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魔王に飽きたので道具屋になって平凡な生活を始めてみました  作者: 橘つかさ
新人教育

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26.魔王

「ああ、そう言えば忘れ物よ」


 私は亜空間収納から朽ちた聖剣を引き抜く。

 拾った時よりも力強い点滅しているのは、契約者が近くにいるからだろう。

 離れ離れになって、浮気もされているのに、契約者を想い続けているなんて健気よね。

 私は聖剣がリッチナイトからよく見えるように顔の高さまで持ち上げる。


「ほら、受け取りなさい」


 聖剣を無造作に私は放り投げる。

 くるくると回りながら、聖剣は光を強めながら弧を描いて、リッチナイトの元に向かっていく。


「■■■! ■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■!」


 リッチナイトは咆哮とともに、魔剣で聖剣を斬る。

 一瞬だけ聖剣が輝いたかと思うと、無数の光の粒となって四散する。

 聖剣が契約者を見捨てて契約を破棄したようね。当然か。


「はぁ……素直に聖剣を受け取れば、まだ見込みがあったのに。聖剣は神々(くそったれども)が創造した神器だけど、神々とは繋がっていない例外的(イレギュラー)な存在だったというのに……」

「■■■■葉■■■■■■か!」


 ヒトの範疇(カテゴリー)に辛うじて押し留めていた楔――聖剣を失ったためか、コチラ側に分類(カテゴライズ)されたみたいね。

 システムがリッチナイトの音声を分析し始める。

 まあ、そんなものが無くとも私には通じていたのだけど。


「〝聖剣〟とは何か? 考えたことはあったかしら?」


 持ち上げていた手をヒラヒラと揺らして下ろしながら、私はリッチナイトに訊ねる。

 返答を待つつもりはなく、私は独り言のように言葉を続ける。


「〝舞台装置〟なのよ、聖剣は。ヒトが魔王を打ち倒せるように、神々が用意したね。普通の発想なら、自分たちに従順で敬虔な使徒に渡すのがリスク管理出来ていると思うわよね? 自分たちに逆らえないようにする安全装置とか組み込むと思うわよね?」


 私は一呼吸しながら、リッチナイトの様子を反応を見る。

 反応する素振りはなく、私は肩に掛かった髪を払いながら言葉を続ける。


「でも、享楽主義で救いようのないバカどもは、自分たちを起因とした受動的な事象の発露を排するべきと考えたのよね。それにより、より偶発的な物語が紡がれると盲信したのよ。そして、自分たちとの繋がりのない偶然を引き起こす舞台装置として〝聖剣〟を登場させたわ」


