23.最下層
「んー、迷宮主が〝彷徨う者〟に変異していると、階層の作りが単純化してしまうわね」
階層探査で知覚したフロアマップは実にシンプル。
階段部屋から最奥――踏破報酬部屋までは一直線。
ただし、途中でぐるりと階層を一周するような通路があるわね。
その先の隠し部屋が安全地帯かしらね。
神々が好きそうな階層の造りだわ。
「隠し部屋まで移動するのは少し面倒ね。私とカエデだけなら、このまま迷宮主を始末するんだけど……」
迷宮主と対峙するには、準備の足りてないロッディとハーリアを見る。
二人の将来性を考えれば、圧倒的な実力差がある戦闘を経験させてあげたい気持ちがあるのよね。
「カエデ、まずは退路確保!」
「承知しました」
フゥーとカエデが息吹く。
彼女の耳や尻尾の毛が総毛立ち、パチパチと余剰魔力が空気を弾く。
「■■■■■■!」
脅威を感じ取ったリッチナイトが、漆黒の魔剣をカエデに向かって振り下ろす。
迫る瘴気の刃に、彼女はチロリと口の端を舐める。
「児戯は通じません」
カエデは左拳で瘴気の刃を殴る。
金属が擦れるような異音に、ガラスが割れるような音が響く。
うん、何の工夫もない攻撃がカエデに通用するわけない。
滑るような動きでリッチナイトに肉薄したカエデは、重心を落としながら震脚とともに掌底を繰り出す。
――ドゴンッ!
肉体だけで出せるとは思えない打撃音と衝撃が空間に広がる。
数メートル吹き飛ばされるリッチナイト。
「咄嗟に盾で防御して大幅にダメージカットするなんて中々ね」
リッチナイトの構えた盾からは陽炎が立つ。
それだけで、カエデの一撃の凄まじさが垣間見える。
本気なら盾は粉砕できたんじゃないかしらね。
「ほら、二人とも隙を作るために少しは頑張りなさい」
「無茶言うなッ! 実力差がありすぎるだろッ!」
「無理です無理ですよー! さっきのカエデさんの一撃をほぼノーダメとか化け物すぎますよー!」
カエデの凄さより、迷宮主の凄さの方に意識が行ってしまった二人は弱音を吐く。
この辺のヒトの精神状態が振り分けられる論理が今ひとつ私は理解できないのよね。
「はいはい、泣き言NGよ。ロッディ、蓄光硝子玉よ。いい感じで狙いなさい。ハーリアはアンデッドに効果ありそうな魔術でもぶっ放しなさい」
「人にばっか言いやがってッ! テメーはどーすんだよッ!」
ロッディが私の指示に噛み付く。
あ、ちなみに隷属の首輪の効果は戦闘中などは一時的にオフにしているので、ロッディが罰で悶えることはない。
私は「ふふん」と鼻を鳴らしてみせる。
「私は依頼主で護衛対象よ。守られることが一番のお仕事なのよ」
私の回答に、一瞬固まる二人。
「ず、ずるいっ! リーゼさん、卑怯っ!」
「依頼主だろうと戦えよッ!」
「ふふふっ、そんなことを言っていいの? ギルドに依頼完遂報告で、マイナス点を付けるわよ。報酬額が減額になるわよ」
再度、固まる二人。
そして、一瞬見つめ合う。
「くそったれがッ! もうオメーからの依頼は二度と受けねぇッ!」
「ひどい! ひどすぎますよ、リーゼさん!」
「大人はね、ずるいのよ」
二人が「ガキだろ」とか「アタシたちより幼い」とか抗議してきたけど、私はあえて無視する。
ちょっと強引なやり方だったけど、二人の萎えた気力は回復したわね。
さて、私は見守るだけで済むかしらね。
セリアから貰った魔導具――使い捨ての簡易防御障壁発生具――を取り出しながら、三人の様子を伺う。
「姉御ッ! 援護するぜッ!」
カエデの陰から、うまく投石器で蓄光硝子玉をリッチナイトに撃ち込む。
パリン! パリン! パリン!
