14. 事実確認
「さて、説明してもらおうかしら」
私はカエデに訊ねる。
ちなみに場所は地下四階降りた直後の部屋に設置したテントの中。
どこの道具屋でも購入可能な変哲もないテント。
だけど、防音で覗き見なども対策済みでセキュリティ意識の高い一品だったりするわ。
私がジト目でカエデと見つめて数秒。
カエデは頬に手を当てて首を傾げる。
サラサラと流れる黒髪は、同性でもドキリとしてしまうほど艶やかで実に憎たらしい。
この姿になっても、いや、この姿だからこそ、髪の手入れを気をつけているのに、枝毛が根絶してくれない。
カエデと約束した金額――お小遣いで色々と試しているのに、効果はイマイチだ。
「…………はて、何のことでしょうか?」
ようやく口を開くカエデ。
ヒトとは違う少し高い位置についている三角の獣耳がピッコピッコと動いている。
つまり私の質問の意図は理解しているということね。
ハァーと私はため息をついて、カエデに再度訊ねる。
「ロッディは何者? F級冒険者とは思えないほど、訓練された動きをしていたわよね」
「あれは家に代々伝わる戦闘技術のようです。当然、物心ついた頃から扱かれて身体に染み付いたもののようです」
「でしょうね。一朝一夕で身につく様なうごきじゃないわ。あの動き、なんとなーく記憶に引っかかるのよね。全体的な雰囲気も含めて」
「おぉ〜、もの凄く珍しい……。魔お――店長が勇者以外に興味を示されるなんて……」
カエデが目を見開きながら、両手のひらを見せる芝居くさい仕草で驚く。
誰が見てもツッコミを入れたくなるカエの姿に、私はグッと我慢する。
下手に反応すると話が横道に逸れてしまう。
「浅層時の動き――スライムと戦ったときと比べると劇的に違いすぎるわよ。あれほど変化があれば、いくら私だって少しくらいは興味を持つことがあるわよ」
「まー店長がアレ――ロッディの動き――を見ても無反応だったのであれば、カエデは店長が耄碌したと思って、枕を涙で濡らしていたかもです」
「……どーいうことよ?」
「店長、サカラ・ヴァル、という名前を覚えておいでですか?」
サカラ・ヴァル――その名前を私は口の中で反芻する。即座に思い当たるヒトがいる。
外見になんの特徴もなく中肉中背で凡骨にしか見えない存在。
「あの〝訓練中毒〟のサカラ・ヴァル?」
「店長とカエデで〝訓練中毒〟の共通認識があるのは、ひとりしかいません」
私は古い記憶を頭の片隅から呼び起こす。
同時にゾクゾクとしたモノが身体を駆け抜け、身震いしてしまう。
何の才能もない。
何の能力もない。
サカラ・ヴァルの存在を精査しても凡人以上の評価を与えるのは難しい。
しかし、彼奴の狂気ともいえる執念は、数値を凌駕した。
世界に平和を齎すため。
そのために魔王を殺す。
一人で正面から魔王を殺すことは不可能と判断した彼奴は、私を暗殺することに決めた。
ただただ魔王を暗殺するという目的だけのために、訓練を続けた。
そして、私に己の存在を感知させず、私の胸に短剣を突き立てる偉業を成し遂げた唯一無二の狂人だ。
今なら分かる。
彼奴も私と同じ〝魔王システム〟の欠陥の成れの果てだ。
「くっ……あは、あはははっ」
私は思わず笑ってしまう。
あの時の感覚――刃がスルリと胸の内に侵入してくる感触が、あの時の歓喜が蘇ってくる。
勇者との戯れとは違う。
稀有な体験。
口の端から熱い吐息をこぼしながら、一頻り笑った私は、口元を指先で拭いつつ、カエデに視線を戻す。
「カエデ、彼奴は神々に目をつけられて、神々のオモチャになって一族郎党根絶やしにされたはずじゃなかったかしら?」
「詳細に興味があられれば、本人にお訊ねください」
「端的でいいわ。それで興味が湧けば一考するわ」
「承知いたしました。カエデから端的に申し上げますと、根絶やしになる前に、お家騒動で宗家が放逐されたようです」
「あるあるね。彼奴は訓練以外に興味がなさそうだったし、お家騒動が起きるほど、子孫繁栄が繁栄するとは思ってなかったでしょうね」
