21.隠し部屋
「思ったより、広い部屋みたいね」
部屋というより、礼拝堂を彷彿させる内装をしていた。
先に部屋に入ったロッディとハーリアが興味深そうに周囲を見渡している。
カエデの周囲数メートルから離れない様にしている二人の姿は微笑ましさがあった。
「姉御、迷宮ってどうやって出来てんすかね? 天井、見えないんすけど」
「わ! 本当だ! 魔導ランプの明かりが届く範囲で二十メートルはありそう! 初級攻撃魔術でも撃ってみる?」
「……止めなさい。迷宮内部は空間が歪んでいます。実物の洞窟や建造物を基礎としてできた迷宮は、実物と同じ空間で固定されている場合もありますが、外とは違う〝世界〟にいると思ってください。なので――」
カエデは天井を指さす。
二人も彼女の指の動きに合わせて天井を見上げる。
「ああいう先の見えない空間は、別の〝世界〟に繋がっている可能性があります。下手に刺激すると化物が飛び出してくるかもしれません。注意してください」
スッと目を細め、わずかに口の端を持ち上げるカエデ。
妖艶な雰囲気に二人は思わず気圧されてしまう。
カエデの脅しは嘘じゃない。
迷宮は異空間なのは事実。
だけど、うまい具合に別の異空間に繋がることは稀なのよね。
その辺も〝魔王システム〟がちゃんと制御しているから。
まあ、即席迷宮は不具合みたいなものだから、ああいう空間に飛び込んだら、次の瞬間に迷宮内の別座標に空間跳躍して石の中ってパターンの方が現実的かもね。
私はゆっくりと歩きながら、部屋の中央――身廊の先を睨む。
そこにあるのは石像。
頭と左肩から先がなく、残っている右手は先端が折れた錫杖を握り、天に掲げている。
体つきと服装から男神を模しているようね。
胸糞悪い。
「うわー、歴史のありそうな石像ですね……」
石像に気づいたハーリアが、パタパタと無造作に駆け出す。
カエデがため息をつくが、止めないところを見る限り、罠などはないようね。
ロッディはカエデの反応を確認してから、ハーリアのあとに続く。
「ハーリア、何の像か分かる? 私、信仰補正の入ったやつは、よく分からないのよね」
「んー、杖を持った男の神様は、何柱もいるので判断は難しいです……。考古学者なら雰囲気とかで絞り込めるんでしょうけど。せめて杖の先が残っていれば分かるんですけど」
そう言って、周囲をキョロキョロと見回って、杖の先端を探すハーリア。
側廊に行こうとする彼女をロッディが腕を掴んで引き止める。
なんとも微笑ましいわね。
「……店長」
「何かしら?」
私のそばに音もなく近づくカエデ。
微風のような魔力の流れを感じる。カエデが消音の結界を展開したのだろう。
視線は二人に向けたまま、カエデが口を開く。
「カエデの記憶では、貯蔵庫の備蓄に、あんな趣味の悪い石像は無かったと記憶しています」
「そうね。私は悪趣味な石像を迷宮に出現させるくらいなら、私の肖像画を飾った方がマシよ」
カエデが一瞬目を見開くと、ものすごい勢いで頷く。
今は将来性しかないボディラインだけど、全盛期の私は美貌の神が嫉妬するからね。
マジでヤバいわよ。
「それは盲点でした。早く気づいていれば……。カエデは、カエデは壁一面が肖像画で埋め尽くされた部屋が生成されるように――」
「はいはい、話を戻しなさい」
「――ハッ! も、申し訳ございません。カエデとしたことが……。〝魔王システム〟で迷宮を生成する設定を弄れば、悪趣味な物体を生成することは可能ですが、ご指示がありましたので、絶対に生成しないように、カエデは徹底的に設定値を調整してました。なので――」
「神々が、ヒトの村を潰して、石像を素材として備蓄してた、と言いたいわけ?」
無表情で、カエデがコクリと頷く。