リッチナイトが蓄光硝子玉を剣で打ち落とすが、内包していた陽光がリッチナイトの視界を奪う。
「えーっと、聖なる光よ《セイクリッドボルト》!」
リッチナイトの動きが止まった隙を狙い、ハーリアが聖属性の初級攻撃魔術を放つ。
ヒトならば、安心感を与えてくる暖かな光。それが弾となってリッチナイトに向かって飛翔する。
「あ、しまった!」
私は思わず叫んだ。
ハーリアの初級攻撃魔術がリッチナイトに当たって弾けた。
次の瞬間、リッチナイトの瞳が紅く燃え上がり、鬨の声を上げる。
「■■■■■■■! ■■■■■■■!」
ビリビリと大気が震える。
属性変化、いや属性回帰の方が正しいのかしらね。
神々が好きな仕掛けの一つ。
弱点属性が起因として、弱点属性を切り替える。ついでに全ステータスを強化してくる。
クソ仕様だわ。さすが神々の因子。隠す気のない殺意を神の試練で隠せると思っているのがチャンチャラおかしいわ。
「っと、いくらでも出てくる愚痴に時間を使う時間はないわね。少し私も動くしかないようだし、少し勿体ないけど、仕方ないわね!」
セリアから貰っていた魔導具――簡易結界展開器――を二つ、リッチナイトの足元に放り投げる。
起動条件を口にすると、二重結界がリッチナイトを包み込む。
「な、何やってんだよッ!」
「り、リーゼさん! 迷宮主を守るなんて……」
「あの魔導具は、結界強度はそこそこあるんだけど、座標固定だから移動が出来なくなるのよ。つまり足止めよ。さあ、逃げるわよ」
驚愕していた二人に軽く説明して私は駆け出す。
二人はまだ状況整理が出来ずに固まっている。
「二人ともついてきなさい! 店長、失礼します」
駆け寄ってきたカエデが、スムーズな動きで私を抱き上げる。
そして、そのまま部屋の外――通路へ向かう。
「ま、待ってください、姉御ッ!」
「お、置いて行かないでくださいー!」
ようやく走り出す二人。
リッチナイトを包む結界は、まだ大丈夫だけど、一つ目には薄っすらとヒビが入っているのが見えた。
あと何秒、結界が持つかしら。
チラリとカエデに視線を送る。彼女は二人の死角にうまく移動すると、リッチナイトに右手を伸ばして、ギュッと手を握る。
次の瞬間、漆黒の炎がリッチナイトを包み込む。
ヒトにあまり見せるものじゃないけど、私たちが隠し部屋に駆け込むまでの時間稼ぎ。
私が小さくサムズアップをすると、カエデは嬉しそうに頬を綻ばせると、ぐんと加速する。
置いていかれる二人の泣きそうな声が聞こえてきて、私は少し申し訳なくなった。
*****
「はぁ、はぁ、はぁ……。し、死んじゃうかと……思いました……」
「お、オレも玉砕アタックで、人生が終わると……思ったぜッ……」
隠し部屋――安全地帯に駆け込むやいなや二人は床にへたり込む。
洞窟に比べれば綺麗とはいえ、汗だくで土埃が顔中、いや体中について真っ黒になる二人。
冒険者は、潔癖症では近づけないような場所を探索するから、汚れることに躊躇がないのは良いことだけど、清潔はQOLが爆上がりすると思うのよね。
私はリュックから、碧色のハンドベルを取り出す。
装飾のない何の変哲もないハンドベル。
だけど、洗浄魔術を発動することの出来る中々の一品なのよ。
私は薄汚れた二人を見据えながら、ハンドベルを無造作に鳴らす。
――からん、からん、からん
軽やかなハンドベルの音が隠し部屋に響く。
すると淡い燐光が二人の周囲を舞う。
それは、爽やかな風と澄み切った水に変わり、二人を包み込む。
二人が何か叫んでいるが、私は気にせずにハンドベルを鳴らし続ける。
「店長、説明なしで洗浄魔術を発動する魔導具を使うのは、拷問では?」
「冒険者なんだから、洗浄用魔導具くらい知ってるんじゃないの?」
「長期的に街を離れるような冒険者であれば知っているでしょうけど、街からあまり離れずに活動するF級冒険者には無用の長物ですから、知らないと思いますよ」
「あー、そうなんだ……」
私がハンドベルを止めると、ピタリと洗浄魔術で創り出された風と水は消え去る。
そして、息を止めて顔を真っ赤にして藻掻いていた二人の姿が露わになる。
「オレを始末するつもりか、依頼主ッ!」
「リーゼさん、アタシが足手まといなら、いっそ一思いに殺してください!」
抗議してくる二人の顔や髪はお風呂上がりのように綺麗になっている。
そればかりか身につけた装備も新古品のように綺麗になっている。
うん、やっぱりこの魔導具は良い品だわ。
「洗浄魔術で綺麗にしてあげただけよ。始末するつもりなら、迷宮主から逃げた時に時間稼ぎとして置いてきてるわよ」
「店長、この二人で時間稼ぎは些か厳しいかと。見捨てて遺留品回収の報奨金をギルドから受け取るぐらいですかね、メリットがあるのは」
カエデの冷静なツッコミに二人はピタリと動きを止める。
訴えるような目でカエデを見つめる二人。
カエデの冗談は冗談に聞こえないことが多々あるから仕方ない。
私は二人が大人しくなったのをいいことに、リュックから体力回復ポーションを取り出して配る。ハーリアには魔力回復ポーションをオマケする。
「見捨てるつもりなら、最下層まで連れてきてないわよ。さっさとポーション飲んで回復しなさい。この部屋は安全地帯みたいだけど、いつまで機能するか分からないから」
神々は、安全地帯が時間制限付きとか迷宮主には無効とかクソ仕様にすることがあるから、とは付け加えないでおく。
カエデは私が何を言いたかったのか察したのか「ウンウン」と頷いていた。
さて、一息ついたら方針を決めないといけないわね。
暴走状態に切り替わったリッチナイトは、どんな状態になっているのかしらね。
私は静かに息を吐きながら、感覚を周囲に拡張していくのだった。




