25.墜ちたヒト
「――ッ! クソがッ!」
リッチナイトの盾撃に吹き飛ばされたロッディが悪態をつく。
死角から短剣で一撃を入れようとしたみたいだけど、ロッディの動きはリッチナイトに丸見えだったようね。
辛うじて直撃を免れたものの、着地したロッディの顔には脂汗が噴き出し、脳裏をよぎった〝死〟への恐怖に彼の顔が強張っていた。
「気負いすぎだわ。気配が丸見えよ」
私が呆れているとリッチナイトがロッディとの距離を詰める。
「■■!」
「……させないよ」
ギィィィン! と甲高い金属音が響く。
ロッディを斬り払おうとした魔剣の側面をカエデが手の甲で叩き上げた音だ。
並の技量なら魔剣に触れることはおろか、ロッディもろとも斬り裂かれていたでしょうね。
彼女は、そのまま流れるような動きでロッディを蹴り飛ばす。
「ぐばッ!」
「ぼさっとしない。足を止めない。死にたいの?」
「す、すいません、姉御ッ!」
表情に硬さは残るものの、カエデの一撃で気持ちは何とか踏みとどまったみたいね。
ロッディは先ほどより半歩ほど、リッチナイトとの距離を広げる。
リッチナイトの魔剣の間合いを考慮したようね。防御重視でも攻撃するチャンスは逃さないって意思を感じる。
「さて、どーしようかな。店長のオーダー、プチむずい」
小さく頬を膨らませるカエデ。
リッチナイトと二人――ロッディとハーリアの実力差は明らか。でも、二人とっては絶好の経験する場面だ。
カエデだけ目立った活躍をしては二人のためにならず、どれくらい手を抜いて攻撃すべきか悩んでいるようだった。
それを弱気と捉えたのか、リッチナイトは攻撃対象をロッディからカエデに切り替える。
……さっきの一合で実力差を分からないなんて愚か者ね。
私が肩をすくめていると、すぐそばで魔力の流れ――魔術発動直前の気配があった。
視線だけ向けるとハーリアが短い杖をリッチナイトに向けていた。
「《ファイアボルト》!」
「■■■■■!」
振り向きざまにリッチナイトの魔剣が火の弾を斬り裂く。
飛散する火の粉を睨みつけながら、ハーリアが大きく息を吸い込む。
「《ファイアボルト》! 《ファイアボルト》!」
リッチナイトの隙をついて、ハーリアが初級攻撃魔術を連発する。
彼女がすぐに魔術を連続発動したことに、私は少し驚いてしまう。
酸欠――酸素欠乏症と魔力欠乏症は、症状としてとても近い。
でも、酸欠のように安静にして呼吸を繰り返せば簡単に回復するものではない。
魔力を自己生成するにせよ、周囲から取り込むにせよ、魔力の回復は即効性がなく、苦しい時間が続くため気力を消耗する。
魔力回復ポーションなどで外部から魔力を回復する手段もあるが、異物を取り込むため多かれ少なかれ嫌悪感を覚える魔術士も少なくない。
そのため、魔力欠乏症を経験した魔術士が、短期間で魔力を大量消費することに抵抗を覚える魔術士は多い。
ヒトの魔術士連中は、勇者だの大魔導士だの崇め奉れる存在でも、魔力欠乏症からは逃れられない。常に頭の片隅でめんどくさい魔力運用を考えながら魔術を行使している。
私がヒトなら気が狂っているかもしれない。
「まだまだよ! 《ファイアボルト》! 《ファイア――」
魔術回復を促進させる錠剤を服用させたとはいえ、ハーリアに魔力の余裕はないはず。
だけど、彼女は顔を青ざめさせながらも、リッチナイトを睨みつけながら初級攻撃魔術を連発する。
ひとつ、ふたつ、みっつ――
ハーリアの方を向き、連続で撃ち込まれる火弾をリッチナイトは魔剣で斬り払っていく。
「堕ちてしまったのに、剣筋は実に素直ね」
それ相応の鍛錬を行なって身につけたものだと見てとれる。
膝の柔らかなバネを使い、最小限の足運びで重心移動を行い、剣に体重を乗せる。
大きな移動を行わず、迎撃に特化した剣術。
この辺り――大陸では廃れていると冒険者に聞いた一派の動きだと私は察する。
「ベネディクト流剣術……ね」
私は小さく呟く。
ゆっくりと記憶の底から気泡のように浮かび上がってくる動きとリッチナイトの動きが徐々に重なっていく。
