15.地下五階
特に大きなトラブルもなく、私たちは地下五階にたどり着いた。
私は感覚に引っかかる少し強い気配に足を止める。他のチョロチョロしている気配と違い、この気配は、この階層の奥の方で待機しているみたい。
十中八九、階層主ね。さてと、ここはさり気なく注意喚起してあげるのが優しさってやつよね。
「……階層主がいそうな気がするわ」
「え? 階層主? リーゼさん、魔物の気配がすぐ近くにあるから階層主――ボスの部屋はまだ先だよ」
「道具屋が迷宮の常識を知ってるわけねーだろ。ボス部屋のすぐ手前の安全地帯と階段の安全地帯の違いなんて分かるかよ。冒険者の迷宮講習でも受ければ、セリアさんから安全地帯について教えてもらえるぜ」
「この前受けた講習でセリアさんが『ボスの気配に魔物が逃げ出す』から、ボス部屋の前は安全地帯になるって教えてくれたよね」
私の呟きに反応するハーリアとロッディ。
ロッディに常識知らずみたいな扱いをされるのは、心外でご立腹なのだけど、私はおおらかな心で許してあげることにする。
そもそも迷宮のボス部屋の前を原則安全地帯に変更したのは私だからよく識ってるわよ。
消耗した冒険者がボスに挑んだら死亡率が高くなっちゃうから。そうしたら魔王城にたどり着く冒険者が減って暇つぶしも出来なくなるから、迷宮生成ルールを調整したのよ。
先代は階層とランダムで出来る安全地帯だけで十分って言ってたらしいけど。
「テンチョーテンチョー、まれに〝彷徨うもの〟という例外がいるので、注意はしてくださいヨー」
「そんなこと識って……ヘーソウナンダー」
カエデがわざとらしい口調で横槍を入れてきたので、私は乗っかってみる。
彼女はエッヘンとでも言いたげな顔で、胸を張りながら、言葉を続ける。
「〝彷徨うもの〟の呼称されるボス部屋をもたない個体が存在します。主に迷宮崩壊が発生した迷宮で報告されていますが、まれに通常状態の迷宮でも発生することがあります。準備不足で強力な個体との戦闘になりますから、苦戦必至です」
「あ、姉御、ビビらせないでください。未調査の迷宮だけど、順調に探索が進んでるじゃないですか」
「そ、そーですよ。宝箱はまだないけど、鉱物や苔とか採集ポイントは幾つか見つかっているから、ごくごく普通の素材採集向け迷宮ですよ」
カエデの言葉を脅しと受け取ったのか、二人が反論する。
残念だけど、二人が気づいてないことと、知らないことがあるのよね。
まず、この迷宮はヒトの基準で割と難易度が高いことに二人は気づいてない。
理由は、ロッディの技術としての気配遮断と急所攻撃が強力すぎて、サクサク魔物を倒していること。
ハーリアの二重天職による副次的な恩恵として、魔力制御のレベルが高いこと。並の魔術士が行使する魔術より彼女の行使する魔術はダメージが大きい。
カエデのサポートがあること前提になるけど、今の二人はB級冒険者くらいの火力があるんじゃないかしら。
この迷宮を普通に攻略する場合は、冒険者を数名を主軸にして、最低でも十名以上で組んだパーティが必要ね。
そして、そもそもなんだけど、この迷宮は私が造った即席迷宮。
迷宮崩壊と同じくらい不安定な迷宮だから通常の迷宮と仕様が違うところが発生しやすくなっちゃうのよね。
この階にいる階層主は大きな移動してないんだけど、更に下の階にいる迷宮主は広範囲に動き回っているから〝彷徨うもの〟として出現してるのは確定してる。
私は色々と喋りたい気持ちをぐっと堪え、カエデに視線を送る。
「カエデの直感も、この階層に階層主がいると伝えたきています。今日の探索リミットは、残り六時間です。ボス部屋前の安全地帯まで駆け抜けますよ」
「「仰せのままに!」」
カエデの言葉にハキハキと返事をする二人。
