10.まずはキャンプ
「お疲れさま、店員」
「……給料分、働いただけです、店長」
パチパチと音を立てる焚き火の番をするカエデの横に、私は一言かけながら座る。
カエデが行ったロッディの腕試しは、二時間ほど続き、体力も気力も空っぽになったロッディは気絶した。結果、迷宮探索は明日からとなった。
手持ち無沙汰になったので、ハーリアもカエデと手合わせをさせて実力を確認した。もちろん、ハーリアも体力気力を限界まで振り絞ってもらったので、二人ともテントの中で死んだように眠っている。
少し前に食事と水分補給は行わせたので虐待はしてない。大奮発で体力回復の護符もテントに貼り付けたので、明日には体力も気力も全回復しているはず。
「店員、二人の評価は?」
「F級からE級に上がりたて。セリアの資料を見る限り、大した依頼も遂行していないようです。まあ、残当な実力といったところです。武具の扱い方も身のこなしも、今のまま迷宮探索に向かえば、セリアが悲しむ結果にしかならないでしょう」
「平和が続いた代償かしらね。一昔前なら、ただの村人でもそこそこ戦えていた気がするのだけど。魔物が村を襲うってのも珍しくなかったし」
「名を口にすることすら憚られる最強最悪の魔王が勇者に倒されて三百年は過ぎてますから、致し方ないでしょう。特に辺境ともなれば、魔物も野生動物も大差ない脅威ですから」
カエデが薪を焚き火に焚べながら嘆息する。
魔王の勢力圏から離れるほど、魔物の脅威度は下がるのがお約束。ましてや魔王城から一番遠い地といっても過言ではない辺境になればなおさらね。
これが〝秘境〟とか〝未踏〟とか枕詞が付くと、一気に魔物の脅威が跳ね上がるので理不尽なのよね。
まー、ぶっちゃけると辺境は初心者のためのエリアだからね。極端に強力な魔物を配置するのは魔王道の美学に反してしまうから仕方ないわけなのよね。
「それでもーもう少し心得とかあっていいんじゃない、ロッディに関しては」
「同意します。彼は五歳児よりも剣の扱いが下手です。あの下手さは、あるは意味才能でしょう」
刃筋を通す意識が微塵もなく、棒切れを振り回すように剣を振り回すロッディの姿を思い出して、私は苦笑する。
あの動きでは、初級冒険者が稼げるようにと用意したスライムすら倒すことが難しそうだわ。
「んー、私はそもそもロッディが持つ才能自体、剣士とかじゃない気がするのよね。〝看破〟は使えないから確信は持てないんだけど。下手に能力を使うと魔お――ゲフンゲフンが反応するかもしれないから」
「店長の予想は当たっているとカエデは思います。剣を振り回すときの動きはゴミカスですが、全身全霊でカエデの攻撃を躱そうとしたときの足運びや体捌きは、将来性を少し感じさせました」
「へー、店員が評価するなんて珍しいわね」
「圧倒的な実力差を体で理解させつつ、限界まで体力を絞り出させました。変な力みも無くなり、本来持っている才能の片鱗が窺えといったところです。しかし、才能が開花するかは……未定です」
一瞬、カエデが考える素振りを見せると、肩をすくめて首を左右に振る。
ロッディの普段の態度を顧みれば当然の反応かもね。
やたらと剣を使うことに固執してるし、自分の才能についても過大評価しているし。
「ハーリアの方は、まだ見込みがあるんじゃない? 適性の低い魔術士で活動してるって話だったけど、店員との立ち会いを見る限り、動き自体は悪くなかったけど」
「そうですね。前衛職に比べて肉体的な強さは、望めないでしょうが、視野の広さと状況判断は悪くなかったです。後衛職として大成できる可能性はありそうです。ロッディに比べると素直ですから、先に冒険者として伸びると思います」
「なるほどねー。あとは回復術のレベルや扱える支援系術次第ってところもありそうね。ロッディに苦労させられて〝隠れ適職〟が発現したりして」
私が笑うとカエデはジト目で少し頬を膨らませて不満げ。
あれ、隠れ適職ってカエデの触れてはいけない話題だったけ?