魔王が消えたことで防衛戦や迎撃戦が減り、かわりに迷宮探索で機動力が求められて、動きのある流派に主流がシフトしていったようだ。
今では僅かな使い手が失伝しないように伝承するだけの絶滅危惧種のような剣術。
私が魔王をやってたときは、後の先に活路を見出す勇者も多くて、割と目につくメジャーな剣術だったけど……栄枯盛衰ってやつかしらね。
私の中の記録に残る勇者たちの情報からリッチナイトの動きに類似する情報を抽出していく。棚卸作業に似た退屈な作業。願うなら私の中の記録にない情報であって欲しい。
「……店員」
私の小さな呟きにカエデは小さく頷く。
「ハーリア、交代です」
「は、はひぃ……」
カエデの言葉に、ハーリアは膝から崩れ落ちる。
無呼吸で長距離ダッシュしていたようなものだから、大した根性よ。
最初のヘッポコ具合からは想像できないほどの成長だわ。
「ロッディは隙があれば狙えるように準備を」
「うす! 姉御ッ!」
ロッディが返事すると同時にカエデが床を蹴る。
「疾ぃ!」
「■■■■!」
リッチナイトの顔面の急所、印堂――眉間を狙ったカエデの手刀とリッチナイトの魔剣がぶつかり、甲高い金属音が響く。
横にそらされた手刀を素早く引き戻しながら、カエデが繰り出した膝蹴りは盾に阻まれ轟音を立てる。
B級冒険者程度に実力を抑えたカエデの攻撃。それでも並の敵なら即終わっていたはず。
「想定よりも動けるね。なら――」
カエデが半歩ほど下がる。
リッチナイトが一瞬判断に迷う。
次の瞬間、ハイガード――水平に立てた腕を前方に構えて――でカエデがリッチナイトに突っ込む。
「てりゃてりゃてりゃてりゃ――」
無数の拳が壁となってリッチナイトを押し潰そうとする。
「■■! ■■! ■■!」
リッチナイトが吼える。
更に拳の暴風に向かって一歩踏み込む。
盾を前にしたオーソドックスな構え。
しかし――
「な、なんだよ、それは……」
ロッディが驚愕している。
無理もない。
リッチナイトは、盾でカエデの拳を受けるのではなく、巧みに使って捌いていく。
盾でカエデの拳を受け流し、防ぎ、自分の前方に風のない穏やかな海原のような凪の空間を築いていく。
「……予想がハズレて欲しかったわね」
ヂリヂリとしたものが私のカラダの奥の方に生まれる。
いや、違う。それは昔から存在するものだ。
それを誤魔化すように、私はゆっくりと深呼吸をする。
「■■■! ■■■■■!」
リッチナイトの咆哮と同時にカエデの両腕が盾撃で跳ね上げられる。
無防備となったカエデの姿。
リッチナイトの瞳が赤々と輝き、魔剣が神速の突きを繰り出す。
カエデの心の臓を確実に突き刺すタイミング。
勝利を確信してか、それとも魔剣から伝わる肉を裂く感触を思い出してか、リッチナイトは愉悦から口を開いて哄笑する。
「姉御を殺らせっかよッ! ぐはッ!」
ロッディが体当たりを仕掛けるが盾撃で吹き飛ばされる。
リッチナイトが体勢を崩すことなく、魔剣は容赦なくカエデを貫く。
「ハァ、まずは自分の心配を先にするべきと、カエデは思うのですよ」
「――! ■■……■■!」
リッチナイトが動揺する。
魔剣が貫いたカエデの姿にノイズが走ったかと思うと掻き消えてしまう。
「へっ? カエデさんが消え……」
「残像ってやつよ。ハーリア、慌てずにきちんと周囲を確認しなさいよ」
私は慌てるハーリアに、少し離れた位置を指さしてみせる。
そこにカエデの姿があった。
さらに吹き飛ばされて目を回しているロッディを小脇に抱えて回収しているのは、さすがシゴデキだわね。
「んー、普通なら主力脱落でピンチね。……めんどいシチュね」
「はわわわっ! で、でも、リーゼさんは、アタシが守るから……」
ふらつく体を引きずるようにして、ハーリアが私の前に立つ。
「無茶するところじゃないわよ。私は大丈夫だから自分の身を守――」
「た、倒せなくても、時間稼ぎくらいなら、アタシでも!」