私に対する反応との違いに少しモヤるけど、「私は依頼に同行しているだけの村娘」と自分に言い聞かせて、気を静めてみる。
やっぱりヒトとして、ヒトと一緒に行動するのは気を使う。一般人じゃなくて、カエデみたいに冒険者にしておけばよかったかしら。
*****
「リーゼさん、危ないっ!」
音もなく、天井から糸で降りてきたジャイアントスパイダーの姿に気づいたハーリアが私に向かって叫ぶ。
当然だけど、ジャイアントスパイダーが薄暗い天井に身を潜ませながら、コチラの隙を窺っていたことに私は気づいていた。
ハーリアが魔術の準備に移り、ロッディが短剣を構えて駆け出す。
二人の行動は素早いが決定的に遅い。
普通ならジャイアントスパイダーの鋭い牙に噛みつかれて致命傷になるタイミングだった。
視界の隅に「やれやれ」とあきれ顔のカエデが映っているので、私は元々カエデと事前に打ち合わせていた行動をとることにする。
「――爆ぜて我を厄災から護れ」
私が起動条件となる言葉を呟いた瞬間、パキッと小さな乾いた音がする。
音の発生源を知覚するよりも早く、半透明の防御障壁が私を中心に展開する。
私の首筋に噛みつく予定だったジャイアントスパイダーの牙が、ガギッ! と鈍い音と共に弾かれる。
小ぶりな魔晶石を加工して作る使い捨ての魔導具の効果だ。
セリアが私を心配して五つほど持たせてくれた。無理して使う必要はないけど、一つ二つは使った方が演出として良いかな、と、思ったり。
「《ファイアボルト》!」
「死ねッ!」
防御障壁に弾かれ、体勢を崩したジャイアントスパイダーに間髪入れずに叩き込まれる初級攻撃魔術。外皮の隙間を正確に狙って首を落とす。
昆虫系の魔物は、それだけでは絶命しない。
首を失ってなおギチギチと八本の足で、私を包む防御障壁を掴み砕こうとする。
魔導具の持続時間が終わるか、ジャイアントスパイダーが完全に活動停止するのが先か。
私は冷めた目で足掻くジャイアントスパイダーを見つめる。
「潔く、散りなさい」
ロッディが二撃目を繰り出すより早く、カエデの掌底がジャイアントスパイダーを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたジャイアントスパイダーの硬い外皮は、カエデの一撃を中心に放射状に砕かれている。
「店長、ご無事ですか?」
「おかげさまで、無恙よ。二人もありがとう」
少し乱れたスカートの裾を直しながら、私は三人に礼を述べる。
「よ、良かったですぅぅぅ! アタシ、リーゼさんが死んじゃうかと思って怖くて、怖くてぇぇぇ!」
「え? ちょっと落ち着きなさい」
泣きながら私に飛び掛ってくるハーリア。すんでのところで、カエデが彼女の顔を鷲掴みして止める。
私はホッと内心ため息をつく。
心配されることに慣れていないせいか、ああいう突拍子もない行動を取られると、どう対応するべきか悩んじゃうのよね。
「それは! 許可しかねます! 今後、考えて行動しない!」
「あいたたたたたっ! ごめんなさい! ごめんなさい! 気をつけます! 気をつけますから!」
カエデのアイアンクローに掴まれたまま持ち上げられたハーリアがジタバタと手足を動かしながら謝る。
その横でオロオロしているロッディ。
迷宮のど真ん中で何やっているんだか。
「ほら、バカやってると時間がなくなるわよ」
私は思わず笑いながら、カエデの頭を小突く。彼女は渋々といった様子でハーリアを解放する。
ハーリアが落ち着くのを待ってから、私たちは階層主の部屋に向けて探索を再開するのだった。
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