「……隠れ適職は、頭の中で年中お花畑の連中が、ヒトの運命を面白可笑しくするために後付けした腐れ仕様です。カエデは隠れ適職はクソ仕様と何度も申し上げておりますが?」
「あははは、そうね、そうだったわね」
不機嫌そうな顔のまま抗議するカエデ。私は苦笑しながら、カエデの眉間の縦ジワを人差し指で伸ばす。
天職に巡り会えなかったヒトへの救済策である〝隠れ適職〟という仕組み。
ぶっちゃけると神々が魔王に抵抗するヒトが手強くなるように、上から眺めてより刺激的になるようにする為の自己都合だけで作った仕組みだ。
それで救われたヒトもいるだろうけど、身を滅ぼしたヒトもゴロゴロいる。
じわりじわりとカラダの芯から滲み出してくる怒りを、私はゆっくりと深呼吸して紛らわせる。
あの時、カラダの中に溜まっていた怒りとか何もかも全部ぶち撒けて、空っぽになったと思ったんだけどなー。
ヒトのことを言えない言えない。私は隠士散士で心穏やかに……。
深呼吸を静かに繰り返していると、迷宮特有の静けさと空気、パチパチと音を立てる焚き火にノスタルジックな気分になってしまう。
「……なんか懐かしい感じがする」
「そうですね、店長。騒がしい面子もいませんし、天幕もなく、ただ焚き火を囲むのは、始まったすぐを思い出します」
「先代が倒されて、勇者たちがハチャメチャに暴れ回って、こちらの勢力は壊滅状態。数百年はヒトの天下だと諦めモードだったのよね、当時は。店員と出会った頃は途方に暮れてたものだわ」
「お城は瓦礫どころか更地も同然になったと噂を聞きました。カエデは先代の姿どころかお城にも近づいたことないので想像できませんでしたけど」
私が魔王候補になりたての頃。
私が何も知らなかった頃。
私はカエデとよく野宿をしていた。
冒険者を避け、英雄を避け、勇者を避け、コソコソと逃げ回って暮らした日々は大変だったけど、思い返せば楽しい思い出だ。
世界の仕組みに組み込まれるまでは、生き抜くだけで充実した日々を過ごしていたような気がする。〝魔王システム〟に組み込まれてからは、色々と考えることも出来なくなってたし。
でも、改めて考えると、魔王システムの影響下でも自立した思考を保っていた先代魔王は、それ相応の実力者だったのは間違いないのよね。私はシステムの不具合がなかったなら、今頃どうなっていたんだろう。
神々が聖剣をバーゲンセールみたいに、ポッコポコとヒトに授けて勇者を量産してなければ、先代魔王とヒトの勢力が拮抗した時代がもっと永く続いたんじゃないかしら。
「先代の時代に勇者が大量に湧いたのは、勢力が拮抗して動きのない世界に、眺めてて面白くなかったからよね、絶対」
「……それは、カエデも激しく同意いたします」
私は深呼吸して心を落ち着かせる。
今は隠居した身、感情的になるのは良くない。
私はわざと明るい声音で話す。
「ま、私みたいな弱々なやつが、よくもまー上り詰めることが出来たと感心しちゃうわ」
「当然の結果です。店長は至高の存在です。カエデは店長に巡り合えたことは、今でも運命と信じています。これが神の思し召しというのであれば、その一点だけは褒めてやっていいと考えます」
曇りのない力強い眼差しで、私をまっすぐに見つめるカエデ。
私は照れ隠しに、ポンポンとカエデの頭を優しく撫でる。彼女は気持ち良さそうに目を細める。昔から変わらないカエデの姿に、私は頬が弛んでしまう。
「さて、私も少し眠ることにするわ。焚き火番、任せたわよ」
「承知しました。ごゆるりとお休みくださいませ」
私もカエデも休息は不要だけど、役割演技は大切だからね。
私は寝具に潜り込み、瞳を閉じた。




