22.聖剣
「――癒しの光よ、《ライトヒール》」
背後から聴こえてくるハーリアの声。
肩越しに確認すると、彼女の両手から溢れ出す光がロッディの左腕の傷を包み込んでいた。
うん、予想通りに初級回復魔術に成功したみたいね。
私は小躍りするハーリアと驚愕するロッディの気配を背中に受けながら、拾い上げた物を確認する。
それはボロボロの剣。
剣身は朽ち果て、ガードは折れたのか半分ない。柄の部分は劣化が激しくて振り回せば砕けてしまいそう。
「……店長、それは、まさか」
「そのまさかよ。〝聖剣〟よ。この状態でも神気を放っているのは驚きだわ」
いつの間にか近づいてきたカエデに、私はその聖剣の成れの果てを見せてやる。
彼女はおずおずと人差し指で触れる。
パチッと小さな音が聞こえた気がした。
聖剣がカエデを拒んだみたいね。
「この聖剣は、まだ死んでないようですが……」
「そうみたいなのよね。厄介なことに」
持ち主――勇者を失った聖剣は消滅する。
ただし、膨大な神気を蓄えた聖剣が、勇者を失ったあとも存在し続けた事例は割とある。
神気が飽和した空間とか、たまたま拾ったヒトと波長があって神気の流出が最小限になったとか、理由は様々。
この場所――即席迷宮は、それらが当てはまらない。
神々の貯蔵庫が神気に満たされていたのなら、勇者を失った聖剣が長時間存在できるかもしれない。
でも、それなら混線しているこの迷宮はもっと神気を放っているはず。
神々の貯蔵庫にあった素材が全て神気を帯びているはずだから。
「店長、ここの迷宮主は……」
「十中八九、勇者。いや元勇者かしらね。〝神の試練〟の犠牲になったんでしょうね」
敬虔な信者であろうと、わざと欲に溺れさせて罪を与えることが大好きな連中だ。
魔王を圧倒するチカラを得ることが出来るとか勇者を唆したんでしょうね。
あ、これだと私が原因の一端を担ってしまう。私、最強だったから。
「あーもー、ヒキが悪いわ。……いや、見方を変えると良いのかしら。神々の貯蔵庫から無断で上等な素材を引き出したわけだから」
私の予想通りなら、この迷宮に元勇者が組み込まれている。当然、自我とかない状態で。
私はため息をついて、気持ちを切り替える。
「カエデ、二人の気を引き締め直しておきなさい。少しでもヤバいと感じたら二人を守るように」
「御意」
頭を垂れたカエデは、すぐに浮かれる二人の気合を入れ直しに向かった。
私はしばらくボロボロの聖剣が記憶している聖剣と一致するものがないか確認することにした。
だいぶ変質しているので、可能性は薄いけどね。
*****
「この先は、最下層です。二人とも準備は良いですか?」
「はい! でも、なんでカエデさんは、次が最下層って分かったんですか?」
「……B級冒険者の勘で――」
「店員、テキトーなことを言うんじゃないわよ」
普通と違うから迷宮の階層とか感覚レベルで分かるけどさ、普通のことを教えておくべきでしょ、新人には。
私はリュックから、丸い手のひらサイズのガラス玉を取り出す。ガラス玉の中には方位磁石の針のような物が浮いている。
「魔力流コンパスよ。迷宮内部の魔力の流れを視覚化してくれるわ。今、針が殆ど水平に近いでしょう。魔力源が近いことを表しているわ。魔力源が深い階層だと、針が垂直に近くなり、逆に魔力源の階層に近いほど水平になるわ」
私の手のひらに乗ったコンパスをマジマジと眺める二人。
「割と高価な魔導具だから、購入を躊躇する冒険者も多いけど、迷宮探索をメインにするなら、買って損はない道具よ」
「依頼主、魔力流コンパスは、この場で買えるのか? ローンとか組めるか?」
「ろ、ロッディ! 今のアタシたちにそんな余裕は微塵もないから! まずは生活費の確保が優先だから!」
魔力流コンパスに手を伸ばしたロッディの手を、ハーリアが即座に叩く。
間髪入れずに、カエデが茶々を入れる。
「コンパスは値段の割に壊れやすく、強い魔物が徘徊する迷宮は指針が狂いやすいので、敬遠する冒険者も少なくないです。迷宮の等級と迷宮内部の変化でアタリを付ける冒険者は多いですよ」
「ほ、ホントですか? 迷宮探索の必須アイテムじゃないんですか?」