ハーリアが真っ青な顔で、目が眩むほどの強い意志の光を宿した瞳で、リッチナイトを睨む。
そのヒトがヒトたらしめる美しい姿。
私は思わず目を奪われてしまう。
魔王という空虚で虚しい時間に彩りを与える瞬間。
これがあるからこそ〝魔王〟は〝勇者〟に敗北してしまう。
ハーリアは両手をリッチナイトに翳しながら叫ぶ。
「――凍てつく氷の牙よ! 我が怨敵に喰らいつけ! 《フロストバイト》!」
今の彼女の実力では扱えない上級魔術。
迸る魔力が空間に広がり、リッチナイトを中心に絶対零度の顎を形成する。
ハーリアが両手を握ると、氷結の意志を具現化した牙がリッチナイトに噛み付く。
「■■■……」
足元から凍りついていく事象には目もくれず、リッチナイトはハーリアに向かって何かを発する。その声音には驚きが混じっている。
当然だ。
初心者同然の魔術士が、扱えるはずのない魔術を発動させたのだから。
本来の威力には程遠いけど、賞賛に値することにはかわりない。
私は魔術が発動した瞬間、パキンと澄んだ小さな懐かしい音を感じ取っていた。
稀に遭遇するヒトが限界の殻を破った瞬間に感じる魂の音だ。
私の前でこの音色を響かせ、〝勇者〟となった冒険者は何人くらいいたかしら。
ちなみにロッディの先祖であるサカラ・ヴァルは勇者ではないし、カエデにシバかれて音を響かせたこともない。
途方もない訓練だけで魂を磨き上げただけの狂人だ。
ハーリア放った魔術によって、リッチナイト足元から腰のあたりまでを水晶のように透き通った氷に覆い尽くされていた。
「……守って、みせる……んだ……」
「はいはい。お疲れ様。まったく頑張りすぎよ」
私は思わず頬を綻ばせながら、床に崩れ落ちるハーリアの体を受け止める。
魔力が枯渇し、これ以上の魔力消費を避けるために、本能が意識を昏睡状態にシフトさせたみたいね。
腕だけでなく体全身にのしかかってくるハーリアの重量に、私は足元が覚束なくなってしまう。
「今の私の体だと、いくら女の子とはいえど、重さに難儀するわね……」
亜空間収納から護符――重力制御を行う使い捨ての魔導具――を取り出し、ハーリアのオデコに貼り付ける。
パチンと指を鳴らすと、護符に描かれた幾何学模様が仄かに光り、ハーリアの体が軽くなる。
「これでなんとかなるわね。……カエデ」
人差し指だけで持ち上げたハーリアの体を、私はふわりと上に放り投げる。
あとはカエデがロッディと一緒にハーリアを安全なところに運んでくれるはず。
私は放り投げたハーリア軌道はおろかカエデの動きも確認せずに、リッチナイトに視線を向ける。
ふぅ、と私は小さなため息をつく。
「……愚かなことをしたものね」
ただただ淡々と私は呟く。
ピクリとリッチナイトの肩が動いた気がした。
コツ、コツ、コツ――
私は足音を響かせながら、ゆっくりとリッチナイトに歩み寄る。
「なんだったかしらね。貴様が魔王に語ったことは」
「…………」
「世界を滅ぼす魔王を倒す。そして、こんなふざけた世界を創った神々も斬り捨てる、だったかしら」
リッチナイトは身動ぎせず、赤い瞳で私を見据えている。
「先ほど、カエデの攻撃を捌ききって反撃したのは見事だったわ。でもね、アレくらいならあと三回くらい魔王に挑んで半殺しにされれば出来るようになっていたはずよ。いや、さっきの不細工で見窄らしい技と比べてはカエデの沽券に関わるわね。ヒトを辞めたことで手に入れた体力で、なんとか捌いただけだもの。真っ当に技を磨いていたのなら、カエデに一撃当てていたはずよ」
リッチナイトとの距離は五メートルほどになっていた。
朽ち果てた肉体から当時の面影を察することは出来ないけれど、濁った魂の色に僅かに残る懐かしい色が視える。
「本当に愚か。〝神の試練〟なんて神々の戯言に騙されるなんて」
あと少しで、あと少しで、唯一無二の絶技に到達するところだったのに。
対峙する度に成長している姿を眺めるのは、数少ない私の楽しみだったというのに。
―― ああ、憎い。
カラダの奥底から溢れ出た言葉が大気を震わせた。




