24.再戦準備
「なんか、つまんないわね……」
階層探査の結果に思わず私は呟いてしまう。
迷宮主が襲撃してくると期待していたのだけど、一番奥の部屋に移動してから動きがない。
属性回帰は状態異常とかのデバフを回復して暴走状態に変わるんだけど、それで〝彷徨う者〟状態が解除されちゃったみたい。
本来は迷宮主としてあり得ない挙動だから、広義で〝彷徨う者〟は状態異常と言えなくもないけど……。
「納得できるか! これだから神々の仕様はクソなのよ!」
「っ! り、リーゼさん、いきなりどうしたんですか! まさか迷宮主の怖さで気が触れて……」
「ハーリア、それは店長の持病の癪みたいなものです。気にせず生暖かい目で見守ってあげてください。あと、店長はお店の外では奇行や奇声は控えてください」
いつもの無表情でフォローにならないフォローを入れてくるカエデ。
私はため息をつきながら、コンパスを取り出す。
コンパスは、この階層の一番奥の部屋――迷宮主であるリッチナイトが待ち構えている方角を指し示す。
「二人とも、コンパスを見なさい。一番奥の部屋がある方向を指しているわ。つまり私たちを追いかけずに部屋に引きこもったわ。追ってくると思ってワクワ――ドキドキしていたのに水を差された気分よ」
「ボス部屋に戻ったのなら、階段で上の階層に逃げられるんじゃ……」
「それならギルドに報告して、腕利きの冒険者を引き連れてくれば……」
ハーリアとロッディが顔を見合わせて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
残念だけど、魔力の流れがこの階層で滞留しているから、階段は封鎖されたままなのよね。
「二人とも、ギルドで教わったでしょう。〝ボス部屋の鍵はは突入したパーティがボスを倒すか全滅する以外に解錠されない〟と。特殊な造りですけど、この階層は全てがボス部屋です。逃げ出すことは出来ません」
淡々とカエデが二人に死の宣告をする。
一瞬で二人の顔が引き攣る。
コロコロと変化する表情は眺めていて中々楽しいわね。
昔、私の前に自信満々で現れた勇者とかが、私と自分の実力差に気づいて絶望する様を眺めていた頃を少し思い出してしまうわ。
「ま、迷宮から出ることは出来ないけど、時間に猶予が出来たことは良いことだわ。店員、今後の方針を決めちゃって」
「えー、ここは店長の出番では? 依頼の発注元ですし」
「あとは迷宮主を倒すだけでしょ。私は三人と一緒になって戦えないから。あ、道具使ってサポートくらいはしてあげるわよ」
下手に刺激を与えると、私の存在を〝魔王システム〟が捕捉する可能性があるから、リスクがあるのよね。
私は目ヂカラを込めて、カエデを見る。
少し不満そうな顔をしながら、カエデは二人に向き合う。
「カエデは店長の威風堂々とした姿を拝見したかったのですが、致し方なしです。まずは二人で迷宮主に攻撃を仕掛けてもらいます」
「あ、姉御、オレらに死ねと?」
「死にたいのであれば、カエデは止めませんよ。ハーリアはどうします?」
「あ、アタシは死にたくないです!」
「あ、ハーリアずるいぞッ! 姉御、オレも死にたくないですッ!」
慌てて声を上げるロッディ。
カエデが愉しそうに口の端を持ち上げる。
「予想される迷宮主の属性は聖もしくは光です。それ以外の属性で攻撃します。ただし、邪や闇の属性は禁止です。罠が発動する可能性がありますから」
「オレは……属性攻撃とか器用なこと出来ねぇです、姉御」
「アタシはファイアボルトとファイアジャベリンで頑張ります……」
迷宮主が元勇者だったとして、確定で持っている属性は聖と光。
勇者に認定された時点で付与されるから、元々別の属性も持っている可能性があったりするのよね。
さぁて、どうするべきかしら。
少し悩んで、私はリュック――と見せかけた亜空間収納――から、変哲もない短剣を探し出す。
そして、即席で付呪を施す。
反属性と鋭利化。
鋭利化はオマケ程度だけど、反属性は属性持ちには一定効果があるから、多少は火力アップするはず。
即席だから、一日もたずに短剣ごと消滅しちゃうから、〝魔王システム〟から捕捉もされないはず。
「ロッディ、これを貸してあげるわ。短剣自体は変哲もないけど、迷宮主に有効そうな付呪が付いてるから」
「マジかよッ! これでオレも会心の一撃で、迷宮主を仕留められるようになるんじゃね」
「……店長、不用意なものを出すのは感心しませんが」
喜ぶロッディを尻目に、カエデが冷めた目で私を見る。
私が即席で付呪したのがバレてるわね。さすがカエデ。
私が事前に出来るのはこれくらいかしらね。
あとは元勇者の性能が不確定要素として気になるわね。
*****
「さて、二人とも心の準備は出来ていますか?」
カエデが淡々とした声音でロッディとハーリアに訊ねる。
二人は神妙な面持ちで頷く。
確定で格上に戦闘を仕掛けるわけだから、二人から緊張感が伝わってくる。
冒険者ギルドの等級で、今の迷宮主はA+くらいはあるはず。
F級冒険者の二人が普通に冒険していれば、まずお目にかかることはないのはたしかね。
「店長、ご準備は?」
「私? セリアから貰った魔導具――簡易結界展開器と、嫌がらせ程度の消耗品と、各種回復アイテムあたりは、すぐ使えるように整理できているわよ」
腰のホルスターにセットした回復ポーション類をカエデに見せつける。
自慢げな私の様子に、カエデが面倒そうに柳眉を少し眉間に寄せる。
確認してその態度は少しひどくない?
