18.階層主②
「お、これがあったわね」
私はリュック――と見せかけて亜空間収納――から、拳より少し大きいお手製紙ボールみたいな道具を取り出す。
私は右手で紙ボールを握り、風車の様に腕を回しながら、執拗にロッディを追いかける階層主――ロックゴーレムに向けて右足を踏み込んで投げる。
下投げで優しく投げたはずなのに、紙ボールはヒュゴォォォ! と空気を切り裂く音を響かせる。
ロックゴーレムに向かって水平に飛翔した紙ボールは側面に直撃する。
パァァァン! と弾ける音とともに、衝撃でロックゴーレムは体勢を崩す。
弾けた紙ボールから乳白色の液体が飛び出し、ロックゴーレムの右肘あたりを覆う。空気に触れた液体は、黄緑色に変色して粘性を増していく。
ロックゴーレムが動くとギギギッと硬質な物質が擦れる様な音が後に続く。
「とある植物の樹液と薬品を混ぜて作ったトリモチ玉よ! 環境にも配慮して一定期間を過ぎると自然分解されるらしい上に、割とお安い道具よ。ロッディ、ツケにしておいてあげるわね」
「経費で落としてくれねーのかよッ」
「今回の迷宮探索依頼は事前申請があれば経費落とししてあげたわよ。準備を怠ったロッディが悪いわよ」
「んな話は聞いてねぇ」
カエデに部屋の隅に運ばれていたハーリアが「セリアさんが言ってたよ」と小さく呟いていたのを私の耳は聞き逃さない。
可哀想だから原価割れの金額で我慢してあげようかしら。
私はトリモチを剥がそうと踠くロックゴーレムから、距離を取ったロッディを人差し指で呼び寄せる。
「ほら、トリモチ玉でロックゴーレムの動きを鈍くすれば五分五分でしょ」
「ッと、危険物を雑に投げんなよッ!」
ポイポイとトリモチ玉を二つ、ロッディにゆーっくり優しく山なりの軌道で投げ渡す。
ロッディは慌てて投石器を腰のポーチに、短剣を口にくわえると、左右の手で一つずつキャッチする。
『――機能回復不可能。不良部位、排除可能』
トリモチをどうにかしようとしていたロックゴーレムからパシュ! と空気が抜けるような音が聞こえたかと思うと、トリモチに覆われていた右肘を含めて、右腕がゴトッと鈍い音を立てて床に落ちる。
判断が早いわね。生身のヒトでは使えない選択だけど、カラダの重量バランスより、動きを優先するなんて。
まともに動かせない部位は邪魔にしかならないものね。私も昔は氷漬けでまともに動かない腕とか足とかぶった斬って再生させたりよくしてたわ。
さすがに階層主ごときが部位復元とか再生とかしてこないみたいね。
「店長、普通は迷宮探索って持ち込める物資は有限なんです。消耗品は効果が最大限になるように使ってください。例えば足とか頭とか」
「わ、分かってるわよ。私は主戦力じゃないんだから、狙いが甘くても仕方ないじゃない」
「そうですね。なので、ロッディはきちんと最大効果が望めそうな部位を狙ってください」
「仰せのと――」
『排除開始』
再びロックゴーレムがロッディに肉薄する。
右腕の分だけ軽くなったためか、先ほどより直線的な移動が速い。だけど、攻撃回数は半減。
ロッディは先ほどまでと比べると、慌てずにロックゴーレムの攻撃を躱していく。
両手にトリモチ玉を持っているためか、微妙にサマになっていないけど。
「まずは一つ目ッ!」
ロックゴーレムが、ロッディの動きを追うために右へ首を回したタイミングに合わせて、トリモチ玉を投げつける。
死角をうまく狙い、ロックゴーレムは回避も防御も出来ない。
トリモチ玉が弾けると、ロックゴーレムの頭は右向きに固定される。
「そら、二つ目ッ!」
続けてロックゴーレムの左足に当たってトリモチ玉が弾ける。
これだけ弱体化させてしまえば、ロッディとハーリアでも勝ち目があるわね。
『緊急事態発生。迎撃モード変更。駆動用エネルギーヲ攻撃ニ転用シマス。エレクトリック――』
「ロッディ、離れなさい」
カエデの声に、反射的に飛び退くロッディ。
同時に
『――スフィア』
不規則な軌道で無数の電撃が迸り、ロックゴーレムを中心にした空間を灼く。
粘着液が焦げた嫌な臭いに、私は少し顔を顰める。