ヒトを玩具として見ている神々ならあり得る話だ。
理由をこじつけて神罰で、ヒトの街を滅ぼして、気に入ったモノを備蓄する。
本当に胸クソが悪くなる話だわ。
「混線しているのは分かってたけど、神々の備蓄がだいぶ混じっているようね。石像は放置で良いけど、趣味の悪いモノは片っ端からブッ壊していくわよ」
「承知いたしました」
カエデが結界を解除したのを見計らって、私は二人に声をかける。
楽しく二人で周囲を調べ回るのはよいけど、体力回復させとかないとね。
*****
「ふぅー、生き返るッ!」
「……そこまで大袈裟に反応する必要ないでしょ」
初級回復ポーションを飲んだロッディが口元を拭いながら声をもらす。
それほど美味しい味付けをしていないので、ハーリアのツッコミは正しいと私は思うわ。
美味しく作りすぎると、必要以上に飲むバカが出てくるから、あえて薬っぽさを残した程々の味付けにしてるらしいわ。
味の良いポーションが販売されて、ポーション中毒になる冒険者が爆増するってサイクルが、もはや様式美になっているのよね。
「あーっ! ロッディ、血が出てる!」
「アァ? こんなのかすり傷だろッ。唾つけときゃ治るだろ」
「ダメダメダメ。ちゃんと治療しないと瘴気にやられて化膿したり腐ったりするから」
そう言って、腰のポーチから包帯や衝動液。取り出そうとするハーリア。しかし、その動きがピタリと止まる。
「……ロッディ、回復魔術で治してあげる」
「――ッ! や、やめろッ! オレはまだ死にたくねぇ!」
「ハーリアは元々回復士の適正の方が高いんでしょ。やってもらえばいいじゃない」
「なッ! 無責任なこと言うんじゃねぇ! コイツの回復魔術はロクなことが起きねぇんだよッ!」
「ひっどーい! 単に初級魔術だから効果が低いだけじゃない」
ハーリアの反論に、ロッディは露骨に顔を歪める。
「お前の回復魔術は、全然回復しないどころか爆発するじゃねーかよッ!」
「そ、それはたまたまよ! 調子が悪かったの。今は大丈夫、成長したから」
エッヘンとでも言いたげなご様子のハーリア。
「爆発……新米の新星爆発ってやつだったかしら?」
「そうですね。魔力の流れを制御しきれず、魔術の発動に至らないときに起きるとされる事象ですね。未熟な魔術士の代名詞のような事象です。『ノヴァった』とか揶揄します」
「〜〜〜っ!」
私たちのツッコミに、ハーリアは恥ずかしいのか顔を真っ赤にする。
まあ、たまに天賦の才で魔力操作をするヒトはいるけど、ヒトはきちんと学ばないと魔術は使えないらしいので、爆発起こすのは仕方ない気はするわね。
「ほぉうら、お前がヘタだから爆発してたんじゃねーかよ。『今日は月の位置が悪いから』とか言い訳してたよな。月の位置で魔術が失敗してたら普段使いできないだろッ!」
「とりあえず、店長の提案通りにロッディに回復魔術を使ってください。迷宮で回復手段が増えることは好ましいですから」
「なッ! 姉御……」
絶句するロッディは絶望したような顔でカエデを見る。
逆にハーリアは腕まくりをして、鼻息荒く気合を入れている。
どうなることやら。
しょげた顔で、正座するロッディ。まだ血が滲む左腕をハーリアに差し出す。
差し出した左腕がプルプル震えているところをみるとトラウマになってそうな感じがするわね。
そんなロッディの様子には気づいていないハーリアは、傷に両手を掲げる。
ふぅー、と彼女の深呼吸が聴こえてくる。
ハーリアの魔力がカラダの中で淀みなく流れ始める。
うん、これなら間違いは起きないわね。
私は二人の姿を横目に気になる場所、石像の足元に近づき、転がっていた物を拾い上げる。
「神気の原因はコレね……」
私はポツリと呟いた。