「ハーリア、開幕直後の一発は任せます。全力全開の一撃をぶっ放しなさい」
「は、はい!」
「ロッディは、距離を保って迷宮主の動きや属性などの見極めを行うように。ただし、いけると思ったら躊躇なく行きなさい」
「合点だ、姉御!」
気力十分とまではいかないけど、気持で初めから負けてる状況は回避したみたいね。
さすがにビックリ仰天大逆転は望み薄だけど、大健闘くらいはしてくれるはず。
「ていっ」
カエデが軽い掛け声とともに、右手で掌底を扉に叩き込む。
轟音を響かせながら扉は勢いよく開く。
まあ、奇襲とか考えてなかったからいいけど、わざわざ大きな音を立てて扉を開ける必要ある?
「景気づけです」
カエデが左手でサムズアップを私に送ってくる。
ツッコまれる前提でやったわね、カエデ。
部屋に駆け込んでいく三人に続いて、私はため息をつきながら、トテトテと部屋に駆け込む。
あまり間を開けると扉が閉まって分断される可能性があるから、迷宮主からターゲットをもらわない様に、三人の陰に隠れる位置取りは忘れない。
天井を含めて一辺が百メートル程の正方形の部屋。
壁全体が柔らかな光を帯び、部屋の中を昼間のように照らしている。
その部屋の中央に、剣先を床に、柄頭に両手をそえた姿勢で佇む騎士――迷宮主リッチナイトの姿があった。
約五十メートルの距離。
カエデなら一瞬で詰めることが出来る距離だが、冒険者としての彼女では、二、三秒は必要な距離。
リッチナイトから一方的に迎撃される危険に晒されている。
私は亜空間収納から何かお助けグッズを取り出すべきか少し思案する。
「先手必勝のォォォ《ファイアジャベリン》!」
走りながらハーリアが攻撃魔術を発動する。
全身のバネを使い、転びそうになりながら、部屋の中央――リッチナイトに攻撃魔術を撃ち込む。
通常――攻城魔術や戦術魔術ではない――攻撃魔術の射程は、並の魔術士で二十メートル前後。
それ以上は威力減衰が激しくて、まともなダメージソースにならない。
ハーリアと迷宮主の距離は約四十メートル。
しかし――
「……なかなかやるじゃない」
私は思わず呟いてしまう。
ハーリアの放った火の槍はジャイロ回転をしながら鋭さを増し、十分な威力を保ったままリッチナイトに迫る。
「■■■■■!」
リッチナイトが雄叫びと共に、漆黒の魔剣で火の槍を斬る。
ガラスを引っ掻くような甲高い音が響き、周囲に火の塊が四散する。
「ハーリア! ぶっ放しつづけろッ! オレか姉御が迷宮主に手が出せる距離になるまでッ!」
「《ファイアジャベリン》! 《ファイアジャベリン》!」
ロッディの声に即座に応えるハーリア。
魔力の練りは最初の一撃には及ばないものの、リッチナイトの注意を引き付けるには十分。
リッチナイトは、ハーリアが続けて放った二つの火の槍を魔剣で斬り払う。
舞い散る火の粉。
カエデとロッディがリッチナイトへ攻撃可能な距離に到達する。
「よい仕事です、ハーリア」
「あ、ありがとうござい……」
カエデの言葉に応じようとした瞬間、ハーリアの体がグラッと傾く。
「っと、少し無茶した反動ね。酸欠のようなものだから、深呼吸して気をしっかり持ちなさい」
私は、ハーリアを後ろから抱きしめるようにして、彼女が倒れ込むのを助けて声を掛ける。
ヒューヒューと喘息のような呼吸音を響かせるハーリアの顔を覗き込むと、真っ青になっていた。
急激な魔力の消費と極度の緊張のせいね。
私は白い固形物――錠菓を一つ取り出すと、ハーリアの口に放り込み、手で口を塞ぐ。
一瞬、驚きでハーリアの体が硬直するが、口の中ですぐ溶けた錠菓の甘味に口元が弛む。
私はそれを確認してから、彼女の口元から手を離し、もう一つ錠菓を口に放り込む。
「――っ! り、リーゼさん! これはっ!」
「回復アイテムの一種よ。詳しい説明とかは迷宮主を倒してからね。一時的に魔力回復量の増加とリラックス効果があるわ。まだキツいと思うけど、距離を詰めるわよ」
「は、はい!」
少しよろけるハーリアと並んで、私は迷宮主に近づいた。
距離は十五メートル。
火力にならないサポート役としては、これくらいの距離で観戦するのがベストだわ。
私は、本格的に交戦開始する三人をひとまず見守ることにするのだった。