「その後、宗家は起源を秘匿し、分家だけでなく、連中からも存在を隠し、今日に至るようです」
「神々から逃げおおせるなんて――っ! あはははっ、なにそれ! 彼奴の血筋はバケモノね! 私の感知を掻い潜っただけでなく、神々からも感知されなくなるなんて、愉快痛快欠陥すぎるわよ!」
さっき笑ったばかりなのに、私はお腹を抱えて笑い転げてしまう。
手駒を管理どころか認知すら出来ないとか神々は無能すぎるわ。
呆れ顔でカエデが私を見下ろしてくるけど、気にせず笑い転げる。
直接的なダメージはないだろうけど、事実を神々が知れば、プライドの高い連中が発狂して自壊してくれるかもしれないわね。
ゴロゴロと気が済むまで笑い転げてから、私は衣服の乱れを直して姿勢を正す。
タイミングを見計らって、カエデがパチンと指を鳴らす。速やかに一口分の清らかな水が空中に生成される。
フワフワと浮く水球に、私は口をつけると一気に飲み込んで喉を潤す。同時に熱を持っていた身体がスゥーと冷えていく。
私は一息ついてから、唇の水滴を舌でチロリと舐め取る。
「あ〜、なかなか面白い話だったわ。お家騒動を制した分家は、順風満帆なところを神々に綺麗さっぱり滅ぼし尽くされたってところかしらね」
「はい、その通りです。そのせいで、サカラ・ヴァルに関連付けされる情報は、世界から認識されにくくなっているようです」
「なるほどね。存在自体が希薄化してるわけね。ま、詳細はロッディに明日確認するとして、彼が彼奴の子孫なら納得出来るわ。圧倒的な実力差があったにも関わらず、私の心臓を一つ止めた彼奴の子孫なら、彼奴より劣っていてもトロール相手なら余裕のはずね」
「はい、その通りです。なので、本来の実力が発揮しやすい得物に持ち替えさせ、立ち振る舞いも変えさせました」
「彼奴もカエデにお仕置きされて、変な性癖に目覚めでダメになってたわよね。そんなところまで似ているとかヤバいわね」
「失礼ですね、店長。カエデは指導してあげただけです。店長が如何に崇高な存在であるか、懇々と教え込んだだけです」
ニッコリと微笑むカエデ。
普段の鉄面皮からは想像がつかないほど、満面の笑みだ。
ヒトのオスどもが、ひと目見ただけでも惚れてしまいそうな笑顔をカエデがしている場合は要注意だわ。
下手に反応すると藪蛇になる可能性が極めて高いから。
平静を装ってスルーするのが一番よ。
私はしばし古い記憶をネタにしてカエデと思い出話に花を咲かせることにした。
*****
翌日、私はこのままテントで引きこもって過ごしたい気持ちを抑え込みながら、外に出る。
外と言っても迷宮の中なので、爽やかさとかあるわけではないんだけど。
テントの外に出るなり、ロッディの姿があった。
少し上気した頬に、薄っすらと汗が滲んでいる。目覚めの筋トレをやってたんでしょうね。
この子、朝っぱらから何やってんだろ、と思ったんだけど、サカラ・ヴァルの血筋って知った後だと納得できる事があるわね。
彼奴も「寝る前に二十キロ走らないと寝つきが悪い」とか「寝起きの筋トレは魂が磨き上げられる」とか喚いていたし、ロッディも本能レベルで日常的に訓練しないとダメなんでしょうね。
若干、憐れみの混じった視線をロッディに向けつつ、私は声をかける。
「ロッディ、カエデから聞いたんだけど、なかなか有名な家柄出身らしいわね」
ア゙ア゙? テメーになんか関係があんだよッ!」
即座に私にガンをつけながら、体を揺らすように私に歩み寄ってくるロッディ。
私と同じタイミングで、テントから上半身だけ這い出してきたハーリアが、寝ぼけ眼のキョトンとした顔で私たちを眺めている。
「依頼主だからって調子にのんじゃねーぞッ! オレはテメェを――おおおォォォおおッ!」
突然、ロッディが奇声を上げながら悶え始める。
よく見ると彼の首に下がった鎖が仄かに燦めき、電撃を発生させていた。
そいえば、服従の頸飾を身に着けさせていたわね。