「はい。経験を積むほど精度が上がってコンパス不要になりますよ」
「……店員、営業妨害よ。次の査定にキッチリ反映させておくわ」
「――! そ、そんなご無体な。カエデは一般冒険者の声を代弁しただけです」
「それはそれ、これはこれよ」
膝から崩れ落ちるカエデは放置して、私は本題に入る。
「迷宮の最下層、迷宮の魔力源。つまり次の階層には迷宮主がいるわよ。覚悟は出来ているかしら? 途中の階層主より強力なヤツがいるはずよ」
「覚悟は出来て……いるに……」
「ロッディ……」
不安そうな顔で顔を見合わせる二人。
予想される迷宮主の危険度はB+以上。元勇者がベースとなっていることを踏まえると、A+でもおかしくない。
F級冒険者には明らかに荷が重すぎる。開戦直後に全滅というのも全然あり得る話だ。
引き返したい、と言い出しても不思議ではない。
「お、お二人は怖くないんですか? 未調査迷宮の迷宮主なんて、何が起きるか分からないじゃないですか」
「怖い? 私が? あー」
思わず何も考えずに反応してしまった。
封印で弱化しているとはいえ、迷宮主に成り下がった元勇者を脅威に感じるほど落ちぶれてはいない。
だけど、二人にそう伝えるわけにもいかない。
私はチラリとカエデに視線を送る。
彼女は小さくコクリと頷く。
「そこに店員がいるのよ。怖がる必要ある?」
「カエデは街で唯一のB級冒険者であり、永久にA級昇格を拒み続けている冒険者です」
「安心感が半端ないでしょ?」
エッヘンと無表情のまま胸を張るカエデ。
嘘は言ってないわよ。
カエデがいれば、私は何もする必要ないもの。
私の言葉に、二人はハッとした顔になり、羨望の眼差しをカエデに向ける。
カエデが下手に調子に乗ると面倒だけど致し方ないわ。
二人の顔に覇気が戻る。
これで地上に帰りたいって言い出すことはないわね。
別に無垢な新人を騙してないわよ。最低限、命の保証はしてあげるし。
「では、最下層に降りますよ。先頭はカエデが務めます。二人は臨戦態勢で続いてください」
「「仰せのままに!」」
敵のテリトリー目前で、大声を出すのはどうなのかしら。
若干、呆れながら私は三人のあとに続いて階段を降りていく。
私の足が最下層のフロアに降りた瞬間――
「チッ! カエデ、待ち伏せよ!」
下から迫り上がってきた石壁を避けながら、私はカエデに声を掛ける。
「承知してます。二人とも店長の護衛に下がりな――」
「■■■■■!」
ヒトの可聴域を超えた叫び声。
同時に瘴気を撒き散らす斬撃が私たちを襲う。
「――甘い」
手甲を着けたカエデの左手が、斬撃を打ち抜く。
余波が周囲に飛び散り、天井や壁、床を斬り刻んで土煙を上げる。
「だ、大丈夫ですか、リーゼさん!」
「……依頼主、怪我してねーか?」
転がるようにして駆けつけた二人。
まだ気力は萎えてないようだけど、突然の事態に表情は固い。
「全然よ。まだまだ余裕があるわよ」
「さ、さすがです……」
「感心しているヒマはないわよ。ちゃんと相手を確認して、対策を考えなさいよ」
私は襲撃してきた不躾な輩に冷ややかな視線を送る。
そこには、漆黒に塗りつぶされたような騎士の姿があった。
「アンデット系魔物の割と上位種、ナイトリッチね……。危険度はA−といったところかしら」
聖剣の変わりに手にした禍々しい漆黒の剣身を持つ剣。
魔剣でしょうね。効果は何かしら?
「き、危険度Aマイナ……! リーゼさん、アタシたちにF級冒険者なんですよ! む、ムリムリ実力が足りな――」
「やるしかねぇんだよッ! 階段が石壁で塞がれた。てことは、このフロア全体がボス部屋なんだよ」
「そ、そんな!」
ロッディの言葉に、ハーリアが絶句する。
階層主の襲撃されて慌てているかと思えば、階段が封鎖された事から正しい事実を認識している。
彼の顔は焦りがにじみ出ているが瞳の闘志に陰りはない。
私はロッディの評価を上方修正する。
「店員、一時撤退して体勢を整えるわよ。迷宮主を一時的に行動不能にしなさい」
「承知しました」
リッチナイトに駆け出すカエデの姿を見つめながら、私は感覚を周囲に広げる。
階層のマッピングくらいはしておかないとね。
私は階層探査を行うのだった。




