、妾の左肩口から遠心力を上乗せした斜め斬りを放ってくる。
妾の戯れを捌きながらカラダの芯に溜め込んだ魔力を爆発させるカウンターの一撃。
痛みと衝撃がタイムラグ無しで妾の体を襲う。
妾の足が踝まで床に沈み、妾を中心に放射線状のヒビが床に入る。
「……つまらん。所詮はこの程度か」
魔剣は妾の肌を切り裂くことはなく、肩口で止まっていた。
血の一滴も滴る気配はない。
もし、これが〝聖剣〟の一撃だったのなら、数ミリくらいは妾の体が傷ついていたかもしれない。血が滴っていたのかもしれない。
妾はため息をつき、乱れた前髪を左手で掻き上げながら、骸を一瞥する。
「本気は出せたか? 悔いは……無くなることは、ないわね」
「お、おお■■■――」
妾の声は骸には聞こえていないようだった。
茫然自失という様子で、骸はヨロけながら後ずさる。
手放された魔剣は妾の肩口から滑り落ち、カランカランと乾いた音を立てて床に落ちる。
「あーもー! 苛つく! 苛つく! 苛つく!」
妾は声を上げながら、左手で頭を掻きむしる。
神の試練というメンヘラびっくり罠を仕掛けて、妾のお気に入りをぶっ壊していく神々のやることなすこと全てがイラつく。
妾が変に手心を加えずにぶっ殺していれば、此奴もこんなくだらない存在に堕ちずに済んだろうに。
妾のやることなすこと何でいつも裏目に出てしまうのか。
「ふぅ…………もう、いいわよね」
妾の冷たく沈んだ声に部屋の空気が凍る。
内側から溢れ出るドス黒い感情が、黒い稲妻となって周囲の空気を灼いて爆ぜる。
三百年以上も溜め込んだ怨嗟がフツフツと溢れ出てくる。
スッと持ち上げた妾の右手に漆黒がまとわりつき、景色を歪める。
「これで、終いよ」
妾はゆっくりと骸に向かって歩く。
コツ、コツ、コツ――
静かに妾の足音が響く。
水面に墨を流したように、空中に漆黒の尾が残る。
「ち、■■■な! 極光・曼珠沙――」
盾撃で、盾が相手に触れた瞬間に光属性の魔力を爆発させるベネディクト流剣術の切り札。
だが、妾の右手にまとわりつく漆黒は爆発の衝撃を食らい尽くす。
妾は何事もなかったかのように、骸に肉薄する。
「さようなら、勇者ヴァレリウス・ヴォル・ソール。貴殿の強さを求め続ける姿は嫌いではなかったわよ。……来世があるといいわね」
無造作に突き出す右手は、ヌルリと鎧をすり抜け、核に変化した心の臓を握り潰す。
「ア゙ア゙゙ア■■■ア゙ア゙ア■■ア゙ア゙■■■ァァァ――」
骸の絶叫が木霊し、身体はサラサラと塵に変わって消えていく。
愚か者と妾は口の中で呟く。
左手で前髪を掻き上げていると微かな魔力の気配、カエデね。
「お疲れ様です、魔王様」
「……ハァー、めんどい」
「ふふふ、久しぶりです、そのお言葉」
もう随分と使ってなかったのに、癖となっていた独り言を反射的に返してしまう。
横目で確認するとカエデが嬉しそうに声をかけてくる。
ピコピコと耳を動かし、尻尾を左右に振るカエデを横目に見ながら、妾は右手を払う。
妾の右腕を漆黒はおろかオペラグローブのように変化していた闇も虚空に消え去る。
「疲れたし、後始末をして、さっさと帰るわよ」
封印制禦魔法で、妾を妾の内側に封じ込めながら、カエデに私は肩をすくめてみせるのだった。