服従の頸飾を装備していることを忘れていたのか、それでも私に対するスタンスを変えないのがポリシーなのか悩むところだわ。
しっかし、今の姿はサカラ・ヴァルに激似すぎるわ。性癖とか色々なところもにてるんじゃのロッディ。
生暖かい目で見守っていると、地面の上で身悶えしていたロッディの体が一際大きくビクンと跳ねる。
一呼吸置いてから、彼はノロノロと起き上がる。
なんかさっきより頬が上気しているのがなんかイヤだわ。
「……少しマトモな会話したいから、そのキャラ付けを一時的に止めてくれないかしら? 必要なら人払いの簡易結界とか用意するわよ」
「オレはァ別にキャラなんて作ってねぇよッ!」
掴みかかってくるような勢いのロッディだけど、チラリと横目でハーリアの様子を伺っている。
あーもー面倒くさい。
私は素早くカエデに合図を送る。彼女は即座に気づいてくれる。
「ハーリア、朝食の支度を手伝ってください」
「あ、ふぁい。わかりまふた」
フラフラとテントから離れていくハーリア。
彼女がカエデの側にたどり着くと、カエデが指でサッと空を切る。
たぶん簡易な防音結界を張ってくれたんでしょうね、気が利くわ。
「ほら、ハーリアは向こうに行ったわよ。これで会話しても問題ないでしょ」
「………………チッ」
ロッディがそっぽを向いて舌打ちする。
それを私は了承の返事と受け取る。
「暗殺界隈で、ヴァル家って伝説的な存在って聞いたことがあるんだけど。まあ、仕事でミスって報復されて滅亡したとも噂を耳にしたけど」
「……ちげーよ。ヴァル家は報復される前に滅んだんだよ」
「報復される前に滅んだ?」
「そうだよ。爺ちゃんが言ってた。昔、権力争いで宗家が追放された時に滅んだって。あくどい連中だけを対象にする義賊みたいなやり方は儲からない上に恨みばかり買って何の旨味もないって分家主張して反乱したんだと。それからは金さえはらえば何でもやるド屑に成り下がったんだとよ」
「ああ、なるほどね。だから急に巷で名前を耳にするようになったのね」
サカラ・ヴァルは訓練くらいしか興味なくて、殺しの依頼も訓練の成果が出ているかどうかの確認作業のためにやってたらしいのよね。
だから、自分が訓練成果を確認したいと思ったとき以外に依頼を受けることはなかったから、知る人ぞ知るみたいな立ち位置だったのよね。
カエデの教育的指導を受けて故郷に戻ってからも、そのスタンスは変えなかったみたいで、子孫たちも同じ様なスタンスを守っていたのよね。
ただ、ある時期を境に積極的に殺しの依頼を受けるようになったから、てっきり実技こそが最高の訓練とか言い出したバカが現れたと思ってたんだけど。
単に屑が台頭して、屑な方針に切り替えただけだったなんて、興冷めもいいところよ。
カエデに様子を探るように頼まなくて正解だったわ。カエデに無駄な時間を使わせて、無駄な報告を聞いて時間を無駄にするところだったわ。
「でも、ロッディは宗家の血筋なんでしょ。なんで家を再興しなかったの?」
「追放された宗家――オレの祖先は分家の執拗な追跡を避けるため、名を捨てて辺境を転々としながら細々と暮らした。だから家を復興させる余裕がなかったんだよ。初代様の技を失伝しないようにするのが精一杯だったんだよ」
「ふーん。でも、もうヴァル家を名乗ってた分家が滅ぼされたんだから、堂々と宗家を名乗ってもいいんじゃないの?」
「初代様は名を上げることを良しとしてなかったからだよ。いずれ時が来れば再びヴァル家が歴史の舞台に立つことになるから慌てるなって爺ちゃんが言ってた」
「……彼奴は訓練以外に興味がなかっただけよ。とりあえず、ロッディも、サカ――初代の技って使えんの?」
「そこそこなら。爺ちゃんからは練度が足りないって散々言われてるけどな。親父との手合わせ、八歳くらいから負けたことねーのによ」
不満げなロッディ。
八歳で父親に手合わせで負けなしって、実は天才とか言われる部類なのでは?