「中級魔術くらいの威力でしょうか。粘着液は絶縁性があるようですが、熱は防げないようですよ、店長」
「まあ、安物だから仕方ないわよ。ロッディ、ハーリア、早く決着をつけないと不利に逆戻りするわよ」
「依頼者だからって、好き勝手言いやがってッ! ハーリア、任せたぞッ!」
「うん、わかった!」
ロッディが短剣を構えるとロックゴーレムとの距離を詰める。
『再充電マデ三十秒……シールド展開』
半透明の六角形が、ロックゴーレムの左手前方に現れる。
全方位に展開する魔術障壁とは違い、左手の動きに追従する盾タイプの防御障壁。
省エネ重視といったところかしらね。
「チッチッチッ――」
ロックゴーレムの死角から死角へ滑り込みながら、ロッディが舌打ちのような小さな鋭い呼気を吐く。
障壁の内側から短剣で斬りつけ、炸裂弾を投げつける。
大きなダメージにはなっていないが、ロックゴーレムの行動阻害効果は十分ね。
『エレクトリック・スフィア』
「甘ぇぜッ! ハーリアッ!」
魔術の効果範囲から飛び退きながら、ロッディは短剣を投擲する。
空間を灼き尽くそうとした電撃が短剣に殺到する。
「《ファイアジャベリン》! それと《ウォータボール》!」
炎の槍がロックゴーレムに刺さり火柱が上がる。そこに頭部くらいの大きさに圧縮された水の塊が直撃する。
大量の水蒸気が周囲にばら撒かれ、視界を白く染め上げる。
「……少し威力が足りなかったみたいね。熱してすぐ冷やせば、外皮にヒビくらい入ると思ったのだけど、仕方ない。店員、任せたわよ」
「御意」
普通ならロックゴーレムを視界で捉えることは困難。だが、カエデにはそんなこと関係ない。
彼女は小指の先ほどの小石を拾い上げると、流れるような動きで、その小石を指弾で撃ち出す。
ほんの一瞬。
ヒトの可聴域限界の高い飛翔音を響かせ、小石はロックゴーレムに吸い込まれ、放射状のヒビを描く。
ハーリアの攻撃魔術が直撃した箇所の中心にキッチリと当ててくるから、さすがだわ。
「良い仕事だわ、店員」
「至極恐悦です」
カエデは一礼すると、私から素早く離れるとロッディたちのそばに移動する。
「ロッディ、勝負どころです。一気に畳み掛けなさい。ハーリアも出し惜しみせずにやりなさい」
「「仰せのままに!」」
勢いの乗った二人の声。
結果は見るまでもない。ボロボロのロックゴーレムが二人の猛攻を耐え切ることはない。
私は軽い足取りで、部屋の隅に移動して眺めることにした。
*****
「お疲れさま、店員」
「給料分、働いただけです、店長」
「二人は?」
「もうぐっすりと熟睡しています。まあ、階層主を討伐した後の部屋は、次の再発生するまでは安全ですから、不問とします」
テントに入ってきたカエデに、私は湯気の立つカップを差し出す。豆茶の芳醇さと少し苦味の混じった香りが、鼻腔を擽る。
彼女は両手でカップを受け取ると、小さく会釈をしてから一口啜る。
「ふぅー、染み渡ります。店長の淹れる豆茶は格別です」
「職務放棄して家事手伝いに転職した直後は、暇を持て余して色々と試行錯誤したからね。よほどまずーい豆じゃなければ、安い豆茶で食通気取りに舌鼓を打たせることができる腕前と自負してるわ」
「カエデの中では、店長は休職中で、いつでも即戦力で復帰できる状態と認識してますが」
カエデは豆茶を一口啜る。
私が魔王に戻ることはあり得ない。
それを分かりきっているのに、しれっと言ってくるのは彼女なりの冗談といったところだろうか。
カエデは、すまし顔のまま私の反応を待っている。反応するのも癪なので、スルーして私は本題を切り出す。
「あの階層主だけど、店員はどう思ったの?」
「……それをカエデに訊ねますか? 店長の中では決着しているとカエデは思うのですけど」
「まぁね。あの階層主の根底は神々だわ、きっと」
「可能性は高いとカエデも思います。ゴーレムのイヤな感じはカエデも覚えがありますから」
もしかすると、カエデが勘違いと言ってくれるかもしれないと淡い期待があったのだけど、私はため息をつく。
神々対策を真面目に考える必要があるのかしら。憂鬱だわ。
「少し情報整理するわよ、カエデ」