 聖剣の本質は神の使徒の証しではなく、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ

 観客として、魔王を倒す勇者の物語を楽しみたい神々(くそったれども)が考えついた唯一褒めてやってもよい仕掛け。

 より刺激的(エキサイティング)になるように、ヒトが神の御業の如き奇跡をもって魔王を打ち倒せるように、創り出した存在。

 ヒトで在りながら奇跡の如きチカラで魔王を脅かす勇者が次々と現れ始め、神々は狂喜乱舞した。

 暇つぶしとして最高の演物が出来上がった、と。

 魔王と勇者のパワーバランスを〝魔王システム〟で調整し、延々と終わらない演物を繰り返す。

 そこまでは良かった。

 しかし、神々の誤算はあった。

 何故なら――


聖剣(それ)を使って、神々に反旗を翻した阿呆が出てきたわけよ。神如き力を使えるのだけで、その向け先は魔王だろうと神だろうと制限されていなかったから」


 思わず笑いが込み上げてくる。

 対魔王最終武器みたいな位置付けなのに、創り出した神に対しても特効付いているのよね。

 聖剣を消そうと模索した時期もあるみたいだけど、聖剣を消すと〝魔王システム〟だけでなく、アチコチに不具合が出るみたいで諦めたみたいなのよね。

 まあ、そもそもシステムの核である〝魔王〟が制御できなくなったのが一番の誤算だろうけど。


「さて、この世界で最も勇者に寄り添う存在を斬り捨て、貴様は何をしたいのかしら? その剣は、その技は、魔王に届くと信じているのかしら?」


 薄笑いを浮かべたまま、私は訊ねる。

 ブワッとリッチナイトから放たれる殺気の濃度が増す。

 昔から煽ると直ぐに感情が表に出てしまうのは変わらないのね。

 ヒトから堕ちてヒトを辞めても本質的な部分は変わらないものね。


「遅くなりました、〝魔王様〟」


 音もなく、闇から零れ落ちるようにしてカエデが現れる。

 彼女は片膝をついて私に傅く。


「早かったわね、カエデ。二人は?」

「起きて動き回られると面倒になると考え、すこし離れた部屋に結界を張って、寝かしつけてきました」

重畳(ちょうじょう)だわ、さすがね」

「至極恐悦。魔王様、リッチナイト(そちら)はカエデが始末してもよろしいでしょうか?」


 カエデがリッチナイトを一瞥する。

 私は鼻で笑ってみせる。


「いつものように、今までのように、私の方で相手をするわよ。それに――」


 カラダの奥底から溢れ出してくるドス黒い感情。

 衝動的に全てを破壊し尽くしたくなるような感情。

 バチバチと空気が爆ぜる音に、カエデの獣耳が微かに動く。


「ふふふっ、実はね、私、とてもとても気分が悪いのよね。神々(くそったれども)が関わると碌なことがないわ」


 カラダの内側で迸るドス黒い感情は熱量に変わり、私の内側をジリジリと灼いていく。


「戯れ……所詮は戯れ……クックック……愉快だ、実に愉快だわ!」


 勇者という道化役を神々(くそったれども)に宛がわれ、舞台から転げ落ちたことに気付かず、ただだだ踊り狂う愚か者。


「悔しいわ……悔しいわね。お気に入りのオモチャを勝手に壊されるのは!」


 ――笑う。嗤う。哂う。嘲う。


「〝魔王システム〟を掌握した私の相手を、道化すら演じきれなかった愚か者に務まるはずもないわ!」


 私は両手を広げて遥か虚空を見上げる。


「フハハハハハハハハッ! カエデ、此奴(こやつ)は何者と思うの?」

「……迷宮に魅入られたものでしょうか、〝魔王様〟」

「優しい、優しいの、カエデ。こんな愚か者に情をかけるなんて」


 私は深く息を吐く。


「……違う。違う。違う。此奴は迷宮(ダンジョン)に囚われ、舞台装置として、魂が擦り切れ塵芥となるまで酷使される、哀れなヒトの成れの果てよ。迷宮に侵入する生者を狩るように命令(プログラミング)されたただの骸よ」


 私がリッチナイト――骸を一瞥すると、ピクリと骸は四肢を強張らせる。


「不死者にも関わらず、死への恐怖でも残っていたのかしら? 滑稽ね。だけど、面白い、実に面白いわ」


 私は一歩、骸に近づく。


「う■■お■■■■■■■!」


 骸は絶叫とともに魔剣を振るい、己を拘束していた氷――ハーリアの氷結魔術――を砕く。


「慌ててどうしたのかしら? 練度の足りない魔術だから、もうしばし待てば自然解凍されていたはずよ?」


 私がさらに一歩近づくと、骸は二歩後ずさる。


「フハハハッ、何を怯えているの? 私の見てくれは、しがない辺境の道具屋店長でしょう? 年端もいかない小娘よ?」


 口の端が自然と持ち上がってしまう。

 私が近づくと骸が後ろに下がる。

 ガチャガチャと見てくれの悪い錆まみれの鎧の割には、小気味のよい金属音を部屋に響かせる。


 ケタケタ――


 ああ、自然と笑いが出てきてしまう。

 ああ、なんと愚かな。

 ああ、なんと憐れかな。


 いくら私がチカラを封じ、地に堕ちたと言えど、迷宮に囚われた哀れな憐れなヒトごときに後れを取るなど万が一もないわ。

 神々は、ヒトの心を腐らせる手立てをよく知っている。

 清廉潔白なヒトが信仰の名のもとに大地を血で赤く染め上げる。

 富や名声、財宝の噂に射倖心を刺激され、迷宮に挑む輩どもは恰好の的。

 ヒトが過去の出来事を歴史として記録しているにも関わらず、腐って地に堕ちるヒトがいなくなることはない。


「――まことに不愉快、不愉快だわ。……最後の()向けよ。私が滅ぼし尽くしてあげるわ。カエデ、結界は任せたわよ」

「委細承知いたしました。遺漏無きよう執り行います。お(たわむ)れが過ぎませんように」

「心の端に掛けるように善処はするわ。まあ、度が過ぎていると判断した場合は、私を諌めることを許可するわ」


 カエデは嘆息とともに小さく頷く。

 そして彼女は再び闇に融ける。


「死■! ■ね! ■■平■■■■■死■!」

「……五月蝿い。支度中よ」


 骸の放った斬撃を私は左手で払う。

 ただそれだけで、斬撃は逸れて少し離れた壁を斬り裂くに留まる。

 轟音と土煙を撒き散らすだけの児戯にも満たない骸の攻撃。

 記憶に残る技の冴えと見比べると何とも情けない。

 私は俯き、深呼吸とともに、両手を虚空に掲げる。


『封印制禦魔法エマナティオ――』


 私は両手の五指で虚空を叩く。


『原始の赫耀(かくよう)よ! 逆行して我が枷を砕け!』


 五指のそれぞれが意識を持ったように動き、魔法式を紡いでいく。


『魔法式第十番――

 王国(レグヌム)よ、其の門を今、開け放て!

 魔法式第九番――

 根底(フンダメントゥム)よ、永遠不磨の礎となれ!

 魔法式第八番――

 栄光(グロリア)よ、深淵の叡智を授けよ!』


 不可視の光で三次元に描き出される魔法式。


『第十の封印、解除!

 第九の封印、解除!

 第八の封印、解除!』


 ――パチン、パチン、パチン


 カラダの奥底で何かが弾け飛ぶ音が響く。

 そして、カラダの奥底に押し込められていたチカラの根源が溢れ出していく。

 一瞬収縮した魔法式が弾け、感覚が空間に広がっていく。

 鋳型(カラダ)が内側で暴れるチカラの根源の圧力でジリジリと押し広げられていく。

 私は両手を下ろし、自分のカラダを一瞥する。


「ふむ、餞別に三つほど封を解いてみたが、この程度か。まあ、貴様には十分であろう」


 私の視線は僅かに高くなっている。

 声音に含まれていた幼さは影を潜ませる。

 視界の感覚から左目は真紅のような赤さを取り戻していそうね。

 封印を解いたことで、カラダがそれに合わせて変化したのだろう。

 腰の先まで伸びた髪がチカラの奔流になびいている。


「待たせてしまったわね。()の支度は整ったわ。遠慮せず、悔いの残らぬように、全力でかかってきなさい」


 妾は持ち上げた右手で骸を手招きした。


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