「……なら、なんで扱い慣れてない剣なんて得物に選んだのよ? 短剣の方が断然扱い慣れているでしょ」
「マジ言ってんの? 短剣より剣の方がカッコいいだろ。それに聖剣なんだぞ。勇者を目指すなら剣一択だろ。」
「本気で言ってる?」
「男なら勇者を目指してこそだろがッ!」
目をキラキラさせながら熱ぽく話すロッディ。
うん、これは本気と書いてマジって読むやつだわ。聖剣って呼称だけど、使うヒトの才能に合わせて形状変化するんだけど。剣以外にも斧とか杖とか弓とか 。
「それなのに親父も爺ちゃんも分からず屋すぎるぜッ! 『お前には剣を扱う才能はないから諦めろ』とか言いやがる、マジ腹立つわッ!」
「投石器を扱う才能は、そこそこあると思うわよ」
「それこそちげーだろッ! 遠距離からチマチマチマチマ攻撃とか勇者らしくないだろッ!」
勇者として魔王の前に立った魔術士とか弓士とか後衛職はそこそこいたのよね。
割と派手な必殺技をぶっ放してくるから、ビジュ的に前衛職より華やかだったりもするんだけど。
過去の勇者を思い出しつつ、ロッディの熱く語る勇者像――尾ひれがついて脚色Max――を聞き流していると、少し慌てた様子でカエデが近づいてくる。
「……どうしたの?」
「店長、少し面白いことが起きました。これを見てください」
そう言って、カエデが差し出してきたのは、魔晶石の粉末を加えて製造し、特殊な加工を加えたガラス玉――魔導具だった。
ちなみにヒトの界隈では、まず出回ることのない使い捨ての魔導具で、手にしたヒトの天職を表示してくれる。
「んー、光が二つ。この輝き方と点滅具合は、回復士と魔術士だったかしら?」
カエデの差し出した魔導具――ガラス玉の中を発光体が二つ、ふわふわと漂っている。
データ収集して作った早見表がなければ、読み取るのがゲキムズなんだけど、有名どころの回復士とか魔術士は、割と分かりやすい。
「はい、その通りです。ハーリアの天職が回復士というのは間違いです。彼女は二重天職持ちで、回復士と魔術士が天職です。回復士が顕性で検知されるため、気づかなかったようです。冒険者ギルドの魔導具は一つの天職しか検知出来ませんから」
「二重天職とか稀ね。普通は天職が統合されて〝賢者〟とかになるはずなんだけど。何方か或いは両方か、限界値がそんなに高くないのかもね。まあ、珍しいことには変わりないわ。ハーリア、誇っていいわよ」
「いや、でも、アタシなんかが……」
顔を赤らめて照れるハーリア。
とても良い照れ方だわ。可愛い。
「オレの天職も調べろよッ! ハーリアが二重天職ゥ? ならオレの天職は十重だろッ!」
「……バカ丸出しね。店員、やってあげたら?」
するとカエデには珍しく、申し訳なさそうに首を左右に振る。
「ハーリアに使ったのかラストでした。店長……仕入れされてないので」
あ、前職時代は、息抜きとかで色々と凝った魔導具を作ったりしてたけど、辞めてからは作ってなかったわね。
「役立た――ゥほほほァァァ!」
首に下げた鎖から電撃が流れ始めて、悶え始めるロッディ。
ハーリアが慌てて近づくが、電撃が流れている間はロッディに触れることが出来ないので、彼の周囲を手を振り回しながらワタワタと慌てる。
「お仕置きです。ホント記憶力がない子ですね」
「……この後、迷宮探索するんだから、程々にしておきなさいよ」
「承知いたしました」
「あ、そいえば、私が見たことある多重適性者って最高いくつだったかしら?」
「四重です。〝神に愛された聖剣を持たぬ勇者〟です」
「あーああー、あのゴミカスか。親の権力と金で勇者の肩書を手に入れたアイツね。四重天職とかヒトでは検知できないし、才能に恵まれて有頂天になって、周りもチヤホヤするのは仕方ないけど、聖剣を持たずに勇者はナンセンスすぎたわ」
勇者は玉石混交だけど、最低限の条件である〝聖剣〟を持っていないのに勇者認定するヒトの時の権力者は、おバカすぎるのよね。
「ねえ、ロッディはどれくらい効果が続くわけ?」
「少しお灸を据えたいので、あと五分です」
「お灸にならないと、私は思うんだけど……」
ロッディが悶え終わるのを待ってから、私たちは朝食を取ることになった